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そのころ、空京では……

 
 
「いらっしゃいませ、御注文をおうかがいします♪」
「ああ、パンツー……、トーストを二枚」
 ファミレスでバイト中の日堂 真宵(にちどう・まよい)にむかって、カフェテラスの大通りに面した席に座った国頭 武尊(くにがみ・たける)が答えた。
「かしこまりましたぁ」
 ぶりぶりしながら、日堂真宵がファミレス制服のミニスカートの裾をゆらしながら去って行く。
 その後ろ姿を、邪気眼レフを装備した国頭武尊の視線が追った。着ている物を一枚だけ透視できるという、彼にとってはまさにスーパーアイテムである。
「ぐあっ!」
 日堂真宵のスカートを透視した国頭武尊が思わずテーブルの上に突っ伏した。
「な、なんで、ファミレス制服の下にスクール水着を着ていやがるんだ。邪道だ、邪道すぎる!!」
 ある種の人には御褒美かもしれないが、パンツ番長にとって、これは邪道きわまりない。今すぐこの場ですべてを剥ぎ取って、きっちりとパンツを穿かせたいところだ。
「いやいやいや、オレとしたことが、最初で躓いて動揺しちまったぜ。今日は、きっちりとデータをとらせてもらう!」
 決意を新たにすると、国頭武尊が視線を大通りへとむけた。
 邪気眼レフ、フル稼働!
 ここまでの状況ではただの変態だが、意外にこの男、商売に関してはきっちりとしている。かつて、ビデオ販売でキマクに一拠点を築いたこともあるのだ。現在は、下着メーカーの「セコール」空京支店に丁稚奉公中である。まさにパンツ番長にとっては天職という職場であろう。
 売り上げを伸ばすためには、徹底した市場調査が必要だ。だが、売っている物が物だけに、なかなかデータという物も集めにくい。
 まあ、街頭でアンケート用紙を持って、「今あなたはどんな下着を着ていますか?」などと質問しようものなら、普通は数秒でお星様にされるだろう。
 ここは、非合法でも密かにデータを収集するしかない。
「ええと、白、白、縞、白、ピンク、クマさんパンツ、カエルさんパンツ、赤、黒、空京 たいむちゃん(くうきょう・たいむちゃん)パンツ、レース、紫、白、水玉、縞、白……ぐはあっ」
 順調に透視しながら、ある意味真面目にデータをとっていった国頭武尊であったが、若干たれてきた鼻血を拭う間もなく、思いっきりのけぞって椅子から転げ落ちた。
「まったく。大学のゼミってえのは、レポートが多くて困るぜ」
 ガニガニと大股を広げながら、王 大鋸(わん・だーじゅ)が倒れた国頭武尊の前を通りすぎていく。
「くっ、この程度でオレは死なねえぜ……」
 コップの水で目を洗いながら、国頭武尊が荒い息でそうつぶやいた。
 透視コンタクトとは言っても、望んだ物だけが透視できるわけではない。男だろうと人外だろうと褌男だろうと容赦なしである。当然、見たくない物も見てしまう。
「こんなバイトやめてやるー」
 なんとか国頭武尊が起きあがろうとしていたところへ、もの凄い勢いで日堂真宵が走ってきた。引っ掛けたという感じで、イルミンスール魔法学校の新制服に着替えている。
 いつものことで、また何かポカでもしたか暴れたのだろうか。
 だが、さすがに地面に国頭武尊というでっかい石ころが転がっていることまでは気づかなかった。思いっきり躓いてつんのめりに倒れる。
「いたたたたたたっ……」
 ぷりんとミニスカートのお尻を突きあげるようにして、日堂真宵が地面に顔面を激突させていた。
 一瞬後に、スカートの中が丸見えと気づいて若干あわてるが、どうせ水着だから見えても大丈夫と、落ち着き払ってゆっくりと身だしなみを直した。なで下ろした髪の毛から、なぜかスクリーントーンの削りカスがパラパラと零れ落ちる。
「ふん、こんな店、潰れちまえー」
 捨て台詞を残して日堂真宵が次のバイト先へとむかう。
「あー、えーっと、とりあえず水着の下にもちゃんと穿いとけ……」
 やっとのことで立ちあがった国頭武尊が、複雑な面持ちでつぶやいた。あくまでも、国頭武尊とってはパンツがすべてである。中身は二の次だ。むしろパンツ様に中身が穿いていただいていると言っても過言ではない。パンツなき者は悪である。
「データにならねえものはいらねえ!!」
 なんだか、決意を新たにする。
「きゃっ、どうしたの、パンティー……」
「なにっ!?」
 如実に単語に反応して、国頭武尊が声のした方を振り返った。
「あんな声に驚いて転んじゃだめだよー。次のレースは、絶対に罠に引っ掛からないように特訓だよー」
 何がパンティーなんだかよく分からなくてキョロキョロする国頭武尊には構わずに、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が転んでしまったペットのティーカップパンダ(パン)ティーカップパンダ(ティー)を助け起こしていた。
 
