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勇者、募集します ~大樹の不思議な冒険?~

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勇者、募集します ~大樹の不思議な冒険?~

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第3章(3)
 
 
「あらら、近づかれちゃったねぇ。ま、俺はその方が戦いやすいからいいけどね〜」
 魔王軍の船に乗っているマッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)が両手から闇を出し、溶け込んで行く。その上司である天真 ヒロユキ(あまざね・ひろゆき)はアークライト号を襲うべく、魔物達を甲板に呼び出していた。
「あの海賊達を利用し、その隙に我が下僕によって空から急襲する……完璧な作戦だ。見てるが良い、破壊者どもめ。今度こそ――ん?」
 その時、不意に船室へと続く扉が開いた。魔物以外はマッシュを除けば自分しかいないはずなので不思議に思っていると、中から一人の少女――飛鳥 桜(あすか・さくら)が現れた。
「んも〜、うるさいなぁ。ゆっくり寝ていられないじゃないか……ん? モンスター? 何だ、邪魔してたのはこいつらかぁ」
 寝ぼけ眼の桜が刀を一閃し、近くの魔物を斬り捨てる。そのまま流れるように群れの中を駆け抜け、一瞬のうちにその全てを消滅させてしまった。
「なっ!?」
 これにはヒロユキも驚くしかない。眼鏡をかけ、中性的な服装をした少女が眠そうな顔をしながらこちらの戦力をあっという間に潰してしまったのだ。行動に反した緩そうな姿は、かえって不気味さを醸し出す形となっていた。
「あ、まだいた……」
 船上で唯一残っているヒロユキに狙いを定める桜。
「くっ……おのれ! まさか船までも破壊者の手に落ちるとは……覚えているがいい!!」
 身の危険を感じたヒロユキは猛ダッシュで船尾まで逃げると備え付けてあった脱出用の小型ボートを水面に落として乗り込み、猛スピードでこの海域から脱出していった。
 ――手漕ぎで。
「何だ、つまんないの。もう一眠りしようかなぁ……あれ?」
 今度はすぐそばにある船に視線が移る。そちらには丁度別の船が取り付き、甲板で白兵戦が行われようとしていた。
「ふ〜ん……強そうな人がいっぱいいるな。ちょっと行ってみよっと」
 大きく跳躍して船を飛び移る桜。彼女の参戦により、戦いはさらにかき乱されようとしていた。
 
 
「俺達の船で好きにさせるかよ!」
 飛鳥 菊(あすか・きく)が弾幕を張り、飛び移ってきた海賊達を抑え込む。本当はこちらが相手の船に乗り込む形でもって行きたかったが、第七式・シュバルツヴァルド(まーくずぃーべん・しゅばるつう゛ぁるど)というある種規格外の存在が向こうにいた為に進入を困難な物にしていた。
「我は船の護り手……邪魔立てすれば、踏み潰す」
「図体がでかかろうと……!」
 菊が頭部を狙い撃つ。眉間に当たる部分に命中させられたシュバルツヴァルドは一瞬仰け反るが、それでも侵入を防がんとばかりに立ちはだかる。
「我が魂、その程度で消し飛ぶほど軽くは無い……」
「ちっ、だったら船に狙いを絞る!」
 手投げの爆弾で船体の破壊を狙う菊。そちらに夢中になっていた為に気付かなかったが、反対側では妹がこちらの仲間へと攻撃を仕掛けていた。
「抜けば玉散る氷の刃、身も心も凍らせてあげ――何ちゃって」
 武器に水を纏わせ、強力な一撃を放とうとする桜。それを阻止する為に篁 大樹が接近するが、侵入と同時に桜が仕掛けていたエステ用のローションの効果で思い切り滑った挙句、その先にあった壁に激突してしまった。
「へぶっ!?」
「あははっ! 面白いなぁ、君! でも、戦いでも楽しませてよ!」
 転んだ大樹へとダッシュで接近し、その勢いのまま轟雷閃を放つ。大樹は慌ててそれを回避するが、続けて背後の影から抜け出てきたマッシュの存在までは気付く事が出来なかった。
「はい、捕まえた〜。鬼への罰は……石化だよ♪」
「何っ――ぐっ!?」
 背中に当てられた手を通じて大樹の身体が石化していく。それに気付いた桜葉 忍(さくらば・しのぶ)が相手の姿を確認する。
「いたっ! あいつが町長の娘をさらった奴だ!」
「おっと、見つかっちゃった。でも俺が捕まる訳には行かないもんね」
 素早く影へと隠れるマッシュ。ただ好きに戦っているだけなのだが、偶然にも桜とマッシュの連携が成立しようとしていた。
「ほらっ、まだまだ行くよ!」
 桜が周囲の者達に光術を放つ。そうして攪乱された所にマッシュがどこからともなく現れる上、海賊船からは東 朱鷺(あずま・とき)の弓と九鬼 嘉隆(くき・よしたか)の射撃による遠距離攻撃が飛んで来る為に勇者達は四方に気を配らなければならなかった。
「……朱鷺達は、これで良いのですか?」
「あぁ、飛び移ろうにもあの銃使いが厄介だし、向こうにはリヴェンジも来てる。海賊に重要なのは思い切りの良さと退き際を誤らない事だ。既にお宝を頂いてる以上、欲は張らずに機をみて後退する」
 
