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結成、紳撰組!

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結成、紳撰組!

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■其の参


 その夕暮れ時。
「あっれ。あれ黒龍くんじゃ……?」
 夕刻にふと通りで天 黒龍(てぃえん・へいろん)を見つけ、佐々良 縁(ささら・よすが)が声をかけた。
 慌てて黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)が、一歩前へ出る。
 ――だが。
 日が沈む前に寺崎屋へ向かってみようとした所で、黒龍は聞き覚えのある声で名を呼ばれたのだった。
「この声……佐々良か? 一体何をしているのだこの様な所で」
 路地へ連れ立って歩きながら、縁は応えた。
「……まさかお互いこんな格好で会うとはねぇ? 目的地は?」
「寺崎屋だ、そちらこそ目的は?」
「情報収集かな」
 目的地が同じということで、二人とそのパートナー達は連れだって歩く事となった。
「ならば話は早い。こちらはそちらの目的に干渉する気は無いから安心しろ」
 黒龍は、縁に向かって微笑を浮かべた。こうして、二人は情報の交換を図ったのである。 新に聴き得た紳撰組の情報を、点喰 森羅(てんじき・しんら)が書き留めていった。
 そんな光景を見据え、大姫が嘆息する。
「追手かと思い思わず彼の前へ出たが……何じゃ、そなたの知り合いかえ。とんだ取り越し苦労じゃ」
 こうしてやりとりを交わし、彼らは別れたのだった。黒龍は寺崎屋の騒動の顛末を見届ける事を目的としていて、縁は芹沢 鴨(せりざわ・かも)と邂逅する事を目的としていたのである。


 藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)との対決を終えてから、砂埃を払いつつ芹沢は歩いていた。
するとそこへ、妖艶な声がかかった。
「ねえ、おじさん。いいものあげるから遊んで」
 それはカモフラージュとちぎのたくらみを駆使して、着物をはしょり着し現れた佐々良 縁(ささら・よすが)だった。声をかけると同時に彼女は、ちぎのたくらみを解除して、点喰 森羅(てんじき・しんら)を魔鎧状態で装着する。そして、短筒の射撃による不意打ちを狙った。
 だが弾は空を切り、芹沢は余裕そうな笑みを浮かべたまま、足払いを仕掛けてくる。
「今日は客が多いねぇ。酒が足りねぇな」
 呟いた芹沢に対し、縁が嘆息混じりの笑みを浮かべる。
「んー当たってくれませんよねぇ? 鴨さんは」
 本気でやっても物騒な挨拶にしかならなかった事に、彼女は身体を地面から起こしながら、深々と息をついた。
 向き直り、彼女はもう一撃繰り出す。
 ――キン。
 鉄扇が音を立てるが、それが縁の耳に入った時には、既に再び彼女は足を地に着いていたのだった。
 腹部に入った鉄扇の打撃が、次第に鈍く強く痛みを主張し始める。
「……あ、かまってくれたお礼――がんばってくださいねぇ」
「礼?」
 差し出された紙を受け取った芹沢は、驚いたように縁を見た。
「詳しいな、どこでこんな情報を――」
「いいから、いいから」
「有難ぇ。早速屯所に持って帰るとする」
 寺崎屋の会合場所や不逞浪士の名前などが詳細に書かれた紙を受け取り、芹沢は足早にそこを後にした。それを見送りながら、森羅が呟く。
「……それ渡すだけでもよかったんじゃないのかい?」
 傍らでは、猫形態で待機していた蚕養 縹(こがい・はなだ)が頷いている。
「あねさんも、おっかないねぇというか無謀なとこあんなぁ……」
 お腹を抱えうずくまっている縁へと、孫 陽(そん・よう)が歩み寄った。
 縁が芹沢に足蹴にされるのは目に見えていた為、彼は、怪我の手当ての準備をしておいたのである。
「まったく変な方向にやんちゃしましたね、縁」
 その言葉に、縁は曖昧に笑ったのだった。


