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サクラ前線異状アリ?

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サクラ前線異状アリ?

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 桜は散ってしまった。

 西に陽が傾き始める頃、花びらが吹雪のように舞い始めた。
 そして小一時間も保たずにすべての花は消え失せ、やがて花の散った木の姿も、幻のように消えてしまった。
 いや、実際に幻だったのだから、仕方がない。
 どんちゃん騒ぎをしたいた面々もようやく落ち着きを取り戻し、祭の名残を惜しむように片付けを始めている。

 そんな殺風景な丘の上に残った宴の後を、レニはぼんやりと眺めていた。

 屈辱だ、このような辱めを受ける謂れはない、と騒いだ結果、艶かしい化粧だけは落としたものの……何故か、【桜吹雪の着物】に桜の羽衣まで纏っている。
 夕暮れが近づいたせいか、吹き抜ける風も冷たい。

「……レニくん」
 ひとり空を見上げて立っている姿がやけに寂しげに見えて、桐生理知はそっと名を呼んだ。
 レニが黙って振り返る。
 微かに揺れたその黒髪から、今日の名残のような花びらが一枚、ひらりと散った。
「桜。散っちゃったね」
 ふ、とレニが微笑んだ。
「紛い物の桜でも、散ってしまえば寂しいものだな」
 照れたり、怒ったり、凹んだりと忙しかったレニの、初めて見る表情に、理知はちょっと胸を突かれるような気持ちになる。
 うん……やっぱり、持って来てよかった。
 心の中で頷いて、理知は微笑んだ。
「あのね、レニくん……迷ってたんだけど、私からもプレゼントがあるの」
 レニが不思議そうに首を傾げる。
「誕生祝いなら、もう十分だぞ。無理をするな」
「そうじゃなくて」
 こんな言い方も初めてだな、と思いながら、理知はかぶりを振った。
「ええとね、私、翔くんに、この島に桜の木が無いって聞いたから、本物の木を植えたいなって思ったの。だけど大きな桜の木があったから……」
 背中に回していた手を、レニに差し出す。
 30センチばかりの小さな桜の苗木が、理知の両手の上にちょこんと載っていた。
「……これが、桜か」
 初めて目にする「本物」の桜に、レニは少し感慨深げに呟いた。
「ずいぶん、小さいのだな」
 理知が笑う。
「苗木だから、今はね。でも、大きくなるわ」
 それから丘の上に目をやって、
「これを、あそこに植えましょう。それで、また来年の今日、ここでお花見をしない?」
「……え?」
 意味がわからないと言うように、レニが目を瞬かせた。
「来年も、きっとまだ小さいわね。だから、再来年も、その次も……」
 レニは答えず、桜の苗木を見つめている。
 細い枝にいくつか、精一杯という様子で花が揺れている。
「ななも、参加します!」
 黙って二人の様子を見ていた青井場ななが、ぴしっと挙手をして言った。
「予約、お願いしますっ」
 それをきっかけに、争うように予約申請の声が上がる。
「来年の、今日……」
 レニがつぶやく。
 もちろんそれは、レニの誕生日ということだ。
 じっと、苗木を見つめる。
「きっと、毎年大きくなるわ」
 理知が言った。
「うふ、なんかこの桜……レニくんみたいね」

 レニが真っ赤になった。

 我に返ったように顔を上げ、理知を見る。
 それから、周囲を見回す。

 いっそう赤くなったレニは、何故か怒ったように言った。

「ぼ、ボクは、こんな桜になんか興味ないっ」
 言った瞬間、理知の顔が悲し気に曇るのを見て、レニは慌てて向いて続けた。
「だが、お前たちには迷惑をかけたし……ど、どうしてもと言うなら、参加してやらんでもないっ」