「まずはあの少女を止めねばなりませんか……ならばここは私が――むんっ!」
 飛び交う攻撃の隙を狙い、ルイ・フリード(るい・ふりーど)が神速で突撃した。そして光術を放っていた桜が刀を構える前にその両手を抑え込む。
「あっ! く、このっ!」
「ハハハッ! 鍛え抜かれた肉体の前に、逃れる事など出来ません!」
 頭部同様に光を放ちそうな笑顔を見せるルイ。絵面だけ見ると警察を呼んだ方が良さそうな物だが、当の二人は真剣勝負の真っ最中だ。その背中目掛け、再びマッシュが影から現れる。
「隙だらけだね〜、あんたも石像に――」
「……させないの」
 だが、それは読んでいた事だった。マッシュと同じく耳と尻尾を生やした斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)がどこからとも無く襲い掛かり、逆にマッシュを拘束する。
「あっ、ちょっ!? だ、駄目っ、尻尾は……ふにゃっ、尻尾はらめぇっ……」
 ハツネに尻尾を掴まれたマッシュの身体から一気に力が抜ける。結局ルイを石化するどころか逃げる事も出来ず、そのまま捕らえられてしまった。
「さて、女性相手に手荒な真似はしたくありませんが……お仕置きと参りましょう!」
 両腕を掴んでいるルイが桜を持ち上げる。力も体重も劣る桜は成す術もなく持ち上げられ、そのまま放り投げられた。
「ふんっ!」
「うぁぁぁぁぁああ!? あたっ!?」
 甲板を横断するように投げられた桜は偶然菊の足下へと落ちる。
「なっ……さ、桜!?」
「へっ? あれ? 姉ちゃん」
 東方大陸へと渡っていたはずの妹が急に現れた事に驚いた菊は思わず射撃を止めてしまう。桜とマッシュがやられた事を確認していた嘉隆は、この機を逃さず残った手下に退却命令を下した。
「今のうちに転進! 全力で後退するよ!」
「あ、しまった!」
 菊が慌てて銃を構え直すが既に遅し。甲板の奥に引っ込んだ嘉隆達は銃では狙えない位置へと離れてしまっていた。
「…………」
「……えっと。姉ちゃん、久し――ぶっ!? 痛た……な、何するのさいきなり!」
「やかましい! 何が久し振りだ! 大体お前、どっから湧いて出た!」
「失礼な事言わないでよ! ちゃんと船に乗ってたもん!」
「嘘つけ! 向こうの大陸に行ってたお前がこの船にいた訳無いだろうが!」
「この船じゃ無いよ! あれ!」
 桜が自信満々に指を差した――既に誰も残っていない、魔王軍の船を。
「……敵の船に見えるんだが?」
「うん、そだね。ゾートランド行きの船だと思ってたのに、起きたら魔物ばっかりでびっくりした。あ、でも魔物よりあのおじさんの方が強かったかな」
「強かったかな……じゃねぇぇぇぇ!!」
「はきゅっ!?」
 菊の跳び蹴り一閃。桜が再び甲板の反対側まで吹き飛ばされた。
「間違えて敵の船に乗って居眠りかました挙句、こっちに襲い掛かるとかどういう了見だ! 今日と言う今日はたっぷり説教してやるから覚悟しておけ!」
「え、えぇぇぇぇ!? 会って早々お説教とか、勘弁してよ〜!」
 ズルズルと船室に引き摺られて行く桜。戦闘を終えた彼女を待っていたのは、それよりも辛い戦いだった。
 
