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リアクション
第二章 『桃の節句』
ひな祭り会場は桃の花が咲き、祭りを楽しもうとする人々が静かな時の流れに身をゆだねている。
「着物、好きだから嬉しいなぁ」
物静かで無表情と言われる紅 咲夜(くれない・さくや)も、大好きな着物が並べられているのを見ると、自然と笑みがこぼれる。
「どの着物に着替えようか迷っちゃうな」
小柄な少女は一着一着丁寧に見比べていると、少し年上くらいの女の子が背の高い男に文句をつけていた。
「お兄様っ! 全然違いますわ!」
鏡の前で着せ替え人形みたいに服を体に当てているアンネリーゼ・イェーガー(あんねりーぜ・いぇーがー)と困った表情の笹野 朔夜(ささの・さくや)。
「これは巫女服、こっちは振袖、それは狩衣ですわ!」
「どの服を着てもアンネリーゼさんなら似合うと思うんですけど」
「もうっ! 女心がわかっていませんわね」
腰に手を当て、頬を膨らませる。
「えっと、十二単……お雛様が着ているような服ですか?」
「それに加え、もっと、ぴらーって広がってヒラヒラしたのがいいのですわ」
「そう言われても、俺は和風ゴスロリみたいにレースの付いた和服はあまり好きではなくて詳しくないのです」
頭をかくと黒縁メガネがちょっとずれる。何とも頼りなさそうだ。
「どうしたの?」
「いえ、実はですね……」
経緯を説明する朔夜。案の定、目当ての衣装が見つからないらしい。
「手伝おう、か?」
咲夜の珍しい申し出。好きなものに関ることで、ちょっとだけ社交的になれたのかもしれない。
「ありがとうございます。助かります。それで、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「私はサクヤだよ」
「俺もサクヤです」
同じ名前。
「これは互いに名前を呼び合うとなると、ちょっと苦笑してしまいますね」
「そうだよね」
クスリっと二人で笑い合う。
「二人で何を話しているんですの?」
「いえ、こちらのサクヤさんが手伝ってくれるそうです」
「やっぱり一番似合う着物を着たいもんね」
「こっちのサクヤのほうがわたくしの気持ちを理解してくれていますわ」
頭を撫でられた咲夜はくすぐったそうに目を細める。
「でも、お兄様と同じ名前なのは紛らわしいですわね……そうだわ!」手を叩くと、「あなたはこれからサヤって呼ばせていただきますわ」
「サヤ?」
「小さいサクヤ。縮めてサヤですわ。いい案でしょ?」
「可愛らしいお名前ですね」
「うん、いいよ」
「それでサヤ、わたくしが着たい服は……」
服の群れへと踏み込んでいく。
「こんな感じだよね?」
「もっとこう、裾の辺りがヒラヒラしているのですわ」
「これかな?」
「袖にもびらーってあるといいですわね」
「それじゃ、これだね」
「まさしくそれですわ!」
楽しく物色する二人。それを見守る朔夜の面持ちも、
「仲の良い友達、ですね」
優しげにほころんでいった。
和やかな空気に包まれ、イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)も着物を選びに勤しんでいる。
「たくさんありすぎて悩みますわ」
色から形状まで様々なものが揃えられ、どれもこれも着てみたくなってしまう。
「まだ迷っていらっしゃるの?」
白鳥 麗(しらとり・れい)が既に選んだ着物を掲げて話しかける。淡い桃色の着物は褐色の肌に浮かび、艶やかに見える。
「まったく決断が遅い……おっと、いえいえ、何も言ってませんわよ? おーほっほ」
白々しい誤魔化しに、相手が何か言い出すより早く続ける。
「そ、そういえば、イングリットはイギリス出身でしたわね。着付けはいかがいたしますの?」
「そうなんですの」
何とか話を逸らすことに成功。そして、
「やっぱり、着てみないとわからない部分がありますわ」
未だ決まらない理由は、自分で試着出来ないからだと知ることもできた。
そうなると、麗の取る行動は決まる。
