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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

リアクション

 ルイとセラエノ断章は、同じ場所にいては危ないと判断したのだろう。だから二人は位置を変える為に攻撃をしながら移動し始めた。
「ねぇルイ。さっきこっちは駄目ってウォウルさん言ってなかった?
「しかし……ですね。このままあそこで戦っていてはかなり分が悪くなっていたでしょうし…困りました」
 二人は今、ロビーからやや先に進んだ場所、一階の廊下にいる。後ろからは機晶姫が二人を追いかけて来ていた。歪な剣を振り回しながら、何かを口にしながらにやってくる。
「ここら辺で良いんじゃない?」
 セラエノ断章が足を止めると、ルイは辺りを見回し足を止めた。
「そうですね。此処で良いでしょう」
 拳を握り、後から追ってくる機晶姫に対峙した彼の後ろにセラエノ断章が隠れる。
「さぁ、鬼ごっこはおしまいです。私と――拳で語り合いましょう!」
 殴りかかる彼の動きを予期していなかったのか、機晶姫は彼の拳を思い切りその顔面に受けて宙を舞う。
「やった!」
「いやまだです! 手ごたえがありませんでした……」
 更に畳み掛ける為、彼が前へと踏み込みその機晶姫を再度拳を向ける。再びそれが激突し、フックの様な軌道を描いていた彼の拳の勢いそのままに、敵は強かに壁に体を打ちつける。
「……おかしいです。おかしすぎる……あまりにも手ごたえがない……」
 セラエノ断章に聞こえない様に小さく呟く彼は、自身の拳を見つめ、そして壁に衝突して項垂れている彼女を見つめた。実体をもつ彼女。しかし――まるで布団を殴っている様に芯を捉えていない感覚。だからこそ、彼はそこで後ろに飛び退き様子を伺う。
「ルイ? 何だか余裕そうだよ?」
「そんな事はありませんよ……」
 首を横に振り、ただただ機晶姫を見つめるだけ。と、それは突然に震えだした。震えているのは恐らく、笑っているからだろう。不気味な、奇妙な、不可解な笑い声。
「武器を使わずその身一つで挑むと言うか。何と勇猛な人間よ」
「……喋った」
 壁を伝って立ち上がる機晶姫が笑い、そして会話を始める。
「人は時に醜く、そして時に偉大だ。そして妾は人が好きだ」
 歪な剣を揺らめかせ、その切っ先をルイへと向ける。
「この器でなく、あの男であれば、或いは更に面白き事になっていたであろうな」
「これって、ラナロックさんの姉妹機とかじゃないの?」
「私にはどうにも……ですが何もかもが違う気がします」
「何、戸惑う事などなかろう? そなたら人は、この器を壊せばよい。妾はそなたらを退け、あの忌々しき男と、そして呪われたあの女を殺せばよい。簡単な話よ」
 困惑している二人を余所に、彼女はその足を急激に早め、ルイへと斬りかかる。歪な剣の腹を思い切り横から殴打し、切っ先の軌道を変えた彼は、今殴った方と反対の拳で三度彼女の顔を殴打する。
「愉快愉快! はっはっはっは!」
 今度は拳に振り抜かれて飛ぶことはなく、機晶姫はそこで踏みとどまるとセラエノ断章に狙いを変えて攻撃した。
「大丈夫?!」
 レキとカムイがその攻撃に割って入り、カムイがイナンナの加護で剣を受け止め弾き返した。
「良かった。間に合いましたか」
「お二人とも……」
「何だかロビーの方から凄い音がしたらか来てみたんだよ。そしたらこの状態」
「だから助太刀に来たんです」
「これは心強い!」
 弾かれた体制を取っていた敵の腹部に思い切り拳を突きだし、相手を元いた場所に押し戻したルイが構えを取る。
「皆さんで此処を死守しましょう!」
「その『皆さん』に、私たちも入っていいですかぁ?」
 ルーシェリア、真司が歩きながら、彼等の後方より声を掛ける。
「はぁ……つくづくついてねぇな。男が相手ならとっとと片づけて、と思ったが、また女か」
 気が引ける、と首を撫でながらしかしそうも言っていられない事を知っている真司が武器を手にした。
「兎に角、あの人をこちら側に近づけさせなければいいんですよねぇ?」
「そう言う事です。行きましょう!」
 ルイの言葉で、彼等は一気に敵との距離を縮めた。斬撃と殴打が織りなす攻撃を、敵はガードするでもなく全てその体で受け、たたらを踏む。勝利が見え始めている彼等の後ろから、途端樹の声がした。
「前頭、中腰の姿勢を維持しろ! そのまま後ろに下がり敵攻撃に備える! 早くしろ!」
 ルイ、真司、ルーシェリアが訳も分からぬまま、しかしその指示通りにすると、彼等の頭上、敵の斬撃と味方の援護射撃が行き交った。
「あぶっ!」
「……援護入るなら一言よこせよ……」
「ひぇぇ! 怖いですぅ……!」
「後援、左右に展開! 攻撃に備えろよ! 章! 前頭隊と合流後、攻撃準備!」
「了解」
 統率された動きと言う物は、時として一定上の芸術と思える時がある。それは無理がなく、無駄がなければなおの事に強い。
美しさたる統率の指揮を取る樹が数歩後ろに下がり、手を上げた。
「撃てぇぇ!」
