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老魔導師がまもるもの 後編

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老魔導師がまもるもの 後編

リアクション



3/できること、すべきこと

 アニスの形成した、結界よりも更に奥──そう、呪いの、真っ只中。その、中心。つまり、解かれた封印の残る、教会そのもの。
 それが、息を切らせて集まった東 朱鷺(あずま・とき)たちの前に、聳え立つ尖塔の巨躯を晒している。
 
 朱鷺に加えて、平 武(たいら・たける)に、鹿島 ヒロユキ(かじま・ひろゆき)。彼ら三人がそれぞれに散り、施したのは、呪詛祓いの結界だった。
「これで、あとは。朱鷺の体力の続く限りは、ある程度呪いを抑えておけるはず」
 顔を上げた朱鷺がふらつく。武とヒロユキが左右から腕を掴んで、その身体を引き起こす。
 なにしろ、このあたり一帯の霊脈ぶんの呪いなのだ。これもまた呪いに耐える者たちの精神力と同様に、一時しのぎにしかならない。
「これが遠隔呪法の類ならばまだ、このくらい……! こんなにもまさか、根本から霊脈が汚染されているなんて……!」
「無理しないで。やれること、やればいいんだよ」
「そういうこと。十分……ってのも違うかもだけど。大したもんだよ」
 俯く朱鷺に、武が、ヒロユキが、口々に労いの言葉をかける。
「これで、なんとか封印方法がすぐにわかればいいんだけどな」
 ひとまずは、彼女を休ませないと。ふたりは両脇からその身体を支えながら、教会の分厚い扉を押し開く。
 この中には、ヒロユキのパートナー。ホミカ・ペルセナキア(ほみか・ぺるせなきあ)がいる。その知識を以って、破壊された封印の修復、あるいは再構築の可否を探ってくれている。
「どうにかなるように、どうにかするしかないんだから、ね? 今はやれることをやったって、胸を張ろうよ」
 武の言葉に、朱鷺も頷く。

 そして三人は──開け放たれた扉の向こうに、漆黒を見る。
 広がる聖堂の、夜の暗闇よりずっと深い、暗黒色の、その背中を。

「うわっ!?」
 月明かりのみの、夜の聖堂に。異形の身体が、大きな背中が。そこに佇んでいる。
「大丈夫よ、みんな」
「ホミカ」
 窓際に、足を組んで体重を預けていたホミカが、三人に向かい落ち着くよう促す。
「彼も協力者よ。呪いを止めるために、駆けつけてくれた」
 ホミカの視線を受ける漆黒の怪人、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は静かに呼吸を整えている。
 意識を、統一して。一点に、力を凝縮するために。
「どうだった、ホミカ。封印は」
 エッツェルを見ながらも、ホミカはパートナーへと首を振ってみせる。
 封印の、再利用。結論から言えばそれはノーだと。
「完全なかたちで、術式をそのまま使うことは無理。破損と経年がひどすぎるわ」
 どうにか使えそうなのは、大元の土台となる部分くらい。
 それをひな形に、新しく術式を形成して再構築するしかない。
「できるか?」
「うーん、もちろんできるけど。ただ、念のためにこの封印のことをもとから知ってる人……つまり管理者のお婆さんの意見がほしいとこなのよね」
「……そう。彼は?」
 聖堂の、立ち並ぶ木製の長椅子へと朱鷺を座らせながら、武が訊ねる。
「うん、彼は……みんなと一緒。呪いを抑え込もうとしてる。引き受けにきてくれたの」
「引き受ける?」
 その、ホミカの声に重なるように、エッツェルが直立不動の態勢から拳を構えた。
「ぬ、うううぅぅんっ!!」
 聖堂の正面、祭壇の下。佇むその場所の、石造りの床へと、その拳が振り下ろされる。
 砕かんばかりの拳の一撃が、風を呼ぶ。すべてが開け放たれた教会じゅうの窓という窓を、それでも急激に吹き込んでくる突風がびりびりとうるさく鳴らす。
 そして、風を追いかけるがごとく、波動が彼のもとへと集まっていく。
 わかる者にはわかる、感じることのできる者には感じられる、それは霊脈の魔力の逆流。
 呪いに濁ったその力を、彼の拳が集め、吸い上げていくのだ。
 それは、つまり。
「まさか……?」
「人柱にでも、なるつもり、なの?」
 唖然と、武が。ヒロユキが言葉を漏らす。
 相手は、この大地そのものなんだぞ? どれだけ、無茶をする気だ。
「……こうしておけばこれ以上、被害が広がるのだけは食い止められます。あなたたちの張った結界との二段構えであれば……かなり、呪われた力の流出は最小限になるはず」
 苦しげに、呻くように。跪いたエッツェルは皆に言う。
「だから……今のうちに。あまり、長くは──」
 長くは、持ちません。封印を、急いで。