    ★    ★    ★
 
 
「はははは、大回転の雄、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)、未来は我が手に……くるくるくる……あーれー」
 名乗りをあげながら、クロセル・ラインツァートが、空京万博の人並みに翻弄されて帯の解けた町娘のようにクルクルと回転してばったりと倒れた。
「くうっ、やっぱり人気パビリオンへは簡単には入れないようですね。なんとしてもおパンツ館……もとい、ランジェリー・ラボには入ってみたかったのですが……」
 パラミタパビリオンエリアへと続くゲートを悔しげに見つめながらクロセル・ラインツァートが言った。
「仕方がありません。ここは閑散としている寂れたシャンバラの未来パビリオンに入るとしましょう」
 すでにイルミンスール魔法学校の2019年度卒業証書(クロセル)を手にしているクロセル・ラインツァートにとっては、夏休みの宿題などとっくに遠い過去の話である。
 ここは、ぜひとも青春を謳歌して遊びたおさでいられよか。べんべん。
 と言うわけで空京万博にやってきたわけだが、すでに最初の人並みで敗退して、なんとも小市民的に空いてるパビリオンだけを見るという作戦に切り替えている。
「さすがに未来館だけあって、イコンがたくさんですね。ぽりぽり……」
 芋けんぴを囓りながら、クロセル・ラインツァートはてくてくといろいろな展示を見て回った。
 とはいえ、メカメカしいイコンにはあまり興味がないので、どうもいまいちである。
「シャンバラの伝統パビリオンなら、雪だるま王国が展示を出しているので、ならばないでも入れるでしょうか」
 クロセル・ラインツァートは、とりあえず試すことにしてみた。
「警備御苦労」
 懐から雪だるまの騎士団長の証をごそごそと取り出すと、ゲートの警備員にそれをちらつかせながら、クロセル・ラインツァートは顔パスで関係者入り口に入ろうとした。関係者通路からなら、伝統パビリオンからメイン会場へも忍び込めるに違いない。とにかく、行列にならぶなどという非生産的な行為は、やるつもりが微塵もない。
「ちょっとちょっと。困るね、君」
 警備員にむんずと首根っこをつかまれて、クロセル・ラインツァートが転けそうになる。
「何をしますか。私を誰だと思っているんです。ここに展示を出している雪だるま王国の騎士団長ですよ。いわばスポンサー、いわばここの親分……の子分……です。通しなさい」
「無理」
「なぜ!?」
 もう一度、クロセル・ラインツァートが騎士団長の印をちらつかせた。
「ああ、最近多いんだよねえ、偽物が。仮面つけて、はははははははって笑って走り回る人」
「もしかして、あの人とか、あの人とか、あの人ですか?」
 クロセル・ラインツァートが、思い浮かぶ顔を次々と脳裏に浮かべて言った。
「だいたい、本物なら、なんで最初から証を身につけてなかったんだ」
「それは、そんな物使うとは思っていなかったので服装欄の奧に……」
「はいはい、また今度ね。忍び込んじゃだめだよ」
「ちょっと待て、おーい」
 ポイされてゲートを閉められてしまい、クロセル・ラインツァートは呆然とその場に立ちすくんだ。
「本物なのに……、本物なのにぃ……」
 残念なことに、それを証明してくれるパートナーたちもここにはいない。まあ、中には若干一名、偽物なのですぐに逮捕してくださいと叫びそうなパートナーもいるが……。
 仕方なくまたパラミタパビリオンのゲートにむかってみるが、行列はまだまだ続いていた。
「はーい、タイムちゃん模様の限定トランクス、最後の一枚、たった今売り切れました。ありがとうございましたー」
 ゲートの中から、セコール売店の売り子の声が聞こえてくる。
「間にあわなかった……」
 クロセル・ラインツァートは、がっくりとその場に両手をついてうずくまった。
 
    ★    ★    ★
 
「パンちゃん、ティーちゃん、お疲れ様。特訓はもう終わったから、今日は楽しんでくださいね
 空京大学のキャンパスで、のびのびところころするティーカップパンダたちを前にして、騎沙良詩穂が言った。
「うふふふふふ、可愛いなあ」
 思わずスケッチブックを出して二匹の絵を描き出す。
 ちょうどいいので、二匹の観察日記は絵日記にしてしまおう。
 すでに日記帳には、パン&ティーの過去の活躍がぎっちりと書き込まれている。
 名前の由来は、そう、麺麭(パン)と紅茶(ティー)の優雅なティータイム……、メイドとして御主人様に遅いブランチをお持ちしたときに、かたわらでその場を和ませてくれるようにころころと転げ回っている二匹のちっちゃなパンダ。そんな一コマを意識して名づけたものだ。
 以前、「ティー」カップ・「パン」ダからつけたと言った気もするが、それは異説ということにしておこう。由来などという物はたくさんあっても困ることはない。
 もちろん、パンツ四天王を目指してパンティーと名づけたというのも、異説である。そうなの。
 ちなみに、すでにパンツ番長とパンティー番長はいるので、狙うとしたらどこになるのだろうか。褌番長だろうか……。やはり、パンティー番長を倒して、称号を奪うしかないのだろうか。でも、そうすると、番長の数は変わらないので、いつになっても四天王が揃わない気がする。ううん、これは結構な悩みどころだ。
「まっ、いいか。今はこの子たちが可愛いし」
 この間手に入れた思い出のティーカップから転げ落ちて、芝生の上でころころしているティーカップパンダたちをながめながら、騎沙良詩穂は顔をほころばせた。