葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~

リアクション公開中!

貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~
貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~ 貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~

リアクション


第13章「戦いの終わり、日常の終わり」
 
 
(え、もしかして俺ハブられてる? 俺ボッチ?)
 夕方のツァンダ。街中を歩く狭乙女 宝良(さおとめ・たから)は内心で冷や汗を垂らしていた。
 というのも、今日はパートナーのキティ・ショタコフスキー(きてぃ・しょたこふすきー)が買い物に行きたいという事でツァンダまで出て来たのだが、当のキティは姉ヶ崎 和哉(あねがさき・かずや)とばかり話をしていたからだ。
(頼みに来た時だって何か申し訳なさそうだったし、やっぱ契約したばっかで馴染めてねぇのかな。もーちょっと楽にしてくれてもいいんだけどな〜)
 そんな事を考えながら歩いていると、前を歩いている和哉が振り返った。
「宝良、あそこで飲み物を買って帰らないか?」
 和哉が指差したのはテイクアウトも出来るコーヒーショップだ。同じ考えの者が多いのか、若干列が出来ている。
「別に構わねーけど?」
「そうか、それじゃ先に並んでてくれ。会計までに戻って来なかったらいつものを頼んでおいてくれればいい」
「ん? どっか寄りたいトコがあるなら先に行ってもいいんじゃねぇの?」
「何、野暮用程度だからその必要はないさ」
「ならいいけど。んじゃキ――」
「では任せた。行こうか、キティ」
「はい」
「ちょっ!?」
 和哉がキティを伴ってどこかへと行ってしまう。てっきり和哉一人だけ別行動をとると思っていた宝良は、それを止める事も出来ずに呆然と見送っていた。
(…………え、何これ? 本当に俺ハブられてる?)
 
 そんな宝良の想いには全く気付かず、和哉とキティは花屋を目指して歩いていた。
「何か宝良の奴、すげぇ百面相してたな。どうしたんだ? あれ」
「さぁ……それより、本当にシルフィスの花が入荷したのですか?」
「あぁ、ちょっと前に救助の依頼が無事に完了して、捕まったトラックもツァンダに着いたって告知があったからな。それによると積荷は全て回収出来たそうだ」
「そうですか……良かったです」
 キティが微かに安堵する。その姿を見ながら、和哉は朝の事を思い出していた。
(しかし、普段そんなに話さないキティが珍しく俺の所に来たかと思ったら『母の日の贈り物をしたい』だからな。そんなもんを調べて来た事も驚きだが、まさかそれを親元と仲の悪い俺に聞いてくるとはな)
 和哉は産まれてからこれまでの間、出来の良い兄と比較され続けてきた。そのせいで両親からの愛情を知らず、今ではほとんど口も利かないどころか姉ヶ崎家の別邸で暮らしている始末だ。
(ま、大方宝良へのプレゼントなんだろうけどな。あいつは普段からキティに構ってるし)
 そう考えた和哉が朝に定番の花を贈る事を提案したのだが、まさかそれが盗賊達に奪われたのは予想外だった。お陰で今日は時間潰しも兼ねてツァンダをうろうろする事になったが、キティが嬉しそうだったのが幸いと言えるだろう。
「そこの花屋だな……うん、ちゃんと入荷してるな。それじゃ、俺はここで待ってるから買って来るといい」
「分かりました。行って来ますね」
 
 二人がそんなやり取りをしていた頃、残された宝良は列に並びながら器用に道行く女の子に声をかけていた。
「ねぇねぇ、キミ可愛いじゃん〜☆ 俺今順番待ちで暇なんだよ。ちょっと話してかない?」
「ふぇ? ボク?」
 リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)が振り返る。
「そうそう、せっかく出会ったんだから仲良くした方がいいじゃん?」
「あはは、ごめんね。ボク人待ちなんだ」
 急に声をかけられた事にも気を悪くせず、明るく応える。その待ち人が来たのか、リーズは一組の男女に手を振って近づいて行った。
「陣くん、真奈さん、こっちこっち〜」
「おし、んじゃ三人揃ったし、行くとしよか」
「はい、ご主人様」
 真ん中に立つ男の腕にリーズが抱き付く。それを見て反対側の女性も男性の腕を取りながらどこかへ歩いて行った。
「りょ、両手に花……? しかも片方はメイドさんだって……!?」
 列に並ぶ宝良は、ただ呆然としながら立ち尽くすしか無かった。
 
