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コンビニライフ

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コンビニライフ

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「暫し考えさせてくれ。返事は明日する」
 そうアスカに言ったセルシウスは、やや朝の混雑時から抜け出しつつある店内を見て、ふぅと溜息を漏らす。
「成程な……ようやくコンビニが何たるものか、というのがわかってきたぞ! 我がエリュシオンにオープンさせる店は、出資は祥子に、内装はアスカに任せてみるか……」
 腕組みをして頷くセルシウスが見るのは、ジャージ姿&自転車でやってきた男の客、ジーザス・クライスト(じーざす・くらいすと)であった。ジーザスはごく普通に入店し、レジ前を通り抜け、あえて弁当&デザートコーナーへ、そこで残量や入荷作業の按配をチェックした後、ドリンクコーナーを経由し雑誌コーナーへ『コ』の字に店内を移動していった。
 雑誌を立ち読み始めるジーザスをつぶさに観察していたセルシウスが、「客にも手慣れた人間がいるものだ」と安心した矢先、その男達が入店してきたのであった。
 
 イコンの{ICN0001223#RED MEAT}で火炎放射器を無駄にぶっ放しながら来店してきたのは、南 鮪(みなみ・まぐろ)種モミの塔の精 たねもみじいさん(たねもみのとうのせい・たねもみじいさん)である。
 コクピットから姿を見せた鮪の焦茶色のモヒカンを見て、身構えるセルシウス。
「(蛮族め……)お客様、イコンで来店するのはおやめ下さい」
「あぁ!? コンビニへはロボットや戦闘機等で訪れるのがマナーと聞いたぜ?」
「そんなマナー、あたしは聞いた事ないなぁ?」
リオンと共に店の前の掃除をしていたノーンが首を傾げる。
「ここは女は置いてないのか。何か買えと言うなら俺はオンナを買って帰るぞ、ヒャッハァ〜!」
「なななは今お買い得よ!!」
「少尉、自分を安売りしちゃ駄目だって!」
 手を挙げたなななをセレンフィリティが羽交い絞めにして止めている。
 そんな中、セルシウスに話しかけるたねもみじいさん。
「おぬし……」
「ご老人? 何か?」
 バッとセルシウスの前に『種モミの塔テナント契約書』を示すたねもみじいさん。
「これは……?」
「エリュシオンの人間じゃろう?」
「!?」
 正体を一瞬で見破ったたねもみじいさんを見るセルシウス。じいさんの温和な黒い瞳が怪しく光る。
「エリュシオン国内での種モミの塔建設許可は皇帝より得ておる」
「皇帝陛下から、だと?」
と、小声ながら言葉に震えが走る。
「わしと契約してコンビニテナントを開くんじゃ」
 じいさんの真意を測りかねるセルシウス。
 シャンバラだけでなくカナンにも種モミの塔を得たたねもみじいさんは更に動いていた。
 エリュシオンに種モミの塔(1Fにコンビニ)を作る根回しを行っていたのだ。
「(何軒も建てられるコンビニが、種モミの塔1Fであるのが常識になれば、エリュシオンは種モミの塔だらけになるじゃろう!)」と、種モミの塔の建設と増築に執念を燃やしていたのだ。
「大丈夫、わしはアスコルド大帝より既に許可を得た身なのじゃ。例え店とはいえ、客が入らなければ成り立たなんじゃろう? 相乗効果とでも言うのかのぅ、ビル1階にコンビニ出店すれば他の階の者も買い物に来るのじゃ」
「(成程、ビルの一階という玄関口にコンビニを持ってくるのは確かに良い考えだ。しかし……この老人の話は本当なのか?)」
「年老いた人の子よ、それは振り込め詐欺と言うものだ」
 セルシウスとたねもみじいさんの、まるで脳内でチェスでも指している様な雰囲気に、雑誌を立ち読みしていたジーザスがページをめくりながら小声でそう呟くも、二人には届いていない。

