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盗まれた機晶爆弾

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盗まれた機晶爆弾

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   4

 葦原明倫館の紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、「バイフーガ」というヒーローとして絶賛活躍中であった。ここは一つ、ただの正義の味方じゃないことを証明しようとしたのだが。
「おぬし、アホじゃろ」
 パートナーのエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)にハッキリキッパリ言われ、唯斗はいたく傷ついた。
「普段ものぐさな人間が、らしくないことをするから、こうなるんです」
 プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)がその傷口を足で踏みにじり、
「そんなこと。唯斗兄さんはただちょっと、お間抜けなだけです!」
という紫月 睡蓮(しづき・すいれん)の言葉は、傷口に塩、という状況に陥らせた。
 ――俺もう、立ち直れないかも……。
「ナントカと煙は高いとこが好きって言うし、手の込んだやり方する奴なら自分がやったことを見たいと思うんだよな。それに最後の一手は自分の手で、と思うんじゃないか?」
 そう考えた唯斗は、空京で一番高い建物を目指した。
 空京で一番高い建物といえば、地上三百階、高さ二千メートルの超高層建築物。
 即ち、女王のおわすシャンバラ宮殿だ。
 当然、門前払いを食らった。
 仕方がないので、空京大学の校舎の一つの屋上に四人はいる。
「ま、まあ、でも、ここからでも十分、街の様子は分かりますし。ね?」
「睡蓮は優しいなあ」
 まずい。目から汗が、と唯斗は顔を背けた。
「甘やかしては為にならんぞ」
とエクス。
「これは猫かぶりというものです」
と、これはプラチナムである。別の理由で、目から汗が出そうだと唯斗は思った。
 涙――いや、汗をぐっと我慢していると、瞼が重くなってきた。見れば、自分だけでなく、エクスもプラチナムも眠そうな顔をしている。睡蓮は既に横になっている。
「これは……【ヒプノシス】……!」
 プラチナムが言ったが、唯斗はああそうか、と思うしかなかった。
「てっきりテロリストかと思ったんだけど」
 睡蓮の寝顔を覗き込みながら、リカイン・フェルマータは言った。
「どうやら同様に考えたお仲間だったようですな」
 空京稲荷 狐樹廊も、すっかり眠り込んだ四人の顔を確認しながら答えた。テロリストではない。見覚えもある。
「……どうする?」
「幸い、手前どもの正体は知られておりません。こっそり退散しても、バレないかと」
「……そうね」
 リカインは頷き、二人は屋上から立ち去った。
 一時間後、ラルク・クローディスによって発見された四人は、医務室直行となった。


 学校や企業の食堂というのは、安い上にそこそこ美味い。その上、栄養もきちんと考えられているから、金のない身にとっては救世主のようなものだ。
 ロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)にとって、各学校の食堂巡りは一種の趣味であった。他校の食堂に紛れ込むなんてと思われるかもしれないが、これが存外簡単なのだ。何しろ人数が多いから、制服さえ脱いでしまえば誰も他校生かも、なんて思わないからだ。
 空京大学の飯はどんなもんだろうとウキウキしていたロアは、イルベルリ・イルシュ(いるべるり・いるしゅ)に裾を引っ張られた。
「何だよ。今、選んでるんだから邪魔しないでくれ」
 本日の日替わりメニュー。A定食は鮭をメインにした幕の内弁当定食。B定食は、チーズの乗ったハンバーグだ。しかし、定番のカツカレーも捨てがたい……。
 真剣な表情で選ぶ姿はなぜか色っぽく、女子学生がちらちら彼の横顔を見ている。
「でも」
 言いかけたイルベルリは、レヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)に睨まれて、硬直した。
「どうかしたか、イルベルリ?」
 パートナー同士の確執――というより、レヴィシュタールの一方的なヤキモチ――に気づかないロアは、イルベルリが黙りこくったので振り返った。この几帳面な幼馴染が、言いかけてやめることは、まずない。
「ひ、暇だったんで、銃型HCでこの学校のサイトにアクセスしたんだ」
 レヴィシュタールの視線を感じながら、イルベルリは話した。
「そうしたら、アクセスできないページがあったから、【博識】を使ってパスワードを調べて入ってみたんだ」
「何が出た?」
「それが」
と、イルベルリは声を落とした。自然、ロアもレヴィシュタールも彼の傍に寄る。
「爆弾」
「何!?」
「……」
「それ本当か、イルベルリ」
 こくりとイルベルリは頷き、ルカルカ・ルーとダリル・ガイザックのUPした情報を掻い摘んで伝えた。
 聞き終えたロアは、赤い髪に手を突っ込んでバリバリと掻いた。
「くっそー……。放っておくわけには、いかないよな」
「なぜだ、ロア。そういうページが出来ているということは、既に動き出している者たちがいるということだ。お前まで動く必要はない」
 レヴィシュタールには、腹を空かせてまで余計な真似をする理由が分からない。
「飯食ってる最中に騒ぎになったら困るだろ。それに、人手は多いほうがいい。何もしないで後で爆発したとか聞いたら、寝覚め悪いだろう」
「よく分からんな」
 レヴィシュタールはかぶりを振った。彼にとって、ロア以外の人間がどうなろうと知ったことではなかった。だが、放っておけばロアは猪突猛進で死にかねない。
「だが仕方がない。おい、羊」
「またそう呼ぶ」
 確かに自分は羊の獣人で執事ではあるが、イルベルリ・イルシュという立派な名前があるのだと声を大にして言いたい。言ったところで、レヴィシュタールは聞く耳を持たないだろうが。
「先程のページにアクセスし、もう少し詳しい情報を集めろ。私とロアは、爆弾を探す。――いたっ。ロア、何をする!」
 ロアはレヴィシュタールの長い髪を一本抜くと、それに五円玉を結びつけた。
「【ダウジング】」
「何だって?」
「地球でさ、地雷見つけるのに使ってるって聞いたことがあるんだ」
 五円玉を下にし、髪の毛をぶら下げる。ちなみにこの五円は、日本の銭洗い弁天で洗ったお守りである。
「これで歩いてみる。……腹減った。早く終わらせたい」
 レヴィシュタールは嘆息し、
「その様子では精度も高が知れている。そうだ、血を吸ってやろうか? 空腹が紛れるぞ」
「いやそれ、紛れるんじゃなくて、それどころじゃなくなるだけだろ」
「それ以前に、人前ですることじゃないでしょ!」
 意外に色っぽいロアと、妖艶なレヴィシュタール。二人が並んでいるだけで注目の的だというのに、人前でそんなことをしたら大変だとイルベルリは思った。
 もっともそういう彼自身、二人に加わることで注目度を増していることに、イルベルリは気づいていなかった。


 ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)は怒っていた。
 一つは、無論、テロリストに対して。
「テロに、正義はありえないわね。逆立ちしたってありえない」
 その言葉には、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)も大賛成だ。
 そして二つ目は、西門 基樹に対してだった。
「ミリタリーおたく? ……まっとうに、教導団に入っていれば、正々堂々と職務として研究・研鑽できるものを、才能と興味の無駄遣いだわ!」
 そこですかミカエラさん、とトマスは内心突っ込む。
 元々ミカエラはアーティフィサーとして、機晶技術に並々ならぬ関心を抱いている。今日も今日とて空京大学にやってきたのは、教導団では学べぬ情報を得るためだ。無論、大学としては研究内容を漏らすことはないにせよ、何かしらのヒントにはなるし、情報の交流は大切だ。
 が、いきなり機晶爆弾盗難の話を聞かされ、協力を要請された。そこで先の言葉になる。
 基樹にしてみれば、その「まっとう」な「職務として研究・研鑽」が嫌なのだが。
 兎にも角にも基樹から話を聞き、ほとんどの爆弾が校外へ持ち出されたとミカエラは判断した。
 そこでトマスの出番である。
「おたくの臭いなんて嫌だなぁ」
「失敬な。俺はちゃんとシャワーも浴びているし、ボディシャンプーはフローラルの香ですよ! 大昔のオタクと一緒にしないでもらいたいですね!」
 そういう意味ではないのだが、長く会話するのも面倒なのでトマスは言い返さなかった。
 基樹の背中に鼻を寄せ、【超感覚】でその臭いを覚える。
 うえ、と吐きそうになった。
 フローラルと汗と涙と血と泥の混ざった臭いだ。血は殴られたから。泥は転んだ拍子についたものらしい。
 それでも辛うじて体臭らしきものを選り分け――これも気持ちが悪かった――、トマスはその臭いを辿った。
 臭いはあちこちに散らばっていた。当然だ。基樹自身、爆弾を探し回ったのだから。
 そこでトマスは、基樹が普段、正門から通うことを確認し、犯人は裏門から出たに違いないと踏んだ。賭けに近かったが、幸い、当たった。辛うじて、基樹の臭いらしきものが街へと続いている。
 しかし空中の臭いは、風に流されて消えてしまっている。必然的に、這い蹲って追うことになった。
 その後ろから、ミカエラがついてくる。爆弾解体用の荷を背負い、なぜか犬用のリードを持って。
「犬じゃないんだけど!?」
「爆弾のことを一般人に知られるわけにはいかないわ。それよりは、犬になるのが趣味の変態と思われるのが賢明ね」
 ミカエラは大真面目に言った。
 仕事だ、これは仕事なんだ、任務なんだ!!
 トマスは叫びだしたい衝動に駆られながら、基樹の臭いを辿ったのだった。