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リアクション
大切な人への想い−6−
杜守 柚(ともり・ゆず)はその日、勇気を振り絞って高円寺 海(こうえんじ・かい)に、空京での買い物に付き合って欲しい、と誘ったのであった。
「……まあ、ヒマだし、いいぜ」
つっけんどんに海が応える。緊張している柚と比べ、海はほとんど喋らず、いつもと全く変わりなかった。2人はデパートで買い物を済ませ、少し休憩しようと公園のベンチに座っていた。
「ん? ……雪?」
上空から羽毛のような、雪のようなものがひとひら、舞い落ちてくる。海がそれに向かってつと、手を伸ばした。
不意に海の周囲の空気が一変した。柚が訝しげに声をかける。
「海…… くん……?」
呼びかけるが返事は無い。海はいつもクールでぶっきらぼうだが、何かが違った。遠くを見ているような目に悲しみの色が現われている。片思いの相手、海が辛そうにしているのに何も出来ない自分が悔しくて悲しい。そのとき、着信音とともに蒼空学園からの緊急メールが届いた。
「なにかしら……」
それは氷の花についての情報であった。
「心を凍てつかせる花……。 それを溶かすには心からの誠意と思いを伝えること……?
私…… 海くんの役に立ちたい……。でも、どうしたらいいんだろう……?」
柚は大きく深呼吸して海の顔を見つめ、遠慮がちに語り始める。
「海くん、最初目を合わせてくれなくて嫌われてるのかなって思ってたんです。
でも、単に女の子が苦手だったんですよね。
今は目を見てお話してくれるようになって。
最近買い物にも誘ってくれてとっても嬉しかったんですよ」
柚はひとつ息をつく。
「私は海くんはクールでカッコいいだけじゃないのも知ってます。
遊んだり戦ったりしてると、優しくて面倒見が良くて、スポーツだと子供っぽく熱くなったり。
仲良くなれて、いろんな面が見られて、凄く幸せです。
海くんに出会ってから新たにわかったこともたくさんあるんですよ」
冷え切った海の手をとり、柚は祈るように呟いた。
「たとえ友達以上に思われてなくてもいい、だから元に戻って欲しいです。
どうか海くんの哀しみが消えますように。
私に移ってもいいからお願いです。どうか、どうか……」
強く、強く願う気持ち。堪えていた涙が。次々と零れて止まらなくなった。握り締めた海の手に、ぽつぽつと涙が落ちる。冷たかった手が、不意に温かさを取り戻す。
海が戸惑ったような声を出した。
「……あー、その、なんだ? どうした? 泣いてる ……のか?
俺…… 何か悪いこと、したか?」
「ううん、なんでもない。……なんでもないの。 良かった……」
海はひどくうろたえ、戸惑いながらも、なんとかしたいと思ったのだろう、温かいものを買ってくる、と駆け出していった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
風祭 隼人(かざまつり・はやと)は、いざ空京でデートに、とルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)を最近カップルに人気のレストランに誘った。デートだと、隼人だけが思い込んでいるだけなのだが。明るすぎない店内、小さめのテーブルが親密感を上げる効果を出している。食事が終わり、デザートになったときだった。ルミーナの頭上に、小さな雪片のようなものが舞い落ち、体に吸い込まれたように見えた。隼人は目をこすって、もう一度ルミーナを見た。様子がおかしい。体が凍り付いてしまったかのように強張り、不意に黙って涙を流し始めた。悲しみにくれるその姿は、ひどく儚く見えた。
(うお、せっかくのデート中なのに、ルミーナさんがネガティブになった!?
も、もしや……。ルミーナさんが大分前に前に言ってたあれか???
『愛する人を失うことを恐れて先に進めない』みたいなことを言ってたやつか??
も、もしやそこまで俺を想って……。
嬉しくて思わず涙が出るぜ。
届け、俺の熱い想い! ルミーナさん、その恐れを共に乗り越えよう)
隼人は今、騒ぎになっている氷の花のことを何も知らないのである。激しい勘違いから生じた思いだが、その対処法は奇しくも、氷の花の対処法そのままであった。
「ルミーナさんの気持ちはよく分かるぜ。
俺も子供の頃家族を……優斗を除く大切な人達を失ったからな……。
でも失った人達と幸せな時を過ごした記憶は失っていない。
幸せな思い出と共に今を俺と過ごしてくれる人達がいる。
ルミーナさんが俺を支えてくれているから、俺は恐れがあっても前に進めるんだ!」
一旦言葉を切り、大きく身を乗り出してルミーナの手をテーブル越しに掴む。ひどく冷たい手だ。
「ルミーナさんの中に、自身の幸福の前に立ちはだかるモノ……『恐れ』があるのかな。
もしそうなら、俺に貴女を支えさせてくれ! 『恐れ』を乗り越えて欲しい。
共に立ち向かうよ。1人じゃないんだ」
感極まった隼人が涙ぐみ、落ちた涙がルミーナの手の甲でダイヤのように輝いた。ルミーナの曇っていた瞳が、光を取り戻し、戸惑うように握られた手を見つめている。そんな彼女の様子に、隼人は気づかない。
「俺はルミーナが大好きだ、貴女をいつまでも幸せにしたい!」
隼人が真剣な眼差しで、ルミーナを見つめて言い放った。ルミーナはその目を見つめ返し、静かに言った。
「お付き合いするにあたりまして、1つだけ約束して下さい。
……わたくしが望むのは誠実であること。……それだけですわ」
隼人の椅子が、後方に倒れた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
氷の花の警告を受けたシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は空京を探し回り、カフェテラスのテーブルについたまま氷の花に侵されたセイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)の痛ましい姿に愕然としていた。俯いて両手を握り合わせたその姿には、いつもの山猫のような元気でパワフルなところはまるでない。シャーロットは静かにセイニィの隣の席に座った。冷え切った紅茶が、手付かずのままテーブルに載っている。
「……また、私はあなたを守る事ができなかったのですね。
あなたは、私に人を愛するという事を教えてくれた、唯一の人。
過去に囚われている私は、まだあなたの隣に立つ資格が無いのかも知れません。
でも、あなたが自の手で未来を掴む姿、過去と決別する姿は私に勇気を与えてくれていたんですよ」
シャーロットはそっとセイニィの冷えた肩を抱く。
「ああ、できることなら私が身代わりになれれば良かったのに。
……でも友達思いなあなただから、今の私よりもっともっと、辛い思いをするでしょうか。
あなたは、私に関心が無いかも知れません。
でも私の気持ちは、何時もあなたと共にあります」
ほっとため息をつく。少し考えて、シャーロットはゆっくりと次の言葉を口にした。
「私が必ず、元のあなたに戻して見せます!」
そう言ってシャーロットはセイニィを優しく抱きしめ、その肩に額をつけた。どうか、どうか、いつもの元気なセイニィに戻って!
その思いは、熱き涙となってセイニィに届く。
「あ…… れ? シャーロット? いつの間に?」
「セイニィ! 良かった! 元のセイニィに……!」
「え? なに? 一体どうしたの? ね、どうして泣いてるの??」
温かい紅茶が2人分、しばらくのちにその席に届けられた。
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