リアクション
風に乗って街の方から12時を告げる鐘が響いてくるなか。 * * * 礼拝堂の祭壇の前で。 (うう〜……緊張するなぁ……) 月谷 要(つきたに・かなめ)はタキシード姿で立っていた。 彼の周囲では数十人の召使いたちが走り回っていて、花を飾ったり布を飾ったり、忙しそうに立ち働いている。皆、奥宮の召使いたちだ。奥宮で働く彼らはもともと優秀である上、先日領主の婚儀を執り行った経験もあって、その動きは迅速だった。みるみるうちに式場は美しく、豪華に仕立てられていく。 しかし今の要の耳にも目にも、そんなものは入ってこない。 今、彼の神経はのど元に集中していた。苦しい、息がしづらい、ネクタイを引っ張って緩めたい。 「おっとっと。だめだぞ、親父。せっかくの衣装がだいなしになるからな」 心中を読み取ったように、八斗が笑った。彼は普段着から制服に着替えている。制服は学生の礼服。いつもの格好なので全然気楽だ。 「ここに鏡ないし。俺は直してやんないぞ」 その生意気な口調に、しかし今の要には返す余裕がなかった。 こんなこと初めてだし、なんか思ったより全然すごい人いっぱいいるし、えらく豪勢になってるし。彼が緊張する要因はいくらもあるのだが、なかでも一番なのは、悠美香が現れないかもしれないということだった。 この結婚式、ほとんどサプライズに近い。彼女にはここに来るまで何も教えなかったのだから。 (八斗は、ちゃんとルーさんと一緒に準備してるようなこと言ってたけどさ) 計画していた自分ですらこんなに心臓バクバクなのだ。何も知らされていなかった彼女がパニック起こして逃げたとしても責められない。 そんな要を、ぽん、と八斗がたたく。 「まあまあ親父。もうちょっと気楽にしろよ。ほら、深呼吸して。今にも倒れそうになってるぞ」 「……おまえ、ずい分楽しそうだな」 「えっ? そ、そんなことないよっ」 こほ、と空咳をしてごまかす。でもズバリそう。 だっていよいよ自分が誕生するフラグに至る道に運命が流れ出したと思うと、これが浮かれずにおれようか。 (特にこの前の敵の襲撃で今はそれどころじゃないって流れになったときは、俺が来たからってここまで運命って変わるの?? とかあせっちゃったもんね) 「あ、そーだ。親父、ルー姉が「明日は赤飯炊いてやる」って」 瞬間、ブッッと要が吹き出した。 気管に入ったか、そのままゲホガホゴホッとむせこんでいる。八斗には「?」だ。ルーフェリアは「俺の誕生フラグが立った ♪ 」と喜ぶ八斗を見て「じゃあ赤飯炊いてやるか?」と茶化して言ったのだが。そのやりとりを知らない要にしてみれば、まぁこうなるのはあたりまえか。 「お、おま……っ、それ――」 ようやく声が出せるようになった要の耳に、厳粛な音楽が聞こえ始めた。 気付けばいつの間にか祭壇には女神官が神官補佐と立っていて、みんな信徒席に着席している。 12騎士が剣のアーチを作ると同時に扉が引き開けられ、悠美香とネイト・タイフォンが姿を現した。 (まさか、こんなことになるなんて) 父親役を務めるネイトに手を預け、ゆっくり、一歩ずつ祭壇へ近付く間、悠美香は伏せ目がちに今までの日々を思い出していた。 (初めて会ったときどころか契約したときにもまさかこんな風になるとは思ってもいなかったけれど……ある意味、必然だったとも言えるのかしら?) 要は、横にいるのがとても自然に思える人。触れて、伝わってくるそのぬくもりに安心できて……。 ネイトが立ち止まり、彼女の手が要に渡される。 面映ゆそうに笑んでいる、要もきっと同じ。こうして手を重ね合わせて、互いのぬくもりが溶け合ってひとつになっているのを感じるだけで、うれしい。 2人は式の間じゅう、互いの手を放さなかった。 取り合った手に、女神官が祝福の聖水を垂らす。いついかなる時も、この手が離れることがないように。 とりすました顔で歩み寄ってきた八斗が差し出したクッションの上に乗った指輪を、見つめ合いながら互いの指にはめる。 (そうね、ルーさん。これは本物の誓いだわ) 「良き時も悪しき時も、富める時も貧しき時も、病める時もすこやかなる時も、死が二人を分かつまでともに歩み、愛を誓い、互いを想い、互いに添うことを誓いますか?」 「「誓います」」 剣のアーチをくぐり抜け、外に出た2人を待っていたのは、フラワーシャワーだった。 桜が前もって用意して、式の前に配っていた物だ。 フラワーシャワーと聞けば、おそらく100人が100人、空からひらひらと舞い落ちる花や花びらの雨を想像するだろう。風に舞い散る花。周囲に香るほのかなフレグランス。 しかしこれはそんなに甘くない。 「古来より地球では、花婿さんが伴侶を守れるたくましい方になれるよう、花婿さんには力一杯投げつけるのが良いのですよ ♪ 」 ここが東カナンで、だれもそんな慣習知らないことをいいことに、桜はあることないこと吹き込んだ。おかげで十数人の召使いたちは力いっぱい花(しかも造花)を投げつける。 もちろん、式に参加した全員もだ。 そんな慣習どの国にもないだろ、とだれ1人ツッコミを入れる者はなく、ニヤニヤ笑ってめいっぱい花を投げつけた。 なぜか八斗も。 「リア充は末永く爆発しちゃえ〜 ♪ 」 「……うぷぷぷぷっ!!」 「要!?」 驚く悠美香の前で要が集中砲火を浴びる。 「いてっ! いてえっ!! だれだ!? 種モミぶつけてんのは!?」 花に混じってぶつけられた(というかエアーガンで撃たれた)種モミに押されて後ろによろめいた要を、さらに12騎士による全力の花投げが襲う。前後からはさみ討ちで、全く容赦がない。 しかもこれ、全員が全員ナイスコントロールとはいえないので、となりの悠美香にもとばっちりがきた。 「……ちくしょう! 行くよ、悠美香ちゃん!」 悠美香まで巻き添えをくっているのを見て、彼女の手をとるやいなや要は中央突破をかけた。 笑顔で道を開ける人々の前を、2人は走り抜ける。 「……なんつー結婚式だ」 そう思うのに、ふつふつと笑いがこみ上げて。どちらともなく笑い出す。 2人は笑って、笑って、手をつないだまま駆けて行った。 背中で祝福の声と拍手を聞きながら。 |
||