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【S@MP】地方巡業

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【S@MP】地方巡業

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【五 戦端】

 ステージから飛び降りて、月の宮殿の後方ハッチに直結するイコン用キャビン内へと足を急がせてきたミレリアは、自身の操るレイヴンTYPE−Eの操縦席に飛び乗ろうとしていた。
 ところが突然、牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)が脇から飛び出してきて、ミレリアの首に両腕を絡めるようにして抱きついてきた。
「やほー、ミレリアちゃん。いよいよ出撃なのねっ」
 ところが、抱きつかれたままの格好で、ミレリアは珍しく真剣な表情で、アルコリアを間近からじっと見詰めた。その視線には、これまで一度も見せたことが無かった危機感のような色が、その奥底に潜んでいる。
「悪いけど……今回はちょっと、そういうノリになる気分にはなれないかなぁ」
「あら、珍しいですわね」
 ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)が、意地の悪そうな笑みを僅かに湛えて小首を傾げてみせたが、しかしミレリアは決して気分を害さず、寧ろ更に緊張の色を深めて、アルコリアを優しく押し退けながら、改めて向き直った。
 その表情の硬さは、何もチョーカーに仕込まれた爆弾のせいばかりではなさそうである。他に何か、ミレリアに緊張を強いる決定的な原因が存在するようであった。
「そんな顔しちゃって、敵が怖いのぉ?」
 ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)がからかうように笑うと、驚いたことに、ミレリアはむっつりとした表情のまま、肯定するかのように小さく頷いたのである。
 これには流石にアルコリアも、仰天した様子でミレリアの面を脇から覗き込んでしまった。
「敵は、ブラッディ・レイン……ってことは間違い無く、暁央が指揮を執ってるってことなのよね」
「しかし、敵戦力はシュメッターリングが主体なのであろう? ならば、然程に恐れる相手でもないのではないか?」
 シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)の問いかけに、しかしミレリアはいつもの明るさを完全に消し去り、ただただ緊張感が漂う視線で、一同を見渡した。
「確かに皆は強いよ。それはあたしがよく知ってる。でもね……自分が強いから相手は弱い、っていう発想は、暁央を相手に廻す時だけは、絶対に捨ててね。こっちが10の強さなら、暁央は15……いや、もしかしたら20ぐらいの強さにはなっているかも知れない……そういう敵なんだ、あの暁央ってのは」
 自分が途方も無い強さになれたということは、同じことが相手にもいえる――強くなれる素養は、コントラクターであれば誰にでも平等に具わっているのである。
 アルコリア達はまだ、暁央なる敵とは一度も遭遇したことはないのだが、ミレリアの言葉を信じるのなら、一筋縄ではいかない相手だということになる。
「個人の強さだけが、彼我の戦力を決定付ける訳じゃないってことを、よぉく覚えといてね」
 ミレリアが言外にいわんとしていることとは即ち、暁央なる敵が個人としての強さのみならず、戦場全体を掌握して自軍を勝利に導く能力に長けた、驚く程の才覚に優れた知将である、という警告であった。
 レイヴンTYPE−Eに乗り込むミレリアの後姿を、アルコリアは漠然と眺めている。
 今までは四人の連携だけで多くの難敵を退けてきたアルコリア達だが、流石に今回ばかりは、月の宮殿を守る他の面々との協力が必要になってくるかも知れない――アルコリアはむっつりとした表情で、何とは無しにそんなことを考え始めていた。

 地方巡業用にステージ換装を施した為、月の宮殿自体の兵装は極端に薄く、火力は当てにならない。つまり、自力での弾幕は張れないのである。
 その為、イコン用キャビンからスナイパーライフルの砲口(人間から見れば、砲と呼んで良いサイズである)を突き出して狙撃態勢を取っているレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)クェイルは、月の宮殿が搭載している貴重な火力の一角を担っている。
 そもそもクェイルには飛行能力が無い為、どのみち月の宮殿に搭載されたままでの戦闘しか使い道が無かったのであるが、最初から狙撃中心での護衛任務を任されていた彼らにしてみれば、弾幕担当は寧ろ、臨むところであった。
「それにしてもおふたりさん、良いところに陣取ったね」
 クェイルの傍らに、イコンメンテナンス用に改造したトラックが一台、停まっている。その荷台の天井から、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が笑いながら手を振ってきていた。
 今回ミルディアが守衛部隊の為に用意した{ICN0002924#【ヴァイシャリー800メ−・・・1】}は、見た目の通りただの大型車両である為、今回のような空戦ではほとんど戦力にはなり得ない。
 しかし逆をいえば、発想の転換のしどころでもあった。
 自身の輸送用トラックをイコンメンテナンス用に改造する、というアイデアに行き着いたミルディアの場合、最も優秀な戦略を描いたひとりであるといって良い。
 当初ミルディアは地上に展開して、地対空砲撃で味方を援護する方針だったのだが、月の宮殿が維持する高度が予想外に高く、仮に敵が出現したとしても、射程範囲外のところで戦闘が行われる可能性が高かった。
 その為、今回はトラックを月の宮殿内のイコン用キャビンに停車させていたのである。
「ちょっとぐらい被弾しても、あたしがすぐに修理して、また弾幕担当に戻れるようにしてあげるから」
『ははは……それは、どうも』
 外部スピーカーから、レリウスの乾いた笑いが漏れてきた。味方にすら被弾前提で考えられていたのだから、レリウスのがっかり感は推して知るべきであろう。
『それにしても、大したもんだな。実戦に使えるイコンが無くても、しっかり自分の果たすべき役割を見つけられるんだからな……オレ達なんてよ、あれだけの数の敵を相手に廻して、どうすんだよって頭抱えてるだけなんだぜ』
 ハイラルが外部スピーカーを通して、賞賛の声をミルディアに贈ってきた。しかし当のミルディアは、幾分渋い表情を浮かべて腕を組む。
 ミルディア自身としては、この状況はあまり喜ばしくないというのが本音だった。
「ん〜、でもね。正直いって、スポンサーとしてはあんまり、こういうリスキーなことはして欲しくないんだけどなぁ……」
 とはいえ、そもそもが戦うアイドルという目的意識で結成されたのが、このS@MPである。ミルディアのぼやきは、ほとんど無いものねだりに等しい。
 ともあれ、戦端が開くまでにはまだ少しばかり時間があると思われていたから、ミルディア達にも軽口を叩く余裕があったのだが、不意に前方数キロメートルの位置で、巨大な閃光が炸裂した。
 と思った次の瞬間には、月の宮殿全体が左右に激しく揺れる衝撃が襲ってきた。
「きゃあぁ!」
 ミルディアは悲鳴を上げながらも、慌ててトラックの天井端に設置されているメンテナンス用アームにしがみついた。

