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老魔導師がまもるもの 後編

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老魔導師がまもるもの 後編

リアクション



4/それぞれの向き合い方

 こいつは、違う。
 操られているやつじゃあ、ない。呪いによって理性を奪われた被害者では、ない。
 両手の、愛用の二丁拳銃。左右の双方を重ねて剣撃を受けるセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、明らかに他とは違うその相手に、そういった感想を抱く。
 銃弾の弾帯に、アーミーナイフ。おまけに全身は黒づくめで目出し帽まで被って、顔すらわからないときたもんだ。
 たまたま巻き込まれたやつが、こんな格好であってたまるか。
「セレン!」
「いいから! 予定通りあなたは教会に向かいなさい!」
 背中の向こう側から聞こえる、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の声。パートナーである彼女には、教会に向かってもらわねばならないのだ。
 老魔導師……スランの傷は想像以上に悪いらしい。その治療の手も、封印の手も。ひとりでも、多いほうがいい。
「子どもたちは、あたしが守るっ!!」
 刃を、押し返す。そのまま向けた銃口から、何発もの弾丸を吐き出していく。
 敵は曲刀を振るい、弾丸を弾き。セレンフィリティは返す刀の斬撃を銃身でいなす。
 更に応酬をせねばならないであろうことを予測して体移動をしかけて──しかし、たたらを踏む。
「えっ?」
 二度目を、やりあうことなく。黒づくめは後退していく。深追いは禁物だ。おそらくこちらのそんな事情も見越した、明らかな捨て戦。
「撤退支援ってとこか」
 教会の封印を壊し、呪いを解き放った連中の──……。くるくると拳銃を玩んで、ひとりごちる。
 まあいい、今は好都合だ。子どもたちと、その護衛の仲間たち。守るべきものを抱えている身としては、とっとと安全なところまで行けるに越したことはない。
「行くよ、みんな!」
 今は、とにかく。子どもたちをこの場から、遠ざけないと。
 ひゅっ、と口笛を吹いて、木々の合間に身を隠す仲間たちに合図を送る。ほどなく、女の子たちを抱き寄せたふたり──ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)崎島 奈月(さきしま・なつき)が姿を見せ、セレンフィリティへとアイコンタクトをする。
「すいません、あなたひとりに任せてしまって」
「いーのよ、子どもたちを守んなきゃいけないんだから。すぐそばについてて守る人間も必要」
 そして娘の白星 カルテ(しらほし・かるて)を連れた白星 切札(しらほし・きりふだ)が、会釈をして申し訳なさげに言う。
 ひらひらと手を振って、気にするなと、セレンフィリティは返す。
「空飛ぶ魔法、にはまだ早いかな?」
 奈月が連れているパートナー、ヒメリ・パシュート(ひめり・ぱしゅーと)が訊ねる。
 セレンフィリティに替わり、切札が少し考える素振りの後、小さく首を横に振った。
「もう少し。せめて、森を抜けるまでは。いくら風術などで守ったとしても、基本的に空は身を隠すものがなにもない。私たちだけならともかく、子どもたちがいる以上は万全を期すべきです」
「……そう」
 ヒメリが不満げに俯き、奈月が肩を竦める。
「高威力の光条兵器の集中砲火を浴びたりしたら、危険ですぅ」
「そういうことです──っ?」
 草むらの向こうから、がさがさとそれを掻き分ける音がした。
 とっさ、切札とルーシェリアが子どもたちを背後に回らせ、庇うようにして身構える。
 セレンフィリティも、銃口をそちらへと向けた。
 切札の後ろで、カルテも同年代の子どもたちを守らんとめいっぱい、両手を広げる。
「ぐ……子ども、だと……?」
 しかし現れたのは敵ではなく、傷つきふらついた、ひとりの男。
「おっと。なかなかボロボロじゃないの、どうしたの?──ごめん、ルーシェリア。手当てしたげて」
「はいですぅ」
 二メートルはあろうかという長剣を取り落とし膝から崩れ落ちるその男、夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)へとセレンフィリティが駆け寄り、ルーシェリアを呼ぶ。だが男は治療を拒むように、震える右手を差し出し首を振る。
「どうにかここまで、誘導してきたのだ……く、子どもたちがいると知っていれば、もっと違うルートをとったのだが……っ」
 巻き込むわけにはいかない。固辞する甚五郎。
 誘導とは、一体? セレンフィリティも、ルーシェリアも。切札も彼の言わんとするところが掴みきれず、顔を見合わせ首を傾げる。
「!?」
 その殺気に気付かなければ、──そうやってきょとんとしたままやられていただろう。
 月明かりに照らされ、飛びかかってくる三つの影を、一同は見る。
「人のいないところへ……教会から離れればと思ったが、こうも防戦一方では……!」
「なる、ほど。あなたたちも被害者だったってわけですね」
 草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)。──ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)。一様に彼女らは虚ろな目をして、そこに佇んで。
「彼女ら……あなたのパートナーですか?」
 そうだ、と言う甚五郎。その間にも三人は子どもたちを中心に守る一同を、囲んでいく。じりじりと、少しずつ距離を詰めながら。
「そりゃあ、ボロボロんなるわけだ」
 三対一で、しかも相手はパートナーときてる。
「ちょっと休んでなよ、このコたちの相手はあたしたちがやる」
「しかし……!」
「できたら、その子たちを守ってあげてください」
「ですぅ」
 セレンフィリティが、切札が。ルーシェリアが口々に言い、それぞれの相手に向き合う。こうすれば三対一ではない。三対三。実にフェアじゃないか。
 どのみち、ここを突破しないことには子どもたちを避難させることもままならないのだ。
「奈月ちゃん。カルテをお願いします」
「オッケー」
 切札の声に奈月が応じ、OKサインをつくって返事をする。
 子どもたちと、パートナーと。任せ切札は戦いに専念するつもりだった。
「あ、あれ?」
「──カルテ?」
 しかしカルテは、奈月の腕の中をすり抜け、その前にまっすぐ、左右の両手を大きく広げ仁王立つ。
 向けられた三つの殺意に対し、はっきりとした視線で周囲を見返す。
「もう、やなの」
 その言葉は舌足らずではやはりあったけれど、しかし気持ちは十二分に漲ったものであり。
 振り返ったその先で娘の吐き出す言葉に、切札は目を見開き──そして細めずにはいられなかった。
「守られるばかりは、もう、いや。やだから、がんばる。私も守るの。ママといっしょに、がんばるの」
 子というものはこんなにも、いつの間にか。
 育む者には気付けないほど育ち、大きく強くなっているものなのだと。



