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宵闇に煌めく

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宵闇に煌めく

リアクション

 所変わって、海底洞窟。
 集団から大分遅れた所を、三人の人物が歩いていた。
「洞窟の中も綺麗だね〜。ゆらゆら揺れて、踊ってるみたい」
 先頭を歩くミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)が葦を眺めながら弾んだ声で言い、一歩後方で彼女を見守るシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)は微笑ましげに頷いた。
「んふ、ミレイユは可愛いことを言うのう」
 シェイドと足並みを揃えていたファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)は素早くミレイユに近付くと、背後から彼女の細腰へぎゅっと抱き付いた。「わっ」と声を上げるミレイユに構わず、すりすりと頬を擦り寄せる。
「ほれ、あそこにも何かあるようじゃよ」
「え? ほんとだ、何かキラキラしてるね〜。何だろ?」
 ファタの指差す方へぱたぱたと駆けて行ったミレイユは、しかしそこでびくりと肩を跳ねさせると、ぴたりと身動きを止めてしまった。
「ミレイユ? どうかしましたか?」
 焦ったようなシェイドの問い掛けにこくりと頷きながらも、ミレイユの足は固まってしまったようにそこから離れることが出来ない。
 やがて彼女の口から、酷くか細い声が絞り出された。
「……ふ、ふぇ……タコ……」
 その声に応えるかのように彼女の視線の先、岩壁から人間と同じくらいのサイズのタコが何匹も顔を出す。
 そしてそのタコの体は、まるでプラチナのようにきらきらと輝いていた。シェイドは深く溜息を吐き出すと、すぐにミレイユを助け出すべく彼女へ駆け寄っていく。
「嫌な予感はしていたんですよ、しかしよりにもよってミレイユの苦手なタコ……ですか」
 ミレイユは以前、同じくヴラドの引き起こした騒動で魔タコに絡み付かれて以来、すっかりタコが苦手になっていた。
 近付くシェイドを遮るように、タコが数匹彼の前へと立ちはだかる。
「やぁぁ! 絡まれた〜っ! こわいよ〜、きもちわるいよぉ……」
 シェイドがタコと対峙している間に、ミレイユの悲鳴が響き渡った。「ミレイユ!」駆け寄ろうとしたシェイドは、しかし即座に回り込んだタコによって道を塞がれる。
「ミレイユ!」
 そんなタコの脇を擦り抜けるようにして、ファタがミレイユへ駆け寄ることに成功した。
「助けてぇ……ってファタさん、近づいたら危ないよ〜!」
 プラチナタコに絡み付かれたミレイユの素肌は、気付けば何とも美しくぷるぷると潤いのある肌になってしまっている。そう、このタコは触手の先から分泌される粘液で触れた相手の素肌を綺麗にするという、末恐ろしい能力を持っていた。
 しかし、言ってみればそれだけである。
「ほぅ……そうじゃのう、危ないのう」
 ミレイユの脇に屈み込んだファタは、自分に迫るタコのみを払い除けながら、にへらっとどこかいやらしい笑みを浮かべた。
 危ないのはお前だ、とツッコむ余裕がミレイユにある筈もなく、ミレイユはふるふると小刻みに肩を震わせていた。
 そんなミレイユの肩まで、プラチナタコは這い上がる。頬へ触手を伸ばそうとしては滑り落ちてしまっていることに気付くと、ファタは「ほれ」とタコに助け船を出した。
「な、なんでご機嫌な顔でタコに協力してるの〜!?」
「うんうん、大丈夫じゃよミレイユ。すぐに助けてやるからの」
 ほくほくと上機嫌に笑みを湛えて、ファタは自分に粘液が付くのも構わずタコを抱き上げると、ミレイユの肌へ余すところなく触手を這わせ始めた。
 涙目のミレイユは最早まともに状況も理解出来ず、「そうじゃなくて、逃げて〜!」と的外れな心配をファタへ向ける。
