リアクション
* * * 「手が足りねぇ……」 借り受けたアガデの地図を見ながら、高柳 陣(たかやなぎ・じん)はぼそっとつぶやいた。 地図の向こう、彼の前で待機しているユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)とティエン・シア(てぃえん・しあ)を見て、さらにボソッと。 「ぜんっぜん手が足りねー」 「ここでうなってても仕方ないわよ。みんな魔族からアガデの人助けたり、避難誘導したりするのでいっぱいいっぱいなんだから。私たちもそろそろ動かないと」 ユピリアが素気なく肩をすくめる。 「わ。めずらしくお姉ちゃんが建設的なこと言った」 聞こえないようにつぶやいたつもりだったのだが。 「え? なんですって? ティエン」 「なんでもないっ」 プルプルッと頭を振る。その前で、陣が頭を掻きむしった。 「だーっ! しゃあねえ! 俺たちだけでやるぞ! たしかにユピリアの言うとおり、動かないとなんにもならねえからな!」 と、その目がユピリアを見つめる。 「あ、あら。何? 陣。そんな熱い目で私を見つめて……ハッ! 明日をも知れない2人の男女、はたして夜明けを迎えられるかも分からない夜、ついにお互いの気持ちに気付いた2人の体は熱く燃え上がり、めくるめく――」 「お姉ちゃん、ボクもいるから」 「今回ばかりはおまえの妄想に付き合ってるヒマはねーんだ」 ポカッと陣のこぶしが後頭部に落ちる。 「じゃあ何よー」 「喜べ、ユピリア。おまえがこのアガデを救うヒーローだ」 ブージを手に。 夜風に髪をなびかせながら、ユピリアはすうっと胸いっぱい外気を吸い込んだ。 「剣と剣がぶつかりあう音。懐かしい空気。そう、ここは私の育った場所。戦場……。 おかしなものね。昔は敵を倒す為だけに立っていたのに、今は守る為にここにいる。 陣……あなたのおかげでね」 くるっと振り向いた先。 そこにはもう、だれの姿もなかった。 「おーいユピリア、準備できたぞ」 少し先の家屋で陣が「こっちへ来い」と手を振っている。 「はぁーい」 はぁーっとため息をつき、気乗りしないままそちらへ近寄る。陣は建物の構造上弱い位置にライフルの弾を解体して取り出した火薬を撒いていた。着火した瞬間、小爆発が起きる。硝煙が晴れたあと、そこには破壊された黒い輪ができていた。 もろくなったそこを、ユピリアがソニックブレードで叩き壊す。するとその建物はあっけなく倒壊してしまった。 「よし。いいか、ティエン。これが破壊消火だ」 「え? 消火って……これ、燃えてないのに?」 地図を見ていたティエンが目をぱちくりさせる。 「燃える前に破壊しておくんだ。燃える物をなくして、ここから先延焼しないようにするのさ。そして燃える物には樹木も含まれる。――ユピリア」 「はいはーい」 歩道に植えられていた街路樹を、次々と斬り倒していくユピリア。倒れる方向は、きっちり崩壊した家屋側だ。道から先に燃える物は一切残さない。 「今燃えてる物を消火するには全然手が足りねぇからな。近づきすぎて、こっちが火にまかれる可能性が高い。燃えてないモンを壊すのは気がひけるが……これが最善の方法なんだ」 「うん。分かるよ、お兄ちゃん」 「そうか。えらいぞ」 頭をわしわしっとする。 (私は? ねえ、一番労力使ってる私は?) 「ふーんだ。どうせ体力と腕力はひと一倍ありますよーだ」 ソニックブレードだろうが轟雷閃だろうが爆炎波だろうが。こうなりゃ何だって叩き込んであげるわよ! 拗ねきった声でユピリアはどんどん家屋を倒していく。 「さぁティエン。破壊消火に適した家屋を拾い出して、どんどん俺たちに指示してくれ」 「うんっ」 借りた破壊消火用の斧をかついだ陣に向かい、ティエンは大きくうなずいた。そうして彼らは破壊消火にとりかかったのだが。 破壊消火は「火が回っておらず」「延焼しないほど建物同士が離れて」いなければならない。そのため、大道に面した家屋を自然と選ぶことになってしまう。家屋が密集していれば延焼しないようにそれだけ倒さなければいけなくなって、手間がかかるからだ。 そして大道に面した、火の手のない場所といえば、それは魔族とぶつかる可能性大なわけで。 「んもう、こいつら邪魔してっ!!」 ユピリアは突き出された魔族の攻撃をかいくぐり、すばやくツインスラッシュを叩き込む。 「こりゃまいったな」 陣もまた、ティエンを背後にかばいつつ斧で応戦する。 「お兄ちゃん、向こうからいっぱい来るよ!」 おびえた声でティエンが指した道の向こうには、剣や槍をかまえた魔族の部隊の姿があった。 前進していた彼らが、魔族と戦っている陣たちに気付いて足を速める。 あの人数は無理だ。一時撤退するか? 「……いちいち邪魔されてたら、破壊消火になんねぇ」 とはいえ、今は多勢に無勢。撤退するしかないか。 そう考えて身をひるがえそうとしたときだった。 彼らを狙って撃ち出された魔弾を押し返すように、氷雪の嵐が吹き荒れた。 「遙遠、おまえか!」 上空、氷翼アイシクルエッジを展開した緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)を仰ぎ見る。そこで滞空した遙遠は、さらに魔族の部隊の左右の家屋に向け、我は射す光の閃刃を放つ。破壊された瓦礫が即席の壁となって魔族と陣たちの間をふさぐや、さらにブリザードを放ってそこを凍らせた。 「こうすれば、向こうからくる火勢の足止めになるでしょう」 その間にひとつでも多く家屋を倒壊させるのだ。 