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【2022バレンタイン】氷の花

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【2022バレンタイン】氷の花
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大切な人への想い−10−


「な、なんですって!?」

神代 明日香(かみしろ・あすか)はメールを見て叫んだ。エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)は今朝、空京に単身買い物に出ていた。普段ならば明日香と出かけるのだが、今日は1人で行かせて欲しいと同行を断られたのである。
胸騒ぎを感じた明日香は、空京の町へ文字通り吹っ飛んでいった。

 はたしてエリザベートは、デパートで明日香に渡そうとチョコレートを買い、帰宅する途中の細い通りで氷の花に捕まっていた。

(明日香のように手作りチョコなんてムリ……。
 でも…… お店で買ったチョコでは幻滅されるかも……。)

高いプライドや高慢な態度はは自信のなさの裏返しだ。
己が強い魔力ゆえ、持て余した両親から疎まれ、一人で寂しい時間を過ごしていた時間が蘇ってくる。胸のうちを切り裂くような痛みが走り、思わずその場にうずくまる。

「エリザベートちゃんっ!!!!」

明日香が叫んで駆け寄る。空ろなエリザベートの瞳を見て、悪い予感が的中したことを知った。

「みんなどうせ私を子供のクセにと思ってて、馬鹿にしたり陰で色々言ってるんだ……
 我侭で…… 悪戯ばかりしてて…… そんな私は嫌われて当たり前……」

呻くように言うエリザベートをしっかりと抱きしめる明日香。

「世界中の誰もがエリザベートちゃんのを嫌ったとしても、私だけは絶対に嫌いになったりしません!!!
 大好きのままですっ!
 いつだってエリザベートちゃんが求める限り私は側にいますっ!!」

苦悶するエリザベートは凍てついた体をよじり、激しくもがく。

「放して! 放してようっ!!!」

明日香は暴れるエリザベートをものともせず、さらにきつく抱きしめた。

「放さないよ!! 絶対に!
 ねえ、お願いっ! 元の元気で悪戯で我侭な、可愛いエリザベートちゃんに戻って!!」

しっかりと暴れるエリザベートの体を抱いたまま、明日香はエリザベートに口づけを与えた。冷え切っていたエリザベートの体に体温が戻る。

「ちょっと〜! なにするのよ〜放しなさい〜! 苦しいですぅ〜〜!!
 ああ〜〜、買いものがぁああ」 

じたばた暴れるエリザベート。しかし明日香はさらにきつく彼女を抱きしめて、放さなかった。

                 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


伊礼 悠(いらい・ゆう)は単身、空京に買い物に来ていた。バレンタインデイが近づき、どの店も様々な趣向を凝らし、恋人への思いを伝える品々をディスプレイしている。女性たちがひとりで、あるいは友人たちと連れ立って、にぎやかにさざめいたり、真剣な面持ちでギフトを選んでいた。

「……みんなすごいな」

悠はつぶやき、青い空を見上げた。

「……ん? 雪? こんなに晴れているのに??」

小さな雪片のようなものが、彼女の顔に舞い落ちてくる。
不意に世界が暗くなった気がした。

(寒い…… 寒いよ……)

悠はごく普通の家庭の出身で、決して特別に優秀というわけでもなかった。もともとおとなしく引っ込み思案で、温厚だが、目立たない少女だ。周りの華やかなクラスメイトたちを見ていて、今の学校――イルミンスール――にこんな場違いな自分が居ていいのだろうかという思いも抱えていた。もともとややネガティブに物事を考えやすい悠は、氷の花の魔力にあっさりと絡めとられてしまった。
 どこをどう歩いたのか、何に乗ったのかわからない。部屋を訪ねてきたのだろう、ディートハルト・ゾルガー(でぃーとはると・ぞるがー)が何か声をかけてきたが、何を言っているのかすらわからなかった。悠は自室に入り、ぐったりとソファに座り込むと、うめき声を上げた。

(自分は大した事が出来ないのに、自分はここにいる資格がない……。
 ううん…… 自分はこの場所にも ……誰にも必要ではない……)

