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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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     ◆

 託と、そして彼と共に現れた機晶姫の姿を見て、一同は一瞬言葉を失いつつも、しかしすぐさま手に武器を握り、託と共に戦闘を繰り広げていた。
「なぁおい兄ちゃん! この機晶姫はなんだよ!」
 アキュートの質問に対し、攻撃を躱しながら託が返事を返した。
「わからないんだ! 僕がドゥングさんを見つけた時、既に彼女を出して彼は何処かへ行ってしまった……」
 わからない。それが最も正確な答えであり、そして託が今一同に答えられる、精一杯の真実だった。と、彼女は語る。
「……黒くて短い髪……あの卑しい目つき、手にする剣――ヘイズ……!」
「ラナロックさん?」
 近くで彼女を守っていた輝が、彼女の言葉に首を傾げた。
「……成程。私を、そしてウォウルさんを……ドゥングによって殺させようとした張本人ですわ」
 彼等は思わず動きを止めた。
「そう、大当たりだわラナロック。本当に――記憶と一緒に存在そのものを消してしまえば良かったのに」
 その機晶姫は、他の二体とは違う話し方をする。手にする剣を持ったまま、しかし彼等に攻撃する手を緩め、彼女は口を開く。
「本当に厄介な存在。妾が大好きで大好きでとっても大好き過ぎる人間を困らせ、恐怖させる根源悪の様な薄汚い女」
「貴方に言われる筋合いはありませんわ。自信過剰で節操なしの低俗な魔女さん」
「お、おい……」
「なんですか、氷藍殿」
「その……なんだ。女の体である俺が言うのもあれだが、女って怖いな」
「……激しく同感です」
 隣に佇む幸村へと溢した氷藍は、恐る恐るその光景を見つめている。
「地獄の様な苦しみを味あわせてあげたいところだけど、今はそうもいっていられないから、とりあえず貴方とウォウルには一回くらい死んでもらうのよ」
 さらりと述べる。
「そんな簡単に殺すのか?」
 と、彼女の後ろにいた託が、チャクラムを握る手に力を籠めながらに尋ねた。低い低い声色で。
「えぇ。そうよ。だってそうじゃない。悪者を倒して何が悪いの?」
「悪者ならばそれでもいい。だけど彼女も彼も、悪者はじゃない」
「あら、どうして? 妾には害虫にしか見えないわ」
「なら僕たちからすれば、貴女も害虫にしか見えないよ」
「あらあらあら! まぁまぁまぁ! とんでもない事をいう坊やだわ!」
 ケラケラと笑う彼女。
「害虫だったら殺していい。先にそう言ったのは貴女だ」
 ゆっくりと助走をつけて走り始めた託が、手にするチャクラムをヘイズと呼ばれた機晶姫に投擲した。
「そうね、妾の言いだわ。我ながらとっても素敵な事言っちゃう妾って、罪な女ぁー、あはっ」
 自分に向かってやってくるチャクラムを剣で払いのけ、託の目の前に移動してから彼の顔に自らの顔をずいと寄せる。
「でもねぇ坊やぁ、害虫を保護する虫も害虫なのよぉ」
 小さく鋭く、彼女の剣が託へと遅いかかってきた。避け様とするが、しかし互いの息がかかる程の距離にいる為に回避は敵わず――と、彼の体が、意図していない方向へと倒される。
自分で倒れるでもなく、倒れてしまうでもなく、まるで外部から力を受けた様に、勢いよく彼は倒れた。
「危なかったねぇ、たぁ君」
「間に合ってよかったです」
 そこにいたのは、小さな傷にまみれた美羽とベアトリーチェだった。
「へぇ、何やら可愛らしい御嬢さんたちに助けられたわねぇ、ボク」
 詰まらなそうに呟く。
「ドゥングさんは何処にいるのかな?」
「貴女に用はありません!」
 二人が構え、動き出す。美羽が先制とばかりに飛びかかると、限界まで縮めた太腿を弾き、渾身の蹴りを放った。
「素手で攻撃? 逞しい女の子ねぇあなた」
「余裕じゃん……じゃあこれならどうだぁ!」
 数発の蹴りを放ったあとヘイズの頬に傷が出来る。
「その距離で? あらぁ? お嬢ちゃん、何したのよ」
 それは彼女の靴に仕込まれてた銃だった。彼女の蹴りを捌いていた彼女は、しかしその弾丸に気付かずに傷を受けたのだ。
「美羽さん」
「はいよー」
 後ろからのベアトリーチェの声に体をずらすと、美羽の後ろで構えていたベアトリーチェが大剣を振り下ろした。
「あぁ!!!」
 慌てて剣を振り抜き、ベアトリーチェの攻撃を弾き飛ばした。
「あーあ、ちょっとびっくりしちゃったぁ。妾ったらぁ……」
 困った様子を浮かべておどける彼女の背後から、今度は託が襲い掛かる。
「またぁ? んもぅ、そんなにお姉さんが好きなのかしらぁ」
「まさか」
 避けられ、空を切るチャクラムを振り抜いた彼は、再び体勢を立て直して彼女を見据える。
「さぁ、そろそろラナロックを殺しちゃおーっと」
 手首だけで剣を振り回しながら、そう呟いた彼女は跳躍し、ラナロックの前へと着地する。
「危ないです! 下がって!」
「もう何だか可愛い子がたくさんいすぎて、妾骨抜きになりそぉ……」