「馬鹿野郎! 殺す気か!?」
 思わず、頭の奥がかっと熱くなった。
 戦っていた相手の拳を打ち払い、そのまま腕を掴み一本背負いに投げ落とす。叩きつけられたその敵には一瞥もすることなく、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)は怒鳴り声をぶつけた相手へと詰め寄っていく。
「どういうつもりだっ!? 相手はみんな被害者だろうが!?」
「別に、どーもこーもあらへん。ただ、しばらく起きられんよー再起不能にしよ思っただけや」
 だが、相手も悪びれる様子はない。
 瀬山 裕輝(せやま・ひろき)──組み敷いてなお暴れもがくひとりの魔鎧の喉元に、おそらくは器官を潰すことなど容易であろう抜き手をつきつけたまま、面倒くさそうに彼は言って返す。
「再起不能も似たようなもんだろうがっ!」
「多少痛い目見るんはしゃーないやろ、状況が状況なんやし。意識飛ばしても起きてくるんや。明確に戦闘不能にせんと、寝首かかれるんはごめんやで自分」
「お前……っ!」
 平然と言う裕輝の言い分はたしかに正論ではあり、けれど霜月には到底、看過できぬ暴論に聞こえるものでもあり。
 相反するが故、許せない。
 沸騰した頭の、暴発しそうな感情のやり場を求め、霜月は裕輝の胸倉を掴む。
「これ。仲間割れしとる場合か」
 そうして、詰め寄った霜月と。掴みあげられた裕輝の双方の頭が、シルバーガントレットに包まれた手の甲で、小気味よく順番に叩かれた。
「いてっ!?」
 なにしろ、鋼でできたずしりと重い籠手である。争っていたふたり、揃って悶絶する。そんな彼らの様子を見下ろしながらやれやれと、神凪 深月(かんなぎ・みづき)は腕組みをする。
「なにするんや! いきなり!!」
「なにもへったくれもあるか。ただでさえ手が足りんのじゃ、争うならよそでやれ」
 深手を負わすか否かで揉めるなどと──まったく。
 ボヤきながら、深月はぱちんと指を鳴らす。月の光が作り出す影から現れるのは、相棒。深夜・イロウメンド(みや・いろうめんど)
「どうじゃ、この近くに他に──呪いに侵された者は?」
 影から現れた彼女に、飛来する一羽のカラスが舞い降り、そしてその指先に吸い込まれていく。そして、草むらから顔を出した黒猫が同じように、その足許に消える。
 カラスも、猫も。どちらも、深夜の一部。深夜自身。この辺り一帯に猫とカラスの姿となって散っていった最後の一片を回収し、静かに深夜は相棒へ報告する。
「あっち。北のほうで、三、四人。このままいくと避難中の子どもたちとぶつかるかも」
「そうか──む?」
 不意に、夜の闇が一段また暗くなった気がして、考える仕草を深月は中断する。
 巨躯の、魔鎧。やはり呪いを受け暴走したそいつが、がっちりと組んだ両腕の拳を今まさに深月に振り下ろそうとしている。
 あくまで、そうしようとしていて──そして今、「していた」になった。
 同時に放たれた霜月の膝蹴りと裕輝の肘が、それぞれに巨漢の鳩尾と顔面とにめり込み、崩れ落ちさせたからだ。
「なかなか、やるようじゃの」
「当たり前や、こんくらい」
「俺一人で十分だった。顔面までやる必要はなかっただろう」
 はい、はい。頭をくしゃくしゃやりながら、更に迫りくる相手を次々、裕輝は組み伏せていく。そしてそれは霜月も同様。方法論は違えど、達人には変わりない。
 深月も、それにひけはとらない。繰り出された足払いをひょいとかわして、それから足払いをしてきた相手の眼前でぱっと掌を広げてみせる。
 そこに握られていたしびれ粉を直接顔に受け、吸い込んで──痙攣して、その相手は地面に転がる。
「ふむ、意識を刈り取るのは無意味でも肉体そのものの物理的な神経や動作を麻痺させるのは有効、か。なるほど」
 これは注目すべき点じゃな。うむ、と頷き、深月は呟く。
「そうじゃ、聖のやつはどうしておる? もういい時間じゃが」
「大丈夫だよ、無事ついたみたい。お婆ちゃん、無事だといいね」
 そしてふと、生まれ育った教会へと引き返していったパートナー、狼木 聖(ろうぎ・せい)のことを思い出し、深夜へと訊ねる。
 言うと思った、とばかりの仕草で、深夜は深月へと微笑む。
 こんな状況なのに、とても楽しそうに。……まあ、多少楽しんでいるということについては深月だって、人後に落ちなくはあるのだけれど。
「ふむ、それも違うか」
 楽しげなのはなにも、自分たちだけではない。
 せっかくだからとばかりに楽しんでいる連中だって、いる。眼前で繰り広げられる戦いに、深月は目を向ける。

