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取り憑かれしモノを救え―調査の章―

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取り憑かれしモノを救え―調査の章―
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●追走録3

 強くなりたいという気持ちは誰にだって存在する。
 大切な人守りたいからとか、目標の人に勝ちたいとか、ただ誰にも負けないでいたいだとか、だ。
 永井託(ながい・たく)はパートナーの那由他行人(なゆた・ゆきと)を誘い出し、思いっきり動き回れる広場まで来ていた。
 眉間に皺を寄せて、託を睨み付ける行人。
 それは真剣そのもので、行人は殺気を放っているのだろうが、託には通用していない。
 託は仕方がないなあと苦笑を浮かべている。
 強くなりたい。その行人の気持ちはよく分かった。
 まっすぐ、愚直なまでにまっすぐな行人の剣筋を、託は丁寧に[アウタナの戦輪]の流星・影で受ける。
 振り下ろされる剣とそれを受ける蒼いチャクラム。
 鉄同士のぶつかる音が、絶え間なく響き渡る空間。
 行人は踏み込みから斬撃まで、流れるようにして託を攻撃する。
 しかし託は太刀筋は見切っているとばかりに、ひらりひらりと避ける。
「託にーちゃんに勝たないと……」
 暗い顔、真剣な表情。そこから振り下ろされる剣。
「中々強い攻撃だねぇ……」
 余裕そのもので、託は行人の攻撃をやり過ごす。
「行人も成長してるなぁ」
 でも、と託が反撃に出る。
 真っ直ぐに猪のように突っ込んでくる行人とは対照的に、託は呼吸を変え、足捌きを変え、時には自分の体に無理をかけるような動きで、本来なら投擲を目的として作られているチャクラムをまるで近接武器のように器用に操る。
 その全てを、今の行人がかろうじて受けきるレベルまで手加減を施し攻撃を繰り出す。
 不規則な動きに行人は翻弄される。
「強くなってるね」
 全てを防ぎきった行人に託はそう言う。
「託にーちゃんより」
「うん?」
「託にーちゃんより……強くなるんだ!!」
 届かない刃に、悔しそうに歯噛みする行人。
 でもそれは、ただ漠然とした芯のない強くなりたいという思い。
 間違っていないと託は思うが、何かが違うとも同時に思っていた。
「強くなるんだ!」
 と呟きながら、ひたすらまっすぐに剣を打ち込む。
 大上段からの袈裟斬りを、託は軸足をずらして避ける。空を切った行人の[いーんちょーのロングソード]だが、それでも諦めずに、喰らいつくように剣を振るう。鋭さとは無縁だが、バランスを崩しながらも放った一撃に託は虚を突かれた。
 それでも、防ぐことは容易いが、行人の強くなりたいという思いは本物なんだと気付かされた。
(身体能力はあがってるけど……心の方も成長してもらおうかな)
 まだまだ体力に余裕のある託に大して、行人の息は上がっている。
「強くなりたいのに……どうして……どうしてにーちゃんに勝てないんだ!」
 キッと託を見据える行人。
 魅入られただただ本能で戦っているのだろうが、この行人の慟哭は今の行人には大事なことだとすぐに託には分かる。
 だから、真摯に答えてあげたかった。
 もしかしたら、自分の声は今の行人に届かないかもしれないけれど。
 戦闘態勢を解き、普段のように緩やかで穏やかな調子で語りかける。
「ねえ、行人は何のために強くなるんだい?」
 その言葉に、行人の動きが止まり、初めて託と視線を合わせた。
「え?」
 疑問の声。首を傾げる。
 言葉が通じたことに安堵する。だからこそ、今のままではダメだということを託は伝えようと思った。
「それがないままなら、いつまで経っても行人は強くなれないよ」
 事実を突きつける。芯のない強さはガラス細工の工芸品みたいなものだ。ただ飾って眺める、そんなものだ。そして壊れる時はあっけなく砕け散ってしまう。危ういものだ。
 自分のように、大切な人たちだけは絶対に守りきってみせる、なんて強い思いがなければ、力をつけてもその力に溺れてしまうだろう。
 託自身、まだまだだと思ってしまう部分もあるけれど、行人の前に立って導くくらいはできる強さはあると自負している。
 だからこそ、
「わからない……わからないよ……」
 そういって、首を振る行人に苦笑する。その答えがさも分かっていたかのように。
「それじゃあ、これは今後の宿題だよ」
 そう言って、託は行人の目の前から消える。
 正確には手加減をやめ【ゴッドスピード】で自分の敏捷性を底上げして移動しただけだ。
 動きについていけない行人はキョロキョロと辺りを見回し、闇雲に剣を振るう。
「そんなんじゃあダメだよ」
 行人の背中から、囁きかける。
 そして首筋に手刀をいれ、
「あっ……」
 情けなく声を上げる行人の意識を刈り取った。
「今日の修行はこれで終わりだねぇ」
 たまには厳しく行かないといけない。心苦しいところでは有るが、それが行人の成長に繋がるならば、心を鬼にもする。
 倒れそうになる行人を抱きかかえ、託はこれからどうするか考える。
 まだ余裕はあるが、ミルファの行方は分からなくなっている。
 気絶した行人がまた起きだして剣を振るうかもしれない。
「少し、休憩しようかなぁ……」
 そう呟いて、行人を寝かせ、託も木陰に腰を下ろした。
「行人なら、きっと強くなれるよ」
 託は行人の頭をくしゃくしゃと優しく撫でた。