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黒いハートに手錠をかけて

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黒いハートに手錠をかけて

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                              ☆


「……あれ、なんだろう、これ?」
 と、御剣 紫音(みつるぎ・しおん)は呟いた。街に女の子をナンパしに来たのは良かったが、可愛い女の子を探している段階で通りすがりの少女とブラック手錠で繋がれてしまったのである。
「何と言われれば、手錠じゃな」
 と、ツァンダの地祇の一人、カメリアは呟いた。今日も今日とて用事のついでに街をブラついていたカメリアは、通りすがりの紫音に手錠で繋がれた、というわけだ。

「いや、それは分かるんだけど。どうして手錠が突然飛んできて俺と通りすがりの女の子と……ええと?」
「ああ、カメリアじゃ」
「俺は紫音……で、カメリアと繋がれなきゃならないのかってことで」
 二人がキョロキョロと周囲を見渡すと、同じような手錠で繋がれているカップルがいる。
「突然飛んできたところを見ると、何かしらの仕掛けがしてらうのじゃろうな……」
 と、紫音に視線を移したカメリアの動きが、ぴたりと止まった。
「……どうした?」
 と、カメリアの顔を覗きこむ紫音。
「……な、何でもないわい」
 と、カメリアは少しだけ顔を赤らめてそっぽを向いた。二人とも気付いていないが、カメリアには手錠の効果が現れているのだろう、紫音の方をちらちらと見ては落ち着かない様子である。
 それもそのはず、まだ人間というものに触れ始めてから日が経っていないカメリアには、まだ恋愛感情というものがない。手錠の効果で愛情が高まってはいるものの、その感情が何を表しているか本人にも分からないのだ。

「お、おいカメリア大変だ。この手錠、爆発するぞ!」
 それはそれとして、ある程度の時間が経過すると周囲のカップルの手錠も爆発し始める。
「な、何と!? ど、どうすれば外れるんじゃ!?」
 心の内の感情はともかくとして、爆発するのは避けなければならない。
 何とか爆発を回避しているカップルを見ると、どうやら何らかの絶縁宣言で外れることはすぐに分かった。

「よし分かった、カメリア、俺を嫌うんだ!!」
「む――よし」
 と、正面から紫音の顔を改めて眺めたカメリアの顔がまた朱に染まる。
「わ、儂は――お主のことが……き、嫌い……す、好きじゃないぞ。勘違いせぬことじゃ」
 どうしてだろう、積極的に嫌いという単語を言いたくない。
「……弱いな」
 もちろん、それでは手錠は爆発しない。
「ぬ……ほ、本当に好きじゃないぞ、いくら顔がいいからって、お主のような女子を好きになど……」
 と、もじもじとするカメリア。だが、それに反して紫音の表情がくるりと変わった。
「おい、今、何て言った?」
「え? いくら顔がいいからって……」
「違う、その後だその後!! 俺は男だ!!」
 その言葉に激しく吹き出すカメリア。無理もない、外見的には紫音はどこから見ても可憐な美少女なのだ。
「じょ、女装趣味か!! ええい近寄るな、お主のような奴は嫌いじゃ!!」


「誰が女装趣味だ!!!」


 思わず叫び声を上げる紫音。だが、今のカメリアの一言で手錠は外れたようだ。
 そして、そこに紫音を探していた人影が現れる。
 その人影は3人。

「――ああ、やっと見つけましたえ」
 と、紫音に近寄ってきたのは綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)
「主様、こちらにおったのか」
 その横にはアルス・ノトリア(あるす・のとりあ)の姿。
「やれやれ、主の女好きにも困りものじゃ」
 最後にやって来たのはアストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)

「げ」
 一声上げて紫音はカメリアの後ろに隠れようとするが、もう遅かった。
「……お主のパートナーか? なぜ隠れる」
 カメリアは不思議そうに聞くが、紫音にそれに答える余裕はない。
「ま、またなカメリア!! 今日は楽しかったよ!」
 おざなりな台詞を吐いてその場を逃走しようとする紫音。しかし。

「お待ちなはれ!!」
 風花が牽制に放ったライトニングブラストが紫音の逃げ道を塞ぐ。
「ひっ!!」
 飛び上がった紫音の両サイドにアルスとアストレイアが立ち、そのまま連行の姿勢を見せた。
「さて……わらわ達を差し置いて街にナンパとは……じっくり話を聞かせてもらおうかのう、主様?」
「いや……その」
「まあまあ、まだまだ時間はたっぷりある故、家に帰ってからじっくりと伺うとしようか、主?」
「あ、あははは……」
 もはや苦笑いを浮かべることしかできない紫音を引きずって、3人は帰って行く。


「……何だったんじゃ、あれは」
 と、カメリアは薄笑いを浮かべて紫音を見送るのだった。


                              ☆


「あ、こら! 僕のみっちゃんから離れろ!!」
 と、声を荒げたのは会津 サトミ(あいづ・さとみ)である。みっちゃんとは若松 未散(わかまつ・みちる)のことだ。
 ご多分に漏れず未散もまたブラック手錠で繋がれたのであるが、サトミは未散と繋がれたのが自分でないことが心底面白くないのである。