「……あの、ファタさん。タコに絡まれるミレイユで、盛り上がらないで下さい……」
 そこでようやく、行く手を阻むタコを全て凍らせたシェイドが駆け寄ってきた。溜息交じりで告げられる言葉に堪えた様子も無く、ファタは「なんじゃ」と笑みを深める。
「タコに絡まれる少女、おぬしももっと見ていたいじゃろう?」
「……ミレイユが、怖がっていますから」
 ほんの一拍空いた間は、何ゆえか。シェイドはにっこり笑みを浮かべて見せると、ファタの手から取り上げたタコを即座に凍らせた。えぐえぐと膝をついて鳴き出したミレイユの前にかがみ込み、「大丈夫ですか?」とその顔を覗き込む。
「なんじゃ、つれないのう。んふ、まあミレイユに嫌われても困るからねぇ」
 肩を竦めて呟いたファタは、次の瞬間『紅の魔眼』を発動させた。深紅に染まった瞳を爛と輝かせた次の瞬間、その瞳から放たれた『ヒプノシス』が残るタコをも眠りに就かせる。
「可愛いミレイユを見せてもらった礼に、タコ焼きにでもして食ろうてやろうかの」
 そうしてにっと口角を引き上げると、ファタは掲げた杖から氷の刃を生やし振り上げた。


「来るぞ、気を付けろ!」
 仲間たちに呼び掛けながら、際立って巨大なタコを見据えた佐野 和輝(さの・かずき)は腰の銃へと手を掛ける。
「分かったー! って、え!?」
 しかし、それに応えるアニス・パラス(あにす・ぱらす)の声は驚愕のそれへと移り変わった。アニス、和輝、スノー・クライム(すのー・くらいむ)ルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)の四人がそれぞれ武器を引き抜こうとした瞬間、タコが広範囲に白い墨を吐き出したのだ。
「っ!? 何だ、これ……」
 視界を奪われた和輝は、咄嗟に三人へ呼び掛けようと息を吸い込む。しかし途端に流れ込む噎せ返るような甘い匂いに、思わずくらりと視界が揺らぐのを感じた。口元を押さえながら、和輝はともすれば意識が遠退くかと思えるほどの暴力的な香りに耐える。
「ど、どうなってるですぅ〜……?」
 辛うじて和輝の傍に避難したルナは、全く視覚の利かない状況に戸惑うように、白一色に染まった世界をきょろきょろと見回した。唯一存在の窺える和輝もまた、視界を奪われ打つ手の無い状況に置かれている。
「うにゃあ!? な、なにこれっ!?」
「きゃっ!? ちょっ、止めなさい!」
 周囲を警戒しながらも為す術の無い二人の元に、不意にアニスとスノーの悲鳴が届いた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 反則、反則ー!」
 喚きながらもアニスは四肢をばたつかせる。しかし懐へ潜り込んだ脚を振り払うことはままならず、かえって深く胴体へ絡み付かれる結果に終わった。
 舐めるように服の上から肌を這い、ぺとぺとと吸盤を貼り付かせていくタコの脚。素肌へ直に伝わる独特のぬめった感触に、アニスはその脚によって服を溶かされていることを悟った。
「そ、そこ触っちゃダメー!」
 そして、脚は緩慢に彼女の胸元、そして脚の間へと迫っていく。必死にもがくアニスだが、タコが離れていく気配は無い。
「待ちなさ、ひゃんっ!?」
 それはスノーも同様で、一本の足で両腕を纏めて捕らわれた彼女もまた、引き締まった肢体をタコの脚によって嬲られていた。ぞくぞくと悪寒めいた感覚が背筋を駆け、裏返った声が唇をついて零れ出す。
「止めっ、そこは、駄目……っ」
 タコに絡め取られた二人もまた、甘い匂いによって徐々に意識を朦朧と暈されていく。曖昧になった意識が気色悪いばかりである筈の吸盤の感触を別の感覚として捉え掛けた時、低く怒りを湛えた声が二人の耳に届いた。
「……おい、タコ野郎。俺の“家族”に手を出して、無事でいられると思うなよ」
 弾かれたように二人が顔を上げると、そこにはようやく視界が確保できる程度に晴れた墨の向こうで、二丁の『魔銃カルネイジ』を構えた和輝の姿があった。
