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黒いハートに手錠をかけて

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黒いハートに手錠をかけて

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「……しょうがないですよね、うん」
 と、やや諦め気味に自分の両手が繋がれるのを受け入れたのは鬼崎 朔(きざき・さく)である。

 ツァンダの街に来ていた朔は、渡された手錠が自分に片手にハマってしまったのを見て、周囲の状況から現状を把握した。

「だって、しょうがないんですよ。
 今日は一人で来ちゃったから恋人もいないですし。そもそも彼を巻き込みたくないですし。
 かと言って他の男と繋がれるのなんか大却下ですし。
 可愛い女の子と繋がれるのも楽しそうですけど、迷惑かけるの嫌ですし」

 誰に説明してるんですか、朔さん。

「ああ……なんか嫌な気分がしてきました……。何というかもう全てが憎い気分です」
 両手を手錠で繋がれた朔は、ちゃき、と無光剣を構えた。
 手錠の効果で激しい自己嫌悪と世界そのものに対する憎悪を際限なく膨らませた朔は、速効で暴れ始めるのだった。


「うわあああぁぁぁん!! どうせ私はダメな子ですよおおおぉぉぉ!!!」
 と、そのまま手錠を配っているブラック・ハート団へと突撃する朔。


 その叫び声を、御剣 紫音が連れ去られるをの見送ったカメリアは聞いた気がした。
「今の声は……?」
 だが、その前に立ちはだかる人影があった。
 南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)である。

「ふははは!! カメリアよ、また会ったな!!!」

 微妙な縁からツァンダの地祇の一人であるカメリアと事あるごとに真の地祇決定戦を繰り広げてきたヒラニィ。今日もまたカメリアと再会したことで勝負魂に火がついたようだ。
 そして、その後ろでおずおずしているのがパートナーの琳 鳳明(りん・ほうめい)である。
「こ、こんにちはカメリアちゃん……げ、元気―?」
 と、ヒラニィの陰に隠れるようにしてひらひらと手を振っている。
 何しろ初対面で恥ずかしい思い出を暴露されて以来、鳳明はカメリアに関わっていい思いをしたことは正直一回もない。
 鳳明がカメリアを警戒するのも当然のことではあったが、そんな鳳明の様子をカメリアは少し寂しげに眺めるのだった。
「まあ……嫌われるのは自業自得じゃが……もう何もせんからそう警戒せんでも……」
 その言葉に、鳳明は一歩前に出た。
「あ……別に嫌ってるわけじゃ……」
 何だかんだでお人よしの鳳明、寂しそうなカメリアの顔を見るのは心が痛む。
 その時、鳳明のポケットから何かが落ちた。
「ん……それはなんじゃ?」
 ヒラニィとカメリアが見ると、それは黒い手錠だった。
「ああ、さっき配ってるのをもらったんだよね」
 と、手錠を拾った鳳明はカメリアにそれを見せた。

 かしゃん。

「え?」
「お?」
「ほ?」
 三人は一様に間抜けな顔を見せた。
 鳳明が拾って見せた手錠が、鳳明とカメリアを繋いでしまったのである。

「またか……これ、爆発するらしいのじゃが」
 と、カメリアが言う。さきほどの経験から外し方は分かっている。
 だが。

「カメリアちゃーーーーーーーーーんっ! 私と契約して結婚して幸せな家庭を築いてーーーっ!!!」
 ズサー、と派手な音をたてて鳳明はカメリアを押し倒した。
「な、なんじゃーっ!!?」
 さすがのカメリアもこれには戸惑った。手錠の効果で一瞬のうちにカメリアへの愛情を爆発させた鳳明は、何もかもを――主に理性とか――すっ飛ばしてしまったのである。

「あー。なるほどのぅ、こういう手錠だったのか。
 鳳明も他に好きな男がおったはずじゃが、恋に恋するお年頃という奴じゃな――お盛んなことじゃ、結構結構」
 と、何故か持ち歩いていたデジタルビデオカメラでその光景を録画し始めるヒラニィ。
「何をしとる、早く助けんか!!」
 と、叫ぶカメリアも気にせずに、カメラを回し続けるのだった。


