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リアクション
第2章
「……世界なんか滅んでしまえばいい」
と、のっけからダークオーラを全開させているのは音井 博季(おとい・ひろき)だ。
ご多分に漏れず手錠を渡された博季は、勝手にどこかに繋がろうとする手錠に抵抗するうち、自分の両手を繋がれてしまった。
途端に博季は普段は心の奥にしまいこんでいる感情に支配されてしまう。
博季の想い人――リンネ・アシュリングになかなか会えないことが、いつも博季の心の奥底に沈殿していた。
せっかく想いを伝えることができたのだから、多くを望むのは贅沢というもの――しかし理性でそう抑えつけようとしても、手錠の効果で高まってしまった感情を押し殺すことはできない。
「ああ……僕はリンネさんのことがこんなに好きなのに……滅多に会えないなんて生殺しだよ」
がっくりと、その場に膝をついてうなだれる博季。
その博季の胸元から、コード・エクイテス(こーど・えくいてす)は一枚の写真を抜き取った。
「……おい、どうやらその手錠、爆発するらしいぞ。これは後で返してやるから、早いとこ解除の方法を探せ」
「え、爆発……?」
だが、襲い来る自己嫌悪の嵐に辛うじて耐えている状態の博季に、そんな建設的な行動が取れるわけもない。
「はは……爆発か……それもいいな。
こんな事件ばっかりだから、僕もリンネさんも忙しくてなかなか会えないんだ……。
爆発、いいじゃないか! 爆発してしまえ!! こんな世界なんかこんな僕と一緒に爆発してしまえばいいんだ!!!」
自暴自棄になった博季の言葉通りに、手錠は爆発した。
「へぶしっ!?」
黒コゲになった博季は地面に打ち倒れる。そこに近づいた一人の人影があった。
それは、見まごうことなきリンネ・アシュリング――に変装した伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)の姿だった。
以前からの知人である博季の様子がここのところおかしいので、機会を見て何かできないかと思っていたのだ。――まあ、ちょっと変装の技術を試してみたかったというところもあるのだが。
ロイヤルガードのコスプレ衣装を着込んで、その辺で購入した金髪のカツラを被った藤乃は、辛うじてリンネのフリをする。
「ひ、博季ちゃんっ。こんなところで何してるのっ?」
精一杯元気娘っぽく振舞うが、瞳の色は白のままなのと、そもそも身長が本物のリンネよりも20cmほど高い。
何というかこう、全体的に惜しい。
だが、その時藤乃の手に繋がっていた手錠が反応し、博季の片手に繋がってしまった。
「リ……リンネさん……?」
博季の瞳に生気が宿る。爆発の後遺症でまともに立てない博季を半ば無理やり立たせて、藤乃は博季を連れて行く。
「え、えーとね。ちょっと時間ができたから、博季ちゃんに会いに来たんだよっ」
ちょっと無理があるだろうか、と自分でも想っていた藤乃だが、繋がれた手錠の効果で二人の間にはある種の親和性が生まれていく。
要するに、あばたもえくぼ。気にしなければ気にならない。
博季はすっかり藤乃をリンネだと思い込み、藤乃は自分をリンネだと思いこんでしまい、街中のカップルが爆発する中でラブラブデートを楽しみに行くのだった。
その後ろ姿を見送って、コードはため息をついた。
「あーあ……連れて行かれちまった。
まあ、この写真は大事に取っといてやるとするか……。
まったく、世話のかかるガキだ」
それは、博季がいつも大事に持ち歩いているリンネの写真だった。
「……しかし、どう見ても似てないと思うがなあ」
☆
「おい、何をする!」
鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)は叫んだ。
街で配っていた手錠を受け取ったはいいが、パートナーである鶴谷木 無(つるやぎ・ない)がそれを奪い取って自分の手にはめてしまったからである。
「くくっ、これはどうやらちょっと面白いオモチャみたいだからね、オレ様が貰うよ」
そう言うと、無は暴れる手錠を無理やり抑えつけ、街を走り出した。
「まったく……どうなんてるんだ」
と、虚雲はただ佇むしかなかった。
「おい、遅いじゃねぇか」
と、瀬戸鳥 海已(せとちょう・かいい)は文句を言った。とある裏の仕事の打ち合わせのため、無との待ち合わせに来ていたのだが、時間を過ぎても現れない無に苛々していたところだ。
だが、無はそんな海已の抗議も無視して、突然煙幕ファンデーションを巻き散らした。
「うわっ!! 何しやがるテメェ!!」
隙は一瞬。だが、あらかじめ狙いをつけておいた無にとっては一瞬で充分。
「――くくっ」
「おい、何のつもりだこれは――?」
その一瞬で、無は自分の手錠を海已の手に繋いでしまった。
すぐに振りほどいて壊そうとする海已だが、意外に丈夫なのと、手錠の効果が現れてそうもいかない。
くらりと、眩暈がした。
「な、何だこりゃ……」
手錠で繋がれた無が迫る。