 和輝は間髪入れずに両腕を交差されると、猛る銃口から『クロスファイア』の業火を放つ。脚を焼き切られ悶えるタコの合間を『銃舞』で華麗に縫い、和輝は瞬く間に二人を救出した。
「ルナ!」
「はぁい、お任せ下さぁい」
 そこへ、ルナが運んできたテーブルクロスで二人の身体を覆い隠す。ようやくタコから完全に解放された二人はほっと息を吐き出し、同時に和輝へと目を向けた。
「覚悟は出来てるな? おい」
 和輝はと言えば、『奈落の鉄鎖』によってタコの身動きを縛り、つかつかと歩み寄っていた。普段の眠たげな面持ちの余韻も無く、真っ直ぐにタコを睨む彼の双眸には、はっきりと怒りの炎が燃え上がっている。
「私も協力するですよぉ〜!」
 二人の傍で彼女たちを守るように立ちはだかりながら、ルナは『怒りの歌』を奏で始めた。引き金へ掛かる和輝の指先へ力が篭り、彼は緩やかに両腕を持ち上げると、
「死ね。このエロ軟体生物が!」
 と雄叫びめいた悪態と共に、タコへ向けて銃の乱射を始めた。
「……か、和輝……?」
 普段感情を隠すことに長けている和輝の怒りを剥き出しにした様子に、アニスは思わず呆気にとられたように呟いた。しかしその表情は、次第に嬉しげなものへと変わっていく。
(アニス達のために怒ってくれたのかな? だったら、嬉しいかも)
 アニスの隣では、同じく助け出されたスノーが、次々にタコをハチの巣にしていく和輝の姿を眺めていた。
(……和輝が起こった理由に、私も含まれているのかしら? そうだとしたら、嬉しいわね)
 そんな彼女らの思いを知る由もなく、和輝の銃口は火を噴き続ける。
 タコたちの身体が完全に水へ溶け込むまで、その荒れ狂う銃声は響き渡り続けた。


 そんな彼らから、少し離れた所で。
「……タコ? そんな無粋なもの、僕には見えないな」
「いや、実際俺の服が溶けてるでしょーよ! あーあ、刀とか持ってくるべきだったかねえ」
 右脚側の水着を広く溶かされたカガチが深々と溜息を吐き出したり。
「もうそろそろ良いんじゃないかな」
「いーや、まだじゃ。お主にはまだ早いからの」
 レキの目元をミアが両手で覆い隠していたり。
 そんな攻防も、密かに繰り広げられていた。


「折角、久々に楽しく泳いでたってのに……」
 歌菜の放送を聞いた鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)は溜息交じりに呟くと、同行者の鶴谷木 無(つるやぎ・ない)瀬戸鳥 海已(せとちょう・かいい)を振り仰いだ。焦点はあくまで海已に合わせ、提案を紡ぐ。
「とりあえず、やられるくらいならやる。これで良いか?」
 すぐに頷き返した海已とは対照的に、ヴラド製の焦げクッキーばかりを不味いと言いながら齧り続ける無は、くすくすと笑声を零すだけだ。眉を寄せた虚雲が問い詰めるべく口を開くと、無はにぃっと口端を吊り上げた。
「そんな消極的なこと言ってないで、こうすれば良いよ」
 愉快気に言って、無はぽんと虚雲の肩を叩いた。どくんと虚雲の鼓動が跳ね、双眸が見開かれる。
「……っ!?」
 『召喚』を強制的に発動させられた虚雲の鎖骨の印からは鮮血が滲み出し、緩やかに流れて周囲の水と混ざり合う。その血液が色を無くすころには、虚雲の様子は一変していた。
 冷淡な雰囲気を纏い佇む虚雲に、早くも葦の内側へ侵入した一匹のタコの脚が迫る。
 虚雲は驚くでもなく冷めた瞳でそのタコを一瞥すると、静かにカタールを振り上げた。
「……下僕共、行け」
 低く告げる言葉と共に振り下ろしたカタールの刃は、空を切る。しかし同時に発動した『等活地獄』のスキルによって放たれた衝撃波は黒く、無数の悪魔のような姿を形作り、一息にタコの有する八本の脚を全て切り裂いた。
「この程度か?」
 冷やかな言葉と共に、容赦無い追撃が脚をもがれたタコを襲う。容易くその身体を飲み込み、消し去った小さな悪魔のような闇は、静かに水へと溶け込んで行った。
「はっ、気色悪ィんだよ!」
 そこへ海已の放った雷術が一直線に別のタコを貫き、虚雲の放つ闇がそれを追撃する。
