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リアクション
『為すべき事を見い出す者たち』
『イルミンスール、メイシュロットに似た浮遊物に占拠される』という事実を前に、魔神 ロノウェ(まじん・ろのうぇ)は各所と連絡をつけ、パイモンが同席していることを確認する。
(パイモン様も同行されている……まさか、本当にあの方が蘇ったとでも言うの?)
脳裏に、先日の『メイシュロット』跡地での『墓参り』のことが思い出される。もし本当に魔神 バルバトス(まじん・ばるばとす)が蘇ったのだとしたら、蘇らせた人物はバルバトスの『墓』を暴いたことになる。
(そうだとしたら到底許し難いわ。出来る事なら直接確認しに行きたい所だけど――)
が、バルバトスの傍には魔神 パイモン(まじん・ぱいもん)が居ること、それにきっと、同じ事を魔神 ナベリウス(まじん・なべりうす)、魔神 アムドゥスキアス(まじん・あむどぅすきあす)も思っていることを考えると、バルバトスのことはパイモンに任せるのが一番だろう、そう思う他なかった。
(だとして……では私がすることは、何かしらね)
ナベリウスとアムドゥスキアスが、ザナドゥの安定にアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)と寄与しているという(これも報告を受けた)状況下、たまたま地上に出ている自分はやはり地上で何かを為すべきだろう、とロノウェは思い至る。昼間議題に上がった『ウィール砦』の件が相当荒れていると報告があった、その処理に当たろうかと考えた所で、しかしこの街を放っておくわけにもいかないのでは、と思い直す。
(……難しい問題ね)
どちらを優先するか決めかねているロノウェの下に、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)とパートナーたちがやって来る。隠されていたはずのロノウェの存在が明らかになったことについては、豊美ちゃんも流石に気を回してはられなかっただろうし、この緊急事態にロノウェもさして気にはしていなかった。
「お久しぶりです、ロノウェさん。お祭りにロノウェさんが来ていると知りまして、一言お礼を言いに来ました。
ありがとうございます、ロノウェさん」
「……? お礼を言いに来た? 私に?」
開口一番、放たれた近遠の言葉に、ロノウェは戸惑う。魔族がイルミンスールを占拠している状況で、彼は何故に『ありがとう』と言ったのか、それが全く理解できなかった。
「ボクは以前、今日の様な事が起きてしまうんじゃないか? と心配して、ロンウェルを訪ねたりしました。
……けれど、イナテミスに移住された魔族の人達は、そんな事をせず、ちゃんと、街の人達と手を取り合って暮らしているのを確認して来まして。
それもきっと……大量の書類の山と戦い、移住する人達に作法等色々を指導する手配をしたりと……ロノウェさんが色々やってくれたからだと思うんです。だから、ロノウェさんが感謝祭に来ていると知って、一言謝辞を言いたかったんですよ」
「……そういうこと。私としては、後でケチがつかないように最善を尽くしたに過ぎないのだけれどね」
「はは。ロノウェさんならそう言うかなと思いました」
笑みを浮かべて、そして近遠が言葉を続ける。
「今、襲撃して来ている魔族の人達は兎も角……移住された人達はシャンバラの責任で保護しないといけません。これが元で、今までの積み重ねが水泡と帰して、後ろ指を指される様な事になってはいけませんから……。
ボク達は、ささやかながら……今回の事で、そんな事になったりしない様……状況をマシにするべく向かうつもりではいます」
その言葉を、ロノウェは
(あぁ、これが人間というものよね)
と思いながら聞いていた。そして、一行が何故にそう思ったのかに、ちょっと興味が湧いた。
「……実は先程、このようなことがございましたのです」
初めまして、と挨拶をしたアルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)が、住宅地を歩いていて遭遇した出来事をかいつまんで話す。
「たわしが飛んできて、それを受け止めたのだよ」
その時のことを思い返し、イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)が苦笑を浮かべる。ちょっとしたトラブルというのはいつでもあるもので、そしてそれこそがお互いの絆を深める一番の薬でもあるのだ。
「人はそれぞれ別の想いを抱き、考えて動くのだから、衝突する事もあるのは当たり前の事なのだよ。
それが取り返しのつく範囲であれば、人は互いを少しだけ理解し合い、そうやって絆も深まっていくものなのだよ。
だが、取り返しのつかない領分に踏み入れてしまったなら、それは怨み・憎しみとなって、時に心と行動の歯止めを壊して惨事を引き起こしてしまうものでもあるのだよ」
つまりは、今のこの『衝突』は、まだ取り返しのつく範囲なのだということになる。それを解決する事で、人と魔族は今より少しだけお互いを理解し合い、絆を深めていけるはずだと言っているようにロノウェには聞こえた。
