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リアクション
■
ルシアは一際真剣な様子で、深呼吸をひとつ。甘い匂いが胸いっぱい。ぐっと手を握って、さあ行こう。
食料品店の、お菓子売り場だった。
ここでの買い物はリファニーへのお菓子。これが最後の買い物だった。
ルシアは手近にあるお菓子を片っ端からチェックし始める。眉根を寄せて目を細め口は一文字に引き締めてなにごとか唸り声を上げるその様は、真剣を通り越して、一種異様な雰囲気を醸しだしている。
なんだありゃ、とそれを目に留めたのはシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)。
「あのムーンチルドレン、なにやってんだ? 周りを威嚇でもしてんのか?」
リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)がシリウスの隣でシリウスの物言いをやんわりとたしなる。
「ルシアさん、ですわ。あまりそういう風に呼ぶのもいかがなものかと」
「ま、直接聞きゃ分かることか」
そう言ってシリウスは、ルシアの後ろから無造作に近づいていって、肩をポンと叩く。
「よぅ。噂のムーンチルドレンだろ? お前」
叩かれて、たっぷり一秒。ワンテンポ遅れた反応で振り返ったルシアが、「わっ」と驚いて体のバランスを崩した。そこへ、リーブラが脇からルシアの身体を支えに入る。
「もう、いきなり声をかけたら驚きますわ」
「悪い悪い」
ルシアはバランスを取り戻し、
「あ、ううん。こっちこそごめんなさい。あと、ありがとう。えっと、」
「シリウス・バイナリスタだ。こっちはリーブラ・オルタナティヴ。よろしくな、ムーンチルドレン」
「さっきも言いましたけど、その呼び方はよろしくありませんわ」
「別に好きな呼び方でいいよ。でも、その呼び方だったら、できれば名前で呼んでほしいな、って思うけどね」
「了解だ、ルシア。それで、なにやってたんだ?」
シリウスが尋ねると、ルシアは今まで緩んでいた表情を、再び引き締めた。
「お菓子をね、選んでいたの」
「まぁそうだろうな。オレたちだって同じだし」
「なにか、問題でも?」
ルシアの表情が曇る。
なんだか暗いな、とシリウスは思い、軽く手を打った。ぐい、とルシアの手を引く。
「え?」
「さっき実演販売やってるところ見たんでな。せっかくだ、見て行こうぜ」
わ、わ、慌てるルシアをシリウスは楽しげに引っ張っていく。「もう、仕方がありませんわね」とリーブラがやはり楽しげについていく。
シリウスがルシアを連れて行ったのは、桐生 理知(きりゅう・りち)と北月 智緒(きげつ・ちお)が行う実演販売だった。ルシアと顔見知りの二人は、パティシエールの格好にメガネを加えてちょっとした変装済み。もっとも、それで変装になっているかは甚だ怪しいところで、案の定ルシアは訝しげに目を細める。理知と智緒が慌てた。
「い、いらっしゃいませ。ケーキはいかがですか? 新製品のタルトも旬のフルーツたっぷりでオススメです」
「そ、そうだよ! すごくおいしいよ!」
そう言って智緒はタルトを一欠片口に含む。理知が口を尖らせてとがめた。
「売り子が試食したってしょうがないじゃない」
「味をお客さんに伝えるには実際に食べるのが一番よ。実演販売なんだしねっ」
「あ、そっか、そうだね。実演販売だもんね」
理知は智緒の言い訳に思わず納得するが、言い訳をした当の本人がすぐさまツッコミを入れた。
「まぁ、実演販売ってそういう意味とはちょっと違うと思うけどね〜」
理知はむぅと唸る。
「おちょくってるの?」
シリウスが理知と智緒のやり取りに口の端を上げ、試食品に手を伸ばした。
「食べていいんだよな? ひとつもらうぜ」
「どうぞどうぞ。ぜひ、感想聞かせてほしいな」
シリウスがひと口食べて、へえ、という顔をする。
「うまいなこれ。リーブラとルシアも食べてみろよ」
理知が勢い込んで、
「うん、どんどん食べていって! さ、どうぞ、ルシ、」
「どうぞ、ルシアちゃん」続けそうになって、智緒が軽く肘でつつく。理知が口を開いたまま止まった。
ルシアが怪訝な顔をする。智緒が如才なく引き継いだ。
「ルシアさん、よね? そちらのお客さんがそう呼んだんだもの」
意図を察したシリウスが話題を変える。
「どんどん食べて、なんて言ったらオレが全部食べちまうぜ?」
「もう、シリウスってば」とリーブラ。ルシアが笑って試食品に手を伸ばした。理知が目つきでシリウスに礼をし、なあに、という風にシリウスも目つきで返した。
「おいしい」
ルシアが顔をほころばせた。
「でしょう! よかった、喜んでもらえて」
理知もまた満面の笑みを浮かべ、ささ、こっちも、なんてさらに勧めようとする。しかし、ルシアは浮かない顔でなにごとか考えこむ。
「あ、あれ? 後味苦かったり?」
ルシアは力なく首を振った。
「ううん。すごくおいしかったわ。でも、お土産だから」
続きを待つ。
「私がおいしいって思ったものでも、リファニーが喜んでくれるかは分からないもの」
ああ、とその場にいる全員に理解の色が広がった。
「リファニーのために買っていくのに、リファニーがおいしく食べてくれるものじゃないと意味ないし、でもいろいろ見てもどれもおいしそうに見えてわかんなくなって、」
話していくうちに声が小さくなっていく。視線が不安げに下がっていく。
買い物も初めてなのだから、自分で買ったものを人にプレゼントすることも当然初めてだ。そうなると、少し臆病になるのも無理もないことかもしれない。
シリウスが助け舟を出す。
「そのリファニーって熾天使なんだろ? オレのパートナーにも古王国時代の奴がいてさ、そいつはえれぇミーハーなんだよ。そんで『空京バナナ』とかなんとかいう流行りモノ買ってこいって」
ルシアが少し考えて、
「……リファニーはミーハーじゃない、と思う」
理知はもはやほとんど放り出していた店員口調を、ここにきて完全に放り出し、売り物のお菓子を指し示す。
「きっとね、ル、じゃなくて、あなたがおいしいって思ったものなら、喜んでくれると思うんだ。だからどうかな、これ」
かもしれない、自信なさそうにルシアは言う。
リーブラが微笑んで、ルシアに言い聞かせる。
「そうやってルシアさんが、リファニーさんのことを真剣に考えてくださっていることが、一番のお土産だと思いますわ。自信を持ってください。リファニーさんはがっかりしたりしませんよ」
「ま、ミーハーな奴だったらわかんねぇけど」
「混ぜっ返さないでくださいませ」
智緒が、
「そういうことだと思うなっ。大切な人にもらったものならなんだって嬉しいもん。だから大丈夫」
「うん、私が保証しちゃうよ!」
理知も胸を張って言う。
ルシアは、考えているのか、少しうつむいた。それから顔を上げて、照れくさそうにはにかんだ。
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