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水晶の花に願いをこめて……

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水晶の花に願いをこめて……
水晶の花に願いをこめて…… 水晶の花に願いをこめて……

リアクション

 
〜 二日目・午後9時 〜


【願い】に切実な者は、きっと夜に現れる

霧島 春美(きりしま・はるみ)の予測はこの日の夜に早々に当たる事になる

夕方に例の【人影または幽霊】の噂の元凶を学園に雅羅達が送り返したついでに
学園図書館にいたリネン・エルフト(りねん・えるふと)ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)
レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)と合流し
遺跡の野営場所で資料や意見を交換し合っていた時、不意に林道の方から二つの悲鳴が響き渡った

 「「でたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」

可愛すぎるのと野太すぎる不釣合い極まりない声に、急いで駆けつけてみれば
何やらかえるとマッチョが抱きついている姿が目に飛び込んだ
駆けつけたユーベルが、かえるの方を見て、あら……と声を漏らす

 「誰かと思えばコタローさんじゃない?どうしたんです、こんな所でまたお会いするなんて」
 「え、何処かで会ったっけ?ユーベル」

ユーベルからの意外な言葉にリネンが目を丸くする、その様子にちょっと笑いながらユーベルは問いに答える事にした

 「今日の午前中、インスミールの図書館にも行ってみましたでしょう?
  その時にお会いしましたの、ずいぶん熱心に調べ者をされていた様子でしたけど……」

話題のかえる、もといゆる族の林田 コタロー(はやしだ・こたろう)は相変わらず一緒にいる体育会系筋肉男子
こちらももとい緒方 太壱(おがた・たいち)と抱き合って顔面を蒼白させている
そちらの方がよっぽどインパクトがあるのだが、二人がずっと怯えて遺跡の方を見つめ続けていたままなので
仕方なく雅羅は尋ねてみる事にした

 「一体何があったの?何か出たって感じの悲鳴をあげてたけど?」
 「そそそ、そんなの幽霊に決まってんだろ!今そこの茂みからぼやーっと現れて、遺跡の方にすーっと……」
 「こたもみたお!すっごいむくちなおとこおこだったお!すーっといったお!」

悲鳴と様子から十分に連想できる回答に、お互いの顔を見合わせる雅羅一行
オオカミ少年が何とやら……ではないが、すっかり夕方の一件でオカルト要因が思考から抜けきり、全員半信半疑である
とはいえ、個性が対照的な二人が同時に目の当たりにしたのだから、誰かいたのは間違いない
まぁこの時間に一人というのも結構酔狂な話なので、雅羅が可能性を口に出してみる

 「盗掘目的のイタズラかしら?」
 「どの道この時間だ、照明もないまま遺跡に向かうなんて通常じゃ考えられん行為だ、万が一の可能性もある」
 「とにかく何かされた後じゃ終わりだわ、警戒を強めて向かわないと」

ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)の言葉に、全員が頷く
みんなの意見を代表するように、装備を確認しながらリネンが同意の言葉を述べた時、新たな声が背後から聞こえた

 「待って、違うの!そういうのじゃない、大丈夫だよ!」

その声に全員が振り向く、そこには琳 鳳明(りん・ほうめい)が立っていた
思った以上の人の多さに驚いたのか、それでもおっかなびっくり彼女は全員を引き止めた理由を述べる

 「皆さんが話してるのは、私の連れなの
  私も追いかけてきただけなので理由は知らないんだけど、悪いことはしない、それだけはちゃんとわかるから……」
 
 
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鳳明を先頭に遺跡に辿り着いてみると
彼女の言葉通りにパートナーの藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)が祭壇の前に立ち、台座に浮かぶ花に手を触れていた

先ほど道中で彼女が述べた経緯はこうである

普段は鳳明が外に連れ出さないと、常に家で寝てるはずの彼が、珍しく自分から外に出る姿を見たのが一時間前
行き先も述べずに出て行った姿に興味を惹かれ、こっそりついていって見たらこの森に入る所を目撃し
ここに話題の【願いの叶う水晶の花】がある事を思い出したのがついさっき

 (ま、まさか天樹ちゃんにそんな乙女チックな趣味があったなんて!?……興味深いねっ)

と中に自分も侵入を試みた刹那、先ほどの悲鳴を聞いてあわてて駆けつけた、という次第
……何やら、わらわらと追いかけてきた大勢の存在に気がつき、振り向く天樹と目が合い、鳳明が彼に尋ねる

