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空大迷子

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空大迷子

リアクション

 自由見学会というイベントの下、空京大学の敷地は朝から人で賑わっていた。
 一通り模擬戦を終えた紫月唯斗(しづき・ゆいと)は、相手をしてくれていたセイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)へ声をかける。
「お疲れさん、やっぱ空族狩りは伊達じゃないな」
 セイニィは軽く鼻を鳴らし、唯斗へ顔を向けた。
「そういうあんたもなかなかだったわよ。ま、実際はこんなもんじゃないけどね」
 やはり模擬戦は飽くまでも模擬戦だ。唯斗はそれもそうかと納得し、笑顔を浮かべた。
「じゃ、オレらはここで――」
「マスター、その前にセイニィ様にお願いがあります」
 と、唯斗の言葉を遮るプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)
「セイニィ様、これを見て頂けますか?」
 疑問符を頭に浮かべるセイニィへ近づいていき、プラチナムは小さな袋を取り出した。
 様子を見ていたエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)は何となく嫌な予感を覚えた。純粋な好奇心を持つプラチナがそれをぽん、と叩いて中の花粉を外へ押し出す。――やはり!
「プラチナあ!! 何をしとるかーっ!!」
 唐突に叫んで、セイニィへ差し出された袋に駆け寄るが、温い風に流された花粉にふらりとする。
「ふ、ふにゃ……?」
 情けなくも、エクスは床に手をついてしまった。力が抜けて動けない。
「兄さん、大丈夫ですか!?」
 はっとした紫月睡蓮(しづき・すいれん)が唯斗の方へ駆け寄るが、風上にいた唯斗は至って平然としている。
「良かった、まだ花粉はこちらに来て――」
「にゃ、にゃに、これ……?」
 ぱたん、とその場に尻もちをつくセイニィ。心なしか両目は潤み、金色のツインテールが左右に揺れている。
 プラチナムは期待に外れない結果に満足し、にやりと微笑んだ。
「……ま、まさかあれって」
「ええ、きっとまたたびトレントの花粉です。まだ存在するとは思いませんでしたが」
 以前、空京市内に酔っぱらいを大量に生み出したまたたびトレントの花粉だった。猫っぽい特徴を持つ人だけがかかる特殊な花粉症である。
 呆然とする唯斗だったが、セイニィの酔っている姿を見て近寄った。すぐ隣で膝をついて彼女の肩に触れる。
「セイニィ、大丈夫か?」
「にゃんにゃの? だいじょーぶにゃわけ、ないじゃにゃい……っ」
 プラチナムは反省する様子もなく、ただセイニィを観察していた。
「だよなぁ……どうすっかなぁ」
 ぴと、と唯斗の胸にセイニィの肩がぶつかる。それはまるで、いちゃつくカップルのように。気づいたエクスが「にゃあにゃあ」と寄ってきて、後ろから唯斗へ抱きついた。そしてずしっとのしかかるエクス。
 唯斗は困惑していたが、それよりもセイニィの方が心配だった。とりあえずどこか休める場所でも――と、セイニィを見たその時。
「にゃうー、にゃんでこんにゃあついの……? もう、だめ……」
「よせ、セイニィ! ここで脱ぐなー!!」
 にやにやしているプラチナムに、睡蓮はただただ戸惑うばかりだった。

