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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~

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貴女に贈る白き花 ~日常と戦いと~
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第10章「捕らえる者、捕らわれる者」
 
 
(ちょっとちょっと、せっかく誉れ高き自宅警備員であるこの私がこうやって外に出て来たっていうのに、何なのよこの展開は)
 サフィール・アルジノフ(さふぃーる・あるじのふ)は困っていた。
 彼女は普段、パートナーであるアトゥ・ブランノワール(あとぅ・ぶらんのわーる)世話になっている引きこもりであり、今回はせめてその感謝の気持ちを表そうとシルフィスの花を予約していた。
 だが、花は奪われ、取り返しに神殿に行く組に加わったと思ったら気配を断つ手段が無くて迂回する事になり、そして荒野をぐるっと回っていたかと思ったら――目の前の光景である。
「へへ、まさかこんな所を歩いてる奴らがいるとはな。神殿に向かってたってこたぁ、テメェらあのトラックを取り返しに来た奴らか」
 盗賊がニヤリと笑う。しかしこちらは動く事が出来ない。何故なら、相手は東峰院 香奈(とうほういん・かな)の首筋にナイフを当てているからだ。
「おっと動くなよ。どうやら契約者みてぇだが、テメェらが近寄る前にナイフを刺す事くらいは出来るんだぜ」
 こうなった状況には若干の運の悪さもあった。街道で戦う者達は上手く情報を攪乱し、神殿の方も今は戦闘状態に突入しているものの、長い時間隠密行動を行えていた。その分見回りに出ていた盗賊達がそのまま残されていたのだが、そのうちの数人がたまたまこちら側へと来ていたのだ。そして迂回組は気配を隠せない分相手の殺気を感知しようと前方に勘の良い者が回っていたのだが、後方から接近する形になった盗賊達が最後尾にいた香奈を捕らえる事を許してしまったのである。
「ど、どうするの? セラータ」
「シッ。今は迂闊に動くのは危険です」
 小声で話しかけてくるラサーシャ・ローゼンフェルト(らさーしゃ・ろーぜんふぇると)セラータ・エルシディオン(せらーた・えるしでぃおん)が制する。彼らとメーデルワード・レインフォルス(めーでるわーど・れいんふぉるす)は元々花を奪還する為に参加した身だが、それ以上に人質や他者が傷つく事が無いようにとの想いを持っていた。
(誰かの犠牲の末に花を取り返してもキリエは喜ばないだろうからな。ここはどうにかして切り抜けねばならないが……)
 メーデルワードが視線だけを動かして周囲を確認する。そして盗賊達の後方、彼らから見えない位置にある影を見つけた。
(あれは……なるほど、上手く行けばこの状況を崩せるかも知れんな)
 そんな事も知らず、先ほど盗賊の一人が吹いた笛の音を聞きつけ、他の場所を見回っていた者達が集まってきた。相手の一人を人質に取っている状況をみて、皆一様に下卑た笑みを浮かべた。
「何かと思えば新しい獲物がかかってんじゃねぇか」
「今日は大漁だなぁオイ」
「油断すんなよ、とっとと縛り上げて連れて行っちまおうぜ。まずはそうだな……あのガキからだ」
 盗賊達の目がピュリア・アルブム(ぴゅりあ・あるぶむ)に向く。この中では一番の子供で、見た目としても非力に思える。
「さぁ大人しくしてろよ、あっちの女に痛い思いをさせたくねぇだろ?」
 一人がゆっくりとピュリアに近づく。ピュリアは内心でかなり怖がっているが、それでもじっと立ち続けて相手が自分に意識を集中するのを待っていた。
(怖いけど、ピュリアだって契約者だもん。皆の為に頑張らなくちゃ! だから……お願いね、お兄ちゃん!)
 ピュリアを捕まえようとしたその瞬間、その場にいた盗賊全ての意識がそちらに向く。同時に先ほどメーデルワードが見た影が動き出し、香奈を拘束している男へと素早く忍び寄った。
「その手を……放せ!」
「なっ!? テメェ、いつの間に!」
