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学食作ろっ

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 ■ メニュー試作会 ■
 
 
 
 生徒たちから提案された新学食メニューは、実際に作ってオタケに見てもらうこととなった。
「鍋はここ、ボールはここ、包丁はここで……聞いてあった食材はあっちの調理台と冷蔵庫にまとめてあるから、それを使っておくれ。他にもちょっとした食材はあるから、途中で何か付け加えたくなったらそれを使って構わないよ。あとは……ま、何か必要なものや分からないことがあったらその都度言ってれれば良いからね」
 オタケはざっと厨房の中にあるものの説明をすると、早速動き出した生徒たちを眺めた。
「自分で料理しないのも落ち着かないけど、今日はみんなの料理を見せてもらわないといけないからね」
「ええ。オタケさんにとっては珍しい料理もあるでしょうから、どうぞ楽しみに見て回って下さいましね」
 厨房の設備にもオタケが見て回れるのも限度があるから、調理は数人ずつで順番に。順番を待つ生徒たちはその間、食材の確認をしたり、調理をしている生徒を眺めたりしている。
「これはチキンのソテーかい?」
 オタケはまず、フライパンで鶏肉を焼いている宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)の手元をのぞき込んだ。
「ソテーというか、とりの照り焼きね」
 祥子はとりの一枚肉を照り焼きにしたものを切り分け、白ごまと海苔とあわせてご飯の上に盛りつけてゆく。
「学食といえば、安くて沢山食べられる場所よね。食べ盛りだけどお財布の厳しい学生さんの味方。だから、低予算で量産のきくメニューが良いと思うの」
 そのコンセプトをもとに祥子が考えたのは、『日替わりとり丼』だった。
 曜日によって使う肉を、鶏、雉、鴨、と変えることによって、バリエーションをつけられる。
「とり肉だったら安く入手できるし、大量購入して冷凍保存しておくことも出来るわ。学生にも好まれる食材だけど、ただ少し味が軽いのよね。だからご飯にもテリヤキソースをかけておいて、味の濃さでカバーすると良いと思うわ」
 丼とは別に、それぞれの肉をひとくちサイズに切り分けると、醤油と酒とおろしニンニクを混ぜ合わせた調味液につけこみ、粉をまぶしてさっと唐揚げに。
「唐揚げも日本の学食にはお馴染みのメニューね。ああでもこれ、ポン酢しょう油で酢飯にしたご飯の上に載せて、唐揚げ丼にしてもいいかな? 酢は身体に良いし、夏場だとさっぱりして喜ばれそうね」
 付け合わせは、さっぱりしたキュウリの浅漬け。それに大根とワカメのシンプルなみそ汁に三つ葉で香り付けして、日替わりとり丼セットの出来上がり。
「食欲をかき立てる匂いがいいね。毎日でも食べられそうな料理だ」
 オタケは少しずつ料理を皿にとって試食し、祥子からレシピを貰った。
 そこに、また別の場所から鶏の焼ける良い匂いが煙と共に流れてくる。
 備長炭を入れた焼き台で、コルフィス・アースフィールド(こるふぃす・あーすふぃーるど)が焼き鳥を作っているのだ。
「焼き鳥なら任せとけ! 最初は男らしく強火! ワーオ、すげえや!」
 鶏のもも肉の脂が炭火の上に落ち、旨そうな匂いの煙となって立ちこめる。
 肉が白くなったら、コルフィスの実家自慢のタレをつけ、少しあぶれば出来上がり。
「はい、勇刃、これでいいかな?」
「完璧、ってかお前、やたらと手つきがいいな」
 健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)に褒められて、コルフィスは胸を張る。
「へへ、こう見えても俺は、小さいときに焼鳥屋のバイトしたことがあるんだぜ。驚いた?」
「知らなかったぜ。どうりで堂に入ってるわけだ」
 作りたての焼き鳥を1つ味見して、勇刃は満足そうに頷いた。これなら旨い焼き鳥ピラフが出来そうだ。
 フライパンでバターを溶かし、タマネギをしんなりするまで炒め、椎茸と人参も炒め合わせて、塩で控えめに調味する。そこにコルフィスに焼かせた焼き鳥を入れてさっと炒め、白ごまを少量振って具を作る。
 それを、コンソメの素と水を混ぜたもので炊いたご飯に混ぜて、ふたをして5分蒸らせば出来上がり。
「ここまで作っておけば、客が来たら器に盛ってパセリを散らすだけだ。あとは野菜サラダでもつけておけばバランスも問題ないだろう」
 和食と洋食を融合させた新しい味覚を、みんなにも味わってもらいたいと勇刃は自信を持って焼き鳥ピラフを勧めた。
「すぐに提供できるのは有り難いね。けど、あたしにうまく鶏が焼けるかねぇ……それは難しいのかい?」
 オタケは焼き台をさしてコルフィスに尋ねた。
「ただ焼くだけならすぐ出来ると思うぜ。旨く焼くには串打ちと焼きで、まあいい店でみっちり修行すれば4、5年で一通りってとこかな」
「奥深いものなんだねぇ」
「その分、本物の焼き鳥はすげえうまいんだぜ!」
 それは一度食べてみたいと、オタケは興味を示した。
「健闘くんたちのピラフも美味しいでしょうけれど、こちらのけんちん汁も味見してみて下さいね」
 天鐘 咲夜(あまがね・さきや)は器にけんちん汁をよそってオタケに差し出した。
 皮をむいたごぼうはささがきにして水にさらし、大根、にんじんを5mm厚さのいちょう切り。こんにゃくは縦半分に切って5mm厚さの小口切り。豆腐はふきんに包んで水気を絞り、鶏肉は2cm角に切る。
 鍋に油を熱し、大根、にんじん、こんにゃく、豆腐、ごぼうを加えながら炒め、豆腐に油が滲んだら鶏肉を加えてさっと炒め、だしを加える。
 煮立ったら火を弱めて、アクを取りながら煮て、野菜が柔らかくなったら、醤油と塩で調味すれば完成だ。
「あら、料理って言えばお姉さんの出番よ♪」
 文栄 瑠奈(ふみえ・るな)が作るのは、豚肉の野菜炒め。
「栄養バランスが大事だから、野菜料理が良いと思うのよ。特に男の子、お肉を食べてばかり。だから両方を混ぜた料理にしてみたの」
 材料は、サヤエンドウ、ニンジン、ピーマン、玉ねぎ、ヤングコーン、プロッコリー、ジャガイモ、チンゲンサイ、レンコン、きのこ、カリフラワーと豚肉。
「肉が少なくねえか?」
「いいじゃない、これぐらい。野菜はたっぷり、お肉は控えめがいいのよ。体調が悪くなって倒れたら、お姉さんが心配するわ」
 健闘の抗議は聞き流し、瑠奈はオイスターソースで味付けした野菜炒めを皿に盛った。
 
