校長室
取り憑かれしモノを救え―調査の章―
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●追走録4 視界が霞む。呼吸がうまくできない。 心のうちに湧き上がる思いは、どうして、なぜ、そして―― (…………俺は、本当は嫌われていたのだろうか) 陽炎のように揺らめいているベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)のシルエットを前にして、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は身動きが取れなくなる。 つい最近起こった、倒れるまで血を吸われた挙句、放置されたことがフラッシュバックする。 いつもなら、自分を可愛がってくれているベルテハイトがそんなことをした。 それだけでも困惑してしまうのに、今は魅入られグラキエスを襲う。 もう何がなんだか分からなくなってしまった。 襲い掛かってくるベルテハイトにグラキエスは、 (そうだ……戦わないと……) ゆらりと、腕をあげ魔法を練ろうとする。 しかし、魔法がうまく構成できない。形にはなるのに、維持ができず霧散する。 分からない。なぜ、ベルテハイトが自分を襲うのか。疑念がグラキエスの集中力を掻き乱す。 訳の分からない苦しみがグラキエスを苛む。苦しくて、体が重くて――ベルテハイトが首筋に歯を立てようとしているところまで近づいているのに気付かなかった。 ひやりとした指先がグラキエスの頬を撫で、ぬらりとしたベルテハイトの赤い舌が首筋を舐め上げる。 「や、やめろっ!」 ゴウッとグラキエスを蝕む狂った魔力が怒気に応じ、文字通り燃え上がる。 グラキエスの暴走した魔力が、周囲に炎を巻き起こしながらも、大気は凍てつかせる。 狂った魔力を抑えることなく解き放ち、グラキエスは無理矢理ベルテハイトを引き剥がし、よろよろと距離を取った。 信じていたかった人に裏切られた。近寄って欲しくない、できることならこれが全て嘘であって欲しいと願う。 ――ずいぶんと激しい魔力の乱れを感じましたが……なるほど。 そんな中、グラキエスの頭の中に響く【テレパシー】の思念。 優しく、全てを悟っているかのように語り掛けるのはエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)だ。 ――グラキエス様。私をお呼び下さい。私なら助けて差し上げられますよ。 「エルデ、ネスト……?」 思念の主の名前を呼ぶ。 それだけで召喚の印が熱を帯びる。主の危機を察知し、エルデネストが現れようとする。 「あ、ああ……」 嗚咽にも似た声がグラキエスから漏れる。 「エルデネスト、参上仕りました。ご用命は、グラキエス様の苦しみを和らげることでよろしいでしょうか」 どこからともなく【召喚】で現れたエルデネストは、グラキエスに恭しく一礼をする。 そして、エルデネストはグラキエスの顎に手を添え言う。 「グラキエス様、その重苦しさは取り除くことはできませんが、軽くすることはできます」 今にも泣き出してしまいそうなグラキエスの瞳を覗き込み、エルデネストは言う。 「もっと、私に頼って、甘えてください。それだけでいいのです。あんな――」 そこでエルデネストは言葉を切り、ベルテハイトを見据えた。 ベルテハイトは突然現れたエルデネストを警戒し、動きを探っているようだ。 「――吸血鬼風情にグラキエス様が心中傷める必要、ありませんよ」 すうっと目を細め、エルデネストはグラキエスを背中に隠すように庇った。 「グラキエス様は、そこでごゆっくりお休みくださいませ」 木陰を指しエルデネストは言う。 グラキエスは突然現れた心強い味方に心底安堵していた。 ぐったりとした様子で、木陰に身を預けるグラキエスを見届けると、エルデネストは、 「グラキエス様を悲しませる者は例え誰であろうと、許しませんよ」 不適に笑みを浮かべ、エルデネストは戦闘態勢を取った。 「ああ……貴様を倒して、グラキエスを我が物にしようではないか……」 くふくふとベルテハイトも愉悦に歪んだ笑みを浮かべて、魔法を編み始める。 そして、グラキエスの為の戦いが火蓋を切って落とされた――