葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

嵐の中で

リアクション公開中!

嵐の中で

リアクション


<part4 漆黒の顎>


「悪天候の中で鏖殺寺院とイコン戦か。こんな戦闘、シミュレーションでしかやったことがない」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は喜々としながらシュヴァルツ・Ⅱでシュメッターリングの部隊と刃を交えていた。
「グラキエス様は本当に物好きでらっしゃる。なにもこんな天気のときに戦わずともよろしいでしょうに」
 エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)は呆れつつも、サブパイロット席で索敵を行っている。
「貴重な実戦データが取れていいじゃないですか。レーダー用のプログラム、インストール終わりましたよ」
 そう報告するのは、メモリーカードが変化した魔導書のロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)。本来の姿に戻り、メモリーカードとしてイコンの制御部に刺さって計器類のチェックをしている。
 グラキエスはシュヴァルツ・Ⅱを敵機の背後にワープ移動させた。
「砕けろ!」
 ソードブレイカーを敵のソードに突き入れ、ソードを破壊する。すぐさまワープ移動で離脱。ヒットアンドアウェイの戦法を実践していた。

「地形データの分析が終わったのじゃ」
 御凪 真人(みなぎ・まこと)の操縦するパラスアテナ・セカンドのサブパイロット席で、名も無き 白き詩篇(なもなき・しろきしへん)が吐息をついた。
「この先五百メートル、左右に地盤の緩い一帯がある。敵の部隊はそこを避けて中央を通り抜けているようじゃ。もしこちらが地盤の緩いところに行ったら、土砂崩れを起こされて潰される、と考えてよいじゃろうな」
 真人は顎に拳を添えて軽く唸る。
「……なるほど。じゃあ、そこから敵陣に乗り込みましょう。いつまでも足止めされるわけにはいきません」
「承知した。周辺の味方に連絡しよう」
 白き詩篇は通信をオープンにして味方に呼びかける。
「今から敵陣を突破する。手が空いている者がおったら協力しておくれ」
「俺たちも手伝おう」
 すぐにグラキエスが名乗りを上げた。
「感謝するのじゃ。侵入コースのデータを送るぞ」
 白き詩篇は地盤の情報を含むデータをシュヴァルツ・Ⅱに送信した。
 真人のパラスアテナ・セカンド、グラキエスのシュヴァルツ・Ⅱの二機が、地盤のしっかりとした中央帯に侵攻する。アサルトライフルとレーザーバルカンの火力を集中させ、立ちはだかるシュメッターリング部隊を薙ぎ払う。
 二機は中央帯を通過した。シュメッターリングを次々と打ち倒していく。
「順調だな」
 とグラキエス。
「ですね」
 真人は同意した。
 ……そのときである。
 うずたかく積まれた濃緑色の死骸――シュメッターリングの残骸を踏み越えるようにして、漆黒のイコンが現れた。
 シュバルツ・フリーゲ。鏖殺寺院の士官機だ。これまでの雑兵とは明らかに空気が違う。
 シュバルツ・フリーゲは出現するやいなや、ノイズグレネードを放った。グレネードが破裂し、強烈なパラミタ線を放射する。
「むっ、レーダーが塞がれたぞ!」
 パラスアテナ・セカンドに乗っている白き詩篇が、レーダー画面を見て目を剥いた。
「せっかくプログラムを用意しましたのに……」
 シュヴァルツ・Ⅱのロアも不満げな声を漏らす。
 そう言っているうちに、激しい衝撃がシュヴァルツ・Ⅱの背後に叩きつけられた。
「いつの間にか接近されているぞ!」
 グラキエスは慌てて機体の向きを変え、応戦する。
「くっ!?」
 真人のパラスアテナ・セカンドも、あらぬ方向から射撃を受けて動揺した。
 敵陣の奥深くに侵入したのも災いし、二機は四方八方から銃撃を受ける。
 グラキエスは怒鳴った。
「ロア! 射線の予測をしてくれ!」
「レーダーが使えないと予測しようがありません!」
 怒鳴り返すロア。
 二機は敵部隊に翻弄されていた。
 と、その一帯に濃い霧が漂い始める。地を這い、ベールのように覆って埋め尽くす。
「なんだこの霧は!?」「どうなってる!?」
 敵のパイロットたちが騒いだ。
「レーダーだけでなく肉眼まで塞がれてしまうなんて……」
 真人は奥歯を噛み締める。
 霧の向こうから物の破壊される音や、悲鳴が聞こえてきた。真人やグラキエスには、なにが起きているのかさっぱり分からない。ただ不安な思いで霧の消えるのを待った。