 男に接近した黄 健勇(ほぁん・じぇんよん)がナイフを持っている手を掴んで香奈の首筋から離す。健勇はこちらに回った者の中では唯一気配を消す手段を持っていたが、妹のピュリアを護る為に潜入組には行かず、迂回組に加わっていた。なので香奈が捕らえられたのに気付いた瞬間に素早く気配を消して近くの岩陰に潜み、助け出す瞬間を虎視眈々と狙っていたのだ。
「悪い奴は許さねぇ! せっかくの大切な日に、皆に迷惑をかけるな!」
 そのまま蹴りを入れて距離を取り、香奈を引っ張る。人質となっていた彼女が自由になった事で、他の者達は一斉に盗賊達を制圧する為に動き出した。
「よ〜し、今だよ! 二人はピュリアちゃんを護ってあげて!」
 八日市 あうら(ようかいち・あうら)が剣を手に前に出る。彼女のパートナーであるノートルド・ロークロク(のーとるど・ろーくろく)リティシアーナ・ルチェ(りてぃしあーな・るちぇ)がそれに連動するようにピュリアの前へと立ち、盗賊達が手出し出来ないように動いた。
(うん分かったよ、あうら。僕がこの子を護るよ)
「怪我をしたらワタシが癒してあげるわ。頑張ってね、あうら」
「任せて! 行くよ、ヴェルさん!」
 ノートルドの精神感応とリティシアーナの言葉に送り出され、元気良く立ち向かって行く。彼女の保護者役でもあるヴェル・ガーディアナ(う゛ぇる・がーでぃあな)も弓を手にそれに続いた。
「やれやれ……オレは手伝いとしてついて来たはずなんだが、その割にはやる事が集中してる気がするな。ま、危なっかしい奴を放ってもおけないか」
 ヴェルの矢が的確に盗賊の武器を弾き、更にメーデルワードと冬月 学人(ふゆつき・がくと)が杖から魔法を放つことで敵を分断、前衛として戦う者が同時に複数を相手にしなくて良いようにする。
「一度ならず二度までも小ざかしい真似をするとはな。さぁ、遊んでやろう。私が相手をしてやる事を光栄に思いたまえ」
「傷が酷いようなら僕達が治療してあげる。でも、その前に反省して貰わないとね」
 味方の援護を受け、あうらとセラータ、そしてサフィールが剣を持って走る。軽快な前の二人に対し、引きこもりであるサフィールは若干遅れ気味だ。
「け……剣が重いわ」
「ファイトだよサフィールさん! ここで少しでも、神殿に行った皆が花を取り戻すお手伝いをしようっ」
「俺も花を贈って喜ぶ顔が見たい、大切な相手がいるんです。同じ想いを持っている人達の為に頑張りましょう」
「そ、そうね。私だって同……こほん。とにかく、やる時はやってやるわ!」
 敵を倒しながらも檄を飛ばしてくれるあうらとセラータに励まされ、腕に力が入る。その勢いで剣を高く持ち上げると、一気に相手に近づいて強力な一撃をお見舞いした。
「み な ぎ っ て き た !」
 そんな気合の入った者達とは対照的に体調不良が祟って護られる立場となっているのが九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)だ。ローズはピュリアと共にノートルド達が護り、更に迫り来る敵をラサーシャが槍で追い払い、シン・クーリッジ(しん・くーりっじ)が投げ飛ばしていく。
「大切な贈り物を奪うなんて、あんたらには人の心ってのが無いの? シルフィスの花は絶対に返して貰うからね!」
「女子供を狙うとか、盗賊の癖にセコいんだよ。ロゼの手前傷付けたりはしねぇけど、来るってんならお仕置きだ」
 こうなると完全に形勢逆転。集まった盗賊達は戦うか逃げるかの判断の末に――或いはそれさえも出来ないままに――次々と拘束されていった。
 そして最後の一人が逃げ出そうとした所にレオン・カシミール(れおん・かしみーる)柊 レン(ひいらぎ・れん)、そしてレンが呼んだ動物達が立ち塞がる。
「逃げられると思うか? 無駄な抵抗は止めたほうが懸命だ」
『大人しく捕まって下さい』
「く、くそっ!」
 進退極まった盗賊はスケッチブックに文字を書いて警告しているレンへと突撃する。強引に突破するつもりだ。だが――
「やらせないよっ! え〜いっ!」
「なっ、ぐはっ!?」
 動物達が足止めをしている間に接近していたあうらが剣で叩き伏せる。これで全ての盗賊達が倒され、再び安全が確保出来た。
 
