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All I Need Is Kill 【Last】

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All I Need Is Kill 【Last】

リアクション

 空京血戦

 十九時十分。空京、街外れ。
 暗くなってきた空から差し込む月の明かりが、暴君を照らす。
 月光を浴びて際立つその異様な姿は一目で、それが地上に生息したことのあるものではないと見た者に知らしめる。ただ異様なだけではない。積極的に嫌悪をもたらすその醜悪な姿は恐怖の象徴のようだ。

「な……なんなんだよ、あれは!?」

 そんな暴君を見て、リヘイは驚きと恐怖が入り混じる悲鳴をあげた。
 無理も無い。今まで普通の人生を歩んできた彼にとってそれは未知との遭遇に等しかったのだろう。

(朝になんか良く分からない素材で出来た箱を開けてみれば、未来の自分とやらからメッセージが来るし!
 触ったこともない武具も一緒に送られてきたし! 未来の自分が見てみたくなってこっちに来たらあんな化け物がいるし!
 なんなんだよ、今日は! 何気ない一日の始まりだと思ってたのに!! 好奇心に負けてこんなところに来るんじゃなかったよ、チクショウ!!!)

 リヘイは頭を抱えて、パニックのあまり掻き毟りだす。
 そんな彼を見かねて、同じく未来の自分からのメッセージを受けてここにやって来たアリーセが声をかけた。

「リヘイさん。落ち着いてください」

 アリーセの年の割りに落ち着いた声を聞いて、リヘイは頭を掻き毟る手を止めた。

「……そうだね。パニックになっても、いいことなんてなにもないし」
「そうですよ。さて、メッセージに従うなら、あの化け物が現れたと言う事は……」

 アリーセはそう呟くと、化け物が最初にいた廃墟のほうへ目をやった。

「リヘイさん、行きましょう。街外れの廃墟、そこに女の子が居るはずです」
「ええ!? 本当に行くの!?」
「はい、もちろんですよ。……もしかして、怖くて行けませ〜ん、とかそんな感じですか?」

 年下のアリーセの挑発めいたその言葉を聞いて、リヘイはムッとした表情になった。
 彼はまだ高校生。年下で、しかも女の子にそんなことを言われては、引くも引けないお年頃なのだ。

「はっ、全然怖くねぇし」

 足を震えさせながらそう言うリヘイを見て、アリーセはくすっと吹き出し口を開いた。

「そうですか。なら、問題ありませんね」

 アリーセは光学モザイクで隠れると、廃墟に向かって走り出した。
 リヘイは内心かなりビビりながらも、もう一度ブラックコートに身を包み、彼女のあとをついていった。

 ――――――――――

 契約者達は先ほどまで続いていた戦闘の傷に応急処置を施し、着々と準備を進めていた。

「……佐助。お前は耀助殿と行動しろ、やるべきことは分かっているな?」

 準備を進める契約者の一人、真田 幸村(さなだ・ゆきむら)は隣に立つ猿飛 佐助(さるとび・さすけ)に声をかけた。

「はいはい」

 佐助はそう返事をすると、踵を返し仁科 耀助(にしな・ようすけ)のもとへと足早に向かう。
 その途中。なにやら二丁の銃を腰に差した男と話すホープを横目で眺めつつ、少しばかりイラついた声で静かに呟いた。

「……あのホープって人、なんでシスターを殺しに行かなかったんだろうね。
 手抜きしてたんなら許せないけど、そんなの二の次で良いや」

 佐助はそう言うと、ホープから視線を外す。そして、近づいた耀助に声をかけた。

「で、そこのぼけぼけ忍者」

 声をかけられた耀助は佐助のほうへ顔を向ける。

「あの触手を撹乱させに行くよ。忍びの真骨頂、此処で見せてやれば女の子にもモテモテじゃないかな?」
「……モテモテ、ね。そりゃあ魅力的なことだ。
 なら、行きつけの喫茶店がある空京を守らなきゃなくちゃいけないな。モテたときに備えて」

