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第八章 3日目の朝

 駄菓子屋の店番も3日目。山葉 涼司(やまは・りょうじ)の指示もすっかり手馴れてくる。
「いよいよ今日がラストだからな。みんな、がんばってくれ」
「はーい」と手伝いの面々から声が返ってくる。
 椎名 真(しいな・まこと)は駄菓子屋の周りを念入りに掃除した。周囲で営業している店員や、通りがかった人への挨拶も欠かさない。ただ彼にも理解できない反応が多い。
 彼の執事然とした様相に、斜め向かいの店の人には「いろんな生徒さんがいるのねぇ。日に日に大人しくなっていくわ」と言われた。
 初日、3メートルの巨漢ジェイコブ・ヴォルティ(じぇいこぶ・う゛ぉるてぃ)、2日目、目つきの鋭いエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)と比較してのことだったが、事情の分からない椎名は、あいまいな笑顔を浮かべながら「よろしくお願いします」と言うのみだった。
 店内は七尾 正光(ななお・まさみつ)に加え、パートナーのアリア・シュクレール(ありあ・しゅくれーる)ステア・ロウ(すてあ・ろう)チャティー・シュクレール(ちゃてぃー・しゅくれーる)がメイドもピッタリ似合って掃除をしている。初日、2日目の後片付けがきちんと行われていたため、あまり手のかかることはない。それでも自分達が仕入れた品物をちゃっかり良い位置に並べ替えたりもする。
「お母さん、これ、もう残り少ないのね」
 アリアがチャティーを呼び止める。チョコ菓子の箱を見せた。
「もっと仕入れておけばねぇ。今日1日だけだし、そのままで行きましょう」
 アリアは元気良く返事をすると、菓子箱を並べなおす。
「外はあらかた終わったよ」
 椎名が戻ってくる。まるでどこかの喫茶店のように執事とメイドが揃った。
「お疲れ様ー」と4人が声を揃えて迎える。
「俺達が仕入れた品の売れ行きは良いみたいだぜ」
「それは良かった。売れ残ったら、村木のお婆ちゃんに申し訳ない」
 一通り準備が整うと山葉は学校に戻っていく。まだ客もこないため、店内が静かになる。
「こうして見ると、2人は似ているのねぇ。もちろん顔立ちは違うけど、雰囲気かしらぁ」
 七尾と椎名を、チャティーが見比べる。
「ニーサンが2人いるみたいだー」とステアが同意、アリアもうなずいた。
 パッと見では、瞳の色が七尾は緑で椎名は茶のため、印象が異なって見える。しかし身長はほぼ同じ、ショートヘアーの髪型に髪色はわずかに七尾が濃いくらい。それだけでそっくりとは言えないが、雰囲気が似ているところがある。
 わざわざ踏み台を持ってきて、チャティーは顔を椎名に近づけと、椎名がわずかに背をそらす。
「正光くんはアリアに取られちゃったしぃ、私は椎名くんを貰って行こうかなー」
「俺は……」
「あら、恋人でもいるの?」
「いや、その……まだ恋人ってわけでも……」
「じゃあ、私なんてどぉ?」
「母さん、いい加減にしてください!」
「キャー、怒られちゃったー」
 チャティーはアリアとステアを引っ張って、店の奥へと駆け込んでいった。
「すみません」
 七尾が頭を下げると、椎名は「いやいや」と首を振った。しかし顔に浮かんだ汗をハンカチで拭う。
「助かった。どうして良いやらわからなくてな。しかし“母さん”と言うのは?」
 メイド服のチャティーは、どう見ても10代にしか見えない。
「……はい、あんな外見ですが“母さん”なんです」
 七尾はアリアと婚約者であることと、アリアとチャティーが親子であることを話す。
「なるほど、義理の親子か」
「しっかりしたところもあるんですよ。なにせシュクレール・カンパニーの副社長でもあるんですから」
「ほぉ、聞いたことがあると思ったら、あのシュクレールか。これは玉の輿に乗り損なったな」
 椎名が冗談を言うと、七尾も笑う。そこに脚立を持ってチャティが来る。
「椎名くん、ちょっと良いかなぁ」
「高いところなら俺が……」
 言いかけた七尾と椎名を制する。
「大丈夫、私の方が身軽でしょ」
 立てかけた脚立をスタスタと上がる。棚の上を「どこだったっけー?」と眺めながら、大きくメイド服のスカートを揺らす。
 視線のやりどころに困って椎名が目を伏せようとすると、「椎名くん、これどう?」などと言いながら、更にスカートを揺らした。
「母さん、わざとでしょ!」
「キャー、足が滑っちゃったぁー」
 チャティーは椎名に向かって飛び降りる。自然、椎名が正対して抱きかかえる格好になった。
「もう、七尾くんが大声だすものだからぁ、びっくりしちゃったじゃないー」
 椎名の首に両腕を回すと、ピッタリ頬をくっつける。
「あんたって人はぁぁぁぁー」
 逃げるチャティーを七尾が追っかけまわす。なぜかその後をステアも箒を持って走り回る。
「お母さん、埃が立ちますから、外でやってよ!」
 アリアが言うと、チャティーが外へ逃げ出す。七尾とステアも追っかけていった。
「お騒がせして、ごめんなさい」
 アリアが詫びると、椎名は苦笑いする。
「家族仲が良いのは結構なことです。毎日アレじゃあ大変ですが」
「はい」
「ところで」
 椎名は声を少し小さくすると、「どうして君達は両思いになれたんだ?」と尋ねた。
「え……、そ、そんなこと、どうして聞くんですか?」
「チャティーさんに、俺と七尾さんが似た雰囲気と言われたのを思い出してね。気になったもので」
