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【新米少尉奮闘記】飛空艇の新たな一歩

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【新米少尉奮闘記】飛空艇の新たな一歩

リアクション

 こちらでは、青チームの崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が、悠々と空を舞っていた。
 跨るのはワイバーンのイトハ。糸葉百合の名を持つ、真っ赤な鱗が特徴的な、すらりとしたシルエットの個体だ。
「静かなものね……ちょっと退屈かしら」
 ワイバーンの機動力を活かして単独行動を行っているが、今まで敵チームとは遭遇していない。
 遠くからドンパチの音が聞こえないではないが、救援要請は来ていないし、一つのコンテナに複数が集まる必要はない。崩城はイトハの手綱をとり、コンテナを探して飛んでいく。
 そのうちに、くん、とイトハが首をもたげた。
 ぐるると鳴らす喉の音から、何かを発見したようだ、と悟り、そちらの方へ向かうよう龍の声を真似て告げる。それにすぐ応えたイトハの首筋をとんとん叩いてやっているうちに、イトハは見付けたそれの元へと崩城を連れていく。
 案の定、足元には虎縞テープが貼られたシルバーのコンテナ。
「良くやったわね、良い子」
 ちゅ、と鱗にお礼のキスを降らせて、確保するように指示する。
 するとイトハはおんと吼え、その鋭く大きな爪でがっしりとコンテナを鷲掴みにするとそのまま飛び上がる。
 相手の妨害もなく、拍子抜けするほどあっさりとコンテナを確保してしまった。
 退屈ねぇ、と呟くと、崩城は確保したコンテナを旗艦へ格納するためにイトハをぐるりと旋回させながら、旗艦への通信を繋いだ。

――こちら、崩城亜璃珠。コンテナを確保しましたので、格納準備をお願いしますわね。
「了解です」
 青チームの旗艦――武崎幸祐の操る大型飛空艇、グナイゼナウで通信を受け取ったローデリヒ・エーヴェルブルグ(ろーでりひ・えーう゛ぇるぶるぐ)は、コンテナを受け入れるため甲板へと出て行った。
 ドアが閉まるのとほぼ同時、武崎が一人残された管制室に、索敵システムが急接近してくる機体が有ることを告げる音が響き渡る。
 反応があったのは、小型飛空艇が一隻。
「敵、一隻? フン、舐められたものだな……」
 武崎は火気管制システムにアクセスすると、接近が確認される小型飛空艇に照準を合わせる。
 本来は対イコン戦まで想定して搭載されている武装だが、今は生身の人間が当たっても痺れる程度に出力が落とされているものと置換している。遠慮は要らないだろうと、問答無用で射撃を開始した。
 しかし、如何せん標的が小さい。小回りが効くという点では圧倒的に小型飛空艇が有利だ。なかなか仕留めるまでは行かない。
「小型飛空艇一機で何が出来る……」
 機体前方に搭載した高初速滑腔砲で進路を塞ぐよう牽制射撃を行い、デッキガンの射程へと誘導するよう指示を出す。

「小型飛空艇一機に無駄弾打ちすぎじゃないですか……っと」
 ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)は、高初速滑腔砲から降り注ぐ銃弾を紙一重の所で見切り、かわしながら、グナイゼナウに肉薄していた。
 搭乗するのは速度がウリの小型飛空艇、ヘリファルテだ。元々高速であることが特徴の機体に、フリンガーの操縦の腕が加わり、かなりの速度での移動を実現している。さらに、イナンナの加護を受けたフリンガーは、鮮やかに全ての弾丸をかわしてグナイゼナウの懐へと飛び込む。
 砲身の内側に入ってしまえば、攻撃される事はない。
 そのまま船体外壁へ接近すると、機関部に近いと思われる位置に、破壊工作の腕を活かして演習用の模擬爆弾を設置する。
 一つ設置しては少し移動することを繰り返し、数カ所に渡って爆弾を設置すると、素早く離脱を計る。
 再び砲火に晒されるが、フリンガーは鮮やかに全ての弾を避けて射程圏外へ出てしまう。
「大きさの差が力の差じゃないこと、見せてあげましょう」
 フリンガーが振り返ると、時限式の爆弾が丁度威勢の良い爆発音を立てた。
 演習用なので爆発といっても爆竹が破裂した程度の威力と音だが、そのダメージ情報は確かに演習運営本部へと送られる。
 しかし、威力が足りなかったか、設置場所が悪かったか、墜落を宣言されるほどのダメージにはならない。
「弾幕は薄いみたいだし、もう一回行きましょうか……」
 フリンガーが思案していると、遠目に、グナイゼナウの甲板に誰かが出てきたのが見えた。
 コンテナの回収に出た、エーヴェルブルグだ。
「爆弾とは、なかなか無粋な真似をしてくれますね」
 エーヴェルブルグは、離れたところを飛んでいるヘリファルテの乗り手が、先ほどの爆弾攻撃の主だと見当を付けて呟く。離れているのでその声は互いには聞こえないが。
 一方フリンガーは、目視で姿を確認されてしまったことで身動きが取れなくなっていた。
 万が一あの人間が遠距離攻撃用の強力な武器を持っていたら狙い撃ちにされてしまう。また、飛空艇の武器は砲身より内側に回ってしまえば安全だが、そこまで近づけば直接攻撃される恐れもある。
 一瞬、二人がにらみ合う。
 と。
 突然、グナイゼナウの後部甲板で爆発音が響いた。衝撃こそ小さく、機体が揺れたりはしなかったが、ダメージカウントが発生したのは間違いない。
「何事です!」
 冷静なエーヴェルブルグの顔に焦りが浮かぶ。
 ベルフラマントで気配を消していた、フィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)による爆弾攻撃だ。
「図体がでかけりゃ強いってもんじゃないのよ!」
 エーヴェルブルグが攻撃された方向を振り仰ぐと、ヘリファルテとほぼ同等の出力をもつフライトユニットを両の足に装着し、グナイゼナウの上空でホバリングしている四条が見えた。超感覚を発動しているのだろう、ふさふさの耳と尻尾が風に靡いている。
 四条の投下する爆弾と、フリンガーが貼り付けてくる爆弾。一撃一撃はそれほどのダメージにはならないとはいえ、看過することも出来ない。
 速やかな掃討を、と命令したいところだが、旗艦を護衛する部隊がいなかった。

