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【S@MP】地方巡業

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【S@MP】地方巡業

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【二 開宴】

 結局、天音とブルーズはタシガン駐留武官としてではなく、一観客として観覧スタンドに席を与えられ、そこで個人的に行動する、という話で落ち着いた。権力を持たない個人としての行動であれば、何の制約も無いのである。
 ともあれ、急遽ふたり分の座席を確保しなければならなくなった為、裏方として観衆の経路調整や座席配分を任されていたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)に、天音とブルーズ分の座席確保連絡が飛んできた。
「やれやれ、毎度のことだけど……こういう手合いって、絶対ひと組やふた組は居るのよねぇ」
 ライブステージエリア制御室内の制御盤を操作しながら、リカインはひとり、ぶつぶつとぼやく。
 リカインには天音とブルーズが一般客である旨が伝えられていたのだが、仮にこのふたりの素性を知っていたところで、彼女は他のタシガン民間人と区別するような気分は無かっただろう。
 コントラクターといえども、観客は観客、なのである。
 普通にやれば面倒な作業である筈だったが、リカインは慣れた手つきでコンソールパネル上に素早く指先を滑らせ、ふたり分の座席を緊急に確保した。
 そこへ、ノートPCを小脇に抱えたレオナルド・ダヴィンチ(れおなるど・だう゛ぃんち)が、ダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)を従える格好で制御室内に足を踏み入れてきた。
「相変わらず、見事な仕事振りで」
 レオナルドが制御盤のコネクタテーブルにノートPCを接続しながら笑いかけると、リカインは自分自身に対して呆れた、といわんばかりに小さく肩を竦めた。
「自分でいうのも何だけど、私って、こういう地味ィ〜な仕事に向いてるのかもね」
「いやいや。地味な仕事であればある程、重要度が増すということが多いものぞ」
 ダミアンは決してお世辞ではなく、心底そのように思っている。実際ダミアン自身も、デジタルアイドルKAORIに関していえば、完全な裏方役であり、縁の下の力持ち的な存在として機能している。
 実際にKAORIと共演する訳ではないが、KAORIが成功するか否かに関しては、陰で働く自分達の出来映え如何によるものと自負しており、そういう意味ではリカインの仕事もまた、人目にはつかないものの、ライブの成否を左右する重要な役どころであると思っていた。
 そしてKAORIといえば、リカインも強い関心を抱いている。
「んで、そっちの按配はどんな感じなの?」
「今回は、KAORIは中性的な路線で押していこうということで話はついているが、折角なので男の娘をメインで押すフレイ殿とのコラボでいく、というところで落ち着いた」
 ノートPCを操作しながら淡々と語るレオナルドの説明に、リカインは成る程、と相槌を打った。
 男の娘であるフレイが女っ気を前面に出せば、逆に本来女性であるKAORIが中性的な色合いを出せば、お互いが本来の逆の性を補完し合い、これはこれで中々面白い。
「KAORIにはソロパートでアカペラをやって貰うから、音声レベルの再調整が必要だ。少し手伝って貰いたい」
 ダミアンの要望に、リカインは素直に頷いた。
 リカインとて、演出機器操作をフロントエンドからバックエンドまでを担当しており、事実上の裏方の司令塔といって良い。そしてKAORIのライブパフォーマンスに関しても、リカインは少なからず演出機器の操作を任されているから、ダミアンの要望はむしろ、望むところではある。
 しかし――。
(なんでまた、ケルベロスコスなのかしら?)
 内心でリカインは、小首を傾げていた。彼女は、ダミアンが着用しているハロウィン用のケルベロスコスが、妙に気になって気になって、仕方が無かったのである。