 アリアはちょっと首を傾げて、椎名を見上げる。椎名の「まだ恋人ってわけでも……」の言葉を思い出した。
「好きな方が、いるんですね」
「ええ、まぁ……、ただ、その俺が執事なので……」
「そんな関係でもあるのかぁ。ちょっとロマンチック。でも正直に気持ちを伝えれば、大丈夫じゃないかなあ」
「そうか…………」
 そこにチャティーが戻ってくる。
「あー! アリアが浮気してるぅ! 正光くーん、一大事! 一大事!」
「もう、お母さん! 何言ってるの!」
 一段と騒動になりかかったところで、ようやく駄菓子屋に来客があった。
「こんにちは! もんじゃ焼き、良いですか!」
 普段のメイド服からジーンズ姿になったミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が店を覗き込む。 
「いらっしゃいませ!」
 4人が声を合わせて招き入れた。一瞬、真面目になったチャティーがすぐにふざける。
「はっ! もしかして正光くんを追ってきた浮気相手? アリア、今度こそ一大事よ!」
 状況が分からないミルディアに、アリアと七尾が申し訳なさそうに頭を下げた。
「はいはい、チャティーさんはこっちに行きましょう。ステアちゃんもついて来てね」
 椎名がチャティーを抱えると、店の外へと歩いていく。ステアも「わーい」と追っかけた。
「キャー、誘拐されるぅー」とチャティーが冗談半分で叫ぶと、アリアと七尾が「さよならー」とばかりに手を振った。
「ごめんなさい、騒がしくって。もんじゃ焼きね。こっちへどうぞー」
 アリアがもんじゃのタネを持ってくる。
「もんじゃって、初めてなの。いろいろ教えてもらえますか?」
「ええ、もちろん」とアリアが言うと、どこからともなく、チャティーが戻ってくる。
「あらあら、初めてなのー。初めては痛いかもしれないけど大丈夫よぉ。優しくリードしてあげるから……」
 聞いてるミルディアが真っ赤になる。
「お母さん!」
「母さん!」
 アリアと七尾が叫ぶと同時に、椎名が現れ「はいはい、こっちこっちー」とチャティーを引っ張って行った。ステアは変わらず「わーい」とついて回っている。
「あの……“お母さん”って……」
「あれでも母なの。あまり気にしないでね」
 アリアがもんじゃのタネを鉄板に広げる。香ばしい匂いとタネの焼ける音が広がった。手際良くコテを使って、丸く形を整えていく。そして土手の中に残りを流し込む。
「やってみると簡単だよ。大事なのは、焼け具合を見るタイミングくらいかな。もっともそれも好みなんだけど」
「あたしも料理はするんだけど、スイーツが多いんだ。それにこういう雰囲気も初めて……」
 ミルディアが天井を見上げると、チャティーがひょいと顔を覗かせる。
「初めてなんだぁ。初めての時はね……」
「お母さん!」
 またも椎名が引っ張って行く。
「楽しそうで良いですね。あたしにも両親がいるの。でも仕事で忙しくて、子供の頃はなかなか会うこともなかったんだ」
「そうなの……」
「不自由はなかったけど、ちょっと寂しかったなって」
「良いわよ、さぁ、チャティーママの胸に飛び込んでおいでぇ」
 またしてもどこからともかく現れたチャティはミルディアの横にチョコンと座った。
「お母さん、店の中で暴れないで! 埃が入っちゃうでしょ」
「ごめんねぇ、椎名くんが追っかけてくるものだから。モテモテなのも困るわねぇ」
 ようやく椎名が追いつく。ハァハァと息がきれている。その横でステアは元気一杯のままだ。
 チャティーがコテでもんじゃをこそげ取る。
「はい、あーん」
「お母さんったら、ごめんなさい、無理に……」
 アリアが止めかけたが、ミルディアはチャティーの差し出したコテに口を持っていく。
「おいしい!」
「でしょう。アリアが作ると、何でもおいしいのよぉ。だから私も好き嫌い……は、あるけどね」
 なんとかその場が落ち着いたのを見て、椎名と七尾が席を外す。
「大丈夫でしたか?」
 椎名はようやく息を整える。
「すっごい体力だな。見た目は子供でも、アレではあなどれん。さすがは大会社の副社長と言ったところか」
 2人の背後で、「キャッ」と叫び声が聞こえる。振り向くと、なぜかチャティーがミルディアの胸を触っていた。
「たくさん食べて大きくならなくっちゃダメよって言いたかったけど、この中で一番じゃないかしらぁ」
 ミルディアも小柄ではあったが、4人の中では比較して成長しているようだった。うながされるままに、ステアも手を伸ばす。「うわぁ、おっきい!」と歓声を上げた。
「チャ、チャティーさん、ステアさんも、ダメですぅ」
「アリアも触らせてもらいなさい。これくらいないとぉ、正光くんを喜ばせてあげられないわよ」
 アリアが七尾をチラと見る。止めようと思った七尾は、アリアの「本当?」と問いかけるような視線に戸惑って動けなくなる。
「アリアさんも触るの? まぁ……ちょっとくらいなら……」
「あら? もしかしてミルディアちゃんもMなのね。実は椎名くんもMっぽいなって思ってたのよ」
 いきなり会話に引っ張り出された椎名は、全員の注目が集まっているのを見て顔をそらす。
「俺は外にでているよ。手頃なところで止めてやってくれ」
 七尾を残して、足早に店から出て行った。
「椎名さん、まさか本当に……」
 呆然と立ちすくむ七尾。焦げかけたもんじゃの前では、おっぱいの触りっこ(触られるのはほとんどミルディアばかりだったが)が延々と繰り返されていた。