「や、ああぁっ!」
 あちこちで、戦いが繰り広げられている。
 怖いか、怖くないか。両者の内どちらかと訊かれれば、当然怖い。すごく、ものすごく。
 だけれど、この場にいるからには、戦わなくては。ドキドキしている心臓を意識しながらも、遠藤 寿子(えんどう・ひさこ)は手にした杖を振るう。
 分の悪い戦いに、臨んでいる。二対一──暴走した、ふたりの剣の花嫁たちを、相手に。
「手伝うわ! 寿子!!」
 そんな彼女へと、加勢に現れる者がいた。
 小型飛空艇、アルバトロスからまっすぐに降下してくる影──ルカルカ・ルー(るかるか・るー)である。
 寿子の背後にまわった相手の正面に彼女は降り立ち、手にしたランスで刃を弾き押し返す。そのまま、間合いを開けさせることなく突きで連撃を封殺する。
 遅れ降りてくる飛空艇からは、彼女のパートナーであるダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が姿を見せる。
「俺はこのまま教会に向かう。いいな、ルカ」
「オッケェー! 任せたし、任せといて!」
 ダリルの種族は、剣の花嫁。万一の暴走もせぬよう、眼も合わさず、お互いも見ずに両者は分かれる。
 呪いに耐えるダリルの、治療器具を収めた鞄を握る手にはきつく、血が滲み出るほどに彼自身の爪が食い込んでいた。
「ここは任せ──おっと?」
 ダリルの気配が遠ざかっていくのを感じつつ、ルカは槍を喉元に押し当て戦っていた相手を地面に組み敷く。ここからどうするか。一瞬考えた矢先、木々の合間から複数の影が飛来する。
「五、六、七──ふむ?」
 七つの影。七人の敵。相手の動きを止めたと思ったら、こちらが動くに動けなくなったか。
 寿子はまだもう片方とやりあっているようだし、さて。
 脳裏に浮かぶいくつかの選択肢をどれも選びあぐねていると、銃声が夜の空を切り裂いた。
 狙われたのはルカでもなければ、七人の新たな敵でもない。だが、ルカの身体は直後即座に動いていた。
「ふんっ!!」
 弾丸が穿ったのは、地面。彼女を囲む七人と、寿子の相手をする少女の、足許だ。
 生まれた一瞬の隙。寿子は杖で当身を食らわせ、ルカは足許の少女の鳩尾へ膝をたたき込む。
「ナイス、援護!」
 残る七人を片付ける算段をしながら、眼の端に狙撃者の姿を捉えルカは快哉を上げる。
 スナイパーの正体は、茂みに潜んでいた御宮 裕樹(おみや・ゆうき)
 彼の狙い撃った早撃ちの弾丸が、この好機をつくったのだ。
 あとは、コンビネーション。ルカは体術と、槍の尻を駆使し。寿子は杖を器用に利用して、浮足立つ呪いの感染者たちを打倒していく。
 殺しはしない。気絶させるだけ。ふたりはそれを忠実に守った。
「お見事。鮮やかだね」
 立ち上がった裕樹の言葉に、そちらこそ、とルカは返す。だが、安心は長くは続かない。
「これは……?」
 寿子が驚くのも、無理はなかった。
 たしかに、意識は刈り取ったはず。気を失ったはずの相手が全員、ゆらりと立ち上がったのだから。
「あらー……これって、本人の意識は関係ないとか、そういうパターン?」
「……みたい、ね」
 再び周囲を囲む九人を睨みつつ、ふたりは武器を構えなおした。
 これは少し、厄介だ。



 先輩に握られていた手がふわりと軽くなって、彩夜はそちらを見上げた。
「行くわよ、彩夜」
 彩夜の手を取り立ち上がった加夜の隣に、いつしか雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)がいた。彼女たちの視線が、自分を見つめている。
「こうしていても、なにも解決しません。彩夜ちゃんの心配してるおばあちゃんのためにも、今は呪いをなんとかしないと」
 行きましょう。加夜は続ける。
 その言に、彩夜はわずかに目を見開いて、そしてそれでもなお逡巡する。
 スランの意識は、まだ戻っていない。この人を放っておいて、いくなんて。
 庇ってもらって、怪我をさせたのは、自分なのに。
「行ってください」
 だが戸惑う彼女を、真人もまた治療を続けながら後押しする。
「彼女の治療が終わり次第、僕らも封印に回ります。大丈夫です、必ずスランさんは──……」
「いや。今、行ってくれ。ここからは俺たちが代わる」
 その言葉は、彼の言わんとしたものとは違った形でそう、引き継がれる。
 一同が振り向けば、ダリルが。匿名 某(とくな・なにがし)が。大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が、草を踏んでそこにいた。
 康之は治療を受ける老婆のもとに駆け寄ると、無言で真人の手を除けさせる。そして頷き、かわりに自身の手を傷口にかざしていく。
「ここは、俺がやる。大丈夫だ、死なせない……!」
「あ、あたしもっ。見てられない!」
 状況に各自の顔を見回していたユーリカが、近遠の隣から飛び出す。
 老婆の隣に座りこんで、そのまま勢いで治療を始めて。
 かわりに押し出されたかたちの美羽が、真人と頷きあう。
「意識が戻り次第、子どもたちの避難と同じルートで避難させる。護衛は俺が」
「わかった、封印の護衛はあたしがやる。頼むわね」
 某とセルファが言葉を交わし、拳を打ち合わせる。
「さ、彩夜」
 加夜に手を引かれるまま立ち上がった彩夜を、雅羅は静かに抱き寄せる。
 彼女の後ろ頭を、ぽんぽんと叩いて。くしゃくしゃ、撫でてやって。それから目を見て、言葉を投げかける。
「私は、途中で子どもたちのほうを追いかけるわ。……頑張って」
 大丈夫。子どもたちはしっかり、安全なところまで送り届ける。
 だから。
「だからあなたたちは封印を、お願い」
 言われた彩夜は、もう一度だけ老婆のほうを見下ろして。加夜を、セルファを、某を交互に見て。
 今度は、強く。大きく、頷いた。