 そうして芹沢が、紳撰組の屯所へと情報を持ち帰った頃。
 寺崎屋の屋根の上を、一匹の太った猫が通りすぎていく。
 その正面――寺崎屋の二階、右端の部屋では、梅谷才太郎が、風祭 隼人(かざまつり・はやと)風祭 天斗(かざまつり・てんと)に、健本岡三郎を紹介していた。八神 誠一(やがみ・せいいち)も同席している。
「健本くんの志にゃ目を瞠る」
「はじめまして」
 隼人は会釈してから、梅谷と健本の話しを、寺崎屋の一角で聴く事にしたのだった。
 すると誠一が語り始める。
「能力ある市井の人物の意見は反映されず、権力利権に固執した世襲官僚の意見ばかりが反映される、それじゃ、今の難局は乗り切れないと思うけどねぇ。まあ、シャンバラに属してる人間が言うのもなんですけど、マホロバの事はマホロバに住む人が決めれば良い。幕府も藩も超えた、他国の政治的思惑をも無視してマホロバの未来の事を考えられる、そんな組織が必要なのかもねぇ。さて、梅谷さんが僕の考えをどう思うか、是非聞いてみたいねぇ」
 その言葉に梅谷が語り出し、寺崎屋の一室には、荘厳な雰囲気が流れ始めたのだった。


 その頃、隣室では、オルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)久坂 玄瑞(くさか・げんずい)、そして三道 六黒(みどう・むくろ)両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)達が、梅谷の動向をうかがっていた。そうしながら、彼らはマホロバの事、あるいは自分たちの想いを考えながら、少しばかり早いが酒を酌み交わしていた。マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)近藤 勇(こんどう・いさみ)も一緒である。
六黒が語る。
「暁津の者、紳撰組から見れば『悪』と呼ばれるべき者か? 貴様らが闘うべき敵は誰だ? わしはそう問うてやりたいのであるよ」
「先生の言うとおりだと思います!」
 過激な思想を持つ、暁津藩の脱藩浪士が、声を上げた。
「目の前にぶら下がった餌に、簡単に食いつくな、愚か者」
「すみません!」
「――打ち払うべきは外国の勢力。しかし暁津はその急先鋒たらんと声を上げているというのに。新撰組は、それに刃を向けるとか、なんと愚かなことか」
「その通りです!」
「新撰組などという過去にすがり、借り物の正義、借り物の信念を振りかざす貴様らに、自らの信念より生まれ出た想いを踏み潰す権利があると思うのか。わしは信念持つ『悪』と呼ばれる者を統べる者。しかしてわしの問い、信念あらば迷うことなどあるまい。故に」
 六黒が述べると、暁津藩の脱藩浪士達の一同が拍手をした。
「時代は、再び攘夷を求めるというのか……」
 玄瑞が静かに呟く。するとオルレアーヌが、視線を向けた。
「行きましょう、玄瑞。私たちで、変えていかねばなりません」
 その声で、二人は寺崎屋の席を、中座する事にした。
 紳撰組の突入まで、後数刻の所であった。
「だけど紳撰組が来たら、どうすれば……」
 二人の姿を見送りながら、若い秋津藩を出奔したばかりの青年が、不安そうに言う。
「これしきで迷うな、未熟者」
 力強い六黒のその声に、青年は安心した表情を見せた。
「ん……?」
 話を聴いていた勇が首を傾げながら、部屋の片隅で、マイトへと視線を向けた。
「これが紳撰組か?」
 彼らは現在、何をどう間違ったか寺崎屋に迷い込んでいるのである。気がつけば、紳撰組の会合と勘違いをして、不逞浪士の宴の席へと腰を下ろしていたのだった。
「まぁ時代が変われば、自責もする組織になるのか」
 一人頷いている勇を後目に、マイトは慌てて首を振る。だが、勇が気がつかない。
「何かおかしい……これ紳撰組じゃないだろ」
 思わずそう呟いたマイトは、原田 左之助(はらだ・さのすけ)へと連絡を取った。
『そっちは不逞浪士側だ』
 話を聴いた佐之助が、慌てて状況を説明する。迷子になっていた勇は、現在、強いて言うならば『敵対者』である勢力の会合へと、偶然から参加してしまっていたのである。
「せ、潜入作戦だった事にしよう!」
 小声で佐之助に対し、マイトはそう告げたのだった。
 そんな勇やマイトの様子には気づかないように、六黒達は言葉を続けていくのだった。