海已の中にありえない筈の感情が芽生え始めた。すなわち、脈絡のない無への愛情である。
「くっ……な、何で……」
戸惑う海已をよそに、無は人のいない物陰に海已を押し倒した。
「くくくっ……兄さん……オレ様の、オレ様だけの兄さん……」
「な、冗談じゃねえぞ……!!」
秘密の打ち合わせのため、元々人通りのない場所で待ち合わせをしていたのが災いした。
無は悪魔だが、その中身は海已の義理の弟。元より歪んだ愛情を海已に向けていた無だが、それがさらに手錠の効果で完全な暴走状態に陥っていた。
「今日こそは、オレ様のモノにしてあげるよ……」
本来、男性に興味のない筈の海已は、自らの心の内から湧きあがる感情と、目の前に迫る無との両者から、責め苛まれるのだった。
☆
その頃、笹野 朔夜(ささの・さくや)は困惑していた。気がついたら笹野 冬月(ささの・ふゆつき)と手錠で繋がれていたのである。
「ええと……これ、なんですか」
要因はすぐに思い当った。奈落人、笹野 桜(ささの・さくら)の仕業だ。
桜が憑依している間、朔夜は気絶状態になってしまう。その間、桜の選択によって記憶を残さないことができるので、朔夜には何が起こったのかさっぱり分からないのだ。
言い換えれば、何か不可解なことが起こったら桜の介入を疑わなければならない、ということだ。
今回もその通りで、街で配られている手錠の効果に目をつけた桜が、朔夜に憑依して手錠を貰い、そのまま冬月と繋がってしまったのである。
「全く……『冬ちゃん、ちょっと手を出して』って言うもんだから反射的に出してしまった……」
と、ため息をつく冬月。
その冬月を見る朔夜には、徐々に手錠の効果が現れ始めているのだが、冬月も当の朔夜もそれには気付かない。
また朔夜の口を乗っ取って、桜が告げた。
「あ、冬ちゃん朔夜さん。どうやらこの手錠はお互いが普段思い合っていることを正直に言い合わないと爆発しちゃうらしいですよ〜」
まあ、手錠が外れるある一パターンを言い換えればそういう言い方もできなくはない。
爆発という言葉のインパクトに騙された冬月は、その言葉の裏に潜んだ意図に気付かず、少しだけ俯いた。
「え……そうなのか……まいったな……自分の事を伝えるのって、苦手なんだけれど……」
そして朔はというと、手錠の効果で湧きあがる気持ちに困惑している。
普段は普通に家族として接している冬月なのに、何故か今日に限って可愛く見えてしかたないのだ。
爆発は困るけど、正直に自分の思いを伝えるのは少し恥ずかしいと、モジモジする冬月の表情とか仕草とかもう可愛くて可愛くて。
「……はっ! 僕は一体何を!!」
ぶんぶんと首を振る朔夜に、冬月は問いかけた。
「……ん、どうした?」
ちょっと首を傾げて朔夜の表情を覗きこむ冬月に、朔夜は慌てる。
「な、ななななななんでもありませんよ!?」
戸惑う朔夜をよそに、桜は朔夜の中でほくそ笑むのだった。
『ふふふ……こうでもしないとこの二人は素直になりませんからねぇ……♪』
☆
「おい、なんだこりゃ」
と、狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)は自分と尾瀬 皆無(おせ・かいむ)の手を繋ぐ手錠を睨みつけた。
「いやー、まいちゃったねー」
皆無はと言うと、全くまいってない様子で脳天気に笑った。
そして、手錠で繋がれたのをいいことにいつも以上に乱世にベタベタと絡みつく。
「おい……うっとうしいぞ皆無。ちょっと離れろ」
「えー? だってしょうがないじゃーん、俺様とランちゃん、もうしっかり繋がっちゃってるんだしぃー。
しかもなんかこう、胸の内から高まってくるんですけど!!
ああ、もう辛抱たまらん!! ジュッテーム!! そしてモナムー!!」
どうやら皆無には手錠の効果がてきめんに現れているらしい。
日頃から乱世に対しては煩悩全開で何かと絡みつく皆無だが、手錠のせいで更に何かが高まってしまったらしく、うっとうしいことこの上ない。
「おい……いい加減にしろよ皆無。
お前はあくまであたいの舎弟だからな。要するに下僕だ。
万が一にも恋愛関係なんてありえねぇえから妙なことしやがったらって聞けよコラァ!!」
凄んで見せた乱世の言葉にも全く応えずに、皆無はもぞもぞと乱世に抱きついてくる。
「ランちゃん、無理。いやもうほんと無理だから!
今日は特にもうラン可愛すぎてもう俺様昇天寸前なの!!
しかもこうがっちり繋がれちゃどうしようもないし!! これきっと運命だから!!」
普段から人の話を聞かないことと、ゴキブリ並のしぶとさには定評のある皆無は、ここぞとばかりに乱世に覆い被さろうとして来るのだった。
乱世はというと、そんな皆無の手をそっと取った。
右手で皆無の左手を、左手では皆無の右手を。
「お、おおおおランちゃん!? ついにその気にっ!?」
両手をがっちりと握る形になったことに興奮する皆無。
その皆無に答えるように、乱世はにっこりと微笑んで、言った。
「――舐めんじゃねえぞ」
と。
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