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リアクション
第3章
「ほ、本当にこれで愛美が現れるかな?」
夜の通りを歩くコハク・ソーロッドが漏らした。
「愛美はイケメンを狙ってるんだから、堂々としてれば大丈夫! きっとなよなよしてるより、びしっとしてる方が好みだよ!」
その少し後ろで帽子を目深にかぶり、変装をした(つもりの)小鳥遊 美羽が勇気づけるようにぐっと頷く。
「わ、わかった。やってみるよ」
夜の通りだ。あまり人気はない。かといって、大通りからそれほど離れているわけでもない。目撃情報、被害状況から考えるに、愛美はこのあたりに出現することが多いのだ。
しばし、うろつき回った頃……
「やっぱり、魚を釣るんじゃないんだから、こんな簡単には引っかからないんじゃ……」
と、コハクが漏らしたとき。
「上!」
「えっ?」
美羽が鋭く叫んだ。と思った瞬間、街灯の頼りない明かりを覆い隠すような影がコハクの頭上に現れた。それはミニスカートを翻し、黒い仮面を身につけた小谷 愛美その人だ!
「う……うわっ!?」
と、コハクが驚いている間に、激しいタックルを彼の腰に打ち込み、抱え上げようとする。
「さすがに、そう簡単にさらわれるわけには……!」
体重はあまりないため、コハクを持ち上げるのはそれほど難しいことではない。が、彼はそれに加えてヴァルキリーである。左右ばらばらの翼を羽ばたかせ、するりと愛美の手から逃れようとする。
「押さえてて!」
美羽が叫び、駆け出していく。コハクはなんとか愛美の手から逃れてすぐ着地し、今度は彼女の手を捕らえて手錠をかける。
「こ、拘束するのが好きなのね!?」
仮面を着けた愛美が叫ぶ。
「目を覚まして、愛美!」
一気に接近した美羽が長い足を上下に伸ばしきるように蹴りを放つ。が、そのとき……
「女性に乱暴をするのはやめないか!」
ぐい、と愛美の手が引かれた。コハクの手錠は片方だけかけられたまま、美羽の足は宙を蹴った。
クルツ・マイヤー(くるつ・まいやー)である。その背後からはレーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)が接近し、愛美を取り押さえる隙を狙っている。
「ちょ、ちょっと! もう少しだったのに!」
「俺のカッツェの顔を蹴り飛ばすのが?」
「今のは仮面を狙ったんだもん!」
「とにかく、乱暴はよくないな」
クルツは美羽とコハクに背中を向けて、愛美の腰に手を回した。
「なななな、何何、いきなり!?」
「イッヘリーヴェディッヒ」
腰を抱いたクルツが、愛美の仮面から覗く耳にささやきかける。
「いへ……何?」
「愛してる、と言ったのさ」
きょとんとする愛美にクルツが答える。誘拐犯に先手を打って愛を囁くことで、逆に身動きを取れなくする作戦だ。
「……やめて!」
が、愛美はそのクルツを突き飛ばした。
普段の愛美ならばもちろん混乱して動きを止めていたかも知れない。が、今の愛美は仮面の魔力により、普段よりも疑り深くなっているのだ。
「うおっ!?」
突き飛ばされたクルツは、図らずも後ろから接近していたレーゼマンにぶつかる。二人して倒れることは防いだが、愛美が逃げるには十分な隙だ。
「愛美! 追いかけるわよ!」
「う、うん!」
駆け出す愛美の背を、美羽とコハクは追う。その道の先……
「マナ、君はボクのエンジェルさ。素顔のキミを見せてくれ!」
男装した朝野 未沙(あさの・みさ)が、立ちふさがって両手を広げる。そして、正面から愛美に抱きつきかかる!
「いやっ! 女同士はいやなの!」
なんという悲劇!
なまじ顔見知りであり、強い人間関係があるだけに、愛美は未沙の男装を見破ったのだ!
そしてあろうことか、普段ならばロマンチックな雰囲気に流されがちな乙女回路も、今は仮面に封じられてしまっているのである!
愛美は急角度に進路を変えて、未沙の猛烈なタックルをかわす。勢い止まらぬ未沙は、彼女のすぐ後を走っていた美羽に抱きついた。
「ひゃあっ!?」
通りの半ばで激しくぶつかったふたりは、思わずごろごろと転がってしまう。その間に未沙の体は愛美に抱きついたあとのシミュレーション通りに動く……すなわち、ミニスカートの中に入り込もうとうごめく。
「ちょ、ちょちょちょっと! 何するつもりなの!?」
「み、美羽!」
慌てる美羽が体を離そうとする。コハクは助けようにも、うかつに手が出せない、という表情だ。
「……はっ、そうだ。キミもいいけど、今はマナを止めないと」
起き上がった未沙が愛美の姿を探す。しかし、その姿はもはや通りから消え去っている。
「……逃がしちゃったか。作戦失敗だな」
未沙が小さく呟く。
「誘拐犯を捕まえる手も、いろいろなんだな……」
ぽつりと、コハクは思わず呟いていた。
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