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水晶の花に願いをこめて……

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水晶の花に願いをこめて……
水晶の花に願いをこめて…… 水晶の花に願いをこめて……

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〜 一日目・午後6時 〜


夕暮れに近づき、日が翳るころになると一日目の訪問者も途絶えたらしく
その頃になって、残りの警護希望の者達が森の中を尋ねてきた

 「へぇ、これが噂の『願いをかなえてくれる花』か……触れても良いかな?」
 「来るなり手を出すと不審なものと大して変わらんぞ、天音」

黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)もそんな面々の一員なわけで
訪れるなり、天音は興味深げに祭壇を覗き込みはじめ、ブルーズに注意をされたところだった
その言葉にさも心外といった様子で天音は抗議をする

 「仕方が無いだろう?僕の目的は確かに祭壇の警護もあるけど真の部分は祭壇の調査なんだ
  この花が僕の好奇心を満たしてくれるかどうか、気になるじゃないか」
 「確かに、条件で言っていましたけど……あまり独占するのは控えてくださいませね
  夜でも誰かが足を運ぶ可能性は、決して無いわけじゃないのですから」

優雅でありつつもキラキラと無邪気に目を輝かせる天音の様子に
思わず心配げにアルセーネ・竹取(あるせーね・たけとり)がそっと声をかける
そんな彼女と傍らにいる雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)に軽くウィンクしながら
天音は冷たく透明な湧き水に浮かぶ水晶の花を手のひらにすくって、じっと観察を始めた

 「ふむ……【トレジャーセンス】でも反応は無いか、なら【ホークアイ】で……」

ブツブツと調査に没頭している天音を見守っていると、背後から足音が聞こえ雅羅達が振り向く
そこには情報端末を片手に一人向ってくるアリス・クリムローゼ(ありす・くりむろーぜ)がいた
時間も含め、女一人という来訪者の姿に
警護担当の杜守 三月(ともり・みつき)が注意も兼ね、声をかけようとしたが大きな手に阻まれる
少し前に同じ警護役として合流したヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)であった

 「心配要らぬ、彼女は雅羅の知らぬものではないし連絡も受けているそうだ……それに」

言いながらアリスに駆け寄る雅羅の姿
そしてそれにあわせてアリスの手の端末が輝くのを見ながら、ヴァルは言葉を続ける

 「あの娘は一人じゃない、れっきとしたマスターが傍にいるのだ」

その言葉が終わらないうちに、小型端末の光芒が強くなり立体映像が現れる
デジタルな情報であるが、その魂と意識の在りようは立派な人間そのもの……魔道書に近い存在
そんな彼〜クラン・デヴァイス(くらん・でう゛ぁいす)〜が姿を現した

 『悪ぃな、こんな時間なのに。なーんかアリスの奴が足を運びたいってきかねぇからさぁ』
 「だってこれから人も多くなるって言うし、ゆっくりお願いするならこの時間って思ったんだもの」
 「問題ないわアリス、むしろゆっくり話も出来るから歓迎って感じよ」

柄にも無く申し訳なさそうに語るクランとアリスの言葉に、笑顔で返答する雅羅
そのまま表情が悪戯っぽい好奇心溢れたものに変わり、続けてアリスに問いかける

 「で、そうまでしてお願いしたい事ってなに?」
 「そんな大した事じゃないの、普通のお願いよ、本当に」

そう言ってアリスは祭壇の方に足を向ける
見れば来客を察したブルーズが、未だ祭壇から離れない天音を引き剥がしている最中だった
未練をあらわにしていた天音も、来客を知るや通常モードに戻り場をアリス達に譲る
そんな二人に軽く会釈すると、水面に浮かぶ水晶の花弁を指で触りながら、彼女は願いを呟く

………その言葉は、彼女の予告どおりシンプルなものであった

 「いろんな人や友人とより仲良くなり、これから…いやせめて一日一日が何事もなく平和でありますように」


単純でありつつ、それでも今日一日誰も祈らなかった願い
その事実に気がつき、朝からいた雅羅達だけでなく、天音達も軽く息を呑む
その様子に、柄にも無く顔を赤らめるアリス

 「そ……そんなに驚きましたか?普通過ぎて」

その言葉に自分達の反応が逆の印象を与えてしまった事に気がつき、雅羅は首をゆっくり横に振った

 「ううん、確かに驚いたけど、あなたにじゃないわ、そういうお願いをしてなかったなぁって思っただけ
  けど、どうしてこのお願いをこの時間に?」
 「……こういうお願いだから、ゆっくり日々の事を感じられる時間がいいかなって思ったんです
  夕方って、ああ一日終わったなぁって思うじゃないですか」
 「そうね……願い事って、案外そういったものかもね」

アリスの言葉に雅羅は改めて目の前の祭壇に目を向ける
元々この祭壇が何の目的で作られたかはわからない
そもそも祭壇であった可能性も不明ゆえ、多くの生徒が調査に奔走しているわけだが

今回の行動を始める最初の頃に、ふとアルセーネが疑問を投げかけてきた事がある
一番はじめ……噂の発端を作り出した名も知らぬ生徒は、なぜ願い事をこの花にしたんだろう……と
その答えをその時は考えられず、さぁねと流してしまったが今なら何となくわかる気がする
人は人のために願わずにはいられない、人を想う場所……といのは必要なのだ、人である限り

先ほど警護に合流したヴァルに願い事をしないのかと尋ねたら、きっぱりと断られた
願いをこの手で叶えてこその帝王だ、その必要はないと不遜に笑って答えられたが
その男が熱心に警護を買って出たのは、その【誰かが誰かを想う場所】の大切さを自ずと知り
彼なりに守ろうとしているからかも知れない、決して心中を語るクチではないが最後の日位尋ねれば答えてくれるだろう

見ればアリスの願いに触発されてか、他の者までささやかな願いごとに灯がついたようである
アリスの傍らでクランが水晶を覗き込みながら口を開く

 『じゃあ俺もせっかくだから願ってみよっかな
  雅羅の不幸体質が無くなるとまではいかんでも、ある程度直ればそれはそれで本人喜ぶんじゃないかと思うんで
  そうなりますようにっ』
 「ちょっと?何それ」

いきなり自分の気にしている事を願われ、口を尖らす雅羅
再び水晶を水面からすくい上げて手に取る天音の傍らでブルーズが覗き込む

 「綺麗なものだな……確かに普通の水晶と異なる輝きのような気がするが
  願い事を叶えてくれるというのなら、お前が脱いだものをきちんと洗濯籠に入れるよう、願っておくか」

チラッと天音を見遣って呟いたつもりが、当の本人は再び好奇心の塊となって水晶に見入っているようである
その姿にため息をつき、その知的好奇心が満たされる事が彼の長いであろうと確信しながら
ブルースは天音に助言を始めるのであった

 「で、この水晶の噂の謎をどう調べるのだ
  お前の言う【影】の噂の正体だけでなく、我は、怪我の噂も気になるのだがな……」