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一日駄菓子屋さんやりませんか?

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一日駄菓子屋さんやりませんか?

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 鼻歌が聞こえる中、蒸し器から湯気が上がっている。
「そろそろ……かなっと」
 自慢の黒髪を背中で束ねた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)がふたを開けると、一口サイズに切って蒸かしたジャガイモが並ぶ。串に挿して小麦粉とパン粉をまぶす。トレイに並べ終わると、油で揚げ始めた。
 小気味よく油のはぜる音が続く。衣がキツネ色に変わったものから順に引き上げる。先ほどまでは白い串が整列していたトレイに、今度は黄金色の串揚げが並んだ。
いもフライの完成。どれ、ひとつ」
 ソースをかけて味見する。まず半分かじって、「ふむ」と残りの半分も口に入れる。
「好みでケチャップやタバスコもいけそう。甘いものが好きな人には、ハチミツやジャムもありかな」
 調味料を替えて次々に味見する。並んでいたフライは、いつの間にか祥子のお腹に収まっていた。
「あれ? もうなくなっちゃった。さっすが私のいもフライね」
 祥子の頭の中では、既にサイドビジネスの計画までもが形作られていた。
「このいもフライは足がかりになるわ。まず駄菓子屋の裏メニューとして定着させて、ゆくゆくは空京名物にしてみせる。そして祥子印のいもフライとしてパラミタ全土に普及。地上にも、いもフライコンツェルンを……」
 そこまで考えて、ハッと正気になる。
「何はともあれ、まず明日ね。たくさんお客さんが来ても良いように、下ごしらえしたものをいっぱい作っておかなきゃ」 
 カゴ一杯のジャガイモの皮をむき始めた。

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 両手包丁を使って、鮫(さめ)肉をミンチにした健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)は、グッタリとソファに身を横たえていた。
「これを使えば簡単ですのに」
 天鐘 咲夜(あまがね・さきや)がミンチマシンのハンドルを回す。使われなかったそれは、手ごたえも軽く空回りした。
「でもなるべく手作りにしたいと言う健闘様の気持ちはよく分かります」
 セレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)が言うと、プレシア・アーグオリス(ぷれしあ・あーぐおりす)と咲夜も笑顔でうなずいた。
 セレアがミンチになった鮫肉と炊きたてご飯と混ぜて生地を作る。その生地を薄く丸く成形して電子レンジで加熱しながら乾かすのは咲夜。
「キャッ!」
 2人が叫び声のする方を見ると、プレシアしょう油ベースのがタレの入ったボウルをひっくり返している。真っ白でフリルのついたメイドエプロンに、タレのシミがいくつも跳んでいた。
「はわ! こぼしてしまいました。ごめんなさ〜い」
 しょげるプレシアを前に、咲夜がこぼれたタレを拭き取り、セレアが慰める。
「まあ……プレシア、またやってしまいましたのね。でも大丈夫ですわ、みんなで一緒にもう一度やりましょう」
 乾燥させた生地をアルミホイルに乗せてオーブントースターに入れる。3人が見つめる中でこんがりと焼き色がつくと、取り出してタレを絡めて再度焼く。香ばしい匂いが部屋中に広がった。プレシアがそっと海苔を乗せるとシャーク煎餅の完成だ。
 セレアと咲夜が次々に生地を焼いていく。
「まあ……咲夜様、お上手ですわ。わたくしよりずっと……」
「いいえ、セレアさんがきれいに丸くしてくれたから、上手く焼けるんです」
 どちらからともなく、笑い声が起きる。その声が聞こえたのか、煎餅の香りに引き寄せられたのか、勇刃が起きてきた。
「なかなか美味そうだな」
「どうぞ、健闘様」
 セレアが両手に乗せて勇刃に差し出す。勇刃が「あーん」と口を開けると、少し驚きつつも顔を赤くしたセレアが指でつまんでかじらせた。
 軽い音がして煎餅が割れる。勇刃は目を閉じて味を確かめるように噛み締める。心配そうに見つめる3人。
「うん、美味い」
 3人の顔がパッと明るくなった。
「伝説の焼きそばパンがB級グルメファンに絶大な人気を誇っているとはいえ、流行り廃りの激しさがB級グルメの宿命なんだ。これならお菓子としても食べられるし、昼食としてもいけると思う。はははは!」
 腰に両手を当てて高笑いする勇刃。
「咲夜、セレナ、プレシア、俺について来い。空京の星を目指すぞ!」
 呼ばれた3人は「はい」と答えたものの、勇刃が何をもって“空京の星”と言っているのかは理解していなかった。それは勇刃も同様だったが。

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 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)とパートナーのフィン・マックミラン(ふぃん・まっくみらん)は、頭をつき合わせて相談していた。
「伝説の焼きそばパンは超えなくてもいいから、みんなの笑顔を見てみたいな。となるとやっぱり惣菜パンだね」
 弥十郎が口を開く。テーブルに広げた紙には、‘コストが安いこと’‘大量に作れること’などのメモ書きがある。
「焼きそばパン以外の惣菜パン。…………カレーパンとか」
 フィンの言葉に、弥十郎の体がピクッとこわばる。
「いや、カレーはちょっと」
 料理に関しては自他共に認める腕前の弥十郎だったが、なぜかカレーだけは苦手だった。
「じゃあ、コロッケパン」
「それも悪くはないだろうけど、せっかくの季節だから春キャベツを使いたいんだ。それでピロシキはどうだろう」
 聞かれてフィンは首をかしげる。ピロシキの名前は聞いたことがあったものの、食べたことはない。せいぜいテレビや写真で見かけたくらい。
「まぁ、見ててよ。弥十郎風ピロシキだね」
 弥十郎は手際よく強力粉を練り上げて生地にまとめる。そのまま生地を寝かせると、中に入れる餡に取り掛かる。
 ひき肉を炒めると良い香りが充満する。フィンがヒクヒクと鼻を動かした。そこに春キャベツと玉ねぎをみじん切りしたもの、ニンジンを千切りにしたもの、そして水で戻しておいた春雨を合わせる。ある程度火が通ったところで、昆布ダシを加えて塩コショウで味を整える。火加減を調節しながら水分が少なくなるまで加熱した。
「こんなものかなぁ」
 アルミトレイに広げた餡から余熱が取れるころには、パン生地はすっかり膨らんでいた。
 弥十郎は生地をゴルフボール大にちぎると、楕円に広げて餡を包み込む。最後に少し平らに成形した。
「やってみる?」
 フィンも弥十郎を真似るが、見るとするとでは大違い。生地がくっつくは餡がこぼれるはで、すぐにテーブルの上が戦場さながらになる。
 それでも弥十郎は手出しをせずに、コツだけを言ってやらせた。10個も包んだ頃には、なんとか餡がこぼれないようになり、20個を越える頃には、弥十郎程ではないものの丸い形に仕上がってきた。
「なかなか筋がいいよ」
 誉められたフィンは、ようやく笑顔を見せた。
「油で揚げるのもあるんだけどね。さっぱり味にしたいから焼いてみるねぇ」
 薄く油をひいたフライパンに並べる。しばらくすると両面にこんがり焼き目がついた。
「まずは君が味見だね」
 フィンは口を大きく開けて頬張る。
「どう?」
 ニンマリ笑ったフィンが「うまい」と言うと、弥十郎も味を確かめるために一口食べる。
「これならかなり売れるんじゃないか。もうちょっと仕込みを増やしておくかな」
 フィンと2人して、更なる戦力の増強を目指した。