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亡き城主のための叙事詩 後編

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亡き城主のための叙事詩 後編

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 十五章 愚か者の本音

 刻命城、城外。
 二人の契約者が愚者を探して走っていた。

「そろそろこの物語も終盤に差し掛かってきたみたいね〜。
 こっちの方も真相を突き詰めないとぉ。その為にももう一回愚者さんに会わなくちゃか〜」

 ゆっくりとした口調でそう言うのは、師王 アスカ(しおう・あすか)
 彼女は先ほどの愚者との問答を思い出し、少しばかり頬を膨らめながら呟いた。

「まったく、逃げるように消えなくてもいいのにぃ……。もう傍観者の仮面をつけさせるわけにはいかないわね〜」

 そんなアスカに後ろからついて行くルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)は考えていた。

(アスカが最後に言った言葉で垣間見えた愚者の動揺……もしかして彼は……)

 ルーツは少しばかり首を左右に振り、その考えを脳裏から追い払う。

(だがまだアスカの推理の一部に過ぎない。
 確証を得る為にもあと少し情報を手に入れる必要がありそうだ。……今度は違う質問を彼に投げかけてみるか)

 やがて二人は、フローラの部屋を見つめる愚者を見つけた。

 ――――――――――

 刻命城、城外。フローラの部屋が良く見える場所。
 彼は変わらず傍観を続けていた。城内の五人の従士は既に敗れ、フローラとの戦いも既に終盤に差し掛かっている。

(そろそろ、終わりでしょうか。さて、この劇の結末は一体どうなることやら)

 愚者はそう思いながら、フローラの部屋に注視する。
 フローラは必死に戦っていた。ぼろぼろの身体を酷使して、整った顔は血だらけにして、抑えきれぬ感情を吐露しながら。
 愚者は何とも言えない表情で、フローラを注視していた。

「気づけばアンタの真後ろに──……よぅ、瀬山裕輝やで」

 愚者の背後、まるで霧のように突然現れた瀬山 裕輝(せやま・ひろき)は不意に声をかけた。

「……おおっと、いきなり現れるとは心臓に悪い。
 貴方様は先ほど正義の従士様と戦われていたお方ですね。どういたしました、戦いには参加しないのですか?」

 愚者は平静を装い、振り返り問いかけた。
 彼を見た裕輝はにやにやと意地悪そうな笑みを浮かべて、返事をする。

「いやぁ、アンタに似た匂いを感じて。一度話してみたかったや」
「そうですか。ですが……いまさら、私と話すことなど、」
「いやいやいやいや、あるやないの。例えば、そうやな……愚者についてとかどうや?」

 愚者の微笑を浮かべながら、夜のような目で裕輝を見据える。

「私について、ですか? それは、私の目的を知りたい、ということでしょうか?
 散々話しましたが、私の目的はただ刻命城を傍観すること――」
「いいや、ちゃうちゃう。オレはアンタの目的なんてどうでもいいんや」
「……では、なぜ私についてなど?」
「言ったやろ? アンタとは同じ匂いを感じたんやって。
 物事を、この刻命城の昔話を、否定したあて堪らん。否定人間の匂いが」

 裕輝の意味深な物言いに、愚者の微笑が僅かに消えた。
 裕輝はそれに構わず、言葉を言い放とうと口を開いたが、自分達に迫る二つの気配を感じて、片手を自分の頭に当て残念そうな表情をした。

「あちゃー、タイムアップか。
 物語の終わりがもうすぐそこまで来てる。もっと早くに来たらよかったなぁ」
「物語の終わり? ……フローラ様と魔剣はまだ、健在ですが?」
「あー、そっちとはちゃうよ。オレが言ってる物語の終わり、いや真実、本音といったほうが正しいかな。それはなぁ――」

 裕輝は愚者のように黒い双眸で、彼を見つめながら言葉を紡ぐ。

「百年以上、どこを彷徨っとたかも分からん。一人の愚か者のことや。ほなな」

 意味深なその言葉を残して、裕輝は踵を返し、その場から去っていく。
 代わりに愚者のもとへとやってきたのは、アスカとルーツだ。

「……貴方様方、ですか」

 愚者は二人を見て、苦笑いを浮かべた。
 それはこの二人――特にアスカが自らの隠していることに最も近づいている役者だと感じたからだった。
 二人のなかでまずはルーツが足を一歩踏み出して、愚者に問いかける。

「何度も質問して済まないが、二つ聞きたいことがある。
 まず一つは愚者……前回の答えを聞きたい。何故、契約者をこの舞台の役者として選んだのだ?
 我は焦って貴方の本当の目的まで同時に聞こうとしてしまったから、求めていた答えを逸らしてしまった。できたら教えてほしい」

 愚者の顔から気味の悪い微笑が一瞬、消えた。
 それを見逃さなかったアスカは、自分の推理が間違っていない確証を得て、何も答えない愚者に追い打ちをかけるように問いかけた。

「本当の目的はこの戦いという劇を見届ける事じゃないのよねぇ? この刻命城の人達を「城主」という呪縛から解放させたい。
 ……違ってるかしら〜。何らかの理由で自分にはできない、だから私達を呼んだぁ。
 契約者ならこの刻命城の幻影を良くも悪くも終わらせる可能性があると思ったんじゃない?」

(なぜ、それを……)

 愚者の顔が誰にでも分かるように強張り、戸惑いの色を含む瞳がアスカを見た。
 アスカは構わず、自分の推測を愚者に告げていく。

「魔剣は使用した人の心を救うというもう一つの伝承〜そしてその使用方法ぉ。本当は人を生き返らせて心を救うものじゃない。
 ……画家としての勘だけど、その生き返らせたい人に関しての記憶を「消す」、又はそういった「幻を見せる」ことで心を救う魔剣なんじゃないのかしらぁ」

(!?)

 愚者は驚愕で大きく目を見開けた。
 それを見たアスカは不敵な笑みを浮かべ、止めの一言を呟く。

「……もういい加減に本音を見せてお互いスッキリさせましょうよ〜。愚者さん、いいえ……刻命城の城主さん」