 霧の中を駆け抜ける一つの影があった。
 その名も、絶影。隠密機動型のイコンである。操縦しているのは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)、サブパイロットはエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)。霧も悲鳴も、すべてはこのイコンの仕業だった。
「嵐だとさすがに霧の出方が凄まじいな。これだけの濃霧なら気付かれずに仕事がしやすいけど」
 唯斗はレーダーを頼りにシュバルツ・フリーゲに近づき、鬼苦無を振り下ろした。シュバルツ・フリーゲの右肩に亀裂が走る。
「誰だ貴様はあっ!」
 シュバルツ・フリーゲのパイロットは、怒声を上げながらアサルトライフルを乱射した。が、視界が殺されているので当たりはしない。
 唯斗の絶影は身軽に避け、シュバルツ・フリーゲの背後に回り込む。アダマントの剣で斬りつける。大きな金属音が鳴り響いた。
「ここまで一方的では、少々可哀想な気もするが」
 エクスがつぶやいた。
「飛空艇のみんなを助けるためだ。仕方ないさ」
 唯斗は背中から氷獣双角刀を両手に持ち、シュバルツ・フリーゲの胴を貫き通す。氷獣双角刀を引き抜くと、シュバルツ・フリーゲがどうと倒れた。

 ノイズ・グレネードによる電磁波の嵐がようやく晴れる。
 しかし、本物の嵐の方は収まる気配もなく、いっそう激しさを増していた。地面は液状化していると言ってもいいほどぬかるみ、大風に小木が吹き飛ばされていく。
 そんな中、翔のプラヴァーが率いるイコンの一隊が山を登っていた。
 イーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)ジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)の乗るミューレも、そのうちの一機。
「人命がかかっているっていうのに、あのテロリストたちは……! 私のような人間を出さないために、鏖殺寺院は叩く、徹底的に!」
 サブパイロット席のイーリャは怒りに肩をわななかせていた。
「トラウマが蘇ってキレてるわけ? 劣等種がうざいったらないわ」
 メインパイロットのジヴァは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。イーリャ自身も過去、鏖殺寺院のテロに巻き込まれたことのある犠牲者なのだった。
 翔の一隊が、イコン戦の繰り広げられているエリアにたどり着く。地面には唯斗の放った霧がまだうっすらと残っていた。
 ジヴァのミューレはビームアイを撃ちながら敵機に急接近した。射程に入るとリミッターを解除し、アサルトライフルをぶっ放す。シュメッターリングの胸部に弾丸が食い込んだ。
「ジヴァ、翔くんと連携して。無茶はしないで」
「うるさいわね。あたしはあたしのやりたいようにやらせてもらうわ。あんたは鏖殺寺院がくたばれば満足なんでしょ」
 ジヴァはイーリャの言葉を撥ねつけ、シュメッターリングと銃撃戦を続けた。

「くそっ、システム調整に手間取っちまった! みんなはどこだ!?」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)シュヴェルト13のサブパイロット席で焦っていた。
「っと……翔ちゃんはー、あ、いたいた!」
 メインパイロットのサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)が翔の機体を見つけ、戦闘エリアに滑り込む。
 二機のシュメッターリングがアサルトライフルを連射しながらシュヴェルト13に迫ってきた。
「サビク、奴らを黙らせろ」
「OK。五分で片付ける」
 サビクは敵の銃弾をビームシールドで弾きつつ、敵機と間合いを詰める。斬龍刀を、正確に敵のコックピット目がけて薙ぎ払う。コックピットが砕け散った。
 もう一機のシュメッターリングはこちらの強さを察したのか、後退しようとする。サビクはバスターライフルを鳴かせる。コックピットを貫く銃弾。コックピットが朱に染まった。
 いながらにして主を失った二機のシュメッターリングが転倒する。
「ごめんね。人権とかそういうのは、知人や友人にあげるだけで精一杯でね。ボクもシリウスも」
 サビクは情け容赦なく敵のコックピットを狙い、パイロットたちを血祭りに上げていく。
 その近くでは、ジヴァがミューレで敵を撃っていた。こっちは即座にトドメを刺さず、ボディの要所を順に破壊して、じわじわと嬲り殺しにしている。
「ふふふ、いいざまね! 劣等種が! ……きゃあ!?」
 間合いを取ろうと後退したミューレが足を踏み外し、地盤の緩いところに落ち込んだ。小規模な土砂崩れが起き、機体が落下していく。
「危ない!」
 サビクがシュヴェルト13の手でミューレの腕を掴んだ。自分まで巻き込まれないよう注意して引っ張り上げる。
「い、一応ありがとうと言っておくわ!」
 ジヴァは渋々ながらも礼を述べた。
 一機のシュメッターリングがシュヴェルト13の背後をソードで襲う。激しい衝撃にコックピットが揺れた。
 シリウスが笑う。
「後ろからだと? カメムシらしい作戦じゃねーか!」
「正しい判断だよね。……でも、正しければ勝てるわけじゃないけど!」
 サビクは斬龍刀で斬り返す。打ち合う二機。雷雨の中、琥珀色の火花が幾度も散る。サビクは斬龍刀でソードごと敵機を叩き飛ばした。コックピットを目がけ、発砲。
 敵機が後ろざまに崩れ込んだ。