「カメリアちゃ〜ん、あーもうなんて可愛いのかしら、勝気な瞳もサラサラな髪もすてきぃ〜。小柄な身体もこんなに抱きしめやすいしぃ〜」


 と、ひたすらカメリアを愛でる鳳明を見つけたのが水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)天津 麻羅(あまつ・まら)である。

「……何やっとるんじゃ」
 麻羅は呆れ顔でその様子を眺めた。
「今日は地祇対決はせんのか、おぬしらはライバルじゃろ?」
 だが、ヒラニィはそんな問いかけをよそにカメラを回すのに夢中だ。
「よし、いいぞ、そこじゃ!!」
 麻羅は、こっそりため息をついた。
「本当に……仲がいいのか悪いのか」

「ま、麻羅!! この娘をなんとかしてくれ!!」
 と、鳳明の抱き付かれて色々とピンチなカメリアは叫んだ。
「ふむ……そう言われてものう、その手錠は爆発すると言うではないか?
 なんならヒラニィとカメリアを繋いで手錠デスマッチでも、と思っておったのじゃが……。
 そういえばこの前聞きそびれたのじゃが、カメリアは椿の木じゃったな、着物の柄からすると紅椿か?
 和名の方がわしには言いやすくて」


「たーーーすーーーけーーーろーーー!!!」


 と、そこに突撃してくる一人の人影。
 カメリアの兄貴分、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)である。

「おおーっと、あんた方、可愛い妹分に何してるんですかぁーっ!! お兄さんもまぜて下さいよぉーっ!!!」

 いきなり自分を見失った感じでご登場である。

「とと、そうじゃない。今日はお兄さんは一人ですからね、この俺がカメリアを守ってやらないと……ってあれ?」
 我に返ると、いつの間にかクドの片手には手錠が繋がれている。
 カメリアが鳳明に押し倒されているのを見てダッシュしてくる間に飛んできたのだろう。
「お、これ勝手に動きますね……とと?」
 と、手錠の動きに合わせて動くクド。見ると手錠はカメリアに向かっているようだ。
「おっと、こいつはいけない!! ――っておや?」
 それに何とか抵抗しようと頑張ったクド、当然の帰結として自分の両手が手錠で繋がれるわけである。
「……あれ、なんでしょうかねぇ、この感じは……?」
 すぐに手錠の効果は現れた。
「こ、これは……今までお兄さんがあらゆる女性にしてきた数々の紳士的行為が走馬灯のように……?」


 ちなみに、紳士は紳士でも変態紳士である。


「こ、こんなバカな!! お兄さんが麗しき乙女達に行ってきた行為に自責の念を感じているっ!?」
 自責の念、そんな理念がクドの中に存在していただけでも驚きである。
「そ……そんなバカな……これまでの行ないを恥じたことなど……ただの一度だってないというのに……。
 こんなの……こんなの絶対おかしい……」


 少しは恥じろ。


「あ、ちょうどいいところに。はいこれ、プレゼント」
 と、緋雨は自分の片手に繋がれていた手錠をクドの手に掛けた。
「え……今日の緋雨さんは……とっても綺麗ですねぇ……」
 と、一瞬にして手錠の効果が現れたクド。しかし緋雨は冷静に言い放つ。


「そう? あ、ちなみに私はクドさんのこと嫌いだから」


「……」
 その言葉を無言で受け止めるクド。緋雨の言葉により二人を繋ぐ手錠は一瞬にして砕け散った。


「こんなの絶対おかしいよおおおぉぉぉっ!!!」


 短時間の間に自責の念に苛まれて恋心を発生させてハートブレイクまでを経験したクドは、混乱と自己嫌悪のまま走り出す。
 そこに、向こうからブラック・ハート団を追いかけて暴れまわっている鬼崎 朔がやって来た。

「……朔!?」
 鳳明に襲われながらも、カメリアはその声に反応した。
「なんじゃ?」
「おや?」
 と、ヒラニィと麻羅もそちらを見る。

「ど、どうせ私なんか……!!
 鏖殺寺院のせいで顔に刺青だってあるし、
 復讐のために生きてきたのになんかもう自分の中でウヤムヤになりかかってるし、
 私なんか、世界なんかーっ!!!」
 いつの間にかガーゴイルまで呼び出して、黒タイツ男たちを石化しまくっている始末だ。

