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リアクション
5 空京 カフェ
「どうも、腑に落ちないですね」
「ん?」
一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は、空京警察からほど近い小さなカフェで、コーヒーを口に運ぶ久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)に向かって言った。
「空京でバイオテロ予告があった訳でしょう。当然、教導団からも人員が割かれると思って駆けつけましたけど……」
西園寺のるるの依頼を知ったのは、ふたりがたまたま空京近郊に来ていた時だった。「ウィルス強奪事件」というのが気に掛かっていた矢先、空京警察からの通達を受け取ったアリーセは、招集に備えて即座に空京に向かったのだ。
しかし教導団からの音沙汰はなく、痺れを切らして出した問い合わせに返って来たのは、「教導団としての正式な行動は検討中。各自の判断で空京警察と連携を計るように」という曖昧な返答だった。
結局、のるるの依頼に協力すると言う形で近郊の調査に出るつもりで出発はしたのだが……。
「何か、釈然としません」
「んー、手がかりが無いなら今は焦ってもしょうがないわな」
グスタフがのんびりした口調で言って、頭をかいた。
「少し、事件の全体像をまとめてみるかい?」
「……ですね」
濃いめのコーヒーに口をつけ、頭をスッキリさせたアリーセは、「事件」を整理し始めた。
「通達によれば、ウィルスの開発者である倉田博士がウィルスを盗み出そうとしたのでしたね。その際、制止した同僚の研究者と警備員を襲い、ウィルスを強奪、逃走」
「で、博士はその開発に資金を出していた企業の手引きで、空京に高飛び。直後、空京ではそのウィルスを使ったテロの予告、と」
グスタフが絶妙に捕捉する。アリーセは首を傾げた。
「博士は最初からテロ組織と繋がっていたということでしょうか」
「それは考え難いんじゃないかね。研究所によれば、まだワクチンが開発されていないウィルスだ。殺人を犯してまで強奪する価値はあるか?」
「倉田博士の身柄を確保していれば、今後ワクチン開発もできると考えたのでは?」
「それなら、なおさらウィルス本体まで強奪する意味がない。生物兵器というやつは、ウィルス、ワクチン、抗ウィルス剤が揃わなければ使い物にはならないだろう。リスクが大きすぎるからな。開発者の倉田博士と内通出来ていたのなら、完成まで研究を続けさせてから行動を起こせばいい。でなければ博士だけ呼び寄せて、こちらで開発を続けさせたっていい筈だ」
「にもかかわらず、ウィルス本体だけを強奪させ、それを手にしたテロリストが早々とテロ予告……やっぱり、釈然としませんね」
「しかも、貴重な人材である倉田博士をシャンバラ大荒野に放逐、と。やってることがメチャクチャだ」
「……命令系統が混乱しているのかもしれません」
「命令系統?」
「倉田博士を確保した組織が、企業にせよテロリストにせよ、一枚岩ではないと言うことかもしれません。ただ……」
アリーセは言葉を切って、一瞬その先を続けるのを躊躇する。しかし、コーヒーを飲み干して、意を決したように続けた。
「犯行予告を出した連中は、予防と治療の手段を持たないまま行動を起こしています。希望的に考えれば、ウィルス強奪事件を利用した便乗行為、単なるブラフの可能性もありますが……」
「……最悪、政治的意図も何もない、自爆的な破壊行為の可能性もある、か」
アリーセは難しい顔で頷いた。
こんな危険な状況にもかかわらず、教導団からの正式な出動命令が出ない理由は、やはりわからないままだ。
「何にしても、早急に倉田博士の身柄を確保したいですね」
アリーセは呟くように言った。
「ウィルスの所在を確認、確保するのが最優先なのは当然ですが、倉田博士しか知らない「事件」の真相があるような気がします」
「気がします?」
からかうように聞き返すグスタフの言葉に、アリーセは改めて言い直す。
「そう推察される、ということです。強奪事件のことも、企業とテロリストの関係も、わかっているようで曖昧な部分が多すぎます。事実確認が必要かと」
「んー……よし!」
いきなり、グスタフの手がアリーセの背中をぱーんとばかりに勢いよく叩いた。
「方向は見えたじゃないか。一歩前進だ」
軽くよろめいた体を立て直しながら、アリーセは眉を顰める。
「わからないことがわかっただけですけど……これ、前進になるんでしょうか」
「材料が足りないなら考えるより行動だよ。とりあえず、捜査の手が回ってない郊外の方から手をつけていこうか」
あっけらかんと言ってコーヒーを飲み干し、立ち上がるグスタフを見上げて、アリーセの表情にようやく笑みが戻る。
「ですね。まずは行動あるのみ……」
手にしていた関連施設の候補リストをピンと指先で弾いて、言った。
「近郊の施設をしらみつぶしに当たりましょう」
それからちょっと考えるように黙って、通信機を手に取った。
「あと……上の思惑も、確認しておいた方がいいですよね」
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