リアクション
「あんたの剣筋、忘れないよ。またいつか会おう」
剣撃を交わすうち、騎士タコと尋人の間にはすっかり友情が生まれていた。
脚の先と掌とで固く握手を交わして、一人と一匹は別れる。傷付いた騎士タコが悠然と水の向こうに消えていくまで、尋人は目を離さずに見送り続けた。
「刺身!」
その頃。少し離れた場所では、鳥丘ヨルの振り下ろしたウォーハンマーが、横薙ぎにタコの頭部へと叩き付けられる。
激昂して近付くタコを『鬼眼』で怯ませ、その隙にヨルは浮力を利用して大きく跳び上がった。
「タコ焼き!」
そんな掛け声と共に、タコの真上から容赦なく振り下ろされたハンマーが脳天を叩く。痛みに逃げ出そうとするタコを追って、ヨルはトドメの一撃をそこへ叩き込んだ。
「ご飯のおかず、逃がすものかー!」
次なる獲物を狙い飛び出していく彼女の死角を守るように立つ天音は、『適者生存』を発動してタコを退けながらも、積極的にタコへ向かって行こうとはしなかった。むしろ、勇猛果敢に次々とタコを屠っていくヨルの様子を愉快気に眺めている。
どれだけのタコを倒したのだろうか。積み上げられた『ご飯のおかず』を尻目に、ヨルは尚も周囲を見回す。彼女の頭の中には、正に掛け声として叫んでいる様々なタコ料理が浮かび上がっていた。
気付けば、彼女の周囲にタコの姿は無かった。否、空間のどこにも生きたタコの姿は見当たらなかった。いずれもこのパーティーに集う人々に倒されたか、敵わないと判断して逃げ出したのだろう。
一通り広く見渡して、天音はようやく動き出した。しかし、彼の向かう先はタコではない。
「……ん?」
きょろきょろと獲物を探すヨルの背後から近付くと、天音はそっとその身体を抱き寄せた。
ハンマーを持つ彼女の手を制するように片手を添え、「もう終わりみたいだよ」と彼女の耳元で囁き掛ける。
「じゃあ、ブルーズが調理してくれるかな」
「ああ。タコを渡しに行こうか、ヨル」
言って、ヨルを解放した天音は、自然な所作で片手を差し出す。
ヨルもまた迷うでもなくその手を取ると、二人はブルーズの姿を求め、静けさの戻った淡い光の中を緩やかに泳ぎ始めた。
「どうしたの? 郁」
葦から離れた空間の中心部、郁をぎゅっと腕の中に包み込んで守っていた貴瀬は、どこかそわそわとした郁の様子に気付くと疑問気に彼の顔を覗き込んだ。
悲しげに眉を下げた郁は、躊躇いがちに口を開く。
「……あのね、いっきょくだけでいいの。タコさんのために、いっきょくだけ、おうたをうたいたいの。おにいちゃんがいってたの、うしなったこのためにかなでるのはれくいえむ……っていうんだって」
切な様子で畳み掛ける郁に、貴瀬は優しげな笑みを浮かべた。
「鎮魂歌……そっか、前に瀬伊が話していたことを覚えていたんだね」
「タコさんがゆっくりねむれますように……って、いっぱいいっぱいおいのりしながら、おうたをうたんだよっ」
頷く郁の頭をそっと撫でながら、貴瀬は静かに立ち上がった。
慣れた手つきでバイオリンを構え、そっと弓を乗せる。
「本当、郁は優しくていい子で……俺の自慢の弟だよ。なら郁の為に……そして、魔物達のために。最上級の鎮魂歌を……」
「うん、いくもがんばるっ!」
その言葉を合図に、貴瀬のバイオリンが穏やかな音を奏で始めた。
誰ともなくその切なげなメロディに耳を傾け、目を伏せる。静寂に包まれた水中の不思議な空間に、儚げな旋律が響き渡る。
郁は深く息を吸い込むと、貴瀬の伴奏に合わせて、澄んだ音を紡ぎ始めた。
歌が終わるとすぐに、空間は先程以上の騒がしさに包まれ始めた。
「どうぞ、出来たてだよ。兄さんもほら、配るの手伝って」
タコが現れた。その報を聞いてすぐに、弥十郎はヴラドの屋敷へ一度戻っていた。
目的は、材料を得るため。そう、弥十郎は討伐したタコを「食べよう」と誰かしらが言い出すことを見越していたのだ。
弥十郎の手によって野菜が刻まれ、同じく食べやすい大きさに切り分けられたタコと共に和えられて、即席のマリネが作り出される。それやジャガベーを摘まみに酒を嗜んでいた八雲は、やれやれと重い腰を上げた。
彼の隣では、ブルーズが何故か所持していたタコ焼き用の鉄板で次々とタコ焼きを作り出していた。料理人たちの周囲には絶えず人だかりができ、誰もが出来たてのタコ料理を手に歓談していた。
「グラキエス、美味いか? タコ焼き」
「ああ。次はロアが作ったものも食べたいな」
