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【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ

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【蒼空のフロンティア秋祭】秋のSSシナリオ
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リアクション

 2017年、冬の青森。

 雪に覆われた墓地に少女は立っていた。
 一つの墓石の前に花を添え、手を合わせている。
 膝下スカートのセーラー服に身を包んだ三つ編みの娘だ。
 墓には、彼女の兄の名が刻まれていた。


■或る少女の一生■

「……シャンバラ教導団」
 少女が反芻するように呟く横では、囲炉裏の火が揺らめいていた。
 火の粉の爆ぜる音と雪の重みと風に家の軋む音。
 正座した少女の向い合った彼女の祖父が頷く。
「南部家臣の流れを組む内の、我が家と強い繋がりを持つ家同士で話し合いがあってな……それぞれの家の者を一人、教導団へ入学させることになった。
 中国の影響の強い教導団に少しでも我々の志を持つ若者を送り込む、それが今儂らが日本のために出来ることは何かと考えた結果だ」
 少女は言った。
「しかし、御祖父様。私は契約者ではありません」
 反発した語調ではなく、事実をただ述べるように。
 彼女には祖父に逆らう気など微塵も無かった。
 伝統や使命に従うことが、この家に生まれた者の何よりも大切なのだと少女は教えられていた。
 祖父は淡々と返した。
「既に空京へ先行した者が未契約のパラミタ人を集めている。
 お前は東京で他の者と合流し、共に空京へと昇り、そこで紹介された者と契約を結べ」
「……分かりました」
 そう言って、少女はわずかに間を空けてから。
「父さんは……」
「手紙がある」
 祖父が少女に渡したのは、陸自基地の住所が記されていた。
「儂もあれもお前が男だったならば陸自の高等工科へと、惜しんでいた。
 この話は、女として我が家系に生まれてしまったお前にとっても喜ばしいことだろう」
 父からの手紙には、娘の名誉ある門出を祝う言葉が書かれていた。

 かつて、少女には兄が居た。
 幼くして亡くなった兄は、身体こそ同年代の子に劣ってはいたが、人一倍負けん気の強い人だった。
 相撲で自分の倍もある友人に投げ飛ばされては、ベソを掻きながら、もう一つ、もう一つと何度も勝負を乞うた。
 それでも強いのは気ばかりで、兄は一つ違いの妹である少女にすら負けた。
 兄が不憫で、少女は一度、わざと兄に華を持たせてやったことがある。
 こちらの手加減に気づいた兄は怒り、妹にそうさせてしまった悔しさと恥ずかしさに泣いた。
 その妹が苛められたとあれば、返り討ちにされると分かっていても真正面から仕返しに向かうような兄だった。
 兄は立派な軍人になるのだと、いつも言っていた。
 兄は祖父や父、そして、代々の祖先達に憧れていた。
 強くなると信じて真っ白な褌を巻いていたから、それをよく友人たちに馬鹿にされていた。
 ある日、褌とひ弱さを馬鹿にされた兄は周りの子どもたちに囃し立てられ、男気を見せるため、滝壺に飛び込んだ。
 紅葉が固く枯れ始め、乾いた音を立てて降るような季節だった。
 兄は冷たい水の中に飛び込んで、それきり、生きて浮かんでくることはなかった。

 墓石の前で合わせていた手を下ろし、少女はマフラーの端を鼻先へと引っ張った。
 風が出て雪がちらつく中、小さく鼻を啜り、彼女はカバン一つと共に空京へ向かった。

 ◇

 空京は、故郷の土地とは全く違う大都会だった。
 見たことも無い物が溢れ、見たことの無い者たちが行き交っている。
 そして、薄暗いバーの中で引き合わされた少女のパートナー候補もまた、彼女が今まで見たことの無い姿をしていた。
「そんな目で人を見るもんじゃないよ」
 パートナー候補は不機嫌そうに目元を顰めながら言って、握手を求めるように爬虫類じみた片手をこちらへ差し出した。
ガガ・ギギ(がが・ぎぎ)。ドラゴニュートだよ」
「ドラゴニュート……とても、小さい」
 少女が零した言葉に、キッとガガの目が釣り上がる。
 ぐん、と伸ばされた細く小さな手が少女の胸ぐらを掴んで、少女の上半身を引っ張った。
「っ!?」
「こっちはこの力を振り回したくてパートナーを探してるんだ。
 下手な事抜かすと、その田舎臭い頬をひっ叩くよ」
 と、少女は反射的に自身の胸倉を掴む手を取って、ひねると同時にガガの足元を足先で刈っていた。
 ぐるん、とガガの小さな身体が宙を舞って、床に叩きつけられる。
「あ――」
 ハッと気づいて謝罪しかけた少女へ、すぐさま起き上がったガガが無言で跳びかかってくる。
 しかし、ガガは少女に手を絡み取られ、すぐに床へ組み伏せられてしまった。
 クスクスと笑う声がして、少女はガガを抑えた格好のまま声の方を見やった。
 少女にガガを紹介した男が、やれやれと眉をハの字に上げながら笑う。
「やっぱり駄目だったな。
 悪かった。実は、そいつ、そうやってもう何人もの契約をパーにしてんだよ。
 チビの癖に気ばっかりが強くてね」
「……身体が小さくて気まで小さきゃ、ドラゴニュートなんざただのトカゲだよ」
 少女の下でガガが案外冷静な調子で言った。
 