「あの人達の移住に際して、ロノウェさんが色々と骨を折ってくれた事は、分かっていますわ。
そして、移住した方達の明日を守るのは、受け入れた側の役目……。今度は、あたし達が苦労をする番ですわ。
予想外の事ではありましたけど、だからといって移住した方達の日々の積み重ねを無にする様な真似は、させませんわよ」
ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)が、自分たちがこのような行動を取るに至った理由をまとめるように言葉を紡ぐ。移住に関して自分たちは『礼』を受けた、ならば『礼』を以って返すのが礼儀だと。
「……なるほど。あなたたちがどうしてそうしようと思ったか、理解がいったわ。
この街に住まう魔族を代表して、お礼を言わせて頂戴。……ありがとう」
ロノウェの頭がぺこ、と下げられる。礼を受けたことに向こうが礼を言ったなら、やはり礼を受けた自分たちは礼を言わねばならない。それが多分、人の世を成り立たせているのだろうと思うから。
「近遠さんもそうですが、ロノウェさん達魔族のために動こうとしている方は、他にもいらっしゃいます。
もしかしたら生でご覧になっているかも知れませんけれど、この様な映像も配信されているのでございます」
近遠の持っていた端末を借りて、アルティアが配信されているという映像をロノウェに見せる。
そこには、感謝祭を共に楽しむ人間と精霊、魔族の姿があった――。
(今回の事件で最も恐れなければならないのは、『パイモンがリュシファル宣言を破棄した』と疑われ、再び戦争に突入すること。
シャンバラ国軍は、ルカルカさんが取り持ってくれている。パイモンの説得はザカコさんが向かっている。ザナドゥはアーデルハイト様や他の魔神が抑えているみたい。
この状況で、私たちに出来ることは……イナテミスにいる私たちが、出来ることは……)
寄せられた情報をまとめ、『この状況で、自分に何が出来るか』を考えた結果として、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)とピュリア・アルブム(ぴゅりあ・あるぶむ)、ハルモニア・エヴァグリーン(はるもにあ・えばぐりーん)はイナテミスが『人と魔族が共存する平和のモデル都市』として十分機能していることを伝えるべく、感謝祭の様子や、今回の侵攻で怯える住民を「人も魔族も分け隔てなく」慰め守る様子の映像編纂に取り掛かった。
「えっと、この銃の形したこんぴゅーたーと、お祭りで使った音響・映像機材を使って、この動画を『ねっとはいしん』すればいいんだね?」
三人の中で最もその方面に詳しいピュリアが操作を担当し、動画投稿サイトに動画をアップロードしていく。それら映像は平和利用のためであれば他の人が利用してもいいとし、かつ、改ざんを受けないよう、保護がかけられていた。要は「イナテミスでの共存政策は概ね順調に進んでいる」ということをパイモンや、関係する者たちに伝えるのが狙いである。
「はわー、ピュリアちゃんがなんだか凄いのですよう。
私も学んだことを生かせるよう、頑張るのですよう」
『うぃるす』やら『はっきんぐ』やら、聞き慣れない言葉を呆然と聞き入れていたハルモニアが、ピュリアに負けじと(ピュリアは最近、豊美ちゃんから見習いの期間修了を告げられていた)『人と自然の調和を守る』教えに従い、まだ残っていたステージに朱里と立ち、『幸せの歌』を歌う。今歌っているこの歌も撮影され、動画としてまとめられる予定であった。
(パイモンさんにももちろん、後、出来れば姫子さんやバルバトスさんにもこの歌が届いてほしいのです。
なんだかあの人たちは、自分が『絶対の悪』として討たれる事を望んでいるみたいですから)
そうすることで、豊美ちゃんやパイモンに未来を託したいのかもしれない、そう思いながらハルモニアは、それは悲しいことだと思わずにはいられなかった。平和のために誰かを恨んで、犠牲にしないといけないなら、そうして得られた平和は本当の平和じゃない、そんな気がするから。
(悲しみを理解して、許し合う心があって初めて、平和は成り立つもの。……そう思いませんか?)
ハルモニアの言葉は、歌は、彼らに届くだろうか――。
ステージで歌う朱里とハルモニアを護衛する任務についていたアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)は、辺りに殺気がないか気を配り、いつでも守りに入れるように備えながら、一つの懸念材料を揉んでいた。それは『ウィール砦』のことである。
(ウィール砦の割譲は不要、そう示すことが出来ればいいのだが……)
アインとしては、ウィール砦の割譲を行うことは一種の売国行為に等しいと考えていた。幸いにして同様の考えを持つ者たちに恵まれ、提案は修正をされることになったのだが、その場に自分は出席できない以上、本当に提案がどうなるかは会談を待たねばならない。
(……ここで考えていても、仕方ない。今は住民が不安に怯えぬよう、力を尽くそう)
自分の為すべきことを為す、そう考えを改め、アインは任務を続ける。
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