■其の四


 こうして紳撰組の一同は、寺崎屋へと向かう事になったのである。
 まず始めに到着したのは伍番隊だった。
「んじゃ、早速寺崎屋にでも行ってみよか!」
 日下部 社(くさかべ・やしろ)と、彼が率いる一隊は、隊長のそんな判断でいち早く寺崎屋へと到着していたのだ。
「さてと……他の皆が来るまでは光学迷彩でも使って様子見やなぁ。お前等は待機な」
 部下にそう声をかけ、彼はブラックコートを着用して、寺崎屋周辺を見回る。
 特に変わった人影はなく、ただ一匹の太った猫が、屋根瓦の上に座っているだけである。
 続いて弐番隊が到着した。
「おお、討ち入りじゃと? 何と、てれびで見たような事をするのか? うむ、すっごく面白そうじゃ。伊織、ぼさっと『はわわ』しとるでない。我らも参加するのじゃ」
 サティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)が楽しそうに言った。
「はわわ、気が付いたら寺崎屋への討ち入りに参加している僕……どーしてこうなったですかー」
 寺崎屋の家屋を見上げながら、弐番隊隊長の土方 伊織(ひじかた・いおり)が呟いた。
「って、ベディさんもサティナさんも何でそんなにたのしそーにしてるですかぁ」
 そしてパートナーの二人、サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)とサティナへと振り返る。
「はうぅ、でも……ここまで来ちゃったら後には引けないですし、頑張って不逞浪士さん達を捕まえるですよ。出入り口を見張りましょう」
 そんな伊織の声に、ベディヴィエールが微笑した。
「あらら、血気盛んな方が多いようですが、お嬢様は消極的な方ですし、確かにその辺りが無難ですか」
「そうだね、ベティさんは、裏口をお願いです」
 伊織が言うと、ベディヴィエールが頷き返した。
「では、私はご下命通りに裏口の押さえに参ります。不逞浪士を取り逃す訳には行きません。逃げれる場所は表か裏の入り口だけでしょうし、この場所は押さえさせて頂きましょう」
「お願いしますです」
「情報のやり取りに関しては銃型HCで、後はこの場所は不逞浪士様通行止めとさせて頂きますわ」
 二人のそんなやりとりを聴きながら、サティナが笑う。
「むむ、折角参加するのじゃから我も突貫してみたかったのじゃが、伊織の意見も一理有るしのう……致し方が無しじゃな。我も伊織と共に表口のを押さえるとするかのう。不逞浪士なぞ一人も逃す訳にも行かぬからのう。まぁ、屋根を伝って逃げる奴も居るやも知れぬが、発見次第サンダーブラストで叩き落してやるのじゃ」
 こうして彼女達を筆頭に、弐番隊は主に出入り口を見張る事としたのだった。
 そこへ続々と、他の隊士達が集まってくる。
「揃ったか」
 近藤勇理が、一同を見回した。肩に怪我を負っている為、楠都子は突入舞台から外れた。局長のその声に、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)如月 正悟(きさらぎ・しょうご)、そして長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が頷いてみせる。
「勇理、これが見取り図みたい」
 寺崎屋内部の見取り図を手に、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が声をかけた。傍らでは冷静な顔で、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が頷いている。彼女達の情報から、勇理が内部構造を把握していると、草薙 武尊(くさなぎ・たける)もまたその紙を覗き込んだ。
 そこへ情報を携えて、芹沢 鴨(せりざわ・かも)が戻ってきた。
「成る程――二階の右奧と、その隣、そして左から二つ目の部屋が目的か」
 呟いた勇理に、面々は頷いたのだった。
「少なくとも、右と左で二手に分かれた方が良いな。それに、出入り口の見張りも必要だし」
 勇理が言うと、伊織が頷いた。
「裏口の警備は任せて下さいなのです」
「じゃあ俺は正面から見張る」
 棗 絃弥(なつめ・げんや)がそう応えた。二人を見て、勇理は大きく頷く。
「では右の部屋に私と、壱番隊と伍番隊、それに七番隊は向かう。それに総長と参謀も頼む」
 その声にスウェル・アルト(すうぇる・あると)ヴィオラ・コード(びおら・こーど)が頷く。同時に、草薙 武尊(くさなぎ・たける)も頷いた。
 合流した伍番隊隊長の、日下部 社(くさかべ・やしろ)もまた首を縦に振る。
「左手の部屋には、四番隊と六番隊に行って欲しい」
 それぞれの隊長である長原 淳二(ながはら・じゅんじ)海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)も首を縦に振ったのだった。
「ちょっと待ってくれ」
 そこへ椎名 真(しいな・まこと)と★原田 左之助(はらだ・さのすけ)、そして日堂 真宵(にちどう・まよい)土方 歳三(ひじかた・としぞう)、それに沖田 総司(おきた・そうじ)がやってきた。
「近藤さんがその――せ、潜入調査中で中に居るんだ」
 佐之助のその声に、感動したように勇理が唇を振るわせた。
「流石は元祖新撰組の局長ですね」
 しかし顛末を知る新撰組の面々は、何処か複雑そうな表情で視線を彷徨わせたのだった。