 
「あら、どうしたの?」
 不意に背中に隠れたピュリア・アルブム(ぴゅりあ・あるぶむ)を振り返るようにして蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が聞く。
「……あの人、怖いよ……ピュリア、いじめられないかな……」
 ピュリアの視線を辿って見ると、朱里はそっとその小さな頭を撫でた。
「大丈夫よ、ピュリア。ここにはママのお友達もいるし、必ずママが守ってあげるわ」
「……うん」
 まだ少しびくびくしていたけれど、ピュリアは素直に頷いて、朱里の手を握りしめた。
「ママは何を作るの?」
「秋鮭と秋野菜のクリームシチューにするつもりよ」
 学食は色々な生徒が利用する場所だ。食べ盛りの男子生徒、ダイエットが気になる女子生徒、好き嫌いの多い子供もいる。男子向けのがっつり系メニューは他の皆からの案が出ているので、朱里はそれとは違う切り口からメニューを考え、シチューを選んだのだった。
「野菜嫌いの人にも無理なく食べてもらえるような工夫をしようと思うの。必要な栄養素がちゃんと取れるように。そして何より、旬の味を目でも楽しめるように、ね」
 その為にと朱里が選んだ具材は、鮭、かぼちゃ、マッシュルームやしめじ等のキノコ類だ。
「ピュリアは好き嫌いしないけど、お友だちには野菜や魚が嫌いな子も多いよ。野菜は青臭さが嫌、お魚は小骨があるからなんだって」
「それなら……ニンジンはあまり大きく切ると中に青臭さが残ることがあるから、小さめに切って。炒めるときに少しだけお砂糖を隠し味で入れてみようかしら」
「ニンジンを薄めに切るなら、可愛く型抜きしてもいいかもね」
 可愛い形をしていれば、野菜嫌いな子でも食べたくなるのではないかと、ピュリアも自分なりに考えて意見を出す。
「そうね、ピュリアの案はとても良いと思うわ」
 鮭は小骨や鱗を丁寧に取って、風味を逃さず煮くずれしないように、軽く粉をまぶして丁寧に炒め、ニンジンは可愛い形に抜いてシチューのポイントに。
「ママ、シチュー2つも作るの?」
「ええ。こっちが牛乳ベース、もう1つのお鍋は豆乳ベースにしてあるのよ。大豆アレルギーがなくてカロリー控えめがお好みなら豆乳がおすすめ」
 そんな細かいところに心遣いを忘れないのも、主婦である母親である朱里ならではだ。
 