 ケラケラと笑いながら、ラナロックをかばって出て来た輝に攻撃をする。輝がガードをするが、ヘイズはガードごと彼を吹き飛ばした。
「ほら、逃げないと死ぬよ、あんた」
「煩いですわね。それは貴女も一緒ですわよ」
「ほざけ、クソ女」
 口だけの笑顔になり、ヘイズが彼女に攻撃した。寸前のところで回避したラナロックに追撃を加えようとしたとき、後ろからアキュートが攻撃した。
「まずは俺たちの相手をしようぜ」
「嫌よぉー妾の目的は――」
 言いかけたところで、彼女の脇腹が槍によって貫かれた。
「あらぁ?」
「そこをどけ」
 槍が体を貫通している為、その槍を動かされれば彼女の体はついていく。その声は、馬超の物だった。槍を振り回し、ラナロックたちからヘイズを遠のけた。
「んー、いきなりはビックリだわぁ」
「貴様は私たちが此処で止める」
「馬超! あまり無理をするなよ」
「わかっている」
 そう言うと、コアが後ろに数歩下がった。
「我が名は馬孟起――貴様は誰だ」
「内緒よぉ」
 手にする剣を振り回し、馬超に向かって走り出すヘイズは、しかし馬超の攻撃を数発受ける。簡単に。
「……弱いな。それでラナロックに向かうのは命知らずだぞ。彼女は貴様より、もっともっと強い」
「私もやるっ! 独りばっか目立ってズルいよ!」
「なっ?」
 馬超の肩に手が乗った。柵を越える様に美羽が飛び越え、攻撃を受けてよろけるヘイズの顔面に蹴りを叩きこみ、振り抜いたあと更に蹴りを放つ為に回転する。
「あんねぇ、新技行くよっ!」
 靴に仕込んでいる銃。ファイアヒールを次々に撃ち、彼女は空中で回転を始める、恐ろしい速度で回転し始めた彼女は、その勢いを使って蹴り飛ばした。
「全くもって詰まらないな」
 吹き飛ばされた彼女は、仁王立ちする幸村の足元に転がる。
「幸村……?」
「弄ぶものを間違えるのは、何とも卑しくも馬鹿馬鹿しい物だ」
「おい、幸村、お前おかし――」
 手にする槍を高く高く掲げ、彼は無表情のまま手にする槍をヘイズの顔面にそれを突き落した。
「他愛もない」
「幸村!」
 氷藍の叫び声が、聞こえた。



 その様子を見ていたラナロックに、それは突然にやってくる。
「!?」
 不意打ちが為に慌てて体を翻す彼女は、僅かに攻撃を受け、肩口に傷を作る。
「ラナロック――貴様には死んでもらうぞ。相手に気を取られている今、チャンスは今しかないだろうからな」
「……貴方、ですか」
 刀真を見据え、構えを取らぬままにラナロックが呟いた。
「貴様の存在は罪だ。あの女の言う事は間違っていない」
「えぇ。そうですね……」
 彼女は目を逸らした。
「だから貴様には死んでもらう」
 構えを取らぬからこそ、彼の後ろに控える月夜は、銃口を彼女に向けたまま、その様子を伺っているだけ。
「私は――それでも私は死ぬわけにはかないんです」
 ラナロックの言葉を聞いた刀真は、しかし表情を変える事無く、手に握る刀を振り上げて彼女へと向かってゆっくりと歩き始めた。
「もう少し、もう少し貴様に救いの道があれば――もしくは」
 言いかけて、彼は自嘲気味に笑い、振り上げた手を下ろした。が、彼の攻撃は空を切る。
「私はね、皆様から生きるように言われたんです。だから今は――今はまだ、死ぬわけにはいかないんです」
 その言葉を聞き、そして生きようとする意志を見たゼクスが、二人の間に割って入った。
「……ゼクス」
「彼女は死ぬべきじゃない。やっぱり、あんたの考え方には賛同できない。僕は、僕は彼女に生きていて欲しい」
「………」
「どけ」
「嫌だ」
「一緒に死ぬか?」
「僕もラナロックさんも、死ぬ必要はない」
「そうか……」
 再び刀を振り上げた彼は、今度は更に早くそれを振りおろす。今度は空を切らず、手ごたえを感じた。
「刀真!」
「……貴様」
 月夜の声と、刀真の困惑。彼の手ごたえは、確かにラナロックのものだった。彼女を庇ったゼクスではなく、ラナロックのものだった。彼女はゼクスをかばい、攻撃を甘んじた。
「ラナロックさん!?」
「……私の為に命を張るのはやめてください。私は――大丈夫ですから」
 そこに、怒りはあるのか。そこに、狂気はあるのか。おそらくは、ないだろう。だからこそ、彼はそこで刀を収め、踵を返す。
「行くぞ」
「……諦めるの?」
「いいや――俺は確かに見たよ」
 ラナロックとゼクスに背を向けた彼は、月夜にしか見られない様に笑う。
「ゼクスの答えを見た。あいつが自分で出した答えを見た。それはもう――もしかしたら納得しなければならない問題なのかもしれない。だから俺は、あいつを放っておくとしよう」
「刀真……そうね。彼の答え、確かに見たわ」
 彼は月夜の横を抜け、その場を後にする。
「ゼクス、行くわよ」
「でも――マスター」
「私の事は良いわ。早く行ってください」
 彼を庇って左腕に傷を負った彼女は、その患部を軽く見て、問題なと言った様子でゼクスの背を押した。
「……ごめんなさい、ラナロックさん」
「いいのよ。私の方こそ、ありがとう」
 立ち上がり、月夜に向かって走って行く彼を見て、ラナロックは不意に声を掛ける。
「強く――私とは違って強く、行きなさいな」
 ゼクスは振り向く事なく、はい、とだけ返事を返し、月夜と共に刀真の後を追った。