「あーもう、思い出すだけでもムカつく! 何なの、あいつ!?」
 またたびトレントの花粉による影響は、季節を外れていたせいか一時間もすれば治まった。とんでもない痴態をさらしてしまったセイニィは、ひたすらプラチナムについて文句を言っている。
「それも不意打ちよ!? あんなの、卑怯だわ! マジムカつく!! あーもう、許せない。次会ったら絶対殺す!」
「まあまあ、別に命に別状はなかったんですから、大目に見てあげなさいな」
 と、セイニィを宥めるティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)。その様子を見ていなかったので彼女は分からないだろうが、セイニィにとっては許しがたい行為だった。
 ふいに携帯電話の着信が鳴り、ティセラはそれを手に取った。自由見学会に乗じて空京大学へやってきた大切な友人からのお誘いメールだ。
 返信しようとティセラは携帯電話の画面を見つめた時、どこからか声がした。
「あ、ティセラ先輩! ティセラ先輩じゃないですか!」
 健闘勇刃(けんとう・ゆうじん)だ。
「初めまして、蒼空学園の健闘勇刃です! お目にかかれて光栄です!」
 と、ティセラへ頭を下げる。
「ええ、初めまして」
 大学の後輩ともなろう勇刃へにこやかに挨拶を返すティセラ。すると、彼の後ろにいたパートナーたちも次々にティセラへ自己紹介を始める。
「私は蒼空学園の枸橘茨(からたち・いばら)よ。よろしくね」
「同じく紅守友見(くれす・ともみ)です! よろしくお願いいたします!」
 と、ぺこりとお辞儀をする友見。
「お初にお目にかかります、セレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)ですわ。どうぞ、よろしくお願いいたしますわね」
 勇刃は未だ苛立ちを隠せないセイニィを見て、二人へ言う。
「あの、案内を頼んでもいいですか? 公開講座の時間までまだあるんで、よろしければ」
「案内ですの? ええ、分かりましたわ」
「そうね、あたしもどーせ時間潰さなきゃだし」
 と、ティセラとセイニィ。
「ありがとうございます! じゃあ、早速お願いします!」
 喜ぶ彼の隣に立って、ティセラたちは歩き始めた。勇刃以外は女の子ということで、彼女たちが打ち解けるのにさほど時間はかからなかった。
「それにしても暑いですね……」
 窓外からの眩しい日差しにぼやく勇刃。それをきっかけに、セレアや友見も口々に暑いと言う。
「そういえばティセラ先輩、もうすぐ海開きみたいだし、水着の準備とかできてます?」
 と、勇刃がティセラに尋ねると茨がはっと口を挟んだ。
「何てこと聞いてるの、健闘君。まさか、ティセラさんのこと……?」
「おい、茨! 俺はティセラ先輩に敬意を抱いてるんだぞ! 下心なんて決して持ってないからな!」
 と、特に戸惑う様子もなく言葉を返す。すると、勇刃を後押しするように何者かが現われた。
「そうじゃ! 帝世羅さんがわし以外の者に水着姿を見せるはずなかろう!!」
 あからさまに変質者の空気を纏わせている土器土器はにわ茸(どきどき・はにわたけ)だった。
「きゃっ」
 と、怯えたセレアと友見が身を寄せ合う。彼女たちの豊満なバストに目を奪われながら、はにわ茸は続けた。
「何を隠そう、帝世羅さんとわしは学生結婚をしたラブラブカップルなんじゃ!」
「違いますわ! 結婚などしてませんし、ラブラブでもありません!」
 はっきり否定するティセラだが、はにわ茸は聞いていない。
「ふむ、そちらの女子もなかなかええのう。しかし、帝世羅さんのパーフェクトボディにはかなわんわい!」
 と、身をくねらせながらティセラの方へと寄ってくる。
 あまりのことに呆然としていた勇刃は、ふとティセラが嫌がっていることに気づいて声を上げた。
「今助けます、ティセラ先輩!」
 ほぼ同時にセイニィも動きだし、二人してはにわ茸をティセラから引き離す。
 ――勘違いも甚だしいはにわ茸の叫びが、むなしく構内に響き渡った。

「いくつか公開講座があるようだし、あなたの好きなところを選んでくれ」
 と、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は案内パンフレットを見ながら言う。
「ふむ、そうだな……科学関係の講座を見たいな」
 と、ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)。――グラキエスの魔力をどうにかしようにも、魔法的な方法では逆に暴走の危険がある。科学方面ならばあるいは……。
 考えていたことが思わず口に出てしまったのか、グラキエスの視線を感じてゴルガイスは口を閉じた。
「分かった。それなら、とりあえず理学部を目指そう」
 そう言って歩き出すグラキエスだが、構内に入るなり適当に歩いてきてしまったおかげで現在地が分からなくなっていた。入り口へ戻ればいいのだろうが、ゴルガイスの受けたそうな講座はあと十五分ほどで始まってしまう。
 足を止めたグラキエスは、近くを通りがかった青年に声をかけた。
「すみません、ちょっといいですか?」
 体育会系の見た目と裏腹に白衣を着ているラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が立ち止まる。
「お、見学会の見学者だな。ようこそ、空京大学へ」
 と、にこやかな表情を浮かべるラルク。
 グラキエスは相手が優しい人であることに安心し、尋ねた。
「理学部に行きたいのですが、ここはどこですか?」
「ああ、ここは医学部の研究棟だ。地図で言うと、この辺りだな」
 と、グラキエスの手にしたパンフレットの地図で現在地を指さす。
「で、理学部はこっちの方だから、この廊下を突き当たりまで行って左だな」
 指し示された方向に目をやりながら、グラキエスとゴルガイスは頷いた。
「ありがとうございます」
 ラルクはにかっと笑い、手にした医学書を見せるように掲げた。
「医学部にも興味があったら教えてやるぜ。現代医学や魔法医学、看護士や療法士になるための学科なんかも揃ってるからな」
「なるほど……時間があったら、こっちも見学してみようか」
「ああ、そうだな」
 二人が顔を見合わせるのを見て、ラルクは一足先に歩きだした。
「じゃあ、俺はここで失礼するぜ。ゆっくりしていけよ」
「はい、ありがとうございました!」
 その背中に声をかけ、グラキエスも教わった道を歩き出す。
 ラルクはちらりと彼らを振り返った。――年下であることは明らかだが、それにしても色っぽい少年だったな……いやいや、そんなことよりも今は研究だ。自分には心に決めた人だっているのだし、身体の鍛練も忘れずに!
 と、気を取り直すラルクだが、あの二人の名前くらい聞いたって損はないだろうと思わずにはいられなかった。