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All I Need Is Kill 【Last】

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All I Need Is Kill 【Last】

リアクション

 二十時二十分。盲目白痴の暴君、前衛の部隊。
 真人が魔法によりこじ開けた活路を、前衛の部隊が駆け上がっていく。
 その先陣を走るセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は、前方に立ち塞がる触手を切り裂きながら前へ前へと突き進んでいた。

「真人が作ってくれたチャンス。これを逃がさないためにも……!」

 セルファは魔法の爆発に弾け飛んだ触手の肉片を<ソードプレイ>の卓越した剣技により巧みに切り払う。
 彼女より少しだけ後方を走る全身鎧 ノガルド(ぷれーとあーまー・のがるど)を纏った赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)は、剣を振るい触手を相手にしながら思った。

(いけない。このままじゃあ――)

 あの化け物と直接戦ったことがある霜月は、危機感を感じて<ゴッドスピード>で速度を強化して彼女の前へ走ろうとした。
 が、パートナーロストの影響により二十分を過ぎると四肢に麻痺が生じる彼の足は、思うように動いてくれない。
 そんな時、目の前で危惧していた事態が発生した。

「……っ!?」

 セルファは魔剣ディルヴィングで前方の触手を切り払うが、その振り切った直後の隙を狙って間髪入れずに他の触手が彼女を襲う。
 彼女は身体を捻ることで辛うじて致命傷こそ避けたが、右肩が大きく抉れて吹き飛ばされる。地面に転がった彼女に追撃しようと、その触手が急速で方向転換して飛来。
 絶体絶命。そう思ったとき。

「させないよ。勇者を目指す者として、目の前で殺させはしないさ」

 相田 なぶら(あいだ・なぶら)がセルファと触手の間に身を割り込み、自身の身体を盾にして彼女を守る。
 彼は迫り来る触手に脇腹を貫かれつつ、光明剣クラウソナスを薙いで触手を真っ二つに切り裂くと、顔だけ振り返りセルファに問いかけた。

「結構大きな怪我したね。まだ、立ち向かうことが出来そう?」
「……出来る出来ないじゃない。絶対にやって見せるわ。
 私達の前に絶望が待っているとしても私は全部貫き通す! 未来への道を切り開いてやるわ!」
「……そっか。それだけ言えれば、安心そうだねぇ」

 セルファが痛みに耐えながら立ち上がり、なぶらの隣に立って魔剣を構える。
 そんな二人に、続けて三本の触手が飛来。
 先に来た一本を、なぶらが光明剣による<真空波>で切り裂く。
 続いてきたもう一本を、セルファが<正義の鉄槌>で断ち切る。
 そして、最後のもう一本が時間差で二人に迫る。

(無様でもカッコ悪くてもいい、大切な人達が生きてるこの時代を変えたい……。
 けれど、どうだ? このまま共に戦う仲間を目の前でみすみす失うつもりか?)

 霜月は鞘に狐、鍔に龍が描かれた狐月にの柄に手を伸ばし、掴む。

(違うだろう。ならば、動け。自分は――)

 と、共に裂帛の気合で麻痺した足のまま無理やり一歩踏み込む。
 そして、二人を庇うかのように身体を割り込んだ。

「自分は、護る剣だ――ァァッ!」

 咆哮と共に放たれた<一騎当千>の抜刀術による一閃が、肉迫する触手を断ち切った。
 半分が勢い良く上空へと吹き飛んだ触手は、力を失いその場に崩れ落ちる。

「進んでください。ここは自分に任せて。
 君は自分の代わりに先陣を走って、パートナーが作った活路を走り抜けてください」

 霜月は狐月の刀身を鞘に収め、背中越しに声をかけた。
 セルファは力強く頷き、前へと進んでいく。それを見送りながら、纏った魔鎧のノガルドは嬉しそうに笑う。

「くくく……愚かしい。だが、それでこそ赤嶺だ。
 子供を殺すのを迷ってるときは無様だと言ったが、撤回しよう。
 さぁ行け、偽善者よ。お前らしく醜く泥臭く戦え、黄泉路まで付き合ってやる」
「……感謝します」
「それなら、俺も付き合うよ」

 二人の会話を聞いていたなぶらは、霜月の肩を叩きそう言った。

「さっき受けた傷とか、今までの戦いで受けた傷とか。
 魔法で治して騙し騙し使ってきたけど、そろそろ限界みたいだしね」
「……ごめんなさい。そして、ありがとう」
「気にしなくていいよ。昨日の敵は今日の友っていうじゃないか」

