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コンちゃんと私

リアクション

 
 レキたちと入れ違いに二回に駆け上がって来たキルラス・ケイ(きるらす・けい)は、ミュージアムの中に踏みとどまるつもりでいた。
 どういう訳かネバネバも本体も、ゲートから奥へ、建物の入り口から中へ……奥へ奥へと移動する傾向が見える。
 ここで踏みとどまって相手をしていれば、一般客の避難までの時間稼ぎができる筈だと考えたのだ。
 その後、自分はどうするのかは……「まあ、なんとかするさぁ」ということらしい。 
 時間を稼ぐため、光条兵器のライフルでネバネバを焼き払って足止めをしながら後退していたが、思いの外足が速い。
 長い直線の廊下の半ばまで退がり、ケイは肩越しに奥を見た。
 突き当たりで廊下は直角に曲がって、その先ではまだレキたちの気配がしている。
「くっそ〜、これ以上後退は……」
 迷ったが、やはりこの場所に留まるのは得策でない。ネバネバに向き直り光条兵器を放った。そして立ち上る黒煙を背に、廊下を駆け抜けた。
 その眼前に、『タコヤキファクトリー』というプレートの掛かった鉄の扉。その先には廊下に沿って一面に大きなガラス窓が並んでいる。
「こいつは……」
 窓の中は、巨大なたこ焼き工場だった。
 粉を入れ、水、薬味、タコのぶつ切り、油。その他、変わり種用の見たことも無い謎の食材が並び、その奥には何ラインもの製造に耐えうるシステムがずらりと並んでいた。
 ……ここに、ヤツを誘い込めたら。
 中は無人だ。しかも一、二階ぶち抜きの構造で、かなりのスペースがある。
 下手を打てば、自分が逃げ道を失うことになるが……いや、脱出口はある。問題ない。
 素早く内部を見回してそう判断すると、意を決してドアのノブに手を掛けて力を込めた。
 肩越しに振り返ると、消し炭の塊を乗り越えたネバネバが、奔流のようにこちらに向かってくるのが見える。
「くそっ」
 銃床をノブに叩き付けて鍵を壊した。妙に丈夫な鍵は、力一杯に三回叩き付けて、やっと壊れた。ドアを蹴り開けようと身構えたとき、背後から鋭い声が飛んだ。

「何をしているっ、たこ焼きに食われたいのか!」

「はぁ?」
 すっ頓狂な声を上げて振り返ったケイは、まさにその瞬間ケイをひと飲みにしようとその空間いっぱいに質量を広げていたネバネバが、激しい炎に焼かれて一瞬で炭化するのを見つめた。
「……ひえぇ」
 意味のない感嘆詞を口にして、気持ちを整える。それから、恩人を振り返った。手のひらにサラマンダーをまとわりつかせて立っていたのは、黒髪の小柄な少女……リリ・スノーウォーカーだった。
「助かったさぁ……って、たこ焼きに食われるって、何さぁ?」
 リリはきっぱりと言った。
「こいつは、小麦粉じゃ。いや、たこ焼きのタネじゃ」
 …………。
 …………。
「なんとか言ったらどうじゃ」
「ああ、うん……なんか、そんな気はしてた」
「……であろうな」
 二人とも、何となく疲れたように頷き合った。 

 ケイのちょっとした提案に、二人はドアを開け、階段を駆け下りた。
「そういうことなら、ちょっと目を付けたもんがあるさ」
 そして、先刻窓の外からみつけた物に駆け寄った。
「何だ」
「油さぁ」
 調理台の脇に並んだ一斗缶を持ち上げた。
「ぐぁ、重っ」
 結局、一斗缶は諦めて、調理台にセットされていた小瓶の油を持ち出した。
 廊下から室内に入って来ようとするネバネバに向かって、ケイが撒いた油に火術を放つ。油に引火した炎が燃え広がる前に、リリの施した魔方陣が、火の勢いを抑制し、周囲への延焼を防ぐ。パチパチと油の弾ける音とともに白い水蒸気が吹き上がった。
 そして……香ばしい匂いが辺りに漂った。
「……む?」
 リリは目を細めて、水蒸気の向こうを窺った。
 魔方陣の効果で、炎は次第に収まっていく。そして炎に晒されたネバネバは、今までのような消し炭の塊ではなく、こんがり美味しそうなきつね色に焼き上がっていた。
「なるほど!」
 ケイがぽんと手を打った。
「たこ焼きは、油と火加減が大事さぁ!」