 号令と同時に、レキとジーナがその引き金を、目前で待機させていた氷術を、それぞれ敵目掛けて打ち込んだ。
「撃ち方やめっ! 敵の殲滅を確認の後、存命の場合は次点に切り替える」
 構えを取ったまま、埃の舞う前方へとにじり寄って行くルイ、真司、ルーシェリア。
「何だか軍隊さんになった気分ですね」
「私はちょっと、怖いので遠慮したいですぅ……時に援護射撃が」
「ま、指揮とってくれるんならこっちは何も考えずに動けばいいだけだからな。ん?」
 真司が晴れ始めた埃の中、何かを見つけて大声を上げた。
「敵影確認! くそ、まだ生きてるぞ!」
「章!」
「既に」
 いつしか彼等の背後、すぐのところまでやってきていた章は、手にするファルシオンでその影を貫く。
「……逃げられましたか」
 慌てて数歩下がった彼は構えを取り、手ごたえのない事を確認する。
「前頭! 両脇に展開して現状待機! 後援は撃ち方用意だ! 煙が晴れたら集中砲火、前頭にタイミングは委ねる! 各自任意のタイミングで攻撃だ! 良いか、射線に入るなよ!」
 彼女の号令に、ローザマリアと陽たちがやってくる。
「何やら面白そうな事やってるわね」
「どこが面白いんだ。訓練じゃないからな、こっちはひやひやもんだ」
「菊媛」
「御意のままに――」
「私たちも参加するわ。此処であのウォウルと言う彼を守れば良いのでしょう? 最終防衛ラインなのだから、人手は一人でも多い方が良い、違う?」
「あぁ」
「なんだよなんだよ、何でオレまで駆り出されんだ!」
「そんなに怒鳴らないでいただけますか? 耳がツンツンしますわ。それにこれは人命がかかった戦いです事よ? 今度ふざけた事言うと串刺しにしてやりやがるですわ!」
「フィリス、串刺しは勘弁願いたいから協力してね」
 フィリスの後ろ、陽が苦笑しながらにフィリスを諌めた。
「僕たちは援護射撃で、良いんですよね?」
 アイスの言葉に樹が頷く。そこで真司の声が聞こえた。
「煙晴れるぞ!」
 廊下の中央、樹たちがいる箇所から敵までは一直線に開けており、両脇にはルイ、ルーシェリア、真司と章がそれぞれ構えてタイミングを計っている。
「人は弱く――故に結託し、連携して敵を倒す。その姿もまた一興――妾が人を好きたる由縁。良かろう、この木偶人形にそれをみせてはくれまいか」
「お見せしましょう? 行きますよ!」
 四人が一斉に飛びかかると、既に構えを取っていた援護射撃をする面々も攻撃を始めた。銃弾が、氷の氷柱が、弓矢が、中央を敵目掛けて飛びかかる。
伝わる風切り音は何とも心地よく、そしてそれは敵対する全ての者に死をもたらす妖艶なる音色。
「敵、まだ立ってるよ!」
 狙いを定めて射撃をし続けていたレキが一同に伝えた。
「前頭隊、私等の後方に回り込め! これが最後だ、一気に決めるぞ!」
 今まで敵に攻撃をしていた前方四人がその声で一斉に樹たちの元へと駆け込んでくる。と、再び廊下に広がる煙を破って、後退してくる彼等の頭上を機晶姫が現れる。手にする歪な武器を目一杯引き絞り、横に薙ぎ払う為の形のままで飛び込んでくる。
「ジーナ! 青頭(アイス)! 氷術用意! 目標は前頭の奴らの足元だ!」
 訳もわからぬまま樹の言葉に従い、二人は四人の足元、避けられない位置に氷術を展開した。無論、後ろを振り返りながら走ってくる彼等の足元にそんなものがあれば彼等は豪快に転倒する。
「痛ーい!」
「なっ!?」
「ひゃうぅ!?」
「何故ですかーっ!?」
 それぞれが一斉に、そんな事を言いながら転倒すると、彼等の頭があった場所を機晶姫の放つ斬撃が通った。空を切り、彼女は思わず驚きの表情を浮かべる。
「距離取って体勢立て直すぞ! RPG!!!!」
「任せとけってんだ! ほら、くらっとけ!」
 樹の真横。片膝を着いてそれを構えるフィリスが、何とも不敵な笑みを浮かべて狙いを定める。樹がフィリス側の耳を塞ぎ、そのタイミングとほぼ同時に何とも拍子抜けする音が辺りにこだました。弾丸よりも大きく、空気抵抗が多いそれは自然、風船が飛んで行く様な気の抜けた音を辺りに響かせ、しかし必殺の一撃足り得るそれは、見事空中にいる彼女に直撃した。
氷術によって転倒していた彼等がその爆風で後ろにいた面々の前に転がってくると、慌てて立ち上がって体勢を立て直す。
「うっし! 大当たりだ馬鹿野郎! はっはっは!」
「百合の元気娘(レキ)、敵は?」
「今は――見えない」
「まだ敵は生存していてます」
 菊がディテクトエビルを用いて辺りを探ると樹に報告した。
「サンキュー。よし……畳み掛けておしまいだな。早いとこ終わらせないとな、コタのやつも頑張ってるんだ」
「見えた! 来るよ」
「前頭隊は後援の後ろに! いいか、一気に決めるぜ」
「ならば私も、前に出させてもらうわね。菊姫」
 含みのある、涼やかな顔でローザマリアが樹に述べると、弓を引いていた菊は弓を卸して真司、ルーシェリアの隣に並ぶ。
「あらぁ……菊さん、接近戦ですかぁ?」
「いいえ。私はただの足場ですよ」
 不思議そうな顔で尋ねるルーシェリアに、菊は何とも穏やかな笑顔で返事を返した。

 この戦場――勝敗は固定につき。