 なぶらはそう言うと、<プロボーク>を発動。
 暴君の狙いを突き進む前衛の味方から、自分達に変換させる。
 うねうねと動く無数の触手の矛先が、一斉に方向転換をして自分達に向く。

「まぁさ。道連れみたいになって悪いけど。前を行く味方のぶん、ここで出来る限り戦おうか」
「気にしないでください。それに自分は元々死ぬつもりでこの時代に来ましたので」

 満身創痍の二人は武器を構え、迫り来る圧倒的な数の触手を前にして、不敵に笑い口を開く。

「さぁ、最後ぐらい――」
「ええ、力を合わせて――」

 なぶらは光明剣を、霜月は狐月を同時に振るう。互いの一閃は肉迫した触手を切断し、切り取られた肉片を風船のように宙に舞わす。

「「覚悟しろ、暴君。どこまでもしぶとく戦ってやる」」

 ――やがて三人が力尽きたとき、その周囲には膨大な数の断ち切られた触手が散乱していた。

 ――――――――――

 なぶらと霜月によって多くの触手が引きつけられているうちに、契約者達は暴君の深部にたどり着くために駆ける。
 しかし、それでも自分達を襲う触手の数はやはり多く、四方八方から迫る触手の渦中をミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は突き進んでいた。

「一応、こいつを殺しきれる武器を持ってきて正解だったかな?」

 ミルディアはそう呟くと、肩に担いだ大きな機晶兵器をぽんと叩く。
 それは彼女が過去に来る前に、依頼主から預かった対暴君用の装備だ。

「しかし、古代兵器ほど力がないコレじゃ、アイツに通用するかどうか……」

 ミルディアの隣で並走するローザ・ベーコン(ろーざ・べーこん)は、思わず率直な感想を口にする。
 あの暴君については作戦決行前のブリーフィングで周知していたけれど、一目見ると予想以上、というかケタ外れだったからだ。

「まったく、今回は貧乏くじ引いたみたいだなぁ」
「まぁまぁ、これでダメならそんときゃそんときだよ」
「ミルディアは簡単に言うなぁ。……こっちは死にたくないってのに」
「そうぐたぐた言わないの」

 ミルディアはそう言うと、射程距離に入ったのを感じて、肩に担いだ機晶兵器を構える。
 が、知恵を持った暴君はその武器に危険を察知し、他の契約者から狙いを外して、二人に向けて触手を飛来させた。
 轟、と風を切る音が聞こえる。迫る触手の数は両手でも足りないほど。圧倒的な物量と気圧されるような死の香りに、彼女の足が僅かにすくむ。

「あれ……? 身体が言うことをきかない……? そっか、これが怖いってことなのかな? しばらく忘れて、た、」

 言い終えるよりも前に、ミルディアの身体は横から飛来した触手によって刺し貫かれた。
 と、共に食糧に群がる蟻のように、刺し貫かれた動きの鈍った彼女に、うじゃうじゃと他の触手も迫ってくる。
 成人男性ほどの太さの触手が我さきにと彼女の身体を貫いていき、ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃと肉が攪拌され内臓がかき乱される音がその場に響く。

「あ……あ……」

 目の前のその悲惨な光景に、ローザは思わず言葉を失った。
 ミルディアは最後の力を振り絞り、青ざめた顔だけローザに振り返り、震える唇を動かした。

「お願い。ローザ、私ごと、あのバケモノを――」

 彼女の想いを無駄にしないためにも。彼女の最後の頼みを無碍にしないためにも。
 ローザは唇を強く噛み締め、転がり落ちた機晶兵器を拾い上げる。そして素早く照準を目の前で蹂躙されるミルディアごと暴君に定め。

「……あぁぁァァアアアア!!」

 咆哮と共に、ローザは機晶兵器の重い引き金を一気に引き抜く。
 身の丈ほどある大きな銃口から吐き出された砲弾が、ミルディアを巻き込みながら暴君に衝突。
 天まで届くかのような轟音。続いて、空間規模の大爆発。まるで雲のような白煙と共に、多くの触手の肉片が空からこぼれ落ち、血の雨が周囲に降りしきる。

「やった……のか? ――ッ!?」

 しかし、それだけの砲撃をもってしても暴君を殺しきることは出来なかった。
 白煙の向こうから、千切れかけた数多の触手が自己再生を行いつつローザに襲い掛かる。
 反応が遅れたローザは避けることが出来ず、心臓と内臓と肋骨をごっそりと触手に持っていかれ、胴体に大きな風穴が開いた。