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優雅と激流のひな祭り

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優雅と激流のひな祭り

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第四章 『百合園記念撮影』


 会場は宴もたけなわ。
 酔っ払いもどんどん出てきている。
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)も開始から飲み始め、かなり酔いが回っている様子だ。
「あらあら、窮屈そうですわ」
「やん、お姉様」
 標的にされたのは冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)。和装の隙間から手を入れられ、押さえつけられた胸を揉まれている。
「こんなにされて、形も大きさも申し分ありませんのに」
「あっ、ちょっ、ダメですわ」
「谷間もしっかりできていて、本当に羨ましいですわ」
 寄せてみると、大きな窪みが出来上がる。
「さよちゃんのおむね、おさけがはいりそーだねー」
「あら、それは名案ね。さあ、杯を作りなさい」
 亜璃珠は小夜子の着物をはだけて命令する。
「こ、こうすればいいのですか?」
 桃花酒(アルコールに似た飲み物)のせいか、小夜子も気分が高揚して乗り気だ。自分で更に胸元を緩め、両腕を使って寄せる。
「もうちょっと上げてみなさい」
「こう、ですか?」
 出来上がった窪みにアルコリアが桃花酒を注ぐ。
「あはは、たくさんはいるよー」
「それを私が」
 口付け、すする。
「あっ、やんっ」
「少し飲み辛いですわね」
 いっそう顔を近づける。
 時折当たる亜璃珠の唇が刺激を生み、小夜子から湿っぽい吐息が漏れ出す。
「んっ、はんっ、だめっ」
 二人はその行為に夢中。それをいいことに、アルコリアは別行動。
「ふー、ひとのスカートのなかでのむさけはかくべつだ」
 亜璃珠のスカートの中に潜り込んでいた。
 そして響く一際高い嬌声。
「あ、ああっ!」
「いいお酒でしたわ」
 口なめずりする亜璃珠。最後の一滴を舐め取ったからだった。
「さあ、もう一杯いきますわ」
「いや、もう、ボクの予想は当っちゃったよね」
「すごいことになっちゃってるね」
 桐生 円(きりゅう・まどか)七瀬 歩(ななせ・あゆむ)。目の当たりにした亜璃珠たちの行動に、不安が現実になっていることを思い知った。
「まどかちゃんと、あゆむちゃんだー!」
 ひょっこりスカートから顔を出したアルコリア。その視界に入ったのが運の尽きだった。
「まどかちゃーん、ピーマンいるー?」
 片手に緑黄色野菜を持って近寄ってくる。
「えっ、いらないよ!?」
「『たんたんめん』や『えびちり』もあるよー?」
 テーブルに置かれた中華料理。
「だから、いらないよ!? って、どうしてあるのよ!?」
「アルちゃんがよういしたの。えらいでしょ?」
 胸を張るアルコリア。
「どう考えても、場違いとしか思えないよ」
「まどかちゃん、しょくざいをむだにしちゃだめだぞ? もったいないおばけがでるんだよ」
「勝手に用意したのはアルちゃんでしょう……」
「アルちゃんすきなのでもんだいないよー」
「ボクは苦手なのっ!」
「えーんっ、あゆむちゃん。まどかちゃんがたべてくれないのー!」
 歩に抱きつく。嘘泣きなのは明らかなのだが、性格的に強く出れないでいる。
「えっと、どうしましょ……」
「あゆむぎゅー」
「今日はひな祭りだよ? チラシ寿司や菱餅を食べて、お祝いする日なの」
「わかってるよー。でも、まどかちゃんのためにつくってあげたかったんだもん!」
「そう言われちゃうと……」
 困り果て、助けを求めて円を見る。
「うぅ、わかったよ! 食べるからっ!」
「円ちゃん、ごめんね」
「あゆむちゃんはまどかちゃんをおとしいれるあくじょでした、まる」
「そんな気はまったくないよぅ」
 歩は不本意な汚名を着せられた。
 これ以上関ると、もっとひどい有様になると予感した円は二人に背を向け、料理と対峙する。
「はぁ、お酒って怖いね……」
 苦手なものを目の前にして、ため息をつく円。
「はぁ」
 その隣にやってきて、こちらもため息をつく。
「あれ、ありす?」
「円、ごめんなさいね」
「え? 何? どゆこと?」
 突然受けた謝罪。
「たくさん迷惑掛けて……嫌なら嫌って言っていいのよ? 私も、悪いかな、とは思ってるし……」
「ちょっ? これ、ドッキリ?」
 普段、まったくこんなことを言わない亜璃珠。しかも、妙に気弱な感じをかもし出している。
「ごめんなさいね。やりたい放題やってからこんな事言ってもずるいだけよね……」