 銃声鳴り渡る戦場に、一機のシュバルツ・フリーゲが姿を現した。
 漆黒の顎、豪腕、朱の紋様。最初それは普通のシュバルツ・フリーゲに見えた。
 だが、パイロットたちは数秒もしないうちに思い知る。これがただのシュバルツ・フリーゲではないと。そう悟ったときには、かなりの数のイコンがボディを撃ち抜かれ、黒煙を上げてうずくまっていた。
「な、なんだこいつは……!?」
 翔がプラヴァーの機内で目を見張る。
 そのシュバルツ・フリーゲの背中からは、鳥の翼の骨格にも似た黒い骨が生えていた。骨の先端は赤く光り、当たった雨を蒸気に変えている。シャンバラ側のイコンを倒したのは、骨の先端から発せられた熱線だった。
「妙な改造がしてあるみたいだな。気をつけろ」
 パートナーのアリサ・ダリン(ありさ・だりん)が翔に忠告した。
 強者の出現に士気が高まったのか、劣勢だったシュメッターリングがそのシュバルツ・フリーゲを中心にして集まる。シャンバラ側のイコン部隊にアサルトライフルで波状攻撃を加える。
 シャンバラ側のイコン部隊は徐々に押され始めた。
「みんな、怯まないで! まだまだいけるよ!」
 桐生 理知(きりゅう・りち)ヒポグリフのビームキャノンを敵陣の中央へ二発放った。シュメッターリング部隊が回避し、シュバルツ・フリーゲは一機孤立する。
 理知の隣席で移動を担当する北月 智緒(きげつ・ちお)が、通信回線を通して翔に呼びかける。
「私たちがあの子を潰すよ! 翔くんは援護をお願い!」
 近くのグラディウスから、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)も名乗りを上げる。
「私も前衛を引き受ける!」
「分かった! 二機とも俺が援護するぜ!」
 翔は頼もしく請け合った。
 翔のプラヴァーの前に、ヒポグリフとグラディウスが立つ。誰もが緊張に身を硬くし、食い入るように敵機を見据えていた。
「翔くん、理知ちゃん、一気に行くよ!」
 美羽のグラディウスが走り出した。
「頑張ろー!」
 智緒のジェファルコンも飛び出す。
 二機は二方向に分かれると、敵機目指して高速で接近した。シュバルツ・フリーゲが背中の骨格を蠢かし、熱線を放とうとする。
「させるか!」
 翔は両腕のビームアサルトライフルを撃ちまくった。シュバルツ・フリーゲはビームシールドで身を守る。
 智緒のヒポグリフが空中に跳んだ。
「いっくよー!」
 暴風に煽られつつ、必死に態勢を整えて敵機へと落下する。隣席の理知がビームサーベルを構える。
 同時に美羽のグラディウスもダブルビームサーベルを握って敵機の懐に飛び込む。
 三本のビームサーベルがシュバルツ・フリーゲのボディを襲った。首が、左腕が、右腕が、斬撃に持って行かれる。
 シュバルツ・フリーゲの頭がごろりと転がった。
 グラディウスのサブパイロット、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が敵機のコックピットにガトリングガンの銃口を突きつける。
「コクピットから降りて、おとなしく投降してください!」
「出てきて! 無益な殺生はしたくないよ!」
 パートナーの美羽も促す。
 コックピットが開き、中から寺院兵が這い出してきた。身分が高いのか、随分と立派な服装をしている。寺院兵は肩をすくめて首を振った。
「ふん。私を捕まえたとて、なんの意味もないぞ。既に飛空艇には多数の兵が向かっている。我々の役割はただの足止めだ」
 翔たちは息を呑んだ。敵はイコンだけではなかったという事実が大きな壁となって立ちはだかる。
 そして、シュメッターリングの部隊がイナゴの群れのように次から次へと戦場に集まり始めた。周囲を取り囲まれ、シャンバラ側のイコンは背を預け合って身構える。
 ベアトリーチェは慌てて仮設本部に連絡を取った。
「大変です! 飛空艇に寺院兵が向かっています! 早くトンネルを開通させて助けに行ってください! 急いで!」