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リアクション
第六章 声の可能性
戦闘ならいざ知らず、武勇伝を語るのは伏見 明子(ふしみ・めいこ)にとってはひと苦労だった。微笑みながら聞くラナと興味津々で聞くイングリット。2人を前に戦歴を思い出すだけで、大汗をかいている。
後顧の憂い無く帝国に挑むために波羅蜜多実業高等学校に転校して以来、荒野の女番長を自任していたが、現在の姿はかつての百合園のお嬢様を思わせる。
「く、詳しくって……ちょ、ちょい待って、状況思い出すから」
この日はローレライの音痴を治すために、イルミンスール魔法学校から五月葉 終夏(さつきば・おりが)が、天御柱学院から葉月 可憐(はづき・かれん)とアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)とリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)が集まっていた。
手助けを申し出ただけに、いずれも音楽や歌には自信のある面々ばかりだった。
もちろんどこにでも例外はある。
「よかったら、ミルククッキーどうぞぉ」
アリスが明子にクッキーの入った器を渡す。
「あ、ありがとう。改めて説明するのって難しいね」
クッキーをかじると、同じように勧められたホット蜂蜜レモンを飲んでひと息いれた。
「でも武勇伝があるのって凄いですぅ。私達はそんなに武勇してないし、ほぁーってなりながらお話を聞こうと思ってー」
「そうなんですね」
「私達の武勇……生身でイコンに立ち向かう……? でもそれくらいなら皆してますしねぇ……。敵拠点に忍び込んで機材の破壊……もありきたりだし、なんだろうねぇ」
アリスの言葉を聞いて、明子は何も言えなくなってしまう。
── あれ? もしかして私が話そうと思ってるのって、そんなに大したことないんじゃない? ──
既に汗だくだったが、服の下では更に汗が流れている。
「ご、ごめんなさい。ちょっと用を思い出して……」
その場にいた羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)が呼び止める。
「記録する準備ができてるんだけど」
「ホント、急に思い出しちゃって……」
明子はあっけに取られる人たちを尻目に駆け出していった。
「一体全体どうしたんじゃ?」
「さぁ……お菓子いかがですか?」
「うむ、おっちゃんイカはシャンパンに合うのぉ」
シニィと綾瀬は、今日も椅子を並べてひなたぼっこをしていた。
「アリス、何を言ったんですの?」
「普通にお話しただけなんだよー」
武勇伝を楽しみにしていたイングリットには残念だが、ローレライの音痴の治療を中心に進めることになった。
「私はヴァイオリンを持ってきたんだけど」
五月葉 終夏(さつきば・おりが)は「それでは一曲。お耳汚し、どうかご容赦あれ!」と十八番を奏でる。耳汚しなどではないことは、その場にいた全員が理解した。
「発声練習をしようと思ってね。ヴァイオリンに合わせれば、楽に発声できると思うんだ」
「似たようなことを考えてるのはいるんだな」
シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)がキーボードを持ったリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)の腕を引っ張る。
「この相棒だって、最初は相当酷かったんだぜ。だから大丈夫。なんとかなるさ! ただ今日のオレは魔法少女じゃなくて、久々にロックシンガー・シリウスでいくぜ!」
魔法少女と言い張るには厳しい年齢だったが、ロックシンガーならば問題なさそうだ。
「私もディーヴァとして頑張ります」
葉月 可憐(はづき・かれん)も手を挙げたものの、パートナーのアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)が「そういえば可憐、ディーヴァだったねぇ。すっかり忘れてたけど」と言って可憐をあわてさせた。
「良いですよ。皆さんで頑張りましょう」
ラナの一言で今日のレッスンが始まった。
「とりあえずその音痴な歌声ってのを一曲聞かせてもらえねーか?」
シリウスが言うと、ここ数日練習してきたローレライが一番得意な曲を歌う。
「あれ? 思っていたほど悪くないな」
ラナとローレライが顔を見合わせて微笑む。
「これまでに何人もの人がお手伝いを申し出てくださったんです。その成果が現れつつあるようです」
「そうだったのか」と皆が納得する。
そこで復習を兼ねて音階の確認をすることから始める。
リーブラのキーボードと終夏のヴァイオリンに合わせて、可憐がリードしつつローレライも発声する。
「ドレミ〜っと私の声に合わせて声を出してくださいね♪」
可憐が「ド〜」
ローレライも「ド〜」
可憐が「レ〜」
ローレライも「レ〜」
可憐が「ミ〜」
ローレライも「ミ〜」
時折外れることがあったが、可憐が「もう少しさげて」「ちょっとだけ上げて」と指示を出す。低音から高音まで数回繰り返すだけで随分安定してきた。
「はーい。喉が渇いたら、ホット蜂蜜レモンどうぞー」
アリスがいそいそと配って回る。可憐とローレライが喉を潤した。
「じゃあ次はローレライさんの歌いやすそうな音程を探してみましょうか」
ローレライが得意にしていた曲を、リーブラが音程を変えてキーボードで弾いた。
「無理に声を出さなくて良いんだ。『歌いたい』『歌えそう』ってところから初めてみようよ」
シリウスにうながされてローレライが順に歌っていく。何度か試すことで、ローレライ自信も歌いやすい音程をつかみつつあるようだ。
「破滅的って聞いてたけど、なんとか人並みにはなったようだな」
「じゃあ、次はこんなのどうかな? れっつダンス♪」
可憐がスキル幸せの歌を発動させる。同時にスキル行動予測でダンスのリードを取って、リズムを体に叩き込むようにする。
「体が鳥?ダンスにそんなものは関係ありませんよ♪」とローレライの翼を手に取って2人で踊りだした。
それを見た五月葉終夏も、体でリズムを取りながらヴァイオリンを弾き始める。
「音楽に一番大切なのは、どれだけ想いや魂を込められるか、どれだけ楽しめるかなんだ……って、これは私のヴァイオリンの先生でもある、私のお父さんの受け売りなんだけどね」
シリウスも、‘ロックシンガーシリウス’の本領を発揮する。
「音楽は日本語だと『音を楽しむ』って書くんだってさ。歌うことって楽しいよな、ラナさん?」
ニコニコしていたラナだったが、シリウスに腕を引っ張られて少し驚く。それでも立ち上がって踊り始めた。アリスとイングリットも手に手を取って踊りだす。
「ラナ・リゼットがダンスとは、長生きはしてみるものじゃ」
「あの2人…………壮観ですわね」
綾瀬とシニィはシリウスとラナのペアから目が離せない。まるで別の生き物でも飼っているかのように、豊かに胸が弾む。意図的か無意識か、シリウスがラナを抱き寄せると、4つの丘がむにゅっとくっついた。
「目の保養じゃ」
「別に……」
興味の無い素振りをしながらも、綾瀬はチラと下を見て、小さくため息をついた。
「良くなってるよ」
ダンスがひと段落すると、ホット蜂蜜レモンで喉を潤す。終夏の誉め言葉に、ローレライが笑顔で応えた。
「音楽は楽しむもの。ローレライ自身が自分の歌を愛し楽しめるなら、それで良いんじゃないかなって思うんだ」
「私は‘語り’でも十分ありだと思いますよ」
可憐もアドバイスを添える。
「その声を使って、皆の武勇伝を「語り継ぐ」、聞かせたい人に貴女のその想いを全て込めて……ね、それも凄く素敵だと思いませんか?」
声の可能性を広げて、その日のレッスンは終わった。
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