 それから、少女はその小さなドラゴニュートと契約を結ぶことを選んだ。
 何故、ガガに決めたのか、その理由は少女自身にも分からなかった。
 そうして、少女はシャンバラ教導団に入隊し、教官の元で基礎訓練を繰り返す日々を過ごすことになる。
 ガガは身体の小ささと魔術師としての能力から秘術科に配属された。
 自身の腕で戦いたいと考えていたガガは、いつも不満そうにしていた。
 
 入隊して半年後、少女は自身の教官である男に違和感を感じ始めていた。
 男は訓練生を良く殴ったが、規律に厳しく、誰の目にも正しい軍人に映った。
 そして、上層部や周囲からの信頼も厚いようだった。
 それ故に、男が少女の身体へ必要以上に触れてくることに対し、彼女は大いに戸惑った。
 男は決して他人に見つからないように細心の注意を払っており、時には少女に脅しめいた口止めを言う時もあった。
 そう言った口で、彼は皆に規律を語り、正しき軍人とは何かを説いた。
 季節は秋にかかり、ヒラニプラの疎らな木々に紅葉が見え始めた頃、少女は一人トイレで吐き戻すことが多くなっていた。
「顔、青いよ」
 水音が鳴り続ける女子トイレでガガが言った。
 少女はハンカチで口元を拭いながら水を止め。
「私の祖父も父も、とても真面目な人なんだ……。
 愚直なくらい……。
 軍人っていうのは、そういう……ものだと……」
「なんだか、おかしいよ……?
 何かあったんなら、ガガに――」
 怪訝な顔をしたガガの横を抜けて、少女は酸いものを喉の奥へと無理やり返した。
「大丈夫。迷惑はかけないから……きっと何か私が勘違いしているだけだし」
「だから、言ってみなって。ガガはパートナーなんだよ?」
 ガガの言葉を背に、少女はトイレを出た。
 上官は日に日に大胆になり、ある日、ブリーフィングルームに一人残した少女を襲った。

「声を上げるなよ。
 逆らえば、どうなるか。
 分かるだろ?」
 男は何度もそう言った。
 少女は男の手に抵抗しながら、何故、彼は自分にこんな事をするのだろうと考えていた。
 編んだ髪の毛を捕まれ、殴られ、引きずり倒される。
 彼は軍人だったはずだ。
 それも、周囲が認める正しい軍人だ。
 父や祖父のような、兄が憧れたような。
 彼の手が少女の服を力任せに暴いた。
 と――。
 ふいに部屋の扉が開き。
「っ……」
 少女を襲っていた手は、怯えたように動きを止めた。
 扉の向こう、顔を覗かせたのは少女にガガを紹介した男だった。
 彼もまた少女と同じ目的で教導団に所属していた。
 彼は、自身が目の当たりにした現状を眺め、少々驚いたように瞬きをして……それから、ハハと笑った。
「程々にして下さいよ? 教官殿。30分後にまた来ます」
 言って、彼は顔を引っ込めて扉を閉めた。
 扉の閉め切られた音。それは、少女にとって、これまで頑なに縋ってきた何かが崩壊した音のように聞こえた。
「フッ……」
 少女を襲っていた男が、小心者らしく小汚い安堵の息を漏らし、再び彼女の身体をまさぐり始めようとする。
 少女は、傍に転がっていたボールペンを握り締めていた。
 そして。
 彼女は、そのペン先を渾身の力を込めて男の太ももへと突き刺した。
 くぐもった呻き声を上げた男の頬を殴り飛ばし、押し退ける。
「貴様ッ」
 男が伸ばしてきた手を弾き、少女は立ち上がって彼の顎を蹴り上げた。
 それから、彼女は何度も何度も男を蹴り、殴った。
 この男は何だ。
 こんなものが軍人だというのか。
 父や祖父は、私にこんなものになれと言ったのか。
 兄はこんなものになりたいと願い、強くなろうとし、そして死んだのか。
 私は、何を信じて、この男が決定的に自分を蹂躙するまで押し黙っていたというのか。
 やがて、男がろくに口を効くことすら出来なくなった頃、少女は露わになった肌と血まみれの手足をそのままに部屋を駆け出た。
 何人かの生徒とすれ違ったが一度も足を止めること無く、彼女はガガの部屋へと飛び込んだ。
 髪も服も乱れ、返り血だらけの少女の姿に、ガガは言葉を失っているようだった。
 少女は何か考えがあって、ガガの部屋へ来たわけでは無かった。
 だから、どうしたいという意思も何も無く彼女は、ただ、呆然とガガを見つめながら落ち着かない息の切れ間に、一言、「ごめん」と呟いた。
 それは……。
 想いを裏切ってしまった父と祖父や、代わって夢を叶えてやることの出来なかった兄へ向けた言葉であったかもしれなかった。
 数秒の沈黙の後。
 ガガはベッドのシーツを引っ張って少女の身体に被せた。
 そして、ガガはすぐに部屋の中においてあった幾つかの物をカバンに詰め始めた。
「何か、持っていきたい物は?」
「……無い」
「なら、行くよ」
 ガガの小さな手が、シーツから出た少女の手首を握って彼女を部屋の外へと連れ出す。
 そうして、二人はほぼ文字通りの着の身着のままでヒラニプラを飛び出したのだった。

 夕暮れ。
 枯れた葉がサラサラと降り落ちている。
 己の手を引いて走るガガの後ろ姿を眺めながら、少女は、なぜ自分が彼女をパートナーに選んだのか、分かったような気がした。


 2018年11月。
 弁天屋 菊(べんてんや・きく)、シャンバラ教導団を脱走す。