 「珍しいね、こんな時間に一人でこんなところに来るなんて……一体何のお願いしたの?」

彼女の問いに、黙って水晶から手を離す天樹
無視かよ……と、先ほどの怯えはどこへやらの太壱が勇んで前に進もうとしたのを鳳明が止めた

 「違うの、無視とかそういうわけじゃないから」

その言葉に表情は乏しいままに頷くと、天樹は手に持っていたボードにざかざかと何かを書き、二人の前に差し出した

 『ごめん、僕はこの水晶の花の起源を知る事が出来たらと思ったんだ』



ここらの記述は、筆記でしか他者と会話ができない天樹に代わり、唯一【精神感応】で対話できる鳳明が
彼の言葉を聞き、雅羅たちに伝えたものだ

  僕は、たまに自分が何者か判らなくなる
  強化人間になって……反動で身体が幼く、弱くなって…それまでの居場所を失って
  実験施設で…超能力の暴走事故を起こして……逃げ出して

  そのあと鳳明と出会って、契約して今の居場所があるけど……きっとそれもいつかは無くなる
  そう思うと……僕は誰でどこにいるべき人間なのか、判らなくなるんだ

  そんな中、願いを叶えるっていう水晶の話を聞いたんだ
  でもアレは…最初から『そういうモノ』だったの?
  噂が本当かどうかわからないけど、人の為に神秘を宿すものが最初から『在る』とは思えないんだ

  ひょっとしたら、その水晶もどこかで、居場所も意義もすり替わって…今の形になったんじゃないのかな?
  僕はその長い時間の中で『在り続ける』という真実を知りたい
  もしかして、その水晶の起源を知る事が出来たら…何か……僕にも判るかも知れない
  そう思ったんだ


 「それで、何か見えたんですか?」

雅羅たちと一緒に話を聞いていたミスティが天樹に尋ねる
その問いにゆっくりと首を振り、彼が携帯電話を取り出すのを見ながら、彼の言葉を『聞いた』鳳明が代わりに答えた

 「えっと……
  『【サイコメトリ】を使って水晶に残ってるはずの、一番強い想い
   つまり、作り手の想い、記憶を掬い上げよとしてみたんだ
   【マインドシールド】で他の雑多な願いに流されないよう遮断して……一番奥に手を伸ばしたけど駄目だった
   辿り着きそうな時に鳳明に呼びかけられたから』
   ……って私のせい!?」
 
なんでよーと抗議する通訳者を尻目に、ミスティに携帯を手渡し、すかさずボードに書いた文字を見せる天樹

 『それでも、かすかに見えたものを【ソートグラフィ】で電話に念写してみた』

その文字に目を通したミスティや雅羅達が携帯の画面を一斉に覗き込む
そこには青空と、それに向かって伸びた一筋の影……その先端が星のように五つに分かれている

 「ずいぶんノイズがかかってるけど、これって……」

携帯と、未だ台座に流れる水に濡れている天樹の手を交互に見つめ、春美はその写真の影のイメージを口にする
それは……ノイズに霞みながらも、蒼空の空に精一杯伸ばしている少女の手に見えた
 

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 「で、すっかり質問しそびれちゃったけど、なんであなた達もこの時間にここにいたわけ?」

自らの行為にとりあえず納得した天樹と何やら鳳明が話しているのを見ながら
すっかり先延ばしになった問題を解決するべく、雅羅は目の前で何故か小さくなっている二人……
林田 コタロー(はやしだ・こたろう)緒方 太壱(おがた・たいち)に声をかけた

 「俺は……こんな時間に外出したこた姉を追ってきただけだよ、ちょうど追いついて声をかけた所で
  あいつの姿を二人で見てびっくりして声を出しちまったんだ……でも、ホントこた姉、ここに何しに来たんだよ?」
 「あう……こ、こたは……う〜」

疑問にしれっと答えた太壱が、逆に隣のコタローに質問をすると
一方のコタローは、何やらもごもごと言い辛そうに唸って、明確な返答をしないでいる
だがよく見ると、胸にギュッと抱えている袋から花らしきものがのぞき、一緒に銀色の何かが光っていた
雅羅達が気に留めなかったものでも、日常をともに過ごす太壱がそれをスルーする事はない
その視線に気が付き、あーうーとジタバタするコタローのそばに一層近づくと
ひょいと袋の口を引き、中を覗き込んだ

 「花は見りゃわかるけど……これ、指輪か?」

中で銀に光るそれは、モールで器用に編みこまれた作りかけの一対の指輪だった

 「う……けっこんゆびにゃれす」
 「「け、結婚!?」」

かわいらしい容姿から出た麗しき淑女には刺激的なワードに、雅羅達女性陣が素っ頓狂な声を上げる中
太壱だけは、その意図に気が付き再びコタローに話しかけた

 「まさかそれ……親父とお袋の、か?」

彼の質問にうんと頷き、祭壇を指さしながらコタローが返答する

 「ねーたんとあきが、ねてうあいらに作うの、大へんらったんれすお
  でも……なかなかきれーにれきなくて、おはなつんれから、このいしのもようをみにきたんれす」

ああ……そういうことか、と太壱は納得する
つい最近、彼女のマスターである林田 樹(はやしだ・いつき)
相棒緒方 章(おがた・あきら)からのプロポーズを受け婚約したという話を聞いた

