葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

狼の試練

リアクション公開中!

狼の試練

リアクション


第3章 試練の戦士たち 1

 リーズ・クオルヴェルと契約者の一行は、ダンジョンをさらに先へと進んだ。
 ルートは分かっている。最初の関門で倒したドルパンが、ご丁寧にも地図を用意してくれていたのだ。
 もちろん、正規ルート以外の道を通る必要も出てくるだろう。そのときは、銃型HCやテクノコンピュータを用いる契約者の出番だ。こうしたとき、味方がいるのは実に心強いとリーズは思った。
「それにしても……」
 周囲に気を配りながらも、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が口を開いた。
 ポニーテールとして束ねられた青い長髪。ピンと張った氷のような顔立ち。知性を感じさせる表情が、彼の性格を物語っている。束ねられた髪の先が、尻尾のようにぷらぷらと揺れていた。
「こうなにもなく、無事に進めるのは逆に不気味だな」
「そう? ルカはむしろこっちのほうが嬉しいけどな〜」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、脳天気に答える。
 余計なぐらい心配性なダリルと比べて、ルカは逆に楽観的な性格をしていた。何も無ければそれに越したことはない。運が味方をしてくれたと思うだけだ。
 ウェーブのかかった金髪ショートヘアに、幼さを残した大きく丸い瞳の愛らしい顔立ち。悪戯っ子の匂いも感じさせる。リーズからすれば、自分とそう変わらない年齢に見えた。
 にもかかわらず、その胸についている二つの巨大なスイカはどうしたことか。
 自分のささやかな胸を触りながら、神様の気まぐれは恐ろしいと、わずかな恨みを込めてリーズは思った。
「ちっちっち、甘いで、ルカねーさん」
「へ?」
 指先を振って偉そうに言ったのは、少年だった。
 まだ高校生にもなってなさそうに見える少年である。実際のところは幼く見えるというだけなのだろうが、背伸びしているようにも見える頼りなさげな態度と相まって、本当に中学生であるかのような感覚を覚えた。
 上條 優夏(かみじょう・ゆうか)という、現在進行形で「働いたら負けかな」とか思っているダメな子ども。それがこの少年だった。
「甘いって、なにが?」
「えーか、よー覚えとき。罠っちゅーモンはダンジョンの床や壁扉に仕掛けるモンやない、人の心理の裏に仕掛けるもんなんやで」
「ほうほう」
「つまりやっ! 罠はない! そう見せかけといて、実はしっかりと俺らの裏をかいて設置してあるという可能性のほうが、大いに高い――」
「罠はすでに解除されてるようだぞ」
 壁を調べていたダリルが言う。
「――と、ということも、あるっちゅーわけや」
 脂汗を流しながら、優夏はそう言い終えた。
 そのすぐ後ろで、フィリーネ・カシオメイサ(ふぃりーね・かしおめいさ)がこれみよがしなため息をついて肩をすくめる。
 さらさらの金髪と、蒼色の瞳。魔法少女のコスチュームを身につけた愛らしい少女は、優夏に呆れた視線をなげかけた。
「感心する様な事言ったと思ったらそんなオチだったのね」
「む。しゃーないやん。誰かて、実戦と推測は違えるもんや」
 すぐに振り返って、優夏は言い返す。
 それすらも意に介さない様子で、フィリーネはやれやれといったように頭を振った。
 どうやら二人の関係上では、彼女のほうがお姉さんに近い立場らしい。いや、というよりかは、お姉さんぶってると言った方が正しいのか。
 フィリーネもわざわざ優夏の神経を逆撫でするように彼を挑発しているし、優夏の普段はやる気がなさそうな態度も、彼女の前では少しだけ感情の起伏が大きくなっているようだった。。
「だいたい、フィーっ! お前が勝手に依頼を受けなけりゃこんなことには……っ」
「あ、そんなこと言う? 困ってる人を前にしてそんな薄情なこと言うんだ」
「俺は早く帰りたいんやーっ! まだ終わってへん積みゲーもたくさんあるし!」
「また積みゲーっ!? もう、いっつもいっつもゲームしたりボードゲームしたり、少しは外の世界を……」
「あほーっ! ボードゲームちゃうわっ! TRPGやっ! テーブルットークッアールッピーッジーッ! 間違えんな!」
 まるで母親と子どもである。
 その言い争いも、お互いに顔を背けるようになってようやく静まってくる。スタスタと先に行った優夏の背中を、フィーはまだ怒りがおさまらないといった視線で睨んでいた。
「フィーは、優夏と仲がいいのね」
 二人の言い争いを見ていたリーズが、含んだような笑みで言う。
「へっ?」
 顔を真っ赤にして、フィーが振り向いた。
「べ、別にそんなんじゃないわよっ! ただ、その、あたしは優夏のパートナーだから、そうしないといけないっていうか。そういう義務があるっていうか」
 しどろもどろになりながら、フィーは長い言い訳を並べる。
「パートナー、か」
 リーズはその言葉に、深い情念のようなものを感じた。
「ダリルは、どうやってルカと契約したの?」
「俺か?」
 話を振られたダリルは、軽く首をかしげた。
「ルカとの契約は、俺の意識のないところで行われていたからな」
「そ、そんなこともあるの?」
「意外に多いみたいだ。俺も、何人かそういった知り合いがいる」
 契約というのは合意に基づくとばかり思っていたが、そうでない場合もあるのか。リーズは勉強させられた気分だった。
「それじゃあ、気付いたときから一緒か……。まるで家族みたいね」
 リーズが言うと、横にいたルカが嬉しそうに笑った。
「そうっ。ルカにとってダリルは家族だよっ」
「そうだな。きっとそういう意味でなら、そうなのだろうな」
 ダリルの表情は変わらない。
 ただその瞳には、思慮深げな色が浮かんでいる気がした。