「わたくしがお手伝いしてあげますわ」
その申し出に半眼を向けるイングリット。
「……なんですの?」
「優しくて気持ち悪いですわ」
これまで同じようなキャラ立ちのせいか諍いが多い二人。助けるなど、何か策略を感じてしまうのは当然かもしれない。
「もう! 何もありませんわよ! こんな日だから喧嘩は控えようと思ってましたの!」
多少癇癪を起こす麗だったが、それが逆に落ち着きを取り戻させてくれた。
「ねぇ、イングリット。皆様とお茶を飲んで、可愛らしい姿で写真を撮る……こんな素敵な休日なのですから、目一杯楽しみましょうよ。外では私の執事がお茶会の準備を終わらせている頃ですわ」
「お嬢様、準備が整いました」
タイミングを見計ったかのように現れたサー アグラヴェイン(さー・あぐらべいん)。二人を見比べて、
「おや、すぐ喧嘩になるかと思いましたが、その様子ですと仲良くされているようですな」
感慨深く頷く。
「お嬢様にしては珍しい日もあるものです……おっと、口が滑りましたかな」
「失礼ね! さあイングリット! 早く選んでしまいますわよ!」
一人で行ってしまう。
「多分恥ずかしかったのでしょう。ご無礼、お許しいただきたい」
「気にしていませんわ。それに、たまにはこんな日があってもよろしいのではなくて?」
「寛大な気遣い、感謝いたします」
深々と頭を下げる。
「礼には及びませんわ。お茶会、楽しみにしていますわ」
そこでふと思い出す。
「そういえば、小耳に挟んだのですが、兄ガウェインがこの祭りに参加しているとか。会う事があれば思い出話の一つや二つ、出来れば嬉しいものですな」
「……それには『無事に帰ってこられたら』という条件がつきますわ」
「何か仰られましたか?」
「いえ……」
ラズィーヤの企画したものが無事に済むはずないと、イングリットは過去を懐かしむガウェインを不憫に感じた。
「豪華な食事が用意されているわね」
「ちゃんとした衣装を着てひな祭りをするなんて、なんかわくわくしますね、緋菜」
羽切 緋菜(はぎり・ひな)と羽切 碧葉(はぎり・あおば)、二人とも借しだされている和服に身を包んでいる。
着替える前、「怪我をしていなければいいですけど……」と川上を気にしていた碧葉だったが、今となってはどこ吹く風。
「まあ、なるようになるでしょ。そんなことより、ひな祭りを楽しみましょうよ」
「そうですね」
緋菜の台詞で意識はひな祭りへと切り替わったのだ。相変わらず他人の言葉を鵜呑みにして流されやすいというか、ここまで切り替えが早いとそれはある種の特技だと思う。
「和服、ないけど大丈夫かしら……?」
そこに蒼空学園の制服姿でやってきた奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)。着物姿で楽しむ人たちの中へ入ると、場違いな気がしてしまう。
「あくまで推奨ってだけだから、気にしなくていいと思うわ」
気さくに声をかける緋菜と碧葉。
「気になるようでしたら、借りてこられてはいかがです?」
「お財布の事情で、それは……」
「あちらなら無料で貸し出してくれてますよ?」
「本当?」
「ええ」
「それじゃあ、借りてこようかな」
沙夢が更衣室へ向かうと、ネコが二匹、とことこ付いていく。
「かわいいわね」
「和みますね」
二人、微笑が花開く。
「それじゃ、料理を堪能しましょう」
それでもマイペースを崩さない緋菜。
「ひな祭りの豪華な食事といえばこれよね」
絢爛に盛り付けされたチラシ寿司を小分けにして碧葉に渡す。
「ありがとう」
「他にも菱餅、雛あられもあるわよ」
「ひなあられ? 美味しそう!」
お菓子の名前を聞いて、元気に食い付く雲入 弥狐(くもいり・みこ)。八重歯と目が輝き、このままだと涎まで光ってしまいそうだ。
「慌てなくても、たくさんあるわよ」
「わーい! ありがとー!」
差し出すと大喜び。尻尾と耳がピコピコ動く。
「かわいいわね……」
「和みますね……」
二人、衝動に駆られる。
「ごめんなさい、撫でないでやってもらえますか?」
着替えを終えた沙夢が戻ってくる。