 その頃、猫を追いかけてきたよろずやの三人は、寺崎屋の二階の屋根、その屋根裏の奧へと身を進めていた。
「もうちょっと……っ」
 緋王 輝夜(ひおう・かぐや)が手を伸ばす。
「頑張って下さい」
 坂上 来栖(さかがみ・くるす)が励ますと、大きくフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)も頷いたのだった。
「それにしても、おおぉ、すごいまるで時代劇の中みたいだねぇ」
 まるで忍びのようだと、輝夜がそんな風に口にした。
 その天井が抜けるのは、もう暫くした頃のことである。


 その頃、何事かと外へと出てきた女将を、勇理等は拘束していた。
 だが、湯浴みをしていた女性の一人が、外にたむろする紳撰組の姿に驚いて、服も着ずに慌てて梅谷達の所へと向かったのだった。


■其の伍


 夜の色合いが濃くなってきた、扶桑の都。
 その一角松風邸では、本日も当主の堅守と、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)らの会談が行われていた。
「扶桑見廻組にも新撰組にも手配所を回しましたが、未だオルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)らの所在は分からないようですね」
 堅守が、酒を勧めながら、世間話のようにそう口にすると、牙竜が眉間の皺を刻した。
「それだけではない。まだ、どちらがどの界隈の治安維持を担当するのか、上手く整頓が出来ない。特にこれまで、都子の治安維持を担っていた見廻組にとっては、新撰組が辻斬りの多くを立件できない事にいらだっている様子」
 堅守が呟きながら、焼酎に入る梅干しを、箸で潰した。少しばかり濃いめの、しそ焼酎のロックが置かれている。反して、日本酒を差し出された牙竜は、さかずきを手にしたまま、嘆息していた。
 彼は、扶桑見廻組から、要するに下からの数多くの要望を聞く立場にある。けれど、幕臣達や、上からのプレッシャーも大きい場所に、身を置いているのである。
「扶桑の都の現場、実情と、幕府からの圧力。いくら武神殿の手腕が優れているとはいえ、お心苦しい事でしょう。ささ、今宵は忘れて、一杯」
 それは松風公なりの気遣いだったが、牙竜の心を占めるのは扶桑の都の治安についてばかりであった。
「松風家当主殿。今宵も、紳撰組による討ち入りがあると聴く」
「そのようですね――ただしそれは、先に動いたのが、紳撰組だったという事ではないのですか。八咫烏が、矢文を飛ばした、そう訊いております」
 堅守が、控えている武神 雅(たけがみ・みやび)龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)、そして重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)へと視線を向けた。
「権限を一任してある橘 恭司(たちばな・きょうじ)は、優秀なんだ」
 その声に、焼酎の浸る硝子製の湯飲みを傾けながら、堅守が微笑する。
「そこで今宵の討ち入りよりも、更に気になる報告を受けた。なんでも、朱い牛面の集団がいるとの事」
「朱い牛面?」
「忍びのようでもあり、黒い装束を纏っているそうだ」
 ここ数日でうち解けた二人は、率直に言葉を交わす。
「何者かが現在、このマホロバで暗躍しているようなんだ」
 牙竜のその声に、あからさまに堅守は驚いた。
「ただでさえ、これまで目立たなかった勤王、攘夷の思想が、そこかしこで見受けられる。特に若い者は、その熱気に煽られて荷担している風ですらある。何か裏があるのかも知れない」
 牙竜がそう告げると、深々と堅守が頷いた。
「気をつけるよう、皆に促さなければ」
 こうして今宵も、松風邸の夜は更けていったのだった。