いろいろ蛇足なので詳細は省くが、基本その二人の【息子】である太壱にとっては必然事項なので今更感満載なのだが
ずっと二人に寄り添ってきたのにも加え、その決定的瞬間にも居合わせたコタローとしては喜び一杯なのだろう
しかし、外見に反してというか、ある意味お約束というか……お祝いのような華やかな物を頑なに拒む樹の態度に
コタローなりに業を煮やしたに違いない

 「こた、れったいに、おいわいがしたいんれす
  ここらと、おねまいごとが、かにゃうからって、こたきいたんれす
  ……らから、こた、ここれ、ねーたんとあきのけっこんしきすうんれす!……おふじゃけじゃないれす」
 「そんで、寝てる間に一生懸命やってたってわけか……まったく、しっかりしてんだか抜けてんだか」

作りかけとはいえ、器用に編みこまれた一対の銀のモールを見て太壱は溜息をつく
元から樹達の事も知っている者もいるので、雅羅達も何と無く少ない会話の中で察したようで、黙ってやり取りを聞いている
袋の口を引っ張られながらも、絶対に落とすまいと袋を抱きかかえているコタローの姿を今一度眺め、再び口を開いた

 「分かったよこた姉……んで、俺は何を準備すればいいんだ?」
 「……てつだってくれるんれすか?」
 「トーゼンだろ、かわいい姉貴のがんばりをスルーなんてできるかよ」

途端、ぱぁっと顔を輝かせるコタローの姿に苦笑しながら、太壱は一部始終を見ていた雅羅達の方を向いた

 「っつーわけなんだけどよ、あと一日の間にちょこっとここを借りることってできっかな?」
 「まぁ、ここの事をみんなに教えた趣旨としては願ったりかなったりだけど……明日一日で大丈夫かしら?」

突然の一大イベント、しかも他人の事とはいえ同じ女の身としてはゾンザイにできない雅羅が腕を組み思考を巡らせる
何故か妙に引き腰な男性陣を余所に、いつの間にか話を聞いていた鳳明が口を開いた

 「学園では最後の日にスケジュールを合わせる人が多い感じだったかな?
  午後の終わりあたりに貸し切りの時間を作るとしても、人足が完全に収まるのを待つと時間かかるだろうし
  その間に、確認しないで来ちゃった人を追い返すわけにもいかないよね」
 「そうですわね、せめてあと一日あれば十分な準備もできるのでしょうけど」

鳳明の言葉に続いて、アルセーネも眉を寄せながら悩んでいる
もともと聞かされている発掘作業開始の期限は明後日
未だ移転も含め計画の変更を求める交渉組からの明確な報告がない現在、それをやめろというのは難しい……

 「いや、延長ならできるかもしれないですよぅ?」

あっさりと挟まれた希望の言葉に、全員が驚いて言葉の主の方を見る
視線を集められたレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が隣のパートナーに向かって問いかける

 「ミスティ、今審議で難航してるのは遺跡の管理と所有の問題で、予定の方はそれほどでもないですよねぇ?」

彼女の問いに端末のデーターを照合しながらミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が返答した

 「ええ、作業に影響のない一日程度の範囲なら、生徒の責任範囲で事前に申請具合次第で調整すると言ってるわ」
 「じゃあ、その空けた時間を利用すればそこを利用できるって事ね!ちょっと二人ともいい?」

交渉組に属するリネン・エルフト(りねん・えるふと)がコタロー達を呼んで、具体的な話を始める
もともと現在交渉してる事柄が難航し、ちょっと面々のトーンが暗かったのもあり
降ってわいた華やかなイベントにみんな積極的な様子だ

それを傍らで見ながら、鳳明が思いついたように再び祭壇に戻るのを見て天樹が後を追う
不思議そうに自分を見つめる彼の姿を見て、鳳明はにっこりと笑って彼の言葉なき疑問に答えた

 「折角だから応援の代わりにお願いしようと思って
  私、お願い事って自分の中だけに秘めておくものだと思ってるから特になかったんだけど、一つだけ、ね」

そう言ってずっとここに訪れた物を見守り続けた水晶のスイレンに触れながら、たったひとつの願いを口にした


 「これからも、皆の願いを聞いて上げて下さい」