「だから旗艦の護衛班は必要だと言ったのに……」
 管制室でその様子を見ていた武崎が、ぎり、と爪を噛む。
 一隻でも小型飛空艇が付いていれば違ったかも知れないが、志願する者が居なかったのだ。
 しかし、武崎の顔に焦りはない。

「さて、このまま落としちゃうよ!」
 四条のかけ声で、赤チームの二人は一気に旗艦に接近を計る。
 が。

「イトハ!」

 凛とした女性の声が響き渡り、辺りを風が唸る。
 気流が激しく乱れ、制御に細心の注意を必要とするフライトユニットはひとたまりもなく、四条はバランスを失う。またフリンガーの方も、飛空艇のバランスを維持するのに精一杯だ。
 崩城とそのワイバーン、イトハだ。イトハの爪の間にはがっしりと掴まれたコンテナがある。
 四条とフリンガーは厳しい表情でイトハに跨る崩城を見上げる。
 その瞬間、イトハの口が大きく開いた。イトハの鱗の色をした炎が、轟々とその口の中で渦を巻いている。
 まずい、と二人の顔に焦りが浮かぶ。演習だから直撃はさせないだろう、という打算が働かないではないが、しかし本能的な恐怖には抗えない。避けろ、と本能が警鐘を鳴らす。
 炎が、大気を巻き込み燃え上がる。
 四条はフライトユニットの出力を最大にして回避を計る。フリンガーもまた、ヘリファルテの機動力をフルに活かして炎から身をかわした。
 そのせいで、二人はグナイゼナウから距離を取らざるを得なくなる。
 コンテナの格納は何としても阻止したいところだが、熟練の乗り手が操るワイバーン相手にこちらは二人、しかも背後には相手の大型飛空艇では、どう考えても分が悪い。
「タイミングが悪いですね……!」
 フリンガーは手にしたスナイパーライフルを構えると、崩城を直接狙う。どうせ中身は演習用の弾だ。当たっても痺れるだけで死にはしない。相手が例えば、四条の様にアンバランスな飛行をしているなら、飛行中に気絶させるのは危険だが、崩城が乗っているのは従順そうなワイバーンだ。主が気を失っても、振り落とすようなことはしないだろう。
 そもそも当たらないか、と苦笑して、しかしそれでも牽制のためにフリンガーは引き金を引く。
 案の定崩城は、器用にイトハを駆ってフリンガーの放った弾を避ける。が、ワイバーンは小型飛空艇に比べれば旋回半径が広い。そこに隙ができる。
「分が悪い、ここは引きましょう!」
「くやしいけど、賛成……っ!」
 フリンガーと四条は、苦い表情を浮かべながら急ぎその場を離脱した。
「ふふ、なかなか頑張ったみたいね」
 離脱していく二人を見送ると、崩城はイトハをゆっくり旗艦へ接近させた。もとより崩城がここへ来たのははコンテナを格納するためだ。深追いはしない。
 安堵の表情を浮かべるエーヴェルブルグの誘導に従って、イトハの持つコンテナがグナイゼナウへと下ろされた。