「ありす、しおらしすぎて逆に怖いよ?」
「まあ、その、仕返しって言うなら、好きにしても……」
「いじらしいお姉様……新鮮ですわ」
 それを聞きつけやって来た小夜子は状況に頬を染める。
「さあ、かわいいお姉様。お酒ですわよ」
 酒を口に含み、亜璃珠の頬を両手で包む。
「シャッターチャンス!」
 森田 美奈子(もりた・みなこ)が興奮を隠しもせず、カメラを向ける。
「さあ! やっちゃって!」
 観客が居たとしてもお構いなしの小夜子。濃厚な口付けを開始。
「くちゅ、はぁ、んっ!」
「まさに百合園! 私としたことが、ボタンを押す指の震えが止まりません!」
 大好物を前にして、美奈子のテンションは最高潮。カシャッカシャッと高速のシャッター音と、色っぽい声が鳴りわたる。
「美奈子はとても楽しそうですわね」
 コルネリア・バンデグリフト(こるねりあ・ばんでぐりふと)は、「でも……」とアイリーン・ガリソン(あいりーん・がりそん)に尋ねる。
「さっきから喘ぐような声が聞こえるのですけど、どなたか具合が悪いのでは? アイリーンで隠れていてよく見えませんの」
「いえ、問題ありませんよ」
 美奈子と違っていたってノーマルなコルネリア。小夜子たちの情事は悪影響を及ぼしかねない。不適切な場面は見せないよう、自分自身を壁にして立つアイリーン。
「お嬢様、雛あられや桃のジュースなどをご用意してあります。そちらを召し上がってはいかがです?」
「そうですね。ひな祭りですからね」
 注意を食事に逸らし、美奈子を見やる。
「これ以上、変な性癖に目覚めてもらっては困りますね……」
 コルネリアの情操教育上良くないと感じるアイリーンだが、
「なになに、ちゅーなの? おしたおすの? ゆうべはおたのしみなの?」
 アルコリアもやってきて、事態は騒がしさが増す。
「ちゅー? 押し倒す? お楽しみ?」
 これはまずい。またもやコルネリアの意識が二人の下へ向く。
 そう思っても、一人の力では抑止することができないでいるアイリーン。
「そうだ、記念撮影だよ!」
 助け舟は、円の勢い良く言い放った台詞だった。
 宴会が始まってから、結構の時間が経っている。
「早く行かなきゃ、雛下りの人たちが戻ってきて、ひな壇が使えなくなっちゃうよ!」
 確かにその通りなのだが、そこには苦手な食事から逃げたい感情も含まれていたのは間違いない。
「あら、それは仕方ないですね」
「撮影……せめて身だしなみを整えませんと……」
 口を放す小夜子と亜璃珠。
 事なきを得たアイリーンだったが、
「着替え! ふふふ、またいいロケーションが出来るわ!」
 美奈子は暴走しだしている。
「成長途中の可愛さと美しさ。甘美の肢体。全部、私のメモリーへ保存してあげるわ!」
 まだまだ気苦労は絶えない。
「これは後でメモリーを消去しておく必要があるわね」


 アルコリアから開放され、成り行きを見守っていた歩。このまま撮影を美奈子だけには任せていられないと悟った歩は、一足先に撮影してくれる人を探しに出た。
 そしてすぐに目に付いたのは機材の数々。
 三脚にカメラは言わずもがな、照明にレフ版まで本格的なものまで揃っている。
「すいません」
 そこで調整をしていた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)に声を掛け、頼もうとするが、
「記念写真代行だね? いいよ」
 逆に買って出る正悟。
「ありがとうございます」
「いいって。そのためのバイトで来てるんだし」
 一を言われる前に十を行う。これまもうバイトの鑑と言っても過言ではない。
「でも、先に予約が入っているから、少し待ってもらる?」
「それくらい構いませんよ。皆、着替えているところなので」
「君は着替えなくていいの?」
「あ、そうでした!」
 更衣室へ戻っていく。
 それと入れ替わりで出てきたのは右大臣姿の大岡 永谷(おおおか・とと)。その後ろには五人囃子のレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)もいる。
「来たみたいだね」
 正悟は三人をカメラの前へと誘導し、撮影の際の注意事項などを説明する。
「それで、撮影は個人でいいのかな?」
 最後は誰と撮るかだった。
「ねえキミ、ボク達と一緒に撮らない?」
「俺か?」
 レキは永谷に話しかける。
「うん。やっぱり記念撮影だし、人は多いほうが嬉しいよね」
「そうだな、俺もそう思う。一緒に撮ろうぜ」
 交渉成立。
「それじゃ、撮るよ」
「はーい」
「はい、チーズ!」
 三人、同じ写真に収まる。
「もう一枚いくよ」
 そこで、ふと、ミアが言い出した。
「気になっていたのだが、よいのか? その格好で」
「どこか変か?」