「どうなっても、恨みっこなしだぞ? ……師匠っ!」
 そう、例えばそれはこの、瀬乃 和深(せの・かずみ)と。
「……フッ」
 剣の応酬を繰り返す、セドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)の師弟関係のように。
 全霊をぶつけあい、成長を確認しあう者たちがいることも事実。
 剣と剣で音色を奏で、技の一つ一つを互い、確かめていく。
 教えられた側は、教えられた技を。教えた側は、教えたそのときより更に手に馴染んだ技を。
 彼らにとってそれはこの上なく甘美であり、有意義な時間。これも、ひとつの絆のかたちだった。

 また。

「カッカッカ! いい、いいぞメイスン! こんな機会でもなくば、お主と一戦などできんからのう!!」
 メイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)が、フラガラッハを手に駆け抜ける。彼女へと放つ光弾を避けられ、距離を詰められながらも鵜飼 衛(うかい・まもる)は上機嫌だった。実に楽しげに、高らかに笑う。
「やれるものなら、ずっとこうしていたいものじゃのう! だが、そうもいかんでな!!」
 ひゅっと、口笛の合図。それを受け、散発的な援護に徹していたルドウィク・プリン著 『妖蛆の秘密』(るどうぃくぷりんちょ・ようしゅのひみつ)の背の氷雪比翼が吹雪を生み、氷の壁を形成していく。
「そうら!」
 その隙にルーン召喚されたシルフが、強い風を呼ぶ。
 とてもひとりの力では立っていられないどころか──その場に留まることもできないほどの風。
 更にもう一体、人魚姫を呼び出し怒涛のごとく水を浴びせかければ、急速に冷やされたそれは凍結する。
 吹き飛ばされた、その先で。氷壁に、メイスンを釘付けにしながら。凍っていく。
「こちらの、勝ちじゃな? うむ、楽しかったぞ。メイスン」