 
「さて、後はこの方の処分ですね」
 縛られたマッシュの前に集まった勇者達や、船に同乗して一緒に戦っていた者達。その中で代表するように、九条 風天(くじょう・ふうてん)が口を開いた。
 ちなみに石化させられた大樹とハイラウンド町長の娘はマッシュの手によって石化が解除されている。
「一般人の誘拐。それに……『イストリアの姫の誘拐』。本来なら命が亡くなってもおかしく無い所ですね」
「その件だが……本当にお前が姫君をさらったと言うのだな?」
 夏侯 淵(かこう・えん)の質問にマッシュが首を縦に振る。先ほど本人が自供した事だが、マッシュは今回のように人を石化させ、それを石像として売り飛ばす行為を度々行っていたのである。そして魔王の手にイストリアの姫である篁 月夜が渡ったのも、実行したのはこのマッシュという事であった。
「まぁ魔王様の命令で石化は解いて渡したけどね〜。今はどうなってるかは俺にも分からないよっ」
 おどけているマッシュに淵を始めとした何人かが渋い顔をする。とは言え、現状彼をどうにかした所で物事が好転しない事も分かっていた。
「……とりあえず、もうこの方から得られる事は無さそうですね。そうなると、あのリヴェンジという軍艦でゾートランドまで護送してもらうのが――
 空気を良くしようと風天が現実的な手を提案しようとする。だが、それは最後まで続かなかった。
 
「じゃが気を付けなされ。お前さん方の行く末に血が見えるよ……注意なさるこったね」
 ゾートランドで聞いた、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)の言葉が勇者達の頭をよぎる。
 
「その必要は無ぇだろ……こうしちまえばなぁ!」
「えっ……?」
 突如現れた巨大な刀がマッシュの身体を斬り裂いた。痛みを知らぬ体躯である本人が叫びを上げる事は無かったが、武器の重量ゆえに深々と刺さった刀は一人の命を簡単に奪い取ってしまう。
「あれ……俺の、身……体……」
 マッシュのつぶやきが微かに聞こえ、そして動かなくなる。
 僅かな沈黙の後、状況を理解した周囲の者達から悲鳴が上がった。彼ら、彼女らの視線は刀を振るった男へと注がれている。大多数の者は彼が海賊相手に戦っていた味方だと認識していたが、唯一面識のある夏侯 淵だけが違う思いで相手に詰め寄った。
「お前は……白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)!? 何故お前がここにいる!」
「そう言うてめぇは夏侯 淵か。相変わらずあの糞野郎の飼い犬をやってるみてぇだな」
「貴様……俺だけでなく、我が王まで愚弄する気か!? この『虐殺勇者』が!」
 二人の間に火花が散る。現実世界では竜造の事を敵対相手として知っている大樹だったが、この世界での関係はさっぱりなので困惑する事しか出来なかった。
「虐殺勇者……? 何なんだ、それ」
「その疑問にはおじさんが答えよう!」
「うわっ!?」
 突如真後ろから現れた松岡 徹雄(まつおか・てつお)に驚いた大樹が大声を上げる。この徹雄という男、現実世界ではマスクを装着している『裏仕事』モードでは一切喋る事が無いのだが、この世界ではマスクが超霊の面に変わっている事もあり、普通に声を発していた。
 ――まぁ、世界的に有名なランドのネズミのような甲高い声を普通と言って良いのかは疑問だが。
「竜造は昔、故郷を護る為に一生懸命戦っていたんだ。だけど魔物も盗賊も、相手は必ず葬る戦いをして来た竜造を、人は虐殺勇者と呼んで怖れた訳だね。結局周りが平和になった時点でお役御免とばかりに放り出され、街はのうのうと平和を謳歌したって話さ。お笑いだよね、ハハハッ!」
 
「………………」
 
(……空気が痛い!)
 徹雄がマスクの下で冷や汗を垂らす。ともかく、淵と竜造の間にはその頃の因縁があるらしかった。
「一つだけ言っておこう。勇者は既に現れた。この世界に――お前の居場所など、無い」
「けっ、居場所なんざ必要無ぇ。俺はただ強者と戦うだけだ。たとえそいつが『魔王』とか呼ばれていようが、な」
 船という限られた場所でのみ交わった二人の道。だがその心までは交わらず、航海の終わりとともに再び大きく分かたれるのだった――