 袖や襟、帯を確認する永谷。
「いや、そうではないのじゃ。おぬし、女性じゃろう?」
「よくわかったな」
「なに、わらわの目を誤魔化せるはずなどなかろうて」
 得意げに頷くミア。その事実を知って、レキは提案をしてみる。
「そっか、女の子か。それなら、お雛様の格好でもいいんじゃない?」
「そういうレキたちも男装だろ?」
 レキは太鼓、ミアは笛を持つ囃子姿。
「去年は三人官女をやったからね。今年は違うものをってことで」
「ふーん……だけど、男顔の俺がやっても様にならないだろ?」
「そんなことないじゃろ。女性たるもの、いついかなるときも美しく、可愛らしく。顔など気にしなくていいのじゃ」
「そうそう、自分がしたい格好をする、それが大事だよ。なんせ、ひな祭り。女の子が着飾って、悪いことなんて一つもないよ」
「見てくれなぞ気にせんでええのじゃ。例え、象徴の一部が小さかったとしてもじゃ」
「どうしてそこでボクを見るかな?」
 和服に押さえられているが、それでも解ってしまうレキの胸。対してミアは、言うまでもない。
「うぅ、この差は一体なんじゃ……」
 女性の性。嫉妬が隠せないミアだった。
「だけど、言われてみればそうだな」
 外見が男だから男の格好をしなければならないなど、誰が決めたのか。
「俺は見た目が男だからと、変に拘っていたみたいだ」
 永谷は二人の言葉に触発されたみたいだ。
「着替えて女の子っぽくなってみるか」
「話はまとまったかな?」
 タイミングよく、正悟が声を掛ける。
「ごめんね、ちょっと着替えてくる」
 顔の前で手を合わせ、片目をつぶる。
「別にいいよ。待ってるから行っておいでよ」
「それじゃいくのじゃ! 『ぼんっ、きゅっ、ばーん!』だけが女の魅力ではないことを教えてやるぞえ!」
「どの服に着替えるか……」
「それを選ぶのも、女の子の楽しみだよ」
 勇んで歩みだすミアに、二人は付いていく。
「さてと、俺は戻ってくるまで調整、調整」
 そこに立ち寄る影。
「あら、記念撮影の代行がありますわ」
「えっ? あっ、美緒さん!?」
 泉 美緒(いずみ・みお)が淡い桃色の着物で現れた。その途端、言動が一変。
「どうして、突然、よりも……やった、会えた……じゃなくて、いい天気ですね!」
 今まで冷静に対応してきた正悟だが、しどろもどろになり、出てきた言葉は天気の話題。
 こうなってしまったのも、以前に告白をしたことが原因だ。振られたわけではないが、どうしても微妙な態度を取ってしまう。そして、その気持ちは今も……。
 対して美緒はいつも通りのほわわん具合。
「ええ、いい天気に恵まれて、楽しいひな祭りですわ」
 空を見上げ、楽しげに笑みを浮かべる。
 可憐な姿に息を飲む正悟。そんなものを見せられては以前よりも想いは募る。
 今度こそは、と頭をフル動因。
「美緒さんはその、『桃の花』みたい、ですね!」
 懇親の台詞を吐く。
 だが、美緒は小首を傾げるだけ。
「えっと、あのですね……」
 そこで何か思い当たったのか、美緒は「ああ」と紡ぐ。
「わたくしの髪の色を言っているんですの?」
 咲き誇る桃を見る。
「確かに、似ていますわね。ふふふ、そんな風に言ってくれた方は初めてですわ。ありがとう」
 どうやら、勘違いされたらしい。
「えっと、違うんだ。俺が言いたいのは――」
「やっと、ゴールだよ!」
 言い出しそうとした瞬間、激流下りから帰ってきた面々が合流してきた。
「皆さん、帰ってきましたわね。わたくしはこれで失礼しますわ」
「あ……」
「写真撮影、頑張ってくださいね」
 去っていく美緒。見送るしかない正悟。
 人が花を送るとき、言葉も一緒に送られる。桃の花言葉。『あなたに夢中』
 それを伝えたかったのに、
「伝えられなかったなぁ……」
 溜息が漏れる。
 そんなことなど露知らず、更衣室から聞こえてくる声。
「ってミア、何するのさ!?」
「よいではないか、よいではないか!」
「あーれー!」
「慣れた巫女服なら、少しは女の子らしく見えるよな」
「あなた、男性? ……失礼しました。お嬢様のことで少々頭が一杯になっておりました。申し訳ございません」
「アイリーン、あのくるくる回っているのは新しい美容健康法か何かですかね?」
「おー、亜璃珠さん、偉い人みたい。えーっと、お局様でしたっけ?」
「あゆむちゃんは、やっぱりあくじょだねー」
「うう、ちゃんとお色直ししませんと……」
「お姉様、十分美しいですわですわ」
「そうそう。だから早く元に戻って。恐ろしいから」
「ビバッ、ひな祭り!」
 混沌としている部屋からまずは誰が出てくるのか。
「とりあえず、彼女たちを撮るのが俺の仕事だからな。それを終わらせてから考えよう」
 微妙な心持のはずなのに、仕事はちゃんとこなそうとする正悟。
 本当に、バイトにしておくには勿体無い人材だ。