 KAORIがアカペラを披露する、というのは、それはそれで誰にも異論の無いところであるが、ひとつ問題がある。
 茅野 茉莉(ちの・まつり)が、KAORIのソロパートの最後の一曲にパイプオルガンを伴奏する役目を仰せつかっていたのであるが、実は彼女のパイプオルガンの腕前はというと、今回のライブに合わせて慌てて猛特訓したという、いわばプロとしてはにわか仕込みの演奏力に過ぎなかったのだ。
 そんな茉莉の技量が本番に於いて、緊張感が高ぶった状態の中で本当に通用するのかどうか――これが全く、誰にも分からないという一発勝負的な危険性を孕んでいたのだから、今回のライブスタッフの中にさえ、その博打的な勝負に危惧を抱く者が少なくなかった。
 しかし当の茉莉は、己の技量に対し、然程の心配を抱いている様子は無い。
 実際、公演開始直前の最終リハーサルまでは、茉莉のパイプオルガンは優雅な調べを奏でており、別段、おかしなところは見られなかったのである。
「皆さん、結構不安がってますけど……聞いてみたら、危なげなく演奏されてますよね」
 S@MPメンバーの中でも、同じく鍵盤を操作するという意味合いでは茉莉と立場が近しいキーボード担当の富永 佐那(とみなが・さな)が、実際に己の耳で聞いて、茉莉の技量に間違いが無いところを確認していた。
「まぁどうしてもヤバくなったら、ステージ裏にパイプオルガンコードを設定したキーボードであんたがあらかじめ待機しておいて、フォローしてやれば良いんじゃないですかねぇ」
 ステージの袖に佇んで茉莉のパイプオルガンの演奏練習を眺めている佐那の傍らに、ルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)が腕を組んだまま肩を並べ、感心した様子で茉莉の奏でる音色に聞き入っている。
 ルースにしてみれば、短期間でここまで演奏する技術を身につけた茉莉の集中力に寧ろ驚いており、これだけ頑張っている者なら、たとえS@MPのメンバーでなくとも助けてやれば良い、という気分を抱くにまで至っていた。
 ルースの発案に対しては、佐那も異論は無い。
 フレイが男の娘プロデュースでデビューを決めるというのであれば、ネットアイドル海音シャナとしての血が騒ぎ、対抗意識をメラメラと燃やしていた佐那ではあったが、相手がKAORIのソロパートでのパイプオルガン伴奏ともなれば、話はまた別であった。
 KAORIと茉莉が中性的な薄いメイクを施してステージに登るという話も聞いており、尚一層、コスプレネットアイドルとは方向性が著しく異なっており、対抗意識を燃やす余地など微塵も無かったのである。
 やがて、茉莉が最後のリハーサルを終え、ステージの袖へと引き返してきた。佐那とルースが笑って出迎えると、茉莉は意外そうな表情で会釈を贈る。
「あ……やぁ、どうも。おかしなところは、無かったかい?」
「いやいや、なかなかどうして。にわか仕込みとは到底思えないぐらい、良いオケでしたよぉ」
 そりゃどうも、と茉莉は幾分はにかんだ様子で頭を掻いた。
 正直なところをいえば、茉莉はS@MPに強烈なライバル心を抱いている。であるのに、当のS@MPメンバーからこれだけ肯定的な台詞を投げかけられては、茉莉としてもどう応じて良いのか困っている、というのが本音であった。
「ま……楽しくいきましょう。ちょっとぐらいヘマしたって、誰も文句いいませんて」
 ルースのその台詞は何も、茉莉を勇気づける為だけに放ったものではない。寧ろ、自分達S@MPメンバーにこそ向けられるべきだ、との思いが少なからず在ったようである。

     * * *

 それから、三時間後。
 月の宮殿はタシガン郊外の飛空船ドックから飛び立ち、タシガンの街から南西に下ることおよそ35キロメートル地点の上空にて、制止浮揚していた。
 観客席から観覧スタンドまで、大勢のひとでぎっしりと埋まっている。その大半はタシガンの民間人であり、今回初めて地方巡業に訪れたS@MPの生演奏を直接体感しようと集まったひとびとであった。
 ステージを除く会場全体が、期待と好奇心の入り混じった声でざわめき、多くの視線がステージ上に注がれ、開演は今か今かと、焦れるように待ち続けている空気が充満していた。
「いやぁ……これは大したものだ」
 観客席の端で、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)は思わず呟いた。
 他地方では、お世辞にも知名度が高いとはいえないS@MPの初ライブに、これだけの人数が集まってくれるなど、正直なところ思っても見なかったのである。
 勿論、S@MPを支援する立場としては、この大入りは非常に喜ばしい話ではあるのだが、他方で、幾分の不安もあった。
「しかし、もしこれだけのひとが居るところへ敵襲があったりなどしたら……果たして、どこまで避難誘導が可能であろうか」
 既にジーハ空賊団が何者かによって保釈され、地域限定ではあるものの、一応は自由の身となっているという噂を小耳に挟んでいる。まさかとは思うが、もしあのジーハ空賊団が復讐とばかりに襲いかかってきたら、厄介なことこの上ないであろう。
「貴公も、気になりますか」
 アウレウスの傍らから、申 公豹(しん・こうひょう)が幾分渋い表情を浮かべて、見上げるようにして長身のアウレウスの面を覗き込んできた。
 故あって観客席の一角に陣取っている公豹だったが、彼もまた、この月の宮殿が襲撃を受けた際の混乱や被害などを想像すると、薄ら寒い気分に陥っているらしい。
 そのたたずまいは随分と冷静に見えたが、視線の奥に澱む不安の色は、どうにも誤魔化しようがなかった。
「然様……先般のこともあり、ジーハ空賊団は少なからず恨みを抱いているだろうからな」
「でしょうね」
 しかし、だからといってこのライブを中止する、という発想はどのスタッフの頭にも無かった。
 そもそもが戦闘力を備えたアイドルグループとしてデビューを決めたのが、このS@MPである。危険が迫っているからといってステージを取り止めたりすれば、存在意義そのものを自分達で否定することになる。
 ここは矢張り、自らの実力を誇示する意味合いも兼ねて、ステージ開演を強行する必要があった。
 勿論、敵襲があれば全ての観客を守り抜き、誰ひとりとして被害を出さないという強い決意と責任を伴っての強行開演である。
 もしひとりでも観客の身に何かあれば、責任論は免れない。
 今回のライブはそんな危険と背中合わせの、綱渡りにも等しい一種の賭けでもあった。
「あ、始まるようですよ」
 公豹が、それまで面に浮かんでいた不安の色を一瞬で消し去り、アウレウスに頷きかける。アウレウスも同様に渋い表情を押し隠し、急に沸き立ち始めた観客達の、歓喜の大音声に調子を合わせて、大きな拍手をステージ上に贈った。
 直後、幾つものスポットライトが段階的にステージ上を照らし始め、煌びやかな衣装に身を包んだ演者達の姿をくっきりと浮かび上がらせる。
 更に金色の光帯が一斉にステージ上空へとなびき、そこだけがまるで別世界のような、煌きの渦に包まれた幻想的な光景がひとびとの前に姿を現した。

 S@MP初の地方巡業、開宴である。