 一方、ジーザスの傍では鮪と店員達のイザコザが起ころうとしていた。
 鮪が自身の書いた本、波羅蜜多博愛性書TENTOU【恋愛指南書】 を勝手に書棚に並べようとしたのである。
「パラ実最大の伝説のスーパーエリート様の俺が、この分校に教科書を並べ、この場所を新しい己のテリトリーとするのだ!」
「鮪、勝手に本を並べるのは駄目よ!」
と、セレンフィリティとミアキスが鮪の前に通せんぼしている。
「大丈夫だぜ、若者向けの裸衣徒埜辺流(ライトノベル)風に表紙も中身もイラスト満載版だぜ、しかもパンツ付きだ! 今のパラ実は漫画だけじゃあないんだぜェ〜ヒャッハァ〜!」
と、鮪は本の付録(?)のパンツを見せる。
「何よ、それ、スケスケじゃない!」
「あたしのより、酷い……」
「大丈夫だ! 別バージョンで一部にウケの高い縞パンもあるぜ!」
「そんなの、コンビニに置けるわけないでしょう!?」
「ヒャッハ〜!! 言うと思った。だがなおまえら、この行為は万引きの逆だぜ! 金も要求せず只で商品を並べていくのだからな、店長は頷いたはずだぜ? なぁ?」
 鮪が周囲を見渡すが。彼が根回しを行っていた店長の姿は見えない。
「あれ? おい、店長はどこに隠した?」
「隠してなんていないわよ。ホラ、あそこにいる金髪の人が店長代理のセルシウスさんよ」
 ミアキスに言われた鮪が未だじいさんと寡黙な視殺戦を続けるセルシウスに振り向く。
「……俺が話したのはあんなヤツじゃねぇぜ? 白髪が混じり疲れきった顔をした男だったぞ?」
「店長はそのお疲れから今日はお休みなのよ」
「何ッ!? 予定が狂ったぜ……おい、おまえ、何か援護しろよ!?」
 鮪がパートナーのジーザスに声を荒げると、ジーザスは読んでいた雑誌から目を離し、鮪を見る。
「援護とは何だ?」
「決まっているぜ、俺のこの本をこの店の書棚に並べるという事だ!」
「ふむ……」
 ジーザスは鮪の書いた本、賞金2000万Gの波羅蜜多性説大賞受賞作という巷で噂の恋愛マニュアル本をチラリと見る。
「愛にパンツはいるのか? 人の子よ?」
「当たり前だぜ!! パンツがなきゃ愛なんて無いんだ!!」
 堂々と胸を貼る鮪の耳に、主に女性店員達の囁く声が聞こえてきた、その大半は批難である。
「そういう愛もあるのであろうか」
「「「無いわよ!!!」」」
 店員の北都と小次郎も同時に頷く。
 一斉にツッコミが入れられたジーザスは不敵な笑みを浮かべて雑誌を置き、お菓子やおつまみコーナーへと足を向ける。
 そんなジーザスがセルシウスとたねもみじいさんの傍を通り過ぎようとした時、ずっと真一文字に結ばれていたセルシウスの口がやや開き、「少し、考える時間を頂きたい」と言うのが聞こえた。
 その後、弁当をスルーしパンと葡萄ジュース(紙パック)を手に取り、レジに向かったジーザスは、自身の本の陳列をセルシウスに頼み「なんと破廉恥な!」と一蹴された鮪がレジ前に律儀に大金をレジに置いて店員のなななをテイクアウト(拉致)しようとしている様子を見て、
「人の子よ一つ言っておく、その行為は万引きである」と呟き、無料のバイト誌とクーポン券誌を取って、再び自転車に跨り帰っていくのであった。