 それもそのはず、未散の死別した姉に売り二つなサトミは、契約を交わしたその日からまるで本当の姉妹のように『みっちゃん、サトミン』と呼び合う仲なのだ。
 サトミもまた未散を妹のように可愛がり、この世界は『未散』と『それ以外』の要素でしか構成されていないと思っている彼女。
 その彼女が大切にしている未散がよりにもよってハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)と繋がれてしまったのだから、面白いはずもない。
「そ、そんなこと言っても、これはどうやったら外れるのでございますかっ!?」
 と、困惑するハル。ハルは普段から未散にぞっこんラブであり、手錠の効果でその愛情が高まっているものの、現象としては普段とあまり変わりない。

 問題は未散の方だった。
「あ……ハ、ハル……この手錠、なんだろうね……こ、困っちゃうね、はは……」
 と、赤い顔をしてモジモジと照れ笑いを浮かべる未散。
 普段は落語家としてテンポよく話し、どちらかと言うと微妙なべらんめぇ口調。こんな普通の女の子のように離す未散は珍しいのだ。
 明らかに手錠の効果を受けて、日頃は自覚していないハルへの愛情が表に出てしまっている。

「ふん……まあいいじゃねぇか、その手錠、ほっとけば爆発するらしいぜ?
 でなきゃ相手を嫌えばオッケーみたいだな。ほれ嫌え、もしくは爆発しろ」
 と、まるで面白がっているのは神楽 統(かぐら・おさむ)
 まったく傍観者の立場から手錠で繋がれた未散とハル、そしてそれにやきもちを焼くサトミ、という構図を楽しんでいた統。
 だが、ふと見ると手錠で繋がれた未散の手は、しっかりハルの手を握っている。
 しかも、次第にハルを見つめる未散の視線が熱を帯びているのが分かった。

 その様子を見て鼻の下を伸ばしまくっているハルの様子も何となく腹だたしくて。
「――なんか、面白くねえな」

 と、ぼそっと呟くのだった。
 どうにか手錠を安全に壊そうと自らの光条兵器である大鎌を微細に動かしているサトミに、後ろからそっとささやく統。
「――手錠が壊れねえなら、そいつの手首ごとすっぱりやっちまえばいいじゃねえか」
 もちろん、そいつとはハルのことだ。
「いいね、それナイスアイディア!!」
 明るく返事を返すサトミ。その呟きを聞きつけたハルは、驚きと共に抗議の声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!!
 別に爆発しても命に別状があるわけじゃないのでございましょう!?
 それなのに手首ごとすっぱりとはいくらなんでも代償が高すぎでございますよ、足元見すぎでございますよ!!」
 その抗議にしれっと答える統。

「いやあ。見るのは足元ではなく、手元でございます」
 『道具屋』か。

 だが、その一言で手首をすっぱり落とされるわけにはいかない。ハルはさらに抗議した。
「上手いこと言ってる場合ですか!! いくら未散くんの安全のためとはいえ――」

「よかろう、未散の安全とハルの手首とで差っ引きだ」
 『道具屋』か。

「ごちゃごちゃ言ってんじゃないよ!! いいから大人しく手首を出しな!! 僕のみっちゃんが爆発してもいいってのか!?」
 いよいよ業を煮やしたサトミが大鎌を振りかざしてハルに迫った。

「ば、爆発はイヤだけど手首を落とされるのもイヤでございますーぅ!!」
 叫んだハルは、手錠で繋がれたままの未散をお姫様だっこで抱えて走り出した。
 その後ろを追って走り出すサトミ。
 大人しく抱きかかえられた未散はというと、ハルの腕の中でぽつりと呟いた。

「……ハルに抱っこされた……嬉しい……」
 その呟きを聞いたハルはもう大変なことに。
「ぬわあーっ!! こんな素直で可愛い未散くんは初めてですぞー、可愛いですぞーっ!!
 だ、だがもこの手錠を外すには嘘でも未散くんに嫌いと言わなくては……!!
 しかし、そんな事を言っては未散くんを傷つけてしまうし……。
 とはいえ、さすがに手首を差し出すわけには……、かといって未散くんを爆発させるわけにも!!
 ああ、わたくしどうしたらいいのかサッパリ分からないでありますーっ!!!」
 と、あらゆる苦悩を撒き散らしながら逃走するハル。

 鬼の表情で迫り来るサトミの魔の手からどうにか逃れ、路地裏に隠れた。
「……ハル……この手錠が取れないと、ハルが大変なんだね……」
 降ろされた未散が、ぽつりと呟いた。
「え、ええ……だけど、未散くんは何も」


「私――ハルのこと嫌いだよ」


「――え」
 突然の未散の呟きに愕然とするハル。その心情を表すかのように、二人を繋いでいたブラック手錠が粉々に砕けて散った。

 すぅっと深呼吸をして、自由になった未散はハルに向けて笑った。
「はっはっは、なーあんてね、嘘だよ嘘!! 嘘でもいいんだろ? これで晴れて自由の身でございますってねぇ!」
 くるりとハルに背を向けて、未散は伸びをした。
 その背中に、ハルは声をかけた。

「――未散くん」
「……なんだよ?」
「嘘だって……分かっておりますからな。わたくしを困らせないようにとついた嘘……気にしなくても分かっておりますから」
 その言葉に、スンと鼻をすする音が聞こえた。
「……ありがとよ……私だって本当は……」
 と、そこまで言った未散は、ぴたりと言葉を止めた。
「どうしたのですか?」
 ハルの問いかけに、未散は答えた。


「――よそう、また嘘になるといけねぇ」