「わあ、とても似合ってますね」
「そう……かな」
碧葉に褒められ、恥ずかしさで頬を染めた。
「でも、どうして撫でては駄目なの?」
一心不乱、雛あられに没頭する弥弧を眺め、疑問を口にする緋菜、
「弥弧は頭を撫でられるのが苦手なんです」
「そうなの……残念だわ」
それなら仕方ないか、と落胆する。
「まあまあ、肩を落とさないで。一杯どう?」
そこに西村 鈴(にしむら・りん)が白酒を勧める。既に自分は飲んでいるのか、頬が少し赤らんでいて色っぽい。
「それじゃ、お言葉に甘えて。でも、碧葉はお酒飲んじゃ駄目よ。あんたは危険そうだもの」
緋菜は受け取ると、下戸な碧葉に一応注意しておく。
「大丈夫ですよ。私は桃のジュースをいただきます」
コップを示す。
「お、早いね! それじゃ、乾杯よ!」
自分用に用意した桃花酒を掲げ、早速音頭を取る鈴。飲み干すと自分で注ぎ足す。
「そんなに飲んで大丈夫?」
「だいじょうぶだいじょぶ、これくらいじゃ酔わないからー」
沙夢の質問に返ってきたのは酔っ払いがよく言う台詞。でも暴れそうな気配はなく、まあいっかと沙夢は白酒を一口含む。
「おいしいわ」
「食事もまだまだあります。のんびりしましょう」
「あたし、次は菱餅を食べたいな!」
サッと出される二つの菱餅。
「わーい!」
「やっぱり……」
「いい毛並みね……」
「見てたのは尻尾だったのね」
打ち解け始めた雰囲気。
彼女たちはのんびりとしたひな祭りを過ごしだした。
お酒を飲めば酔いが回り、普段は見せない一面をさらけ出したりもする。
大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)と鮎川 望美(あゆかわ・のぞみ)の二人は先ほどから論争を繰り広げていた。
「あたしが言いたいのは、お兄ちゃんの嗜好はコスプレに通じるものがあると思うのよ!」
「いったいどこがでありますか?」
「特撮や時代劇、ミリタリーなら戦闘ものと思えるけれど、そこにゴスロリやメイドがはいってくるとなると、どう考えても衣装に目が言っているとしか思えないわ!」
桃花酒入りのコップを盛った手で机を叩き、
「だけど、どうしてそこに巫女服がないのよ!」
あらん限り叫んだ。
今日は日本のお祭り。剛太郎の嗜好には和装が含まれて居なかった。
「嫌いではないが……ちょっと声が大きいであります」
何とか理性を保っている剛太郎が抑止をかける。しかし、望美は止まらない。
「巫女服着たのに! お兄ちゃん何も言わないわ! だったら脱ぐ!」
酩酊状態に陥っていた。
「ここで脱ぐのはまずいであります!」
後ろから羽交い絞めを試みるが、暴れて中々うまくいかない。
「別に無理矢理飾り立てることもあるまいに。どうしたって、おまえさんはおまえさんさ……それくらい言ってくれてもいいのに!」
「いったい何のアニメでありますか!」
台詞を吐き、あまつさえそのオープニングまで歌いだす始末。
「ああ、ロボットアニメでありますか……」
そうしてしばらくもみ合う内、望美はしおらしくなる。
「ふう、何とか落ち着いたでありま――」
視線が一点に釘付け。
帯びに手を掛け、暴れたことではだけ始めた着物。しかも後ろからだと、望美の主張的な胸元がさらなる主張を見せる。
「……これは、衣服を正すだけであります!」
剛太郎も理性が緩んできたらしい。自分自身に言い訳をし、襟に手を伸ばす。
途端に望美の姿勢が崩れた。慌てて支え直す。
「何事でありますか!?」
「すぅー、すぅー」
どうやら寝入り始めて力が抜けたらしい。
「仕方ないであります」
気のそがれた剛太郎は望美を支えつつもその場に胡坐をかいて座ると、起こさないよう頭を腿に乗せる。
「うぅーん」
心地よさげに寝息を立て、剛太郎の着物の裾を握る望美。
そのまま杯に酒を注ぎ一杯。肴は寝顔。
「逆な気がするけれど、これはこれでいいのであります」
会場は花だけでなく、桃に染まってきていた。
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