 イコンで鮪と共に去っていったたねもみじいさんから「一階がコンビニの種モノの塔をエリュシオンに築いてみないか?」という提案と契約書を受け取ったセルシウスは、屋外に出て遥か先に見える故郷のエリュシオン帝国をじっと眺めていた。
「確かにコンビニは便利だ。効率性も良い。だが、我がエリュシオンに誘致して本当に良いのであろうか……」
 そこに、黒猫の外観を模したネコ型トラックのネコトラが砂煙をあげて走ってくる。太陽の光に照らされ黒光りするのは新車の証拠である。
 キキキィッと、華麗にターンを決めたネコトラから立川 るる(たちかわ・るる)が降りてくる。
「おはよー、今日も暑いねぇ」
「配達か?」
「そそ、今日も配達先のクランマートへゴーゴーよ! あ、このトラック新車なんだから、傷付けないでよね?」
 そう言ったるるがネコトラの後部から、三段積みされたトレイを「よいしょ」と下ろすのを興味深そうにセルシウスが見つめる。
「今日は店長さんがお休みなんだって?」
「うむ。私が代理を務めている。このトラック、後方に冷凍室を持っているのか……」
「そりゃあ、配達用だもの。ああ、配達ついでに、店長……代理でもいいわ! ちょっと提案があるの」
 青いロングウェーブの髪を揺らしてるるが振り向く。
「聞こう、何だ?」
「やっぱりね、パラミタに進出してきたからには、ゆる族の店員さんを雇うべきだと思うの。ゆる族も雇わないで荒野に出店だなんて、画像も貼らずにスレ立てするようなものだよ」
「ゆる族か……」
「あ、ゆる族さんはもふもふじゃなきゃ嫌だからね」
「店員がゆる族であれば客は警戒心を解くかもしれ……ちょっと、待て! 何だそれは?」
 セルシウスの目に飛び込んできたのは、ヒトデが丸一匹使用された商品。
「そんなものを食うのか!?」
 驚きの顔をするセルシウスに、るるが「ノンノン!」と指を左右に振る。
「これはねまだ商品化してないの。るるが考えた新しいスイーツメニューよ!」
「スイーツ、だと?」
「名付けて、『スターフィッシュとスターフルーツのSFスイーツ』!」
 ニコリ笑うるるが差し出した商品を見るセルシウス。
 そのスイーツにはヒトデが丸ごと一匹豪快に使用されていた。更にその周囲にスターフルーツの輪切りを添えて生クリームやアラザンをトッピングしてある。るるのスキル、『謎料理』を使用した、まさしく、お星様満載のミラクルデザート☆であった。
 るるに薦められるまま、試食する運びとなったセルシウスの頬を、暑さとは違う汗が伝っていく。
ピクリッ!
「お、おい!! このヒトデ今、動いたぞ?」
「新鮮な証拠だよ、気にしない、気にしない。ぜひ商品化してほしいなぁ〜」
「商品化……」
「ほらほら、店長代理のギリシア人さんもいいと思うでしょ? 最近のコンビニスイーツはすごいんだからぁ!」
 セルシウスを残し、るるは店内へと本来の職務である配達をするため消えていく。
ピクリッ!
 セルシウスはヒトデとにらめっこしたまま躊躇していたが、やがて彼の心に勇壮なエリュシオンの国家が響き、
「ええいッ!!」
と目を瞑り、プラスチック製の先割れスプーンを突き立て、強引に口へと運ぶ。
 出来れば別々に食べたい、海と果物と生クリームのハーモニーが口いっぱいに広がっていく。
「こ……こ、れは……」


―――数分後。
 店への配達を終え、ついでに自分の買い物も済ませたるるがウキウキとした足取りで出てくると、未だ駐車場のネコトラの傍に立ち尽くすセルシウスの後ろ姿を見つけて話しかける。
「あー、そうだ! これを可愛いもふもふゆる族店員さんが販売したらバッチリじゃない!?『かわいいゆる族さんからメルヘンなスイーツを購入できるのはクランマートだけ! 今なら購入特典としてネコトラ柄エコバッグがもらえます☆』……うん、このキャンペーンで大売出しね!」
「……」
 だが、セルシウスの応答はない。
「ん? ギリシア人さん?」
 ヒョイと、るるがセルシウスの前に回りこむと、彼は口から半分だけヒトデを出した状態で意識を失っていた。
「もー、熱中症には気をつけないと駄目じゃない!」
 この後、店員達がセルシウスを発見するまで彼は放置されていたのであった。
 そして、時刻は昼にさしかかる。