 巨大な光の帯が三つ、四つと唸りを上げて飛来し、月の宮殿の周辺空域を焼く。
 ブラッディ・レインの先頭を滑空する四機のシュメッターリングが、大型ビームキャノンの砲門を開いたのである。
 膨大な熱量が大気を裂いて走る為、熱せられた空気が冷たい空気の中で不規則に渦を巻き、突発的な乱気流が発生する。それ故、直撃を受けてはいないものの、月の宮殿程の規模を誇る大型飛空船でさえ平衡を保てずに、激しく揺れた。
「やってくれるよね……先手必勝って訳!?」
 大型ビームキャノンの衝撃波を受け、グラディウスの操縦席内でコンソールに額を強かに打ちつけた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、恨めしげに唸った。
 サブパイロット席ではベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が口の中を盛大に噛んでしまったらしく、物凄く痛そうな表情で、左掌を口元に押し当てている。
「うぅっ……口の中が血の味でべたべたして、き、気持ち悪いです……」
 泣きそうな顔でぶつぶついっているベアトリーチェを、美羽が可愛らしいおでこに大判の絆創膏を貼り付けながら一喝した。
「はい、そこっ! ぶつぶついわない! ベティは元気な女の子!」
「元気と血まみれは、また別問題だと思うんですけどぉ……」
 ベアトリーチェの抗議は、美羽の耳には届いていない。美羽は操縦桿を操って空中姿勢を制御しながら、スロットルを目一杯踏み込んだ。
 グラディウスが美羽の操作に反応して、その黄金に輝く機体を月の宮殿舷側付近で翻し、大型ビームキャノンを撃ち込んできた敵編隊の中央目掛けて突進を開始する。
 機体に描かれた蒼空学園とロイヤルガードのエンブレムが、ライブ会場のひとびとが送る視線の先で宙空を軽やかに滑り、その機影は一気に月の宮殿とブラッディ・レインとを結ぶ線上に躍り出た。
 だが、グラディウスよりも更に速く、敵編隊に向けて疾走する機影があった。山葉 聡(やまは・さとし)の駆るコームラントである。
 ところが、どうにも様子がおかしい。
 まるでなりふり構わず、敵から集中砲火を浴びる危険性すら顧みずに、ただ一直線に猪突猛進していく。その余りの無謀さに、思わず美羽が無線で警告の声を発した程であった。
「ちょっと! 幾ら何でも無茶だよ!」
『た、小鳥遊かっ!』
 しかし、聡の応答はむしろ戸惑いと焦りの色が濃い。美羽とベアトリーチェは思わず、顔を見合わせた。
『援護を頼む! サクラの奴、急に暴走しやがった! 俺だけじゃ、どうにもならねぇ!』
 どうやらあの突進は聡の意思ではなく、サブパイロットシートに収まるサクラが機体制御権限を奪い、ブラッディ・レインの指揮官機を目指しての行動であるらしい。
 ともあれ、あのまま放っておいては間違い無く撃墜される。美羽が聡とサクラのコームラントを必死に追う傍ら、ベアトリーチェが友軍に支援を要請した。
『了解! 何だか分からないけど、急いだ方が良いみたいだね! 公方様、お願い!』
 支援に応じたのは、佐那と足利 義輝(あしかが・よしてる)の駆るクレーツェトである。爪先にビームサーベルを内蔵したトリッキーな機体だが、スペックそのものは極めてオーソドックスで、コームラントを追うスピードには困らない。
『美羽殿、左舷に展開してくだされ。我は右舷に』
「了解!」
 クレーツェトの操縦を任されている義輝からの指示に従い、美羽は操縦桿を左に倒した。その間も尚、聡とサクラのコームラントは突進を続けている。