「ん? 母の日?」
 両手に花なその男七枷 陣(ななかせ・じん)は歩いている途中、花屋の店頭に貼られた広告を見つけた。
「母の日って何? 陣くん」
「あー、まぁ何ちゅーか、自分を育ててくれたかーさんにいつもありがとな、って礼をする日やな。で、その日にはカーネーションを贈るのが定番って訳や」
 陣の説明に小尾田 真奈(おびた・まな)とリーズがなるほどと頷く。
「そのような日があるのですか……では良い機会ですし、お義母様にお花をお贈りするのはいかがですか?」
「あ、真奈ちゃんそれいい! ボクたちで七海ママに贈ろうよ!」
「かーさんに?」
 七海ママとは陣の産みの親で、実年齢は3(検閲)歳だが、外見は10歳ほどの少女に見えるという人物だ。真奈達も昨年の夏に地球の七枷家に行った事があるし、リーズはその1年前にも訪れているので彼女とは面識があった。
「いやー、別にあの腐れロリ母親に贈り物なんてせんでも――」
「駄目だよ陣くん。たまには親孝行しないと」
「そうですね。感謝の気持ちを表す事は大切だと思います」
「む……ま、まぁたまにはえぇか。たまにはな」
 二人の恋人に押し切られ、花屋へと入ってく。中には青白い花が綺麗な、シルフィスの花が目立つように置かれていた。
「ほー、カーネーションによぅ似た花か。せっかくだからこれにするか」
 店員を捉まえ、地球への配送について確認する。さすがに翌日の母の日当日には間に合わないとの事だったが、陣はそれでも良いと注文をした。
「ま、かーさんならちょっとの遅れくらい気にせんしな」
「陣くん陣くん、メッセージカードのサービスもやってるよ」
「カード? 別にそんなもん――」
「良いですね。一人ずつお母様へのメッセージをお送りしましょうか」
「はい……」
 二人の恋人に押し切られ、カードとペンを手に取る。陣は少し考えた末に、簡単にメッセージを書く事にした。
 
 
 かーさんへ
 
 一応母の日やからパラミタ産の花を贈っとくわ
 こっちは色々カオスな状況になってるけどまぁ問題ねぇよ
 多分盆か暮れにはまた帰るな
 肉じゃが作成ヨロ
 
 ――陣――
 
 
「――で? 二人は何て書いたん?」
 帰り道、陣がメッセージカードの内容をリーズと真奈に尋ねる。だが、リーズは元気に、真奈は静かに笑みを浮かべるだけだった。
「それはひ・み・つ」
「えぇ、これはご主人様であっても申し上げられません」
「……さよか。まぁ何を書いてもかーさんが心配するような事なんて無いしな」
 前を歩く二人の嬉しそうな顔に苦笑する。そして、花屋でこっそり買っておいた小さな花束を二つ取り出すと、それで二人の頭を軽く叩いた。
「ほぇ? ……陣くん、これって……!」
「……ま、二人にも世話になっとるからな」
 照れ隠しに目を逸らし、頬を掻きながらそんな事を言う。リーズと真奈は先ほど以上の笑みを浮かべると、行きと同じように陣の両腕に抱きついた。
「ありがと〜陣くん! これ、絶対大切にするからね!」
「私もです……有り難うございます、ご主人様」
 しっかりと掴まれて歩き難い陣。だが、それは決して嫌では無く、二人の恋人との幸せをいつまでもかみ締めていた。
 