 二人の連携によって数を減らされていくタコたちを眺めていた無は、不意ににいっと笑みを深めた。
「もっと面白いものを見せてよ、兄さん」
 その言葉に応じるかのように、先程までとは色を変えたタコが姿を現した。
 どぎついピンク色をした長い脚を持つタコは、身軽さを活かして虚雲へ急接近する。
「……っ?」
 真っ先に鎖骨を狙って這う脚に、虚雲は小さく身震いをした。振り払ったところでタコは怯む様子も無く、繰り返し虚雲へ向かってはその身体へと脚を絡める。
 それは、海已も同じだった。一瞬の隙を突かれた海已は二匹のタコにそれぞれの腕を捕らえられ、水中でまるで磔刑のような体勢を強いられる。
「まさかこのタコ、お前が……っ!?」
 自分を疑う海已の言葉に、無はぴくりと片眉を跳ねさせた。
 実は海已は、他ならない無に『一緒に来ないなら虚雲の身に何があっても知らない』と脅迫され、この場を訪れていたのだった。それ故の海已の問いに、無は「違うよ、まあ歓迎だけど」と含みのある笑みを浮かべて見せた。
「くそ、下僕共! こいつを消し……っん、ぐ……っ」
 声を荒げた虚雲の命令を遮るように、開かれたその口腔へタコの脚が潜り込む。
 えづく虚雲は、不意に鼻腔を擽る甘い匂いを感じた。怪訝と眉を顰めるうちにも、みるみる四肢から力が抜けていく。粘液を纏うタコの脚が這ったところから服が溶け、冷えた水に素肌が晒されていく。
「……悪魔達の事を下僕って呼んでるけどさあ、どっちが本当の”下僕”なんだろうね?」
 悪魔が見えないタコなのか、新しく現れたタコたちは無に見向きもせずに二人を狙う。その光景を眺めながら愉快気に哄笑を上げて、無は海已へと目を移した。
 両腕を拘束された海已は、為す術もなくタコの脚に嬲られていた。そっと彼の元へ近付いた無は、くんくんと悪戯に鼻を動かす。
「へえ、このタコの匂い、媚薬作用があるみたいだ」
 堪えた様子も無く、感心したように呟かれた無の言葉に、海已は目を瞠った。気付けば吐息は乱れ、ほんのりと色付いた頬をあたかも卑猥な色をしたタコの足が這っていく。
「っ、くそっ……離れろ、雑魚共がッ、ぁ」
 粘液によって溶かされた服の隙間から潜り込んでは舐めるように肌を伝う吸盤の感触に、海已はぞくぞくと背筋を粟立たせた。
「兄さん、綺麗だよ……」
 そんな海已に寄り添い、無はそっと唇を寄せた。温かな彼の舌が首筋を這い、海已は自由にならない身体を身悶えさせる。
「やめ、ろ……俺に構うな、っは……ッ! 鈴倉、お前だけでも……」
 逃げろ。そう言い掛けた海已の唇は、無のそれによって塞がれる。
「オレ様以外の名前を呼ぶな」
「ン、っ!?」
 差し込まれる舌を必死で押し返し、海已は目尻に涙を滲ませながら間近な無の瞳を睨んだ。
「くくっ……その歪んだ顔さえも愛しいよ、オレ様だけの兄さん」
 満足げに囁き掛ける一方で、無は虚雲へ向かって『奈落の鉄鎖』を放つ。
 半ば意識が朦朧とし始めた虚雲は、その感覚ではっと我に返った。重さを増した四肢に力を込め、双眸に冷酷な光を灯す。
「ふ、う、っ……タコ風情が……俺の邪魔をするな!!」
 吼えるような声を上げ、虚雲はカタールを振り上げた。『等活地獄』によって闇の力を帯びた刃が悪魔の如く翼を広げ、無慈悲にタコたちを飲み込んでいく。
 周囲のタコたちが全て水風船の如く弾け、水へ溶け込んでいくのを見届けると、体力の限界を迎えた虚雲はふっと意識を失った。残念とばかりに肩を竦め、無は視線を移す。
「……ここまで、かな。ねえ兄さん、その身体、オレが鎮めてあげようか?」
 くすくすと笑いながら、無はタコから解放された海已へと問い掛ける。肩で呼吸をしつつ胸元を押さえ、海已はじろりと無を睨んだ。
「余計な世話、だ……くそ、ッ。一先ず、ここを離れるぞ……」
 火照り脱力する身体を必死に操り、海已は虚雲の身体を抱き寄せる。
「……ま、いつまで我慢できるのかも見ものだよね」
 一人愉しげにそう呟くと、戦線を離脱する海已を追って、無もまた水を蹴り出した。