 
「お披露目会が11月中旬になるなら、スープならカボチャのポタージュ、根野菜を多く食べれる豚汁かな。サラダだと、レンコンとニンジンのサラダや温野菜、定番のポテトサラダもいいよね。イレーヌちゃん、作り方わかる?」
 葵に聞かれ、イレーヌは即答した。
「秋月家のメイドたる者、その程度のことが出来なくてどうします?」
「期待してるよ。あとはハンバーグのキノコソースや、レンコンの挟み揚げとか……」
「和洋中すべてのメニューは作れますが……そうですね、学食という条件を考慮して……」
 イレーヌは少し考えた後、葵に『鮭とキノコのホイル包み焼き』を提案した。
 鮭の切り身とキノコ類に塩、コショウで味付け、バターと一緒にアルミホイルで包んでオーブンで焼くだけのものだから、手間もかからず失敗することも少ない。
「ホイル包み焼きかー、バターの香りがたまらないよね。あとはデザートも1品くらい欲しいな。スイートポテトやプチカップケーキとか。料理上手くなったけど、まだスイーツ限定なんだよね……私」
「そのうち普通の料理も上手になりますよ。なんと言っても、この私がついているのですから」
「うん、よろしくねイレーヌちゃん。じゃあ、作るよーってオタケさん呼んでくる?」
「いえ、材料の下ごしらえを終えてからにしましょう」
「了解ー!」
 葵はイレーヌに教えてもらいながら、材料を持ってきて下ごしらえをしていった。
 そこに、ばたばたと滝宮沙織が駆け込んでくる。
「ごめん、お水一杯もらってもいいかなー。あ、こっちも頑張ってるね」
 沙織はいつものように、前の学校の制服である水色のセーラー服を着ていた。けれど今は、水色のミニスカートに白のニーソックスにも細かな木くずが付着している。
「工事の大工さんも、新しい学食を頑張って作ってくれてるよ。みんなで力を合わせて、良い学食作ろうね♪ もちろんあたしも全力で手伝ってくるから」
 ごくごくとコップの水を飲み干すと、沙織はまた学食から出て行こうとする。それを慌てた様子で琴子が呼び止めた。
「手伝って、って……もしかしてその恰好で工事を手伝っているんですの?」
「そうだよっ。実はあたし、大工仕事とか苦手だったりするんだけど」
 えへっと笑って沙織が開いて見せた手には、絆創膏がべたべたと貼られている。
「あ、でも道具を使うのは苦手でも、踵落としで邪魔なもの割ったり、ターザンロープで工具を届けたりするのは出来るから」
「お手伝いをするなら、せめて着替えてからにして下さいましね」
「制服でお手伝いしちゃまずいの? この方が身軽なのに? 何で何で?」
「それは……作業をするには少々……スカートが短いですし……」
 はっきりと言いかねて琴子が言葉を濁すと、沙織は顔を曇らせる。
「やっぱり、部外者が……生徒が改装工事のお手伝いしちゃ、邪魔かな……?」
「そういうことではなくて……そう、せめてスカートの下にジャージをはいて下さいまし」
「えー、でも動きにくくないかな?」
「動きにくくても絶対です。良いですわね?」
 琴子に言われ、沙織は理由が分からないまま、しぶしぶジャージをはくことを承諾したのだった。