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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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 2.青銅の章 





     ◇

 その男は笑顔を浮かべている。
その男は笑顔のままに歩みを進めていた。 彼はなんともシニカルな笑みを浮かべて歩いている。

 その男は難しい顔をしている。
その男は険しい表情を浮かべながらにもう一人の隣にいた。彼はどこまでも怪訝そうな顔で歩いている。

シニカルな笑みを浮かべている男は、ふと不敵な笑みのままに口を開いた。
どこか世の中を斜に構えているような口ぶりのそれを、隣を歩く男に向ける。

「何をそんな顔して歩いてやがんだ? はっきり言って鬱陶しいぞ」
「………………」

 厳めしい表情の彼は暫く言葉を探し、暫くの沈黙の後に呟いた。

「お前はあれを……どうするつもりだ? 面倒見切れるのか、はっきり言って不安でしょうがない」
「へぇ、何が不安なんだよ」
「お前が誰かの面倒を見る、てぇのはどうもな」
「はっ! 言うよな、猫のくせしてよ」
「……………………うるせぇな、だから猫って言うんじゃねぇよ」
「猫に猫っつって何が悪ぃんだよ。ま、認めたかねぇがお前の言う通りだわな。でも、まぁ……何とかなんだろ」

 シニカル笑顔は変わらない。
 厳めしい顔も変わらない。
二人は学生服を着ているところからすれば、恐らく彼らは学生なのだろう。
二人が二人で気だるそうに学生鞄を持ちながら、以降は何を言うでもなく、ただただ先へと延びる一本道を歩き続けていた。
が、片方――シニカルな笑顔を浮かべた彼は何やら思うところがあったのか、にやにやとにやけながらに呟くのだ。
決して足を止める事はなく、独り言を呟くが如く、隣の彼に聞こえていようが聞こえていまいが構わない、とでも言いたげに。

 ただの一言、呟いた。


 「何とかなんだろ。笑ってりゃあよ」





     ◆

 地下に延びる施設――。”遺跡”と呼ばれているその空間に彼らはいた。
「粗方は片付いたか」
 その言葉はヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)のものである。相当な数いる、全く同じ形の機晶姫の少女の最後の一人を地面へと放り、彼はそう言いながら周りを見渡した。
「怪我人はいるか?」
「こっちは大丈夫なのだ」
「あちきたちの方も無事っちゃあ無事ですねぇ」
  彼の声に反応した天禰 薫(あまね・かおる)レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が返事を返す。
「それにしても、さっきのは一体何だったのかしら…………」
 レティシアのパートナーであるミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)は不思議そうに呟いた。が、考えるだけ無駄だ、とでも言いたげにすぐさま両手をあげて降参のポーズを取る。
「んなんどうでもいいよ! くっそ、なんだよアイツ! ムッかつくやろーだったなー!」
「み、未散君、少し落ち着きなされ……………」
「でもあれ、本当にあの人だったんでしょうか」
「ん? どういう事? 朱里わかんないよ?」
 ”怒り心頭”といった様子で地団駄を踏む若松 未散(わかまつ・みちる)ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)が宥める。ハルに宥められて思わず唸る未散の隣、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)が懸命に何かを思いだそうと考えていると、茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)が衿栖に訪ねた。
「あのねっ! 私たちね、あの人に前一回会ってるんだよね、あの人。たしかドゥングさん、とかって言ったっけな。ね? ベアちゃん、エリリン」
「えぇ。ラナ先輩のお誕生日の時に一度。でも、確かにあの人、そこまで悪い人に思えませんでしたし、その――あんな感じの事言う人じゃなかったように思います」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の問いかけに対し、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は手にしていた大剣を地面に穿ち、眼鏡を指で押し上げながらに答えた。
「えりりん………………?」
「や、あのね朱里。その、それはあの、違くって」
「えりりん!!!! やだっ、可愛いー! きゃはははは」
「ちょ! 朱里ぃ!」
 美羽に”エリリン”と呼ばれる衿栖を見てけらけらと笑い始める朱里。
「ねぇねぇ、そのあだ名、美羽が付けてくれたの?」
「うんっ! そうだよっ」
 へぇ、と。にやにやしながら彼女は美羽の顔を覗き込むと、満面の笑みを浮かべて親指を突き立てた。
「ナイスなネーミングセンスだわよっ!」
「「えっ?」」
 その言葉に思わず声をあげるベアトリーチェと衿栖。が、そんな事は知ったことかと言う勢いで美羽が朱里の言葉に食いつく。
「やっぱりっ!? そう思うよね?!」
「うんうん、じゃあさじゃあさ、朱里はやっぱり”あかりん’”とかだよねっ! やー! 可愛いー! 可愛いあだ名好きかもー♪」
 が、その言葉を聞いた美羽が笑顔のままに首を左右に振った。満面の笑みのまま、彼女の言葉を否定した。
「朱里ちゃんはねぇ…………………くろろん」
「え? く、くろろん? ……………何で!?」
 そこに迷いはない。そこに空白はない。さも事実である、とでも言うように。当然の様に美羽が述べるのだ。ただ一言。
「格好とか、黒いから」
「…………………………………」
 思わず言葉を失う朱里は項垂れ、地面に膝をつく。
「可哀想ですね………………なんかごめんなさい、美羽さんが」
「ううん……………良いんです。私、『エリリンで良かった』って今、心の底から思ってますから。朱里には悪いけど」