「ほら、列を乱すな。材料はいくらでもある」
雑然とした列に苛立たしげにブルーズが尾で地面を叩き、その手元からファルがこっそりと一粒を掠め取る。気付いた時には既に遅く、ブルーズは呆れたようにぐるると竜の唸りを漏らした。
「ほい、ちょっと邪魔するよ」
そんな人々を掻き分けて、志保がロープで縛りあげた活きの良いタコを運び込んできた。骨右衛門が手早く捌いたそれを刺身にして盛り付け、わっと湧いた人々へ次々に配っていく。
そんな料理人たちの元へ、金と銀のタコを手にした集団が現れた。海底洞窟から帰還した、壮太たちの一行である。
「セシル殿、タコ焼きがあります!」
「あら、本当ですわね。私たちも頂きましょう」
早速目を輝かせた恋に微笑みかけ、セシルはタコ焼きを受け取った。ヴィナもまた、「熱いから気を付けるんだよ」と吹いて冷ましたタコ焼きをエーギルへ与えている。
「たぶん毒は無いと思うけど、火を通した方が良いかもしれないねぇ」
「ふむ、ならば鉄板で炙るか」
北都の忠告に頷き、ブルーズは火術の矛先を通常の鉄板へと向ける。
そこへ骨右衛門の捌いた金銀の美しいタコの脚が乗せられると、わっと歓声が上がった。
「ったく……財宝はねぇし、骨折り損のくたびれ儲けだったぜ。ヴラドの奴、後で絶対一発殴ってやる」
人だかりから少し離れた所では、タコ焼きを手にした壮太と呼雪とエメの三人が自然と肩を並べていた。不満げに零され続ける文句にくすくすと笑って、エメは壮太と呼雪を交互に見遣る。
「宝物が洞窟にあるという話も聞きましたが、私にはこうして過ごす時間がかけがえのない宝ですよ
」
「……そう、だな。俺もそう思う」
恥ずかしげもなく告げられたエメの言葉と、同じく照れるでも無く頷く呼雪の反応に、壮太はうっと言葉に詰まった。逃げるように目を逸らして、「そりゃまあ悪くねぇけど、それとこれとは話が別なんだよ……」などとぼそぼそと呟いている。
「吾輩も、美味いものにありつけて満足であるよ」
壮太の頭でかりかりとタコを齧りながら発された公太郎の言葉に、壮太は脱力したようにがっくりと項垂れた。
誰よりも早く湖から上がり、フライングポニーに乗って帰っていったクリストファーとクリスティーを見送って、ヴラドはふと傍らのシェディへ目を向ける。
背後に広がる湖は月光に照らされてぼんやりと蒼い輝きを帯び、静かに水面を揺らしていた。
「……そろそろ、本気で考えなくてはいけませんねぇ」
「そう、だな」
唐突なヴラドの言葉の示すものをすぐに理解して、ヴラドは首肯を落とす。
「きっと、何とかなるだろう。いざという時に頼れる相手が、気付けば随分と増えた」
「そうですね。……悩んでいる時間も、惜しいくらいですから」
励ましの言葉にくすりと笑って、ヴラドは湖を覗き込む。
その遥か深層で今もなお続いているタコパーティーに思いを馳せながら、ヴラドは小さく呟いた。
「ありがとうございます。私も、あなたたちの一員を目指そうと思いますよ」
明確な理由も無く、ただ『薔薇学へ入学したい』と言い張っていた頃からは大分変わった目標に、シェディもまた微かな笑声を漏らす。
「ああ。……行こう、タコが無くなる前に」
シェディの言葉に頷いて、二人は同時に湖へと身を沈めた。
月光を浴びて水面に揺れる、五体のジェイダス人形。
それが一人分増えていることに、気付いた者はいない。
ただ一人、救命用のその人形たちの中心に変熊を安置した、呼雪を除いては。
ここまでお読み頂きましてありがとうございました、ハルトです。一日の遅延、大変失礼いたしました。
またタコか!とのお言葉が幾つも聞こえてきたシナリオですが、楽しんで頂けましたら幸いです。
タコは好きです。タコ焼きやお刺身や唐揚げや酢のものが特に好きです。生きたタコのグロテスクさは怖いです。
様々に個性的なタコの案も頂き、その辺りも楽しく執筆させて頂きました。ありがとうございます。個人的には、服が溶けるタコの存在を複数の方々からご提示頂いて密かに安堵しておりました。タコで服を溶かすのはスタンダードだった。安心しました。
次回はヴラド達が薔薇学入学に挑むようなシナリオでお会いできたら、と考えております。確定しましたら、またマスターページでご案内させて頂きたいと思います。
その際に興味を持って頂けましたら、またどうぞ宜しくお願いいたします。
では、ご参加ありがとうございました。