 おどけたようにそう言う耀助の目は一切笑っていない。
 腰に差した忍刀の柄を手に取り、ただただ刃のように鋭い眼光で暴君を睨み続ける。

「あ、私は願い下げだけど。
 ホントはあんたの顔も見たくないんだし……」

 そんな様子の耀助を見て、佐助は辛辣な言葉を吐いた。
 それは本心なのか、彼の緊張を解すためなのかは分からない。

「……こりゃあ、手厳しい」

 が、耀助は苦笑いを浮かべる。どうやら、彼の緊張は少しばかり緩んだようだ。
 流石は歴史に名を刻んだ英雄というべきか。数多の実戦を潜り抜けてきた忍者というべきか。

「あーあ、私も随分なお人よしになっちゃたなぁ……」

 佐助は忍刀を手に取り、しみじみと呟いた。

 ――――――――――

「これを全員に配っていたところだ。お前にもくれてやる。好きに使え」

 二丁の銃を腰に差した男は懐から黒真珠を取り出して、ホープに手渡した。
 彼女は受け取った黒真珠をまじまじと見つめながら、彼に質問をするため端正な唇を開く。

「これは?」
「俺はロクな魔法は使えないが、魔力を物に含ませれる。
 その黒真珠には俺の魔力を入れた特性の爆弾だ。最悪を予想して準備したが……役に立ちそうかもな」
「特性の爆弾、ですか」
「ああ。それは俺の意志、もしくは狙った対象物と接触させると爆発する。
 近くに同じ物があれば連鎖爆発する。それであの怪物の動きを封じるなり腕を吹っ飛ばすぐらい出来るだろうよ。――ああ、それと」

 彼はごそごそとポケットに手を突っ込むと、一つのボイスレコーダーを取り出し、ホープのもう片方の手に握らせた。
 彼女はそれをなぜ渡されたのか分からず、少しばかり首を傾げる。その様子を見た彼は小さく口を開き、静かな声で呟いた。

「それは、エディの遺品だ」

 その言葉を聞いたホープの顔が強張った。エディは先ほどの戦いで自分が殺してしまった仲間だからだ。

「聞いてみろ。お前へのメッセージがその中に記録されている」
「でも……」

 ホープは罪悪感ゆえか、ボイスレコーダーの再生ボタンを押すことを戸惑っている。
 見かねた彼は少しばかり厳しい声で、彼女に言い放つ。

「何度も言わせるな、ホープ。あいつの想いを無駄にする気か?」
「……っ」

 彼の言葉を聞いて、ホープは唇を噛み締める。
 そして、恐る恐るといった様子でゆっくりと指を伸ばし、静かにスイッチを押した。

『あー、まぁ、もしものため、ってやつだな』

 ボイスレコーダーから流れてきた声はもう聞くことは出来ないエディのもの。
 それ以外にも、戦いの音が混じっている。どうやら、戦闘の最中にとったもののようだ。

『この状況、どうも誰かさんの予想通りらしいな。
 ナタリーがその場で殺されなかったのも、そいつのお楽しみのためか?』

 ボイスレコーダーに残されたエディの声は、先ほどよりも真剣さを増した声で言葉を紡いでいく。

『なら、それも全部利用しろ。
 必要なら、泣き叫んで油断させろ。知りもしないことを知ってるふりではったりかませ』

 それはホープへのアドバイスと共に、自分の想いを彼女に託すためだ。

『――とにかく、勝てよ』

 録音されたエディの声は、そこで途切れた。
 ホープは彼が残してくれたそれを握り締め、自分に言い聞かせるように静かだが力強い声で決意の言葉を口にした。

「……私は、絶対に勝ちます。命をかけてくれたあなた達のためにも」

 ――――――――――

 それぞれの想いが交錯する中。

「ggggggggggg!」

 盲目白痴の暴君が醜い身体を震わせ、人を嘲笑うかのように咆哮をあげる。
 その化け物に知性はなく。ただ、目の前にあるものを蹂躙という殺戮衝動のみだ。

「盲目白痴の暴君……偶然にも同じ名を名乗る存在」

 そんな暴君をみつめながら、ゆっくりと近づいているのはエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)

「もしかすれば、私はこの時、この場所で、この存在と出会うために生み出されたのかもしれない」

 そう独りごちるエッツェルを、何故か暴君は攻撃をしない。
 それどころか彼に気づくやいな立ち止まり、彼が自分に近づくのを待っているかのようだった。

「世界の運命とやらに導かれ、出会ってしまった」

 やがてエッツェルは暴君の深部までたどり着く。
 と、暴君の無数にある触手の一本が彼を拾い上げ、自らの唯一の弱点である心臓まで近寄せた。

「ならば、なにも考えることはない」

 どくん、どくん、とエッツェルの言葉に呼応するかのように、暴君の心臓が激しく脈打つ。
 彼は暴君の心臓に異形化左腕を伸ばし、触れた。瞬間、エッツェルの左腕が解けるように崩れ落ちていく。

「『我ら』はもともとひとつの存在だったのだから――」

 左腕から胴体へ。胴体から全身へ。やがて人の形が完全に崩れ落ち、心臓に覆い被さるように一体化を始めた。
 それと共に分厚い肉の壁と、神霊結界による魔力障壁が、心臓を護るかのように展開する。彼の身体を構成していた発電器官は暴君に受け継がれ、肉体は超再生の能力を手に入れた。

「gggggggggggggggggggggggggggg!!!」

 暴君は器。エッツェル・アザトースはそこに満たされるべき叡智と世界を覗く眼。
 知恵と貌を得た暴君は、今ここに新たなる生命体として真なる復活をとげたのだった。