「ゴホンっ! そろそろ良いか?」

 こんなやり取りをしている彼女たちに、ヴァルは咳払いをしてから話しかけた。
「みんなに聞いて欲しい。俺が考えるに、皆はそれぞれ向かうべき場所があるのだろう。それは例えばウォウルの元であり、それは例えばドゥングと名乗る男のところであり。が、今俺たちがやらねばならぬ事は、一刻も早くここから脱出する事にある」
 ヴァルは大きな声で。それこそ、彼ら、彼女らが今いる空間すべてに響き渡らんほどの声量で声をあげる。
「そこで、だ。俺と数名が退路を開こうと思う。ドゥングを止めようと考える諸君を先に此処から脱出させ、残れる者は俺と共にここに残る機晶姫を叩く。無論、先に出れる者は各自で出てくれて構わない」
「そうなのだ! まずは此処からでないことには始まらないのだ! 私は協力するよ。」
「そうですねぇ、他にもいくつか気にかかる事もありますし、何より用事は済んだみたい、ですからねぇ。その意見には大いに賛成ですよ」
 薫とレティシアが返事を返すと、その他の面々も声をあげた。
「恐らくはまた機晶姫の大群が来るだろう。それまでに、自分達がどうするか、決めておいてくれないか」
 ヴァルはそう言い終わると、近くにあった椅子を引き腰かけた。
「………………………………(不味いな。時間を置くにつれて痛みが増す。体が動くかどうか………………)」
  額に溢れる汗を拭いながら自らの懐に手を入れる。先の戦闘で負傷した箇所を触りながら確認しているらしい。と、そこで。
「ふむ。そなた、なかなかの名役者だな。ふむふむ、良い目だ、良き漢の目をしている。が、痩せ我慢は頂けぬぞ」
「………………(マンボウ)なんの事だ?」
 ヴァルの前に現れたのは、ウーマ・ンボー(うーま・んぼー)。宙を舞うマンボウが自身の顔の前に突如として現れたのだ。ヴァルはやや身を引きながらまじまじとウーマの姿を見回した。
「肋が折れているのだろう? 恐らくは一本ではない。無理も良いが、体が動かねば困ろうさ」
「………………………何故だ? どこで気付いた」
「何、それがしは勘が鋭い。人並み外れて、な」
「だろうな。何せおまえは人じゃない」
「それがしがその痛み、和らげて見せようではないか。そなたはそれがしに漢のあるべき姿を見せてくれたのだ。その程度の礼はさせて貰うとしよう」
「おい流すな。おまえは人じゃない」
「目を瞑るがいい」
「…………………………………………」
 一向に話を聞こうとしないウーマに対し、どこか諦めた様な感情を抱いたヴァルは、仕方なく目を閉じてみる事にした。と、みるみる内に脇腹の痛みが和らいでいくではないか。彼は思わず目を開けた。両の瞼を開き、目の前の光景を目の当たりにした。

 光り輝くマンボウが一匹 ―― 空に漂っていた。

「くっ! おまえまたしても俺より目立ちおって…………………」
 が、そうも言っては居られない。ヴァルは言いかけて言葉を呑み、どこか自嘲気味に笑った。と
「おいマンボウ! てめぇ少し目ぇ離してる隙に何してやがる! 人様の前で突然に光るんじゃあねぇってどんだけ言うやわかんだよ!」
 その光景に気付いたアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)は慌ててウーマ、ヴァルの元に駆け寄ってくるや、発光しているウーマに拳を見舞う。
「魚(うお)っ!?」
「お、おい! その魚はだな、今俺の事を――」
「いやぁ、すまねぇなぁ兄ちゃん。うちのマンボウがと突然光りだしてビックリしたろう? これからねぇ様にきつく言っておくからよ。あ、あとなぁ、さっきの演説、格好良かったぜ。俺たちぁしっかり兄ちゃんの後ろ守ってやっからよ。ま、ラナロックを連れていきながら、が一番の理由なんだけどよ」
「お、おう。ありがとう、しかし――そのマンボウは」
 マンボウ………………もとい、ウーマを小脇に抱えてヴァルに背を向けるアキュートに声をかけようと、彼が席を立ち上がろうとしたとき、気絶しているウーマと不意に目があった。ウーマは数度瞬きをする。そしてそれは、ある種の言葉だったのだろう。
『それがしの事は気にするな』と言う言葉。故に立ち上がりかかったヴァルは、やはり苦笑を浮かべながらに座り直すのだ。
「ほう、あのマンボウ。なかなか味な真似をっ………………………!」
 そう口にした彼は、そこでふと、考える。ドゥング・ヴァン・レーベリヒが何故、自分達の前に姿を表したのか。そして何故、あそこまで悠々と舞台袖へと降りていったのか。彼はそこで、何かを掴んだ。ドゥングと言う男、その人の行動の真意を。
「面白い。ならばこの帝王、全力で貴様の鼻頭をへし折ってくれようではないか」



 その姿――さながら一国の帝王が如く――。