「レンちゃん、皆! 大丈夫か!?」
 拘束した盗賊達を一箇所に纏めている時、上空からオーロラハーフに乗った桜葉 忍(さくらば・しのぶ)が降りてきた。更にその隣には小型飛空艇の姿がある。乗っているのは子供達の帰りが遅い事を心配し、大急ぎで駆けつけて来た蓮見 朱里(はすみ・しゅり)だ。
「母ちゃん!」
「ママ!」
 朱里の姿を見て健勇とピュリアが驚きの表情を見せる。朱里はそんな二人に駆け寄ると、無事であった事に安堵しながら優しく抱きしめた。
「健勇、ピュリア……良かった……」
「母ちゃん。えっと、俺達……」
 母の日の為の花を取り返すのが目的なので、渡す相手である朱里が現れた事で反応に困る健勇。そんな彼の頭を朱里が撫でる。
「言わなくていいわ。無事でいてくれれば、それで……でも、もう危ない事はしちゃ駄目よ。皆さん、子供達を護ってくれて、有り難うございます」
 周りの皆に向けてお辞儀をする。そんな朱里に対し、リティシアーナと香奈が優しく微笑んだ。
「あら、二人はとても勇敢でしたよ」
「それに健勇君が私を助けてくれなかったら、皆を危ない目にあわせちゃってた所だもの。健勇君、有り難うね」
「そうか、俺が来るよりも先に盗賊達に立ち向かってくれたんだな。健勇、俺からも礼を言わせてくれ。香奈を助けてくれて有り難う」
 忍が健勇の手を握る。それを見て、朱里は感慨深げに二人の子供達に目をやった。
「そうだったの……二人共もう一人前の契約者なのね。私も嬉しいわ」
 
(一人前の契約者、か……そうだよね、レオンもそう思ったから私達について来たんだ。何かをしたいって気持ちに大人も子供も無いのに……)
 忍達から少し離れてその光景を見ていたローズがそんな事を思う。今は神殿に向かった者達と一緒にいるであろう九条 レオン(くじょう・れおん)の身を案じると共に、彼に対して取った行動を改めて反省していた。その心境の変化に気付いたのか、学人がそばに寄って来る。
「どうしたんだい? ロゼ……レオンの事を考えてる?」
「うん……私は馬鹿だよね。心は身体以上に傷つき易い。そんな事にも気付かないでレオンを悲しませていたなんて、医者としても保護者としても……家族としても失格だよね」
「大丈夫だよ、ロゼ。そう思ったのならこれから取り返せばいい。ロゼとレオンは……ううん、『僕達』は家族なんだからね」
「そう……だね。有り難う、学人」
 
「さて、思わぬ所で時間を喰ってしまったな。少しペースを上げて――」
 レオン・カシミールが神殿へと続く道を歩き始めようとする。すると、その先から閃崎 静麻(せんざき・しずま)服部 保長(はっとり・やすなが)の二人がやって来るのが見えた。
「おっと、ここで鉢合わせたか。ならこの道の安全は確保出来たってとこかな」
「そのようでござるな。ではやはり、先ほどの位置で仕掛けるのが良さそうでござるよ、静麻殿」
「あぁ。皆、神殿に向かった組はもう潜入を開始してる。順調ならもうすぐ動きがあるだろうから、この辺で迎え入れる準備をしておこう」
 静麻達と情報交換をして街道から神殿までの道の状況を確認する。そして彼らは忍び込んだ者達が退却する際のルートを確保する為、この付近で色々と工作を行うのだった――