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シャンバラ大荒野にほえろ!

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シャンバラ大荒野にほえろ!

リアクション

 
5 シャンバラ大荒野

「あああん、なんでですかーーっ」
 西園寺のるるが泣きそうな声を上げて荒野を走っていた。荒野に不似合いなスーツにパンプスが、酷く走りにくそうだ。
「回り込め! ……殺すなよ!」
 背後から銃を持った男が数人、そう叫んで追って来る。人相を隠す為か全員が掛けている安っぽいバイザーが、かえって彼らの人相の悪さを強調している。
 墜落した飛空挺を目指してやって来た天野木枯と稲穂の二人が出くわしたのは、ちょうどそんな場面だった。
「……事情は全然わからないけど、この場合……」
 木枯が、緊迫感のない声で訊く。
「……どっちに着く?」
「女の子ですよ、訊くまでもないですっ」
 稲穂の急くような答えにも、木枯はのんびりとうなずいた。
「うん、そうだよねぇ」
 目を細めて周囲を確認する。岩や瓦礫が点々と転がってはいるが、身を隠して近づくルートは作れそうにない。
 武装グループの人数は……正面に3人、回り込みに掛かっているのが2人。
「木枯、急がないと、彼女が捕まっちゃいますよっ」
 転びそうになりながら逃げ惑うのるるの背後に男が迫る。稲穂は木枯の袖を引っ張るようにして急かした。
 が、木枯は言った。
「うーん、正面からガチ戦闘はやだよなぁ……ちょっと話をしてみようか」
「え……ええっ?」

「もー、なんでああいう言い方をするんでしょう……」
 隠れ身のスキルを使って気配を隠しながら、稲穂は呟いた。
 木枯が正面から近づいて注意を引いている隙に、稲穂が側面に回り込む……至極真っ当な作戦だった。ただ、注意を引く木枯は、酷く危険な役回りだが。
 稲穂は取り出した銃二丁を両手で構えると、くるっと回転させて逆手で持つ。
「無茶しないでくださいよ〜」
 祈るように言って、岩陰に向かって走った。

「ちょ、え、下がってくださいっ」
 駆けて来たのるるが、無防備な様子で現われた木枯の姿を認めて叫んだ。しかし木枯はにこにこ笑って、バイザーの男に手を振ってみせた。
「どーしました、こんな所で痴話喧嘩っすか?」
 リーダーらしい男がスピードを落として身構えると、左右の2人も銃を取り直して足を止めた。
「あー、武器はマズいなぁ。それに、女の子に暴力は感心しないよ?」
「なんだ、こいつは」
 もっともな疑問だ。
「……知らん、排除しろ」
「え、マジで?」
 流石に早すぎる判断に木枯が慌てたように声を上げたとき、のるるのパンプスが地面を蹴った。
「………っと!」
 銃声がして、足元の土が弾け飛ぶ。
「やめろ、女に当てるなっ!」
 妙に弾力のあるのるるの体ともつれるように地面に転がりながら、ようやく木枯は、のるるが自分を庇ったのだと気づいた。

 稲穂は、即座に行動に入った。身を隠したままで地面を蹴って、一直線に男に飛びかかる。
「……なっ」
 予想外の方向から攻撃を受け、男は銃を構えたままで棒立ちになる。稲穂は僅かのステップで背後に回り込み、逆手に持った銃のグリップを、その首筋に叩き込んだ。
 声も立てず、男が崩れ落ちる。
 その気配で別の男が振り返るのを、目の端で捉える。
 戦闘に入ってしまえば、隠れ身の効果は弱まる。捕捉される前に稲穂は再び地面を蹴って、相手の死角に回り込んだ。
 そして、襲いかかるタイミングを読んで息を詰めたとき。
「……きゃっ」
 短い悲鳴が上がった。
 目をやると、立ち上がって走り出そうとした木枯とのるるの背後に駆け寄ったリーダーらしき男が、片手を伸ばしてのるるのお下げ髪を引っ掴んだところだった。
「……くそっ」
 木枯が身を翻し、それを払いのける。しかし、盾になったのるるの体に視界が遮られ、一瞬躊躇した瞬間、腹に男の蹴りを食らった。
「……っ」
 身を引いて衝撃を殺したが、バランスを崩した。地面に倒れ込みながら体勢を立て直し、槍を引き抜こうとその柄に手を掛ける。しかし……
「動くな!」
 木枯は動きを止めた。
 男の銃口が、のるるの腹に押しつけられていた。
「……逃げてください」
 のるるが悲痛に顔を歪めて、囁いた。男は掴んだ髪を引き寄せ、いっそう強く銃を押しつけて木枯を睨みつけた。
「動くなよ?」
 背後で、銃を構える気配がする。
 ……ドジった、かな?
 男を睨み返しながら、木枯は思った。