ディートハルトは彼も悠が何かしら悩みを持っている事は知っていた。だが、その様子から普段の落ち込みとは違うと直感した。先ほど聞いた氷の花におそらく悠は触れてしまったのだろう。

「悠……?」

そっと部屋に入り、優しく声をかけるが悠はどこか遠くを見つめたまま、涙にくれている。流れる涙をぬぐおうともせず、ただただ頬を涙が次々流れ落ちてゆく。

「……ダメ……私じゃ、ダメなんです……」

ディートハルトはそっと悠の隣にかけた。そしてその冷え切った手を取り、そっと語りかけた。

「悠……。私にとっては、貴女が必要なんだ。
 この言葉は残らない……。それは承知している。
 だからこそ、いつか……。
 改めて、私はこの想いを伝えたい。
 それがいつになるかは分からない」

冷たい手を己が額にそっと当てる。

「だが、きっと、必ず」

決意に満ちた一言と、悠への想いが一滴の涙となって悠の手に落ちた。

「……ディート ……さん?」

ディートハルトはそっと手を離し、立ち上がった。

「加減は良くなったようだな」
「私…… いつの間に帰ってきたのかしら……」
「もう心配ない。めまいを起こしただけだ」
「そう……だったの。ありがとう」

いつか、きちんとこの想いは伝える。ディートハルトは一礼するとそっと悠の部屋を後にした。

                 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「じゃーんっ、今日は彼氏と空京にデートにやってきましたーっ!
 カフェに行ってー、ショッピングしてー……ふふっ、楽しみ!」

天心 芹菜(てんしん・せりな)伊坂 紅蓮(いさか・ぐれん)に向かい、おどけた口調で言った。紅蓮はにやっと笑った。

「さすが明るく元気なのだけが取り柄の芹菜。
 楽しそうだな。
 どこから行く?」
「なによ〜! だけが取り柄って!! もーっ!」
「悪い悪い。ついからかいたくなってさ」

まずはカフェに行こうか、とすぐそばのケーキが美味しいと評判の店に向かいかけたときだった。

「ん? あれ、雪降ってきたかなー?」

芹菜が言って、手を空中に差し伸べる。

「雪……? だって晴れてるぜ?」
「あれ…… 急になんかもの凄く ……悲しい ……虚しい ……よ。
 大好きな…… 紅蓮と…… デートのはず…… なのに…… 何で……」
「ど、どうしたんだよ一体……」

紅蓮はよろめく芹菜の腕を掴み、慌てて引き寄せた。体が氷のように冷たい。携帯に緊急メールが入る。

「なんだよこんなときに……」

片手で芹菜を支え、メールを読む。

「氷の…… 花?? 元に戻す方法は…… 思いのこもった言葉と…… き、キス!?」

ひとり顔を赤らめた紅蓮は、慌てて周りを見回した。

「えーっと…… その…… 出来れば人のいないところで……」

近くの公園へ芹菜を優しく支えて連れてゆき、ベンチに座らせる。芹菜はまるで人形のように反応がないが、その両頬はあとからあとから流れ落ちる涙に濡れ、悲しみに満ち満ちているのだけははっきりと解かった。
 
「たす…… けて……」

うめく芹菜。紅蓮は隣に座り、優しく語りかけた。

「こんな芹菜は見てられない……。
 幼馴染として長いこと傍にいて…… それから恋人になって……。
 色んな彼女を見て来たけど、こんなのは初めてだ……。
 なあ、泣くなよ。
 芹菜が悲しむと…… 俺まで辛くなってくる……。
 いつもみたいに笑ってくれよ。
 根拠もないのに大丈夫って、元気に動き回っていてくれ。
 風のようにくるくる動き回る、そんな君が好きだから……」

芹菜の肩に手を置き、そっと口づける。

「……紅蓮? あたし……?」
「良かった、元に戻ったんだな、良かった……」

紅蓮はそう言って、驚く芹菜を力いっぱい抱きしめた。