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第8章 スパイ小作戦、実は……

 かつて、1つのテレビドラマが放送された。
 とある秘密組織が指令を受け、それを見事なチームワークで遂行するというものであり、そのドラマのオープニング映像や、指令が送られるシーンは非常に有名になったものである。
 そのテレビドラマが、先日地球ないしはシャンバラのどこかで再放送された。懐かしいテーマソングと共に、若い者は新鮮な気持ちで、当時のその放送を知る者は懐古しながらテレビに釘付けになった。
 そしてその放送を見た1人の契約者があることを思いついた。自分たちでこれを再現しようじゃないか、と。
 その契約者は仲間を募り、ドラマを基にした「ゲーム」を考案した。指令そのものは犯罪にならないような可愛げのあるもので。連絡方法はできるだけレトロに――オープンリールのカセットテープデッキならば言うことなしだ。個人でもチームでもできるように、誰でも達成可能なレベルにしておく。何よりも、みんなで楽しめるものにしよう、と。
 そうして生まれたゲームには、そのテレビドラマのタイトルをもじって「ミッション・ポッシブルゲーム」または「スパイ小作戦ごっこ」と名付けられた。大掛かりな演出の組み込まれたお気楽なそのゲームは、いつの間にか契約者という契約者に知れ渡り、1つのブームを築き上げた。驚きなのは、そのゲームを地球やシャンバラにある「学校」の関係者も楽しんでいるということである――この情報は不確かなものではあったが、少なくとも明確に禁止されるようなことはなかった。

 さて、この「スパイ小作戦ごっこ」だが、忘れてはならないのが「『指令』の組み込まれた通信手段」と、「『指令』を達成させるのに必要なアイテム」である。これらは一体どうやって、ゲームの「遂行者」の手に渡るのだろうか。
 多くは「指令者」あるいは「指令者の仲間」が、「遂行者」に直接――ただし、こっそりと送りつけた。では、遠隔地にいる者にはどうしたのか。
 その答えは、現在、小型飛空挺ヘリファルテを乗り回している宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)にあった。
「えっと次は……、教導団本校の学生寮? 軍隊の誰かさんが遊んでいるのかしら……?」
 手元のリストを見ながら、祥子は次に飛ぶべき場所を確認する。
 彼女の乗るヘリファルテには大小様々な――とは言っても、多くが小さいものだったが――荷物が積まれていた。この荷物は全て、契約者たちによるゲームに使用される「指令」の数々だった。
 祥子が行っているのはボランティアではなく、配送業のアルバイトだった。留学先の葦原明倫館の学費を支払うためか、はたまた小遣い稼ぎが目的なのかは不明だが、とにかく彼女はひとつの気まぐれに「短期で、人員急募!」との触れ込みのアルバイトに応募してみた。それはシャンバラ各地の配送業だったのだが、その現場を見て祥子は半分後悔した。配送すべき荷物があまりにも多かったのである。
 話を聞いてみると、最近「スパイ小作戦ごっこ」なるゲームが契約者の間で流行しているらしく、その影響で「『指令』の組み込まれたもの」であるテープレコーダーの配達の注文が殺到しているというのだ。しかも時間厳守のものばかりで、とても人手が足りないのだという。
「無茶させやがって……」
 配送業者に慌てふためく態度を取らせる契約者の集団を、祥子は少しだけ恨んだ。
 そして現在、彼女はヒラニプラを中心に「指令」の配達を行っているのである。ヒラニプラはかつて彼女が所属していたシャンバラ教導団の所在地であるため、地理的に詳しいだろうという責任者からの案である――実のところ、彼女は先日もこのアルバイトに参加しており、その時はキマクを担当させられたのだが……。
 荷物を運ぶ足にとしてはヘリファルテは非常にいいものだった。まずヘリファルテ自体が非常にスピードが速いこと。そして荷物1つ1つが小型のものであるため、大量に乗せたところで飛行に支障が出ないのである。速さを求めないのであれば、積載量という面でアルバトロスが有効だが、此度の仕事に必要なのはスピードであるためヘリファルテが喜ばれたのである。

(それにしても色んなものがあるわねぇ。テープレコーダーだけじゃなくて服とかカメラとか……。そういえばこないだは氷菓子なんか届けさせられたっけ)
 先日キマクを中心に飛び回った際、テープレコーダーと共にアイスの入ったクーラーバッグを届けたことがある。おそらくあれは「持ってくるように」という指令に必要なものだったのだろう。
(暑い時期だから冷たいものを、か……。そんなことをするくらいなら直接渡せばいいのに、っていうのはさすがに野暮よね)
 単にゲームだから、という理由でそのような回りくどいことをするのか。あるいはゲームにかこつけた新しいコミュニケーションの形なのか。元々このゲームを始めた契約者たちの意図は見えないが、少なくとも現在ゲームを行う連中の人間関係というものは見えてくる。「指令」に付随するものを見ればそれは明らかだ。
「おっと、いけないいけない。仕事仕事、と……」
 回想する頭を急停止させ、祥子は再びヘリファルテのアクセルを入れる。テープレコーダーの中には爆弾が仕込まれているものがあるのだ。時間内に指定の場所に届けなければ、自分が爆発の犠牲者になってしまう。
 ところで犠牲といえば、祥子は先ほど奇妙なテロまがいの一撃の犠牲となったばかりである。
「あ〜、それにしても、さっきの臭い取れたのかしら。まさか道のど真ん中であんな臭いを撒き散らすのがいるとは思わなかったわ……」
 あれも指令の一環だったのだろうか、何かが腐ったような強烈な臭いを道端に撒き散らす教導団員らしき人間がいたような気がする。
「っていうかあの顔、何となく【新星】の誰かだったような気がするけど気のせいかしらね?」
 高速飛行するヘリファルテの操縦席越しだったのと、臭いに驚いたせいで視界が歪んだことが災いしたのか、首謀者が何者かまでは突き止められなかった。【ノイエ・シュテルン】の誰かなのかも、と祥子は考えたが、正確に確認できなかった今となってはもはや考えるだけ無駄というものだった。

「それにしても、ドラマを基にしたゲーム、か……」
 指定された場所にテープレコーダーの入った小包を置き、受取人から判子をもらって、すぐに次の届け先へとヘリファルテを飛ばす。
 包みを受け取る契約者は一様に不審げな表情を見せた。それもそのはず、届ける荷物には「差出人の名前」が書かれていないのだ。もちろん配達する方は差出人が何者なのかをきちんと把握しているのだが。
「……アルバイトが終わったら、私もパートナーの誰かに指令テープでも送りつけてやりましょうかね」
その際に配送業者を使うか、自らダイレクトに送りつけるか、それは後で考えるとして、今はとりあえず手元にある荷物の数々を全て送ってしまおう。祥子は空飛ぶ宅配マシンの速度を上げた。