 
 花屋を後にした者は他にもいた。山南 桂(やまなみ・けい)榊 花梨(さかき・かりん)だ。
「無事に花を購入出来て良かったですね、花梨殿」
「うん、色んな人が盗まれた荷物を取り返したんでしょ? その人達に感謝しなくちゃね」
 花梨の手には昼過ぎに篁 花梨達と店を見て回った時に買ったプレゼントと、今買ったばかりのシルフィスの花がある。これをいつ相手に渡そうか、そう考える花梨の胸がドキドキとして来る。
 ――すると、丁度その相手、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が歩いているのが目に入った。
「あれ、あそこにいるのってもしかして翡翠ちゃん?」
「本当ですね。体調は良くなったのでしょうか。そうだとしても病み上がりで無理をして……」
 二人が歩くペースを上げて追いつく。そして挨拶代わりに桂が翡翠の荷物を代わりに手に取った。
「翡翠ちゃん、もう元気になったの?」
「おや、花梨に桂。二人共買い物ですか?」
 翡翠が笑顔で花梨に答える。彼は今日の午前中、熱を出してずっと寝込んでいた。午後になってようやく熱が下がってきたので、こうして夕飯の買い物に来ていたのである。
「うん、あたし達も色々見て回ってたんだよ。でも翡翠ちゃん、熱出してたんだから買い物くらいあたし達に任せてくれれば良かったのに」
「ははは、すみません。これ以上心配はかけられませんから」
「もう、そんな事気にしなくていいのに……でも、良かった」
 翡翠の笑顔に安心する花梨。彼女が先頭に立った所で、桂がこっそり翡翠に尋ねた。
「それで、本当はどうなんですか? 主殿」
「……桂には適いませんね。やはり分かりますか?」
「夕焼けで分かりづらいですが少し顔が赤いですからね。無理をするとまた倒れますよ?」
「なるほど……花梨には内緒にして下さいね」
「仕方が無いですね……」
 軽くため息をつき、逆の手に持っていた荷物も代わりに桂が持つ。翡翠はそれに目線で礼を言いながら、花梨の横に並んだ。
「さて、帰ったら夕飯の支度に取り掛かりますか。せっかくですから食後に花梨の好きなお菓子も作りましょうかね」
「本当!? ならあたしが食べたいのは――」
 花梨が挙げる御菓子の名前を聞きながら歩いて行く。桂はそんな二人の背中を見ながら、微笑を浮かべるのだった。
 
 
「『母』ねぇ……」
 更に同じ花屋。シルフィスの花を手に出て来たラヴィニア・ウェイトリー(らびにあ・うぇいとりー)がぼそっとつぶやく。
 彼女はラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)にお使いを頼まれ、ここツァンダまでシルフィスの花を買いに来ていた。本当はもっと早く帰りたかったのだが、強奪騒ぎがあった関係でここまで待たされたという訳だ。
 ラヴィニアが花を購入する間、他にも同じ物を求める者達がいた。
 同行している男に助言を貰いながら、本で読んだらしい知識を頼りに選んでいた機晶姫。
 二人の女性とわいわい騒ぎながら、地球にいるらしい母親に花を贈る男。
 花が入荷した事を喜んでいた二人組の……女の子?
 それらを横目で眺めながら、ラヴィニアはおつかいの為だけにただ淡々と花を購入していた。
 母の日というものに、ラヴィニアは何の感傷も持っていない。物心ついた頃には既に母と呼べる存在はいなかったし、父が育ててくれたので必要だと思った事も無かった。
 それに、ただ子を産みさえすればそれは母なのだろうか?
 子供が成長するに従って、自身も母として成長した存在こそが母と呼べるのではないか。
 そもそも『これが母だ』と言える偶像のような者が存在しないラヴィニアにとって、『母のように世話をしてくれる人』という物はどうしても想像が出来なかった。
(……あれ、そう言えば……)
 帰途に就きながら、ラヴィニアは肝心な事に気が付いた。
 
 ――ラムズは一体、誰に渡すつもりなのだろう?