「あ?」
 そのまま、朔はクドにぶつかって二人とも倒れ込んだ。
「い?」
 倒れ込んだ先には、カメラを回していたヒラニィと、様子を観察していた麻羅がいる。
「う?」
 ドミノ式に倒されたヒラニィと麻羅は、当然のように雪だるま式にカメリアと鳳明を巻き込んで倒れた。
「え?」
 気付くと、その場にいたほとんどの者が折り重なるように集まって倒れてしまった。
「よいしょっと」
 その中で一人、ちゃっかり避けていたのが緋雨である。


 ちゅどーーーん。


 タイミング良く、クドと朔と鳳明の手錠が爆発した。複数の手錠の相乗効果で、巻き込まれた人間の体力を根こそぎ奪い取る。
「あー……派手にいったわね」
 と、緋雨は他人事のように呟くのだった。


 その場にごろりと転がったカメリアは、手錠に体力を吸い取られて身動きも取れず、ただ空を見上げた。
「あー……朔? なんか荒れておったようじゃが……大丈夫か?」
 同様に空を見上げて、朔は応える。
「……まあ……手錠も壊れたようだし……何とか……」
「……お主の過去を儂は知らん……。
 ……じゃが、お主が自分に戸惑っているのであれば、それは復讐よりも大事なものを見つけかけているのかも知れぬ……。
 生きている限り、変化から逃れることはできぬ。迷うたら、友に問え。友は、自らを映す鏡じゃ……」
「……カメリア……」
 朔は、一人瞳を閉じた。
 自らの迷いを、そっと断ち切るため。

「あと麻羅……ええと……何か言うとらんかったか……。
 ああそうか、別に何と呼ばれようと儂は儂じゃ。好きに……ああそうじゃな」
 そのカメリアの横に転がって空を見上げつつ、麻羅も答えた。
「……なんじゃ」
「お主になら……紅椿とでも呼んでもらえればいいかの……よろしく頼むぞ」
「……ふん。紅椿か……そのうち、お主のねぐらにでも招待して貰うかの」

「あー……大丈夫か?」
 と、倒れる一行を覗き込んだのがハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)である。
「おお、来とったのか」
 と、こちらも体力を奪われて転がったヒラニィが見上げた。
「――ああ、ちょっと目を離した隙にえらい事になっていたのだな」
 その台詞に、苦笑いを浮かべるカメリア。
「まったくじゃ、クドにぃと鳳明のおかげでなかなかヒドイ目に会ったぞ」
「ははっ……その様子だと大丈夫のようだな」
 と、バルカは空を見上げて言った。
 カメリアは、自分の足元にいつの間にか入り込んで下敷きになっているクドを見下ろして、言った。
「おかげ様でな……ひどい目にも会ったが、クドにぃのおかげでこうして無事じゃ」

 爆発の瞬間、クドは巻き込んでしまった人間を庇うために、自ら爆心地に飛び込んでいたのである。

 その結果として体力のほとんどを奪い取られ、気を失った上にカメリア達の下敷きにされている、というわけだ。
「すまんの……どいてやりたいが身体が動かんのじゃ」
「いやあ……クド公も幸せそうだしそのまま尻に敷いてやるといいのだ。
 なあカメリア、その……クド公はな、物心ついた時に家族を失ったせいか、家族の絆とかぬくもりとかに憧れているのだ。
 そのせいか、この女好きの変態がボク達パートナーやお主に対しては、そういう感情を向けることは無意識に避けているようなのだな。
 まあ……身体を張ってお主達を守ろうとしたのはいいが、これではまったく格好がつかないけれどなぁ」
 その言葉に、カメリアは苦笑いを浮かべた。
 そっと、気を失ったクドの頭を撫でる。
「うむ……まったくじゃな……クドにぃは」

「まあ、クド公も口ではそんなことは言えないだろうから――まあ、これからもよろしくしてやってくれると助かるのだ」
「ああ……もちろんじゃ、お主も、よろしくな」
 と、カメリアとバルカは笑い合うのだった。


 ちなみに、その更に下敷きにされていたのが鳳明である。