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『しあわせ』のオルゴール

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『しあわせ』のオルゴール
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第4章 オルゴールをめぐる動き

「お父さんが来てるんだって。早く屋上に行かなくちゃ」
「待てよ、スノ。オレもついて行くよ」
 階段を駆けあがるスノの後を、絆創膏の少年が追う。
 少年化した四谷 大助(しや・だいすけ)だ。
「俺も行く。スノちゃんの騎士だからな」
 鬼龍 貴仁も続く。

「あれ、お父さんは?」
 屋上に到着したスノは、首を傾げた。
 父親の姿は、見えない。
 代わりにいるのは、一組の男女。
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)
 ノアは小さな声で『幸せの歌』を歌い、レンの精神バランスをオルゴールから守ろうとしていた。
「いない。おまえを誘い出すための方便だ」
「んー?」
 首を傾げるスノ。
「スノに何の用だ!」
「スノちゃんに手出しするなら許さん」
 大助と貴仁が、スノを守るように立つ。
「おまえの手に持っているオルゴール。それをこちらに渡して欲しい」
 レンは、冷静に告げる。
「この、オルゴール? ダメよ。これ、大切なものだから……」
「それは、おまえの精神に悪い影響を与える。早く手放さなければ取り返しがつかなくなるぞ」
「オレも同意見だ」
 スノの後方から、男の声。
 放送を聞き、スノを追ってやって来た日比谷 皐月(ひびや・さつき)だった。
 彼もまた、スノの今の『しあわせ』を否定しようとしていた。
(『幸福』の解釈なんて人それぞれ、誰かがそれを否定していいものでもないんだろうけどな……)
(だが、それでも)
(オレはただ、どうしても許せない)
(スノ。お前の幸福を、否定してやる)
 空を仰ぎ見て、皐月は肩を竦める。
(全く、開けた場所は不利だってーのに……)
「お前から、それを取り上げるために来た」
 皐月がスノに向かって一歩踏み出した時。
 また、新たな声が聞こえた。
「奇遇だなぁ。俺達も同じ意見だ」
 声と同時に、煙が周囲一面を包んだ。
「だ、誰だ!」
 それは一瞬の隙だった。
 オルゴールの影響もあったのだろう、大助と貴仁の隙をつき、スノの背後に回り込んだ人物がいた。
 その人物……御剣 渚(みつるぎ・なぎさ)は不愉快そうな表情を浮かべ、スノに銃をつきつけた。
「スノ!」
「止めろ!」
「動くな」
 スノを守るろうとする二人を、一言で制する渚。
「これで、俺の仕事はおしまいかい?」
「まだだ。貴様にはもう一仕事してもらう」
「ったく、人使いが荒いねぇ」
 渚の隣に立つのは夜月 鴉(やづき・からす)
 先程の煙幕も、彼の仕業だった。
 スノに銃を突きつけたまま、渚は冷たい声で告げる。
「塵殺寺院からの依頼だ」
「寺院が、スノに何の用だ!」
「娘に興味はない。その装置に用がある」
「わあ、なんだか……おねえさんかっこいいねー」
 頭に当たる銃を気にする風もなく、笑顔で渚を見上げるスノ。
 その様子を、憐みすら込めた瞳で見下ろす渚。
「愚かだな。この装置に依存し、自分の命の危機さえ自覚できなくなるとは」
 乱暴に、スノの手のオルゴールを取り上げる。
「あ、それは……」
「もうお前に用はない」
 破壊音。
「スノ!」
「スノちゃん!」
 思わず目を瞑る大助と貴仁。
 しかし、それは渚のものではなかった。
 レンが真空派で渚の手にあったオルゴールを破壊したのだ。
「これで、お前らの用事はなくなっただろ?」
「そ……そうだ。スノを離せ!」
 大助の声に渚は唇の端を上げる。
「そうだな。こちらも、わざわざ破壊する手間が省けた」
「何だと?」
 意外な返事に虚を突かれる大助たち。
 そこに、鴉の声。
「渚!」
「今行く」
 身を翻しその場から去る渚たち。
 鴉の用意した経路のおかげで、二人は誰にも捕まらず逃走することに成功した。
 そしてその場には、スノたちと破壊されたオルゴールだけが残された。
「……あ」
 オルゴールの残骸を見つめ、ぺたりとその場に座り込むスノ。
「スノ、無事で良かった」
「大丈夫か」
 大助と貴仁の声も耳に入らない様子で、茫然とオルゴールだったものを見つめる。
「……これで、良かったんだ」
 皐月が静かに声をかける。
「あれは、お前に『しあわせ』を与えてくれたのかもしれない。けどな、それは決してお前のためにならない。そう考えて、行動する奴もいたんだ……俺も含めてな」
 皐月が静かに声をかける。
「……ああぁ」
 スノの口から、言葉が漏れる。
「……あぁあ、あ、あ」
 オルゴールが破壊され、その影響から、庇護から脱した素のスノの叫びが学校中に響いた。
「あぁああああああああーっ!」