「皆さん、ご無事ですか?」 虚刀還襲斬星刀を手にした紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)が駆け寄った。 その剣で陣やティエンを囲んでいた魔族を斬り伏せる。 「ああ。助かったぜ」 「ありがとう」 礼を言う陣の腕に傷を見て、慈悲のフラワシで治療する。 またたく間に癒された陣の上に、ボタボタッと機晶爆弾が落ちた。 「ってーな! あぶねーだろっ」 「破壊消火にこれも使えるでしょう」 鷹揚とした声で遙遠が答える。全然悪びれたふうがない。 それに、たしかにこれがあると家屋破壊にすごく便利だし。 「……ああ。ありがとよ」 どこか割り切れないながらも礼を言う陣に、遙遠は頷いて返した。 「にしても、意外だったな。てっきりおまえのことだからバァルと一緒かと思ってたんだが」 「……いつも一緒にいることが、バァルさんのためになることとは限らないですよ」 会談会議室でのバァルの姿を思い出し、遙遠はキュッとあごを引いた。 さまざまな場所で爆発が起き、そのたび炎を吹き上げるアガデを見て、呆然となっていたバァル。すっかり血の気の失せた横顔は、今もはっきりと胸に焼きついてる。 居城へ向かうバァルにはたくさんのコントラクターたちがついている。彼らに任せれば大丈夫。 彼の愛するアガデを救うために自分の力を最大限に活かす方法はほかにあると、遙遠は街へ出た。ブリザードで家屋を凍らせることで少しでも炎の進攻を遅らせると同時に魔族の進攻も阻む。 「そうか。それで……なぁ、おまえたち会談に参加してたんだろ? 向こうはどうだったんだ?」 陣からの質問に、遥遠は残念そうに首を振った。 「そうか」 「根本的に、考え方が違うんです。結局……彼らにとって、人間の一生とはひと夏の花のようなものなのでしょう。彼らは物事を数百年の単位でとらえ、考えます。でも、人は違う」 遥遠は残念そうに首を振ったが、聞いた側の陣はドライに肩をすくめた。 「ま、人間と虫の一生だってそんなモンだろ。そりゃしゃーねぇよ」 「2人の魔神のうち、ロノウェさんはまだ話が通じそうでしたけれど、もう片方の方は……」 その瞬間、ざぁっと氷雪まじりの冷たい風が彼らに吹きつけた。 遙遠が氷翼アイシクルエッジをはためかせ、飛んでいく。 「なんだ? あいつ」 彼の心を理解できる遥遠は、何も言わなかった。 今回ばかりはその思いを止めようとも思わない。 (遥遠も、結局今度のことには相当腹が立っているんですね) 冷静に自己分析をして、ふふっと笑う。 「さあ、破壊消火を再開しましょう。遥遠たちも手伝わせていただきます」 「おう。 さあティエン、次はどこだ?」 「うーんとねー……」 ティエンは地図を広げ、あらかじめ印を付けてあった箇所を指差す。 「こことここ」 「よっしゃ。行くぞ、ユピリア。ガンガンぶっ叩け」 「はぁーい」 ユピリアと陣が破壊消火に取り組む間、遥遠たちが魔族の襲撃から彼らを守った。 できる限り彼らに近づけないよう上空から遙遠が監視し、空であれ地上であれ、近づく魔族がいれば即座にブリザードや我は射す光の閃刃を放ったが、路地の物陰から飛び出す者までは防げない。そういった相手には遥遠が対処した。 そんな彼らを補うため、ティエンは驚きの歌と幸せの歌を歌う。 (バァルお兄ちゃん……) ティエンは遠い居城を見上げる。 (僕、がんばって幸せの歌を覚えたんだよ。バァルお兄ちゃんに聴いてもらいたくて……。 いつか聴いてもらえるように精一杯がんばるから、だからバァルお兄ちゃんもがんばって!) * * * 「急げ! 火を食い止めるのだ!!」 「はっ!!」 速騎馬兵左将軍カデシュの号令に、兵士たちは消火栓に向けて走った。近くに設置されていた箱の中からホースを引き出し、消火栓の口金と合わせる。 大勢の兵士によって次々と消火栓が開けられ、放水の始まった道の端を、よろよろと1人の女が歩いていた。 全身血にまみれ、傷を負っているが、みんな火災と消火に気をとられて彼女の存在に気付けていない。 「……ジャガン……ナート、様……」 女はぶつぶつつぶやきながら彼らの後ろを抜け、路地の暗がりへと転がり込む。 そこで落ちていた何かにつまずき、膝をついた。 衝撃が伝わり、左腕が落ちて転がる。 しょせん狂気の沙汰がしたこと。魔族の腕と人間の腕が同化するはずがない。しかも火術で肌を癒着させただけでは弱すぎる。 腕は早くも腐り始めていた。 「あ……アハッ……ハハハッ……」 再びなくなった左腕を見て、女は喜悦の声を上げて嗤う。そのまま反り返り、仰向けに倒れた。 「……ジャガンナー……様……」 暗くぼやけた視界に、金色の影がさしたのはそのとき。 金色の影は後ろに白い影を背負っていた。自分を見下ろしている……ぼんやりとそんなことを考えていた彼女の左腕に、金色の影が触れる。 「腕が……」 左腕が再生していた。切り落とされ、燃えて消し炭になったはずの腕が、元に戻っている……。 「ああ……ジャガンナート様……あなたなのですね……?」 胸を貫いた指が、これまで一度も感じたことのない、脳天を突き抜けるようなしびれた快楽を与える。 内部を掻き回され